第9章ーおまけ6
「おわっ!?」
さっきまで床に這いつくばっていたはずのライラックは、次の瞬間、何の支えもない宙空へと放り出されていた。
足裏が地面を失った感覚に反射的に手足をばたつかせるが、重力は容赦なく彼の身体を引きずり落とす。
――ドンッ。
両手と両膝が硬い床に叩きつけられ、鈍い衝撃が全身に走った。
「いっててて……」
情けない声を漏らしながら、ライラックは手首を押さえる。
じんわりと痛むが、動かしてみても異常はない。どうやら骨折ではなく、軽い打撲で済んだようだ。
「……ここは……?」
彼はゆっくりと立ち上がる。
だが、周囲は闇一色。天井も壁も床も見分けがつかず、自分がどれほどの広さの空間にいるのかすら判断できない。
転移された――それだけは確信できた。
だが、“どこへ”なのかが分からない。
「灯せ、【月光蝶】」
短く詠唱すると、淡い白光を纏った拳大の蝶が現れ、羽ばたきながら彼の周囲を照らし出す。
柔らかな光に浮かび上がるのは、無機質な床と、遠くに伸びる壁の輪郭。
「……少なくとも、さっきの研究室じゃないのは確かだな」
周囲を見渡しても、見慣れた机や機材は影も形もない。
だが、この空間はどこか“人工的”だ。地下施設のような閉塞感が漂っている。
「照明のスイッチでもあればいいんだが……」
ライラックは慎重に歩き出す。
壁際まで辿り着けば、何かしら操作盤や配線があるかもしれない。
暗闇の中を進む足取りは自然と慎重になる。
――コン。
金属が軽く打ち合わさるような音。
「ッ!?」
彼は即座に足を止める。
その音――研究室で聞こえていた、あの奇妙な規則音。
「やっぱりか。あの音、ここから響いていたんだな……」
研究室で聞こえた音は、床越しに漏れていたものだった。
つまり、この空間こそが“音の発生源”。
状況が一つ繋がり、ライラックの思考は自然と推理へ移る。
「研究室の床。盛り上がった部分。そこに触れた瞬間、転移した。
つまり、あれは“転移装置”。そして転移先が――ここ」
歩きながら、彼は過去の会話を思い出す。
「そういえば……彼女、研究材料を安全に保管できる部屋が欲しいって理事長に相談していたな。
確か、空き教室の一部を使っていい許可も出ていたはずだ」
点と点が、静かに結びついていく。
研究室の“真下”。
人の立ち入りが少ない空き教室。
「なるほどな……」
彼は壁に手を当て、確信を込めて呟く。
「ここは研究室専用の保管庫。ってわけか」
月光蝶の淡い光が、無機質な壁面に静かに反射していた。




