第9章ーおまけ
夏休みが終わる前日。
学園本館最上階にある理事長室では理事長リーフ・エンドレッドと、教諭アサヒ・コールスタッシュの二人は形式ばらない雑談を交わし合っていた。
「俺が、レールステンに?」
俺は自分の耳を疑ったように眉をひそめる。
「同じ炎魔法使いだし、その方が教えやすいんじゃないかと思ってね」
理事長は涼しい顔でそう言ったが、その内容はとんでもないものだった。
サダメ・レールステン――この夏、盛大に問題を起こし、さらにとんでもない功績まで立てて帰ってきた生徒。その“個別指導”を任せたい、というのだ。
「夏休みに馬鹿をやらかしたガキに、俺が鍛錬をつけろって?
なんでそんな面倒くせー役を俺がやらにゃいけないんですかね」
俺は肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。
「炎魔法なら、キリヤ・オーヴェン先生がいるじゃないですか。
あの人の方がよっぽど適任でしょ。……まあ、あの人は別次元すぎますけど」
「キリヤ先生は今、危険度の高い依頼で学園を離れている。
君と違ってね」
「……それ、嫌味っすか?」
図星を突かれ、口の端が引きつる。
この学園の教員は、表向きは教育者。
だが裏では、騎士団や王国からの指名依頼を受ける“戦力”でもある。
強力な魔物討伐といった冒険者や騎士団だけでは対処できない案件を担う存在。
キリヤ・オーヴェンはその筆頭。
だからこそ、依頼が途切れない。
一方で――自分は学園の外へほとんど出ない。
それは事情があってのことで、理事長も承知している。
なのに、わざわざそこを突くような言い方をする。
「冗談はさておいて」
理事長の声色が、わずかに低くなる。
「君にしか頼めないことなんだ。
彼は勇者に対して並々ならぬ思いを抱えて、この学園に来た。
放っておけないだろう?」
「いや、んなこと知ったこっちゃないんですけど」
ぶっきらぼうに返しても、理事長は微笑みを崩さない。
「そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。
それに、彼には確かに力がある。あの“十死怪”を討伐した。僅か十六で、だ。
冒険者や騎士団でも、そう簡単に成し遂げられる偉業じゃない」素質がある者を、導かずに終わらせるわけにはいかない。
私たちが胡坐をかいて、彼の可能性を腐らせるわけにはいかないだろう?」
「……」
つい黙り込んでしまう。
軽口を叩く余裕は、もうなかった。
「頼む。
どうか彼の夢を、君の手で叶えてほしい。
これは――『君にしか』頼めないことなんだ」
理事長の眼差しは、真っ直ぐだった。
逃げ道のない、誠実で、そして強い圧。
……本気だ。
本気でサダメ・レールステンを、次世代の勇者に育て上げようとしている。
だが、俺の胸に浮かぶのは疑問だった。
――なぜ、そこまでする?
『あんなこと』があったというのに。
奴が、同じ運命を辿らないとでも思っているのか。
「……はあ」
深いため息が漏れる。
「わーっりましたよ。
やれるだけのことはやっときますよ。
言っときますけど、保証はしませんからね?」
理事長の表情が、わずかに和らぐ。
「……ああ。ありがとう」
断れない空気だった。
いや、正確には――断る理由を、自分が持てなかった。
まあ、いい。
もし奴が途中で心折れるなら、それまでの話だ。
進むか退くかは、結局あいつ自身が決めること。
自分は、ただ火を投げ込むだけ。
燃え広がるか、消えるかは、本人次第だ。
こうして俺は、
サダメ・レールステンの個別指導を受け持つこととなった。
―転生勇者が死ぬまで、残り3930日―




