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第二話 一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ



もし顔立ちに採点をつけるなら彼女は百満点中百点だろう。それくらい彼女の顔は完成された一つの芸術であり、浮世離れした顔立ちに思わず二三度振り返ること間違いない。しかし、性格の項目を追加したなら二百点満点中百点だ。もしこれらの項目が全て満点だったら俺は彼女にぞっこんしていたかもしれない。


「また女の子を連れてきて……月欠くんはハーレム王になりたいのかい?」


第二図書室に置かれた唯一の机を椅子替わりに座って彼女はニヤリと笑みを浮かべる。


「ならねぇよ。いいから早く解決してくれ」


「そういわれてもね。私は何でも知ってる神様という存在じゃないんだよ。あーでも月欠くんの黒歴史なら熱く語れるよ」


「あれは必要だから言っただけだ。本当ならお前なんかに言いたくなかった」


「まぁまぁ、立ち話もあれだし入りたまえ」


居酒屋に誘う上司のように彼女はちょいちょいと手を上下に振る。誘われたら長くなるぞこれはと言いたげに俺は視線を白崎に送るが迷わず入った。白崎はいつか痛い目見るかもしれない。

俺達が中へ入るとドアがゆっくりと閉まり、白崎がびくりと肩を震わす。


「安心したまえ。取って食ったりしないよ。ああ、そこにいる獣は知らないがね」


「俺は物分りのいい獣なんで襲わないぞ」


「躾をしてくれた両親に感謝だね」


「それはどうも。両親にいい息子だと伝えておくわ」


「ふふ、それで彼女の名前は?」


彼女は好奇な目で白崎を見つめる。


「おや? 喋らないのかい? もしかして諺の影響で喋れなかったりする?」


白崎は丸くなった目をぱちりとして慌ててノートに書き始める。書き終えると彼女に向けてノートをかざした。


「白崎唯ね。これからは白崎さんと呼ぶけどいいかい?」


白崎はこくりと頷く。


「それはよかった。ああー私の名前だが、彼女、もしくは本人と呼んでくれたまえ」


白崎は首を傾げてノートを見せる。


「どうして三人称かって? それは私自体がそういう諺だからだよ。諺とは? うーん、なんていうか、一種の病気みたいな感じだよ。病気じゃなくて諺は教訓や風刺だろうって? まぁこうなるよね。本当はもっと別の俗称にしたいんだけどね」


彼女は何か閃いたように手を叩き、視線を月欠に向ける。


「月欠くん、何か別にいいあだ名ないかい?」


「ネーミングセンス皆無の俺が考え出すとろくな物にならないぞ」


「一つや二つくらいあるよね」


「うーん、そう言われてもなぁ……」


しばらく諺の新たな俗称の口論となった。

故事成語は古臭いだの、おじさん臭いだの、君は本当に男子高校生なのかと散々言われて【怪奇症】という俗称になった。


「結局お前のさじ加減じゃないか」


「口論したおかげで出てきたんだよ。ちゃんと月欠くんにも意味はあったさ」


「ほら。いつ終わるのかって白崎さんが言ってるぞ」


「書いてるともいうね」


「はぁ……それでその怪奇症なんだが、白崎さんの怪奇症はなんだ?」


「うん? ああそうだったね。月欠くんの話に夢中で忘れていたよ。まるで子供の夢物語を聞いているか感じで心地よかった」


「で、白崎さんの怪奇症はなんだ?」


「まず怪奇症がどういうのか白崎さんに説明しなきゃいけないんじゃないかい?」


それもそうだ。何も知らない子供に高校生がやる問題を見せて解けといわれて解ける子供なんていない。

逆に答えさえ分かっていれば解けるのは必然だ。俺は白崎の方に視線を移して口を開く。


「えーと、怪奇症は超常現象を引き起こす諺を体現した病気みたいなものだ。もちろん白崎さんは信じられないと思う。TVやネットとか載ってないし、あっても胡散臭い奴ばっかりだし、なんなら俺達が嘘をついてると思っているはずだ。でもあるんだよ。それが怪奇症だと気づいてないだけで、自然と日常に溶け込んでいるんだ。現に俺も五ヶ月前までそうだった。言われなきゃそれが厄介事に巻き込まれやすいなって思ってたくらいだったからな」


発症するにあたって様々だという。いつどこでどうすれば発症するのか、誰にも分からない。

というか白崎が目を回しているから絶対説明長すぎたなこれ。


「要約すると怪奇症は論理的に説明できない超常現象なんだ。化学で説明できないから医者に相談しても君の思い違いだっていわれる始末だ」


銀髪彼女の方に視線を移すと彼女は小悪魔な笑いで俺の方を見ていた。


「将来先生にでもなったら?」


「先生って柄じゃない。それで白崎さんの怪奇症は?」


「つれないなー、まぁいいか。結論からいえば聞くか見なきゃ分からないだ」


俺と銀髪彼女は白崎さんの方に視線を移すと白崎は下を向いてノートを見せる。最初に口が開いたのは俺であった。


「声に出したらそれが真実になる……つまり?」


銀髪彼女に疑問を投げかけると彼女はしっかりとそれを受け止めた。


「つまるところ嘘でいったつもりが本当のことになってしまうと」


白崎はこくりと頷き、続けてノートに書き記す。


「そしてその嘘は二度と嘘になり得ない。なるほどね。白崎さんの言いたいことが何となく分かった」


彼女は白崎の顔色を見て声に出す。


「つまり白崎さんは怪奇症で友達を殺してしまった、そうだね?」


いきなり物騒な話になって俺は目が点になった。一瞬口篭もったが、呂律が回り始めるとはっきりと声に出せた。


「ちょ、ちょっと待てよ。白崎さんが友達を殺したっていってないだろ」


「仮に夢が実現するなら月欠くんはどうする?」


「億万長者になりたいです」


「素直でよろしい。で、その願望を限定的に叶えることができる怪奇症を白崎さんは発現してしまっている」


「……つまり白崎さんが望む通りに現実を変えることが出来ると?」


「うーん、少し違うかな。あくまで認識を変えるそういう怪奇症だよ。白崎さんはその怪奇症を発現させた結果、白崎さんはその過程で友達を殺してしまったんだ。いや、言い方が悪いね。その友達をいないことにしたが正しいかな」


「……殺してはいないんだな?」


「殺しといないことは全く別物だよ。あくまで忘却現象のようなもの。そうでしょ? 白崎さん」


白崎は俯きながらノートに『はい』と書く。銀髪彼女は白崎の頭を見て肩をすくめた。


「【一犬影(いっけんかげ)に吠ゆれば百犬声(ひゃっけん)に吠ゆ】。嘘から出たまことと最初は思ったけど、その犬耳を見てこれだと思った」


「……なんだそれ。というか見なきゃ分からないんじゃなかったのか?」


「聞けば分かるともいったよ」


「際ですか。どうも俺の耳はガタがきてるようで」


「メンテナンスはしっかりしておくことを勧めるよ。それで一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆはどんな怪奇症なのか教えてあげよう」


『一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ』

誰か一人が嘘を言い出すとそれを聞いた人達が真実であるかのように広めていく。そうしていつしか真実と成りえるのがこの怪奇症だ。

諺辞典では一匹の犬が吠えだし、他の犬もそれにつられて吠えだしたことから転じてそうなったと書かれているが実際は極度の犬好きの妄言と銀髪彼女は言う。その人に謝れ。

彼女によれば昔からある怪奇症らしく、特に悋気(りんき)を抱えた女性がなりやすいらしい。


「本来、怪奇症は条件が当てはまっても滅多に発現しないんだけどね。でもきっかけがあれば発現する原因にもなるし、治す要因にもなる。要するに私が言いたいのは白崎さんがそのきっかけとなった部分を詳しく教えてもらうことだ」


白崎さんは俺の方をちらっと見てノートに書き記して俺に見せないように彼女に見せた。


「ああーなるほど。これは誰にも聞かれたくないね。女心を分かる私でなきゃ絶対引かれてるよ」


「心のないお前がいうか」


頭上から本一冊が落ちてきて俺の頭に直撃する。


「私は身も心も女の子だよ? 月欠くんみたいなデリカシーに欠ける人間は一生童貞のまま寂しい人生を終えるよ」


「あいにく俺にはモノホンの彼女がいるんでそれはないな」


「うそぉ!?」『うそぉ!?』


彼女と白崎はぴったりに、そしてUMAを見るような目を見開いた。


「いつどこのだれ!? そんなの私が認めないよ!」


『月欠くんいつも小説読んでたからてっきり二次元に現実逃避してたと思ってた』


「まさか二次元の彼女って言わないよね!?」


『現実と区別できないほど病んじゃっているのかも』


「ありえるね! 月欠くん、本が俺の嫁だとか言ってたくらいだし!」


「お前ら言いたい放題だな。というかなんで白崎さんは俺が小説ばかり読んでいると分かったんだよ」


白崎は一瞬硬直したが、すぐにノートに書き記す。


『出席チェックする時にクラス全員を見るの。その時に誰が何をしてるのか見たくなくても見ちゃうのよ』


「あーなるほど。白崎さんは学級委員だもんな」


そう聞くと学級委員の仕事って面倒だな。学級委員に入る奴はもしかして全員ドMなんだろうか。


『いま変なこと考えてなかった?』


「いや、全然。これっぽっちも妙な想像してませんとも」


白崎は読心術でも会得しているのか。もしそうなら詐欺師で一稼ぎで出来そうな逸材だ。

俺はコホンとわざとらしい咳払いをして口を開く。


「俺の彼女よりいまは白崎さんの怪奇症をどうにかするべきだろ」


「うーん、百億歩譲って月欠くんの彼女はいいとして、白崎さんの怪奇症をどうにかしても少し問題があってね。治せてもその友達は存在しないという認識になっちゃう」


「どうするんだよそれ」


「方法はないわけじゃないんだけど、月欠くんみたいな陰キャには相当キツイかも」


「聞き捨てならないな。俺は根暗でもコミ障でもボッチってわけでもない」


「RINEで通知三桁いってる?」


「すみません。よく分かりません」


「じゃあこうしよう。月欠くんにしか出来ない案件だよ!」


「俺のできる範疇で頼む。あと受けるかどうか俺次第で」


「月欠くんが受けないと解決方法教えないよ? あと月欠くんの怪奇病治療やめるよ?」


「……それ引き合いに出されると受けなきゃいけない流れになるよなぁ」


「もう。曖昧な表現はやめて受けるか受けないのかどっち!?」


「……分かった分かった。受けるから早く言え」


彼女はニヤリと笑みを浮かべて俺がいま最も恐れる言葉を口にする。


「一週間、白崎さんの彼氏を演じたまえ」


「……は?」『……は?』


陰陽師様、目の前にいる悪霊をどうか退治してもらいたい。俺は心からそう思った。

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