第9章ーおまけ3
サダメたちが迷宮を攻略している頃――地上では、すでに夜が深まっていた。
月明かりすら雲に隠れ、魔法学園の敷地は闇に沈んでいる。
灯るのは、外から照らされる月の光のみ。
そんな静寂の中、ひとり学園内を歩く人物がいた。
トービス・ライラック。魔法学園の教員であり、実直さと堅物さで知られる男である。
彼は今日も遅くまで事務仕事に追われ、ようやく帰宅しようとしていたところだった。
だが、この学園では「最後に帰る教員が校内を見回る」という暗黙の習慣がある。
それは規則というよりも、長年続いてきた責務のようなものだった。
学園は外部からの侵入に対して、結界と複数の魔道具による防衛網が張り巡らされている。
そのため、盗賊や魔物が入り込む可能性はほぼ皆無だ。
警備兵を常駐させる必要もなく、異常があれば教員寮に設置された警戒魔道具が即座に警報を鳴らす仕組みになっている。
だが――問題は外ではなく、内側だ。
夜更けに勝手に外出する生徒。
危険な魔法の実験を隠れて行う者。
その他諸々。
そうした“内部の事故”は、過去に何度か起きていた。
だからこそ、教員による夜間巡回は今も続けられている。
「……うむ。今日も特に異常はないかな」
ライラックは低く呟き、最後に中庭を見渡す。
風が木々を揺らす音だけが響き、動く影は一つもない。
――問題なし。
そう判断し、彼は帰路につこうと踵を返した。
その時だった。
「……ん?」
視界の奥。
普段は完全に闇に沈んでいるはずの旧棟、その二階の一室。
そこから、微かな光が漏れているのが見えた。
「……あそこは……」
ライラックは目を細める。
その部屋が何であるか、彼はよく知っていた。
魔法学園二年、ソンジ・マートス。
天才的な魔道具開発者にして、学園でも特別扱いを受ける生徒。
理事長リーフ・エンドレッド直々の許可により、空き教室を研究室として与えられ、授業免除の代わりに自由研究を続けている異例の存在。
彼女の技術力は教員陣からも一目置かれており、学園の魔道具の整備や新規開発にも協力している。
――いわば、学園にとっても貴重な“頭脳”だ。
「……妙だな」
ライラックは眉をひそめる。
彼女は確か、今日から数日間、迷宮攻略任務に同行しているはずだ。
担当教諭アサヒ・コールスタッシュから、その報告も受けている。
つまり――今、この学園に彼女はいない。
それなのに。
彼女の研究室に、明かりが点っている。
「……まさか」
胸の奥に、嫌な感覚が走った。
もし何者かが侵入し、彼女の研究室に立ち入っているのだとしたら。
そこには危険な試作魔道具、未完成の転送装置……。
――盗難か。
ライラックは深く息を吸い、気配を殺すように足運びを変えた。
石畳に響くはずの靴音は、まるで闇に溶けるように消えていく。
そして彼は、慎重に、慎重に――
ソンジ・マートスの研究室へと近づいていった。
夜の学園に、ただ一つ灯る不審な光。
それが、この後起こる“異変”の前触れであることを、彼はまだ知らない。




