成熟は代わり去る
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふむふむ……現在の選挙権は満18歳以上からねえ。
確か、一時期は20歳以上が大人扱いだったんだっけ。それが引き下げになった理由として、少子高齢化の影響があると聞いたことがあるよ。
子供が少なく、長く生きる人が多いということは、選挙権を持つ人も高齢者の人の割合が増えるということ。極端な話、おじいちゃんおばあちゃんの意見が大半を占める恐れがあるわけだ。ひょっとしたら時代遅れで、実情にそぐわない意見がまかり通ってしまうかもしれない。
子供はすぐには増えてくれない。一瞬で20歳を超える子にはなってくれない。新しい風を呼び込むに、7000日以上の時を待たなきゃいけない。
なれば、大学生になれる歳からもう、若い意見を取り入れてバランスをとろう、といったところだろうな。
年齢。
他人が相手を判断する材料のひとつだが、本人としては誕生日を迎える前と後で、劇的に何かが変わるわけでもない。よくも悪くも変化はゆるやかに訪れる……というのが、大勢の認識ではないだろうか。
しかし、そいつは本人が気づいていないだけかもしれない。あるいは自覚がなく、たいした問題と思っていないのか……。
俺のいとこも、少し不可解な経験をしたらしいんだよ。聞いてみないか?
いとこが高校生のとき、18歳になった翌日のことだ。
目を覚まして、ひょいと枕を振り返った瞬間、ぎょっとした。
青い枕カバーのところどころに、白い粒々がまばらにまぶされていたのだから。
ひとめで、フケの心配をした。自分の頭皮から出る老廃物、その存在そのものは健康なものであっても、発生するのが自然だ。
だが、こうも一晩で集中しては気になるのも道理。すぐに手をやり、頭をわしゃわしゃとかきむしった。
じっと横になっているだけで、これだけの量が出たんだ。こうやって無理やりいじくったのなら、もっともっと出てくるはず。すぐにでも、頭からこの不潔なものたちを払い落としたいと思ったんだ。
ところが、いくら指を髪の間に通しても出てこない。
なかば爪を立て、力を込めて皮膚にこすりつけていっても、これ以上はなにも。
信じられない心地がしたが、起床時間が迫っている。枕カバーを引っぺがし、部屋の隅にあるゴミ箱の上で、ばさばさと泳がせる。
パラパラと、フケにしてははっきりとした音を立てて、それらは箱の側面にぶつかり、落ちていったらしい。
学校に行っても、いとこはどうも頭が気になって仕方なかった。
昨夜の溜まり具合からして、ややもすれば頭にまた、あの硬質なフケが溜まってしまうだろう。定期的に処理していこうと思ったんだ。
折を見て、トイレの流しの前。鏡を見ながら紙をすいていくいとこ。思惑通りに、ぽろぽろとフケがいくらか落ちていった。
こいつらもまた、今朝に見たのと同じ。流しの底に落ちて、音を立てていく。これまで自分が見てきた、軽くてかさかさしたものとは明らかに性質が違った。
異変はそれだけにおさまらない。
体育の終わりの時間。いとこは垢も出やすい体質で、脱ぎ着の際に肌と服がこすれあっただけでも、ぼろぼろとこぼれ出てしまうことしばしばだった。
けれど、いつもなら粘土のように柔らかいそれが、フケと同じ硬いものに化けていたんだ。
指で押しても形を簡単に変えることなく、床へ落ちれば音を立てて弾み、転がっていく。肌からじかにこぼれるものが、見せてはいけない動きがそこにあった。
気にするようになると、ありとあらゆる体の老廃物、排せつ物がやたらと重さを帯びていることを、いとこは感づいていく。
トイレなどでは、特に顕著だ。大小を問わず、水はねがあった直後に、彼らがことごとく便器の底をガチン、ガチンと叩く音が返ってくるんだ。のぞきこんだ水の底には、やや黄色みを帯びた水をこさえながら、底に沈んでいるミミズ状の個体が奥へ奥へと伸びている。
自分の体が妙なものをひり出している。
この現実、素直に受け取れる人はそういないんじゃないだろうか。
いとこも同じくだ。にわかに信じられず、かといって幻じゃない。たまたまの偶然の産物で、少し時間を置けば元通りになると思い込んでいたそうだ。
だが、二日経って三日経っても、同じようなことは起こり続けた。休み時間などは、虫に喰われたかのようにかゆみの止まらない腕を、ついがりがりとかいてしまったらしい。
しばし、かき続けて手を離したときなどは、その患部を中心とした一部分が、人の肌とはまったく別物の顔をのぞかせたんだ。
金属を思わせる銀色。その表面に浮かぶ、魚類のうろこを思わせる精緻な文様。立ち昇る香りは、銅に似た特徴的な臭い。しかし指触りは本来の肌と大差ない柔さを持っている。
あわてて、周りの肌をそこへ寄せていくように押し付けると、銀色はすっかり隠れてしまったが、いよいよいとこは大事になろうとしているんじゃないかと、体を震わせる。
――ひょっとすると、この銀色のうろこに体が覆われてしまうんじゃないか。となると、ここのところの自分の排泄の異状は……。
自分の「人間」であった部分が、剥がれ落ちているのではないか。
悪い想像は広がる一方で、ついに母親であるおばさんに、このことを打ち明けてみたらしい。
おばさんは細かに経過を確かめたあと、もうあと一日、二日ほど様子を見ろ、と答えてくれたとか。
正常なはたらきがあるなら、出たものがまた入ってくる。そうでなければ、あらためて対策を練ろうと、ね。
二日後。
その日はまだ10月ごろだというのに、予報にない雪がぱらつく日になった。
粒の一つひとつは、ゴマほどの小さいもの。とうてい積もることはないだろうと、ある人は不満げで、ある人はほっとした顔をしていた。
けれども、いとこはそれらの反応を見るのもそこそこに、この雪の異常さに気が付いていた。
やたらと、自分へまとわりついてくる。
屋外にいるときはもちろん、屋内でも窓などがわずかでも空いていれば、どこから吹いたかもわからない風に乗り、自分へぶつかってくるんだ。
はじめこそ、うっとおしげに払いのけていたいとこだけど、そのうちこの雪がぜんぜん冷たくないことに気づいたんだそうな。
溶けないまま、地上に落ちた氷の粒の精鋭たち。それらが冷えをもたらさないなど、およそ考えづらいこと。
それはちょうど、人の体があまりに硬質なフケや垢、排泄物をひり出すことなど、まずないのと同じように……。
悟ってからのいとこは、それからの雪をあえて受け続けたそうだ。
学校にいた数時間で、数えきれない粒が彼の肌に取り付き、消えていった。その日に自宅へ帰るころには、もうフケたちはいとこの知る状態へ戻っていたそうだ。
いくら強く引っかいても、もう自分の腕はあのうろこのごとき状態をさらしてくれることもなくなった。
おばさんに報告すると、そいつは世界の代謝がうまくいっている証拠だと、胸をなでおろしたらしい。こいつがちゃんとしていれば、我々の出会う不思議も、当人たちだけの秘密となるだろうと。
しかし、いつも万全でいられるとは限らない。もし、おかしなままで進むような事態が起こり、話が残るようなら世界の調子がおかしいのだろうな、とも。