第9章ー83
暗転。
空洞へ突入した瞬間、世界から光が失われた。
外の白い氷原とは、まるで別物だ。
上下の感覚が一瞬で狂い、視界の端をかすめるのは、凍りついた岩壁と、砕け落ちていく無数の氷の破片だけ。
「……っ」
思わず息を呑む。
空気が重い。冷たいというよりも、淀み切っていると言ったほうが近い。
先行して落下していく銀鏡の翼龍の巨体が、かろうじて視界に捉えられた。
落下の衝撃で削れた鱗や、砕けた氷の塊が、まるで流星のように周囲を飛び交っている。
――生きている。
理屈ではなく、直感で分かった。
あの落ち方で即死するような相手ではない。
「サダメ、左右に注意でござる!」
マヒロの声に、即座に意識を切り替える。
壁面が近い。少しでも姿勢を誤れば、岩壁に叩きつけられて終わりだ。
そのときだった。
――――――――――!!!
空洞の底から、腹の奥を揺さぶるような咆哮が轟いた。
「……っ!」
鼓膜が震える。
やはりだ。完全に、まだ終わっていない。
長く、果てしなく続く暗闇の先――
ようやく見えてきた空洞の底部には、巨大な氷柱と岩盤が入り混じった、半ば崩落した空間が広がっていた。
そして――。
「……マジかよ」
そこに到達する前に、銀鏡の翼龍はすでに体勢を立て直そうとしていた。
頭部と右翼へのダメージは、まだ確実に残っている。
よく見れば、自分たちが攻撃した箇所には火傷や出血の跡があり、確かに攻撃が通っている証拠があった。落下の途中でも、岩や氷に何度もぶつけていたはずだ。この高さからの衝撃で、無傷なわけがない。
――それでも。
頭部を振り、巨体を軋ませながら、なお立ち上がろうとしている。
その全身から放たれる魔力の圧は、外にいたときよりも濃く、重く、空間そのものを押し潰すかのようだった。
「……やはりでござるな」
マヒロが低く呟く。
その声には、恐怖よりも確信が滲んでいる。
ここが、終点だ。
翼龍は、もはや飛べない。
だが代わりに、この空洞そのものを戦場として、ここで決着をつけるつもりなのだろう。
お互い、逃げ場のない場所。
となれば――先に攻め切った者が勝つ。
だが、現状では問題があった。
自分たちとやつとの距離が、微妙に離れている。
マヒロの鬼龍ならともかく、自分の火球・双爆拳は、この距離では届かない。
「サダメ」
「ッ!?」
名を呼ばれた直後、背後からふわりと温もりを感じた。
マヒロが、優しく抱き着くようにして距離を詰めてくる。
いや、抱きついたというより――支える、という表現のほうが正しい。
彼女は自分の右手を掴み、そのまま前方へと突き出させた。
「この距離であれば、お主の全力も放てよう。安心めされよ。拙者が側に居て、サダメを支えよう」
「……マヒロ」
一瞬、何をするつもりなのか分からなかった。
だが、その言葉を聞いて、すぐに理解する。
――そうか。
近距離で決められないなら、遠距離で決める。
火球で、すべてを終わらせるつもりなのだ。




