第三話 幽霊の正体見たり
「俺、彼女がいるっていったよな?」
少し怒りのこもった声で口にするが、銀髪彼女は小悪魔な笑みで返してくる。いつになくムカつく顔で。
「一週間だけだよ。それくらいで絶縁になったら月欠くんと彼女の関係は蜘蛛の糸よりも細いってことだよ」
「俺と彼女の赤い糸は誰にも切れないくらい太い」
「それは流石に引く」
「神様、目の前にいる悪霊をどうか地獄に落として下さい」
「私と月欠くんの関係はその程度だったの!?」
「安心しろ。一本だけ蜘蛛の糸下ろしとくよう神様に頼んでおく」
「それ最終的に切れちゃうじゃん!」
『漫才するなら私、帰りたいんだけど』
白崎は俺達の視界を遮るように入り込んでくる。
「あーごめん。月欠くんと話すとどうもね」
彼女は机から降りてダンボールに入っていた一冊の本を取り出した。
「天機泄らすべからず。私達のことは口外しないこと、守れる?」
白崎は『はい』とノートに書く。どこまで信頼していか分からないが銀髪彼女は躊躇うことなく口にした。
「じゃあ解決方法を説明するね。この怪奇症は一人の人間の嘘から幾万の人間に真実として捉えられる。はい、月欠くん、この言葉の本質を答えてくれたまえ」
彼女は俺に向かってビシッと指をさす。
まぁ答えなきゃ前に進まないので答えるか。
「一人の人間から幾万の人間に……つまり一人の嘘じゃなかったら真実として捉えられないってことか?」
「一つ正解。月欠くんの思う通りこの怪奇症は二人の嘘なら発現しないんだ。あともう一つはそれが真実だと発現しない。二つ方法があるから結構イージーモードだと思うよ。まぁ月欠くんには白崎さんがつく嘘を有耶無耶にしてほしいんだけどね」
「なるほど筋は通ってる。だが、それなら彼氏になる必要はないだろ?」
「えーとね。詳しくは言えないけど、白崎さんの怪奇症のきっかけにそれが絡んでいるんだ。完全に怪奇症を消失させるには白崎さんに彼氏がいるという事実を作らないといけない」
俺は頭を捻るが一向に答えが出ず、視線を彼女に向けた。
「……よく分かんないんだが」
「月欠くん、鈍感男はモテないよ」
「ハーレムは求めてない」
「まぁ彼氏という既成事実をこの学校で作れば完全治療できるんだ。騙されたと思って月欠くんは偽の彼氏を演じてね」
「騙されたじゃなくて騙すだろう。というか他の誰かじゃダメなのか?」
「白崎さんは顔からしてモテるでしょ? 邪なのがいて、それがもし真実になったら白崎さんはどうなる?」
「……ああそういう事か」
邪な奴に脅されて真実にさせられたら二度と嘘にならない。白崎さんは一生そいつに人生を狂わせれてしまうってことか。
「その点、月欠くんは躾のなった獣だから待ってと言われたらちゃんと守る従順な獣だ」
「色々といいたいことがあるが、なんで一週間なんだ?」
「この怪奇症の嘘は一週間ほど効力がある。一度嘘を言って真実になると時間がリセットされるから完全に効力をなくすには一週間使わないようにしなきゃいけないんだ」
「なら白崎さんが喋らなければ」
「白崎さん、一週間喋らずに過ごせる?」
少し間をおいて白崎はノートに書き始める。
『無理。私が喋らないと皆んな嫌悪な雰囲気になる』
「だそうだよ。月欠くん」
「……白崎さんはどうなんだ。偽彼女を演じるの嫌だろ?」
『別に。月欠くんに好意を抱くなんて猿に恋をするのと一緒よ』
「……白崎さん、何かキャラ違くない?」
『あ、ごめんなさい。つい本音を書いてしまったわ』
「女って怖い」
「百面相な偽彼女だね。まぁ怪奇症の治療は全部月欠くんに任せるよ」
「……お前楽しんでないか」
「ソンナコトナイヨ」
彼女は目を泳がせて片言で喋り終えると一冊の本を白崎に渡して口を開く。
「万が一、私と月欠くんが居ないときに大勢の前で嘘を口にしてしまった場合、これに一語一句事細かに書くこと」
白崎は『はい』と書いて彼女はにっこりと口元を緩めた。やはり美少女の顔は万病に効くとはよく言ったものだ。
「じゃあ白崎さんは普通に喋って大丈夫だよ。月欠くんは白崎さんの話に合わせながらサポートしてね」
「ひとついいか?」
「なんだね、月欠くん」
「家にいる場合はどうするんだ?」
「そこは大丈夫よ。両親はいつも海外を回っているから家にいないわ」
俺は振り返ると白崎はマスクを外して一息つく。
「それで月欠くんと帰ればいいわけ?」
「それがいいかもね。いつも怠惰な月欠くんだけど、やる時はやる男だから安心して」
「やればできる子みたいに」
「ふふ、それじゃあまとめに入るよ。一週間の間、白崎さんは嘘はつかないこと。万が一嘘をいったらその本に書くこと。次に月欠くんは白崎さんのサポートを徹底してね。一応協力者を呼んでもいいけど一人までにすること。この怪奇病は人間関係の影響で変わったりすることもあるから気をつけてね」
「さらっと最後に爆弾投下するな」
ドアが自動ドアのようにスライドし、彼女は窓から差し込む夕暮れの陽光に照らされて口を開く。
「それじゃあ月欠くん一週間にまた。あ、扉は勝手に閉まるから鍵はいらないよ」
そう言うと輪郭が陽光に溶け込んで形作った彼女の姿はもうなかった。白崎から小さく「ゆ、幽霊」と呟いたことを俺は聞き逃さなかった。
◆◆◆◆
地平線に沈む太陽をバックに俺と白崎は同じ帰路を歩いていた。大して話したこともないクラスメイトに何の話を振ればいいのか悩んでいると白崎が恐る恐る聞いてくる。
「聞きそびれたんだけどあなた達って何者?」
宇宙人とでも答えてほしいのだろうか。だが白崎から話を振ってくれるのはありがたい。
「医者と患者ってとこだな。俺は患者の方な」
「てことはあなたも怪奇症なの?」
「現在進行形でそうだな。まぁこれでも緩和した方なんだが」
正面から車が来るのを見て俺達は横へと寄って通り過ぎるのを待つ。車は変わった様子もなく通り過ぎていき、俺は話を再開した。
「俺の怪奇症は」
「あなたの怪奇症に興味はない。私が聞きたいのは銀髪の彼女についてよ」
「際ですか。だが、説明するとちょっと長くなるぞ」
「いいから説明して」
「……あいつは怪奇症そのものだ」
「それって怪奇症の要因ってこと?」
「語弊が生まれる言い方ですまん。俺も詳しくないが、あいつは誰かから生まれた怪奇症なんだ」
「どういうこと?」
「怪奇症が生み出したいわば創作彼女。いないはずの人物がいるという認識にすり替えて存在してるみたいな感じだそうだ」
彼女と知り合ったのは五ヶ月前。不運にも彼女と出会ったことで俺の人生は大きく変わった。
といってもいたずらが多いから恩義が薄れているような気もしなくもない。
「ふーん、それにしては人間くさかったけど」
白崎は道草にあった石ころを蹴って視線を遠くに向ける。
「あなた達って変人ね」
「俺も? 至って平凡な男子高校生だと思うが」
「平凡なら怪奇症のこと知ってないでしょ」
「それを除けば平凡そのもだ。勉強して、友達と遊んで、彼女とデートをする、なんてことない普通の男子高校生だ」
「最後の彼女とデートってところが普通じゃないわ。世の男子は彼女欲しい彼女欲しいと嘆いているというのに」
「なぜ自分から作りにいこうとしないのだろうか」
「それクラスで言ったらころ……何でもないわ。それで彼女はどんな人なの?」
「至高無上にして唯一無二の存在です」
「そんなこと聞いてない!」
「興味ないのか、恋愛」
「……っ! 色恋って面倒でしょ?」
白崎は足元に視線を落として歩幅が僅かに小さくなる。少しずつ離れていく白崎に俺はペースを落として距離を戻す。
「面倒と思ったら俺は恋をしたりしない。それに好きという言葉に嘘をついたら辛いだけだしな」
「……そう」
十字路に出て白崎は左の方へ指をさす。
「私の帰り道はこっち」
「悪い。俺は真っ直ぐだ」
「そう。ならここでお別れね」
白崎は右に二、三歩進みくるりと振り返る。
「明日からよろしく、偽彼氏」
「こちらこそ、偽彼女」
白崎は黒髪を靡かせながらコツコツと歩いていった。やがて遠くの角に曲がって白崎の姿は消えていった。
「さてと。これから彼女になんていうか」
今頃、家に帰宅している頃だろう。手短にすますならメールだが、それだけじゃ彼女は許してくれず絶対自宅に乗り込んでくる。ならばこっちから彼女の家に乗り込んで土下座覚悟で弁明しなければならない。あわよくば家に上げてもらうことも期待して。
「右向き右。目的地、夢と地獄の国へとしゅぱーつ」
気の抜けた鼓舞を入れて俺は彼女の家へと向かった。