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箱庭アリス  作者: 二ノ宮明季
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5

「ちょっと出かけてくるよ。良い子でお留守番しているんだよ」


 想いを告げた翌日、彼は私の身支度を整えてから、にっこり笑って言った。

 一週間私に留守番などさせなかったが、そういえば初日に一度だけ出かけていたな、と、ぼんやりと思い出しながら私は頷いた。

 パタン、と、ドアが彼との距離を分断し、施錠された音で私はベッドに倒れ込む。

 大方食材でも尽きたのだろう。そう思いながらも、愛しさを自覚した心は止まらない。

 一週間もべったりしていたのだ。寂しいに決まっている。

 服や髪が乱れるのも構わず、何度かベッドの上で寝返りを打ったが、この感情はどうにもならない。

 よく考えたら、寂しさを紛らわせる物……もとい、暇をつぶせる物が何もないのだ。


「あ、でも、あるかも……」


 私はふと思い立って、身を起こす。

 そういえば部屋の探索は十分とはいえなかった。チェストやクローゼットの中に、何もないとは限らない。

 大丈夫。またあんな風に誰かの顔を塗りつぶした写真が出てきたとしても、私はもう動揺しない。何故ならあれは、私を愛しているという証拠なのだから。

 重くて窮屈な、フリルとレースがふんだんにあしらわれたワンピースを揺らし、私はチェストに近づいた。

 一段目を開ける。


「何、これ」


 私は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。中には包丁、ナイフ、ロープという、いかにも物騒なアイテムが入っていた。

 意味がわからない。

 私はため息とともに一段目を閉めると、二段目を開けた。


「これはまた……」


 二段目には、ご丁寧に「睡眠薬」「弛緩剤」と袋に書かれている粉薬が二種類と、「トリカブト」とラベルの貼られた小瓶。その三つの他に、注射器も入っている。

 暗に、注射でも口からでも摂取出来ますよ、と言われているようだ。彼はこれを私に使うつもりだったのだろうか?

 まぁいい。仮に使われたとしても、愛する人の手にかけられるのなら悪くはない。

 私は二段目も閉めて、最後となる三段目を開けた。

 中には大きめの茶封筒が入っている。遠慮なく中身を拝見すれば、どうも彼の情報のようだった。

 もっと端的に言えば、履歴書に近い。ただし、家族構成や交際歴なども書かれている。


「ウヅカ」


 そういえば男Aとしか名前を聞かされていなかったが、初めてここで知った。そうか、彼はウヅカというのか。

 名前を呼んだら喜ぶだろうか。いや、それよりも私がこの部屋の中を好き勝手調べた事に怒るかもしれない。

 怒るだけならまだ良いが、これで嫌われても嫌なので、私は彼の名前を飲み込む事にした。決して、呼んではいけない。


「あれ? お付き合いしている人がいっぱいいる」


 彼のあのルックスだ。お付き合いの経験があるのは容易に想像がついていたが、問題は複数人と同時にお付き合いしているようだ、という部分。

 履歴書のように丁寧に年月日まで書いているものだから、どうも現在進行形の恋人がいる事にも気がついてしまった。


「でも、私に何も乱暴な事をしないし……」


 今の関係を保つ為に、きっと必要な事なんだ。もしかしたら、苛立ちは全て外で発散しているのかもしれない。

 私は彼の一番優しい、愛情の上澄みの所だけを美味しく頂く。全く問題はない。

 私はこの履歴書のような個人情報も封筒に戻し、一番下の引き出しも閉めた。

 これでいい。深く考えるのはよそう。愛されている事に変わりはないのだから。

 私はそのままクローゼットに移動する。中はフリルとレースと可愛い色で構成されていたが、どうも奥の方に何かがあるようだった。

 大きな鞄……というよりは、工具箱か。引きずり出して開けると、中には鋸が入っていた。


「またこのパターン」


 そろそろ物騒な物が出てくる事に慣れてしまった自分がいる。

 私はそれもまた押し戻していると、不意に目の端に黒い物が映った。


「何これ」


 鋸を元の場所に戻したついでに引っ張り出してみると、この部屋には似合っているが似合わない服が入っていた。

 フリルとレースとリボンで構成された服である、という点においてはこの部屋に合っていると言って過言ではない。

 問題は色だ。可愛らしいファンシー空間である筈の部屋には、この色は似つかわしくない。


「真っ黒」


 まるで喪服のようだ、というのが、私の率直な感想だ。真っ黒なヴェールまでセットでおいてあったから、余計にそう思えるのかもしれない。

 確かに可愛らしいデザインである筈だが、どうしてこうもどこか物騒だと感じる物ばかりがあるのだろうか。

 私は本日二度目のため息をつきながら、それも戻したのだった。



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