第9章ー93
――動け。
動け、動け、動けぇぇぇ――!!
胸奥で燃え盛る復讐心が、凍てついた血を再び熱へと変えていく。
意志が、命令となり、命令が肉体を叩く。
動け。
動かなければならない。
ヒビが入ったということは、この氷の牢もいずれ砕け散る。だが――その“いつか”を待つほど、彼の忍耐はもはや残されていなかった。
憎き敵を、このまま見逃すなど許されぬ。
たとえ、今この瞬間に氷を砕く力が己に残されていようとも。
一刻も早く、地上へ。
一刻も早く、あの忌まわしき種族の喉笛へ。
たとえ今回現れた人間どもが、かつて自分を追い詰めた者達とは別であったとしても関係はない。
同じ種族である限り、いずれ刃を向けてくる。
ならば――根絶やしにする他あるまい。
あの頃学んだ教訓。
弱き種族であっても、油断すれば牙を剥く。
だからこそ、徹底的に、完全に、二度と立ち上がれぬほど叩き潰す。
――殺す。
絶対に、殺してやる……!!
殺意が魔力を揺さぶり、凍結した空間に歪みを生む。
氷塊の内側で、銀鏡の鱗が淡く光を帯び始める。
冷気と魔力が衝突し、氷の内壁が軋む。
――うおおおおおおおお!!
全身の筋肉に力を込め、翼を動かそうとする。
最初は、僅かに。
だが確かに、動いた。
ピシリ。
ピシリピシリと、周囲に新たな亀裂が走る。
――おおおおおおおおおお!!!
咆哮が空洞を震わせる。
氷の牢はもはや耐えきれず、蜘蛛の巣状に割れ広がっていく。
そして――。
砕け散る氷片の嵐の中、巨大な影が解き放たれた。
千年近く閉じ込められていた存在が、ついに自由を取り戻す。
――ハァ……ハァ……。
重く息を吐き出す。
翼を広げ、四肢を伸ばし、確かめるように身体を動かす。
動く。
自由だ。
己の意志のまま、すべてが動く。
久しく忘れていた感覚。
それだけで、胸の奥にわずかな高揚が満ちる。
――やっとだ。
やっと、私は自由になった。
だが、その歓喜は一瞬で掻き消える。
脳裏に浮かぶのは、憎悪の対象。
人類。
小さく、弱く、しかし執念深い害虫ども。
――待っていろ、愚かで矮小な種族よ。
今度こそ、貴様らに教えてやる。
私の恐ろしさを。
二度と刃向かう気すら起こらぬほど、徹底的にな。
視線を上へ向ける。
まだ頭上には、氷塊の残骸が覆いかぶさっている。
だが、もはや障害ではない。
翼を一振り。
魔力を纏った突進。
残された氷を粉砕しながら、彼は上を目指す。
地上へ。
光ある世界へ。
そして、復讐の舞台へ。
すべては、人類を滅ぼすために。
――――――――――
そして。
物語は、現在へと至る。




