第9章ー87
それから彼は、一週間の時をかけて次なる地へと辿り着いた。
そこは、生まれ故郷とは明確に異なる土地だった。
空気に満ちる魔力の質が、より澄み、より濃い。冷たさの奥に張りつくような力があり、呼吸するだけで体内に魔力が染み渡っていく。
――ここは、良い。
本能的にそう理解する。
翼龍にとって、これほど住み心地の良い環境は他にないだろう。
――気に入った
彼は即座に決めた。
この地を、新たな住処とする、と。
だが――当然ながら、この国にも人類は存在していた。
敵対は、避けられない。
しかし、その事実に彼は微塵の不安も抱かなかった。
なぜなら、人類など、すでに“知っている”存在だったからだ。
脆弱で、恐怖に縛られ、数を頼りにするしか能のない生き物。
――今回も、楽勝だ。
そう確信していた。
だが、その慢心こそが、致命的な誤算だった。
戦いが始まってすぐ、異変に気づく。
――……なぜだ?
吹き荒れる冷気。
周囲一帯を凍てつかせるはずのブレスが、巨大な結界によって防がれている。
しかも、相手はたった十数人。
以前相対した集団と比べれば、数は圧倒的に少ない。
それにもかかわらず――。
『なぜ、こいつらは死なない』
困惑が、明確な形を持って胸中に広がる。
ブレスを吐き終えた瞬間を狙い澄ましたかのように、彼らは一斉に動く。
剣撃、魔法、術式――ありとあらゆる攻撃が降り注いだ。
幸いにも、彼の鱗は鉄壁だった。
物理攻撃であろうと、魔法攻撃であろうと、致命傷には程遠い。
だが、それでも。
攻撃は、止まらない。
一人として諦めることなく、何度も、何度も、執拗に挑み続けてくる。
効かぬと分かっていながら、それでも攻め続けるその姿勢が、彼の神経を逆撫でした。
――……しつこい
苛立ちが、明確な怒りへと変わる。
そして、その瞬間――彼は初めて、新たな力を得た。
【百夜の咆哮】
人類が放つ魔法攻撃を観察し、模倣し、己の魔力で再構築した光の魔法。
それは吐息と共に放たれ、大地を抉り、巨大な穴を穿つほどの威力を誇った。
これならば、と彼は思った。
だが――それでも、通じない。
この国の人類は、なおも立ち上がった。
加えて、その魔法には致命的な欠点があった。
使用には溜めが必要で、連続使用ができない。
その隙を、彼らは逃さなかった。
猛攻が続き、ついに――
誇り高き鱗に、初めての“ヒビ”が入る。
理解する。
このままでは、やられる。
焦燥が、初めて彼の胸を支配した。
ならば――最後の手段だ。
国そのものを凍らせる。
全てを氷に閉ざすほどの魔力を吐き出せば、さすがの人類も耐えられまい。
そう考え、彼は大きく息を吸い込む。
肺が軋むほど、限界まで魔力と空気を溜め込もうとした、その瞬間――。
視界の端で、一人の男が動いた。
彼の全身を覆い尽くすほどの、巨大な火の玉。
それが、一直線に――
彼の口内を狙って、放たれた。




