第9章ー95
「う゛っ!?」
銀鏡の翼龍が地面へ激突した直後。
空洞の底から、遅れて巨大な衝撃波が吹き上がってきた。
轟音と共に荒れ狂う風が、まるで暴れる獣の息吹のように壁を震わせる。
自分たちの身体も容赦なく煽られ、わずかに浮いた感覚に背筋が凍った。
「……っ!」
落ちる――そう直感した瞬間、自分は反射的にマヒロへとさらに強く絡みつく。
肩に回した腕に力を込め、腰に回した脚で必死にしがみつく。
彼女の頬がすぐ隣にある。
だが今は、そんなことを気にする余裕など一切なかった。
ただ、生き残ることだけに必死だった。
数秒。
いや、体感では何十秒にも感じられるほど長い時間。
やがて、暴風は嘘のように収まり、空洞は再び静寂を取り戻す。
「……はぁ」
思わず、安堵の吐息が漏れた。
ここで落ちていたら、本当に洒落にならなかった。
マヒロがいてくれなければ、確実に今頃は奈落の底だ。
「サダメ、大丈夫でござるか?」
耳元で、落ち着いた声が響く。
「あ、ああ……。悪い、マヒロ。苦しくないか?」
「問題ござらん。なんなら一日中このままでも構わんでござるよ」
「いや、それは流石に俺が別の意味で限界来るから。遠慮しとく」
「おろ? そうでござるか?」
冗談とも本気ともつかない返答に、思わず苦笑が漏れる。
突風に煽られて、さっきより強く抱きついてしまったのは確かだが、彼女はまるで気にしていないらしい。
……いや、本当に気にしていないのだろう。
こういうところが、マヒロという人間の強さなのかもしれない。
「して、これからどうするかでござるな。
ずっとこの場に留まっておくわけにもいかぬが、この場から動こうにも……」
マヒロの言葉に、現実へと意識が戻る。
自分は両腕が痺れたまま。
マヒロも片手で水龍を壁に突き刺し、ようやく二人を支えている状態だ。
このままでは、いずれ体力も限界を迎える。
――誰かに、助けを呼ばなければ。
そう考えた、まさにその瞬間だった。
「おーーーい!! 大丈夫かーーーい!?」
上方から、聞き慣れた声が空洞内に反響する。
「ッ!? この声……ソンジどのー!?」
マヒロが即座に叫び返す。
見上げれば、崖の縁にいくつもの影。
ソンジさん、フィー、ギリスケ、ミオ――仲間たちがこちらを覗き込み、必死に手を振っている。
『二人とも、今助けるからちょっと待っててねーー!!』
今度はフィーの声。
彼女の手には、あの巻き取り機が握られていた。
「うむ! かたじけぬー!!」
マヒロが大声で返事を返す。
それを見て、自分は思わず感心する。
あれだけ無茶な使い方をされたというのに、まだ動くとは。
随分と頑丈な魔道具だ。
ほどなくしてロープが降ろされ、マヒロが器用にそれを掴む。
仲間たちの力で、ゆっくりと、確実に自分たちは引き上げられていった。
こうして――。
サダメとマヒロは、銀鏡の翼龍が穿った深い空洞から、無事に生還することに成功した。
伝説の魔物との死闘。
満身創痍の仲間たち。
それでも、誰一人欠けることなく生き残った。
それは紛れもなく、奇跡のような勝利だった。
――少なくとも、この時の自分たちはそう信じていた。
……などと思っているのも束の間、
まさか、あんな事態が待ち受けていようとは。
―転生勇者が死ぬまで、残り3912日―




