第10章ー2
銀鏡の翼龍を打ち倒してから、どれほどの時間が経っただろう。
肌に張り付いていた死の緊張が、ようやく少しずつ溶けていく。
やつを討伐した直後、自分とマヒロは深い洞穴の底に取り残されていた。全身はまともに動かず、指一本すら思うように力が入らない。もしこのまま放置されていたら、戦いに勝った意味すらなくなるところだった。
だが、上から差し出された一本のロープが、再び生への道を繋いだ。
ソンジさんたちが協力して、慎重に、慎重に自分たちを引き上げてくれる。
――その間ずっと、頭の中は不安で埋め尽くされていた。
ロープが切れたらどうなる?
上まで持ち上げる途中で、誰かの体力が尽きたら?
考えれば考えるほど、胸の奥が締め付けられる。
戦闘中には感じなかった、別種の恐怖。
「動けない」という事実が、これほどまでに心を弱らせるとは思わなかった。
そういえば――と、ふと前世の記憶がよぎる。
遊園地の絶叫マシンは大の苦手だった。
安全だとわかっていても、身体を預けきる感覚がどうしても怖かった。
今の状況は、それとは比べものにならない。
安全保証などどこにもない、命を賭けた“委ねる恐怖”。
それでも、ロープは切れなかった。
ようやく地面に降ろされた瞬間、膝から力が抜けて座り込む。
生きている。
ただそれだけの事実が、涙が出そうになるほどありがたかった。
――それはさておき。
救出が終わった後、自分たちはその場で休息を取ることになった。
全員、限界だった。
筋肉は悲鳴を上げ、魔力は枯渇し、精神は擦り切れている。
この状態で無理に脱出を試みれば、次は本当に命を落とす。
だからまず必要なのは、戦うことではなく“回復”だった。
幸いにも、周囲に漂っていた魔力を帯びた冷気は消え去っていた。
先ほどまで吐く息を凍らせていた寒さは和らぎ、肌に触れる空気は少しずつ人の世界の温度へと戻っていく。
――あの冷気は、銀鏡の翼龍が放っていたものだったのだろう。
そう考えると、あの魔物は生きているだけで、この迷宮の環境すら支配していたことになる。
改めて、自分たちが倒した存在の異常さに背筋が震えた。
やつが消えたことで、迷宮を覆っていた氷も、やがて溶け始めるはずだ。
壁に張り付いた氷柱はいつか崩れ、床の凍結もゆっくりと水へ変わる。
それは、希望でもあり――
同時に、新たな危険の兆しでもあった。
氷が溶ければ、地形は変わる。
通路は崩れ、落盤が起き、今まで安全だった場所が一転して死地になる可能性もある。
だからこそ。
その前に、ここを出なければならない。




