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箱庭アリス  作者: 二ノ宮明季
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「ただいま!」

「お帰りなさい」


 私が望んだとおり、彼は息を乱して帰って来た。


「ねぇ、ちょっとそこの椅子に座ってくれますか?」

「う、うん」


 彼はぎこちなく頷くと、私が薬を置いたテーブルの椅子に腰掛ける。


「私の事、愛してますか?」

「勿論だよ、僕のアリス。やっと僕の番になって、本当に嬉しいんだ」


 優しくて甘い言葉に、私の心臓はどくどくと脈打った。


「それを証明して欲しいんです」

「どうやって?」


 組んでいた足を戻し、私は彼の前まで進む。そして、テーブルの薬を指差した。


「あれ、飲めますよね?」

「お、怒っているの?」

「いいえ」


 頭を振る。彼は不安そうに私を見た。こんな表情、初めて。

 あまりにも嬉しくて、ついつい笑みが浮かんでしまう。


「けれど、ずっと寂しかったんです。どのくらい我侭を聞いてくれるのかな、って思って」

「これは、何?」

「何だと思いますか?」


 どうやらちょっと怖いらしい。どこか縋るような視線がくすぐったい。


「……どっちかな?」

「どっちでしょうね?」


 私は微笑んだまま首を傾げた。いつもなら、こんな行動をするのは彼の方だ。


「いいよ、僕だけのアリス。君の思うがままに」


 彼はその薬が何であるかを確認せずに、口に運んだ。

 粉の薬と、水道の水。それらが彼の喉の通るのを、私はじっと見つめる。


「ありがとうございます、ウヅカさん」

「どうして、その名前を……」

「あれ? 貴方がわざわざ置いていたんじゃないんですか?」


 私が再度首を傾げるも、彼は眉間に皺を寄せて答えた。違うというのなら、きっと神様からのプレゼントだ。


「私は貴方を愛しています。誰よりも」


 どこまでも微笑んでいるが、彼は抵抗の一つも見せない。ゆるゆると重くなる瞼に身を任せているらしい。


「僕も、愛してる……」


 呂律の回らない声で囁かれる愛に、私は至高の喜びを感じ、「ありがとうございます」と出来るだけ無邪気に笑った。

 私が彼に飲ませたのは、睡眠薬だ。

 どろどろと溶けるように眠たくなったようで、やがて椅子から落ちて転がった彼を、私はそっと撫でる。

 これからはずっと一緒だ。今まで私を可愛がってくれたように、私は彼を愛し、世話をしてあげよう。

 念の為に彼の身体をロープで縛ってから、私は例の鋸を取り出してきた。


「ごめんなさい。ちょっと痛いけど我慢して下さいね」


 あまり血が流れ過ぎないようにと、鋸で切る手前を身体を拘束する時に残ったロープでしっかりと縛ってから、そっと刃を当てた。

 まずは足から始めた。

 服は直ぐに機能しなくなり、肉は柔らかく簡単に刃が入る。

 毛足の長い可愛いラグは真紅に染まっていく。ぎこぎこ、ぎこぎこと鋸を動かす私には玉の汗が浮かび、真っ白なドレスはどんどん赤く染まった。

 人間の肉はそれ程硬くなかったが、骨は硬い。文字通り、骨が折れる。いや、いっその事簡単に折れてくれたらどんなに楽だったか。

 私は息を切らしながら、必死に斬る。

 余程強力な睡眠薬だったのか、彼は起きる兆しを見せず、くぐもった寝息を立てていた。

 ギッ、ギッ、と必死に両足を切断し終えると、私はよろよろとベッド――正確には枕へと向かった。とてつもなく疲れたが、一応切断した面には包帯を巻いておこうと思ったのだ。

 隠しておいた包帯は彼の両膝に使い、ついでに血まみれになっている彼の衣服からこの部屋の鍵を取りだした。ウサギのキーホルダーの付いているそれは、これからは私の物だ。


 本当は両手も斬り落としてしまいたいが、今日はもう無理だ。もう二本も斬り落とす体力は残っていない。

 どの道暴れ無いようにと拘束しているのだし、これから先はまだまだ時間があるのだ。その内、彼が一番可愛い表情を見せてくれそうなタイミングで斬ればいい。

 彼はとっても重いけど、私はよろよろと何とか抱き上げると、ソファーの上に強引に座らせた。後は目が覚めるのを待つだけだ。

 これで私だけのウヅカさんが出来上がった。私をアリスと呼ぶのなら、彼はウサギと呼べるだろう。

 斬り落とした方の足の断面には、チェストから取りだしたナイフで裂いたシャワーカーテンを張り付けておいた。

 このウサギさんは足が大好きだから、出来ればいい状態で残しておいてあげたい。


「真っ白だったのに、真っ赤になっちゃった」


 ふと自分の姿に目を落とすと、ワンピースは彼の血で色が変わっていた。私は鼻歌交じりにワンピースを脱ぎ捨てると、かわりに真っ黒なワンピースを身に着けた。気分は、まるで堕天だ。

 良い気分で手に入れた鍵を片手に、部屋のドアに手をかける。

 この先に何が待っているのだろう。外の世界とはどんなものなのか。ドキドキしながらドアを開けると、長い廊下が続いていた。


「……ま、いいか」


 本当は少し怖かった。だが、怖がっていても始まらない。私は長い廊下を歩く。

 音が反響して、まるで世界に私しかいないようだ。いや、正確には、部屋に戻れば彼がいる。大切な人がいると思えば、恐怖は和らいだ。

 長い廊下の終わりには、思ったよりも早くたどり着いた。最果てにあったのは、キッチン。それから、箱が一つ。

 箱を開けてみると、中には沢山の食材と、ビニール袋に入った何か、それらの上に手紙が一通だけ入っている。

 私は手紙を開けた。封はしていなかった。


 『アリス、脱出おめでとう! これから彼の人生は君の思うがままになる。あのまま生かし続ける方法を、この手紙に同封しておこう。参考にして欲しい。

 この箱の中には、君達が生きるのに必要な糧を入れておく。不必要な物は、ダストボックスに入れてくれればいい。愛するアリスの、今後の幸せを祈っている。』


 手紙に書いている通り、確かにあの後の処理を丁寧に書いた紙が同封されていた。ついでに必要な物もこの箱の中に皆入っているようだ。おそらくはビニール袋の中身だろう。

 私はそれらを持って、再びあの部屋へと戻った。彼とずっと、愛し合う為に。


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