第9章ー86
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内部を爆破され、内臓と血肉を無残に損壊された銀鏡の翼龍の意識は、急速に薄れていった。
全身を満たしていた魔力は制御を失い、かつて当たり前のように感じていた「生」の感覚が、砂のように指の隙間から零れ落ちていく。
久方ぶりに味わう、死の境地。
だが――かつてとは違う。
あの時は、生き延びるという確信があった。
どれほどの傷を負おうと、自分は死なぬ存在なのだと、疑いもしなかった。
しかし今は違う。
理解してしまったのだ。
自分は、ここで終わるのだと。
そして――人類に、敗北したのだと。
その刹那、意識の奥底から過去の記憶が奔流のように溢れ出した。
遥か昔。千年の時を遡る。
ここから数千キロ離れた、極寒の地。
銀鏡の翼龍は、暗く閉ざされた雪山の小さな洞穴の奥で生を受けた。
外界の光は届かず、ただ濃密な魔力だけが満ちる場所。
それこそが、彼にとっての揺籃であり、楽園だった。
魔力を糧に、彼は急速に成長していく。
生後わずか半年。洞穴の中でぬくぬくと育っていた巨体は、やがて岩肌に収まりきらぬほどにまで膨れ上がった。
さらに半月ほどが経った頃。
限界を迎えた身体は、洞穴そのものを内側から破壊し、雪山を崩落させながら外界へと姿を現す。
その瞬間が、彼にとっての“誕生”だった。
初めて目にする外の世界。
吹き荒れる雪嵐、白一色に染まった大地、そして――無数の小さな生き物。
二足歩行で、己よりも遥かに小さい存在。
剣や槍を手に、何十、何百と群れを成してこちらを見上げている。
人類。
彼が人類を初めて目にした時の感想は、純粋な疑問だった。
――なんと、弱そうな生き物だろう。
確かに武器を構えてはいる。
だが、その顔には恐怖が張り付き、震えが隠せていない。
それでも、彼らからは確かな殺意が向けられていた。
直感的に理解する。
この者たちは、自分を殺せると思っているのだ、と。
――弱いくせに、なぜ?
疑問と共に、興味が湧いた。
ならば試してみよう。
自分と、彼らとの力の差を。
生まれながらにして濃密な魔力を体内に蓄え、その巨大さをすでに理解していた彼にとって、それは格好の機会だった。
魔法の理屈など知らない。
ただ、肺いっぱいに満ちた魔力を吐き出す。
すると――。
吐息と共に放たれた冷気は、周囲の木々を、建物を、瞬く間に凍結させていく。
人類も例外ではなく、悲鳴すら上げる間もなく、氷像と化していった。
勝負は、数分で終わった。
圧倒的な差。
抵抗と呼ぶにはあまりにも脆弱な結末。
その光景を前に、彼が抱いた感情は――失望だった。
――つまらぬ。
己の力を完全に理解した彼は、生まれ故郷を後にする。
目的などなかった。
ただ、自らの力を試せる場所を求めて。
その先に、今日の結末が待っているとも知らずに。




