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彼女が好きだ。何番目に、と問われれば、一番にと答えるだろう。今までもずっとずっと好きだった。
きっとこれからもずっと好きで、見ていたいと思うだろう。誰よりも愛している。
本当に、誰よりも……誰よりも……。
***
「気分はどうかな?」
その人は微笑んで、私と視線を合わせた。
「えっと、あの……?」
私は状況が呑み込めず、ゆっくりと首を傾げる。
誰だろう、この人は。やけに頭が痛い。
「君は僕に攫われた。分かる?」
「……」
分からない。
じっくりと相手を観察しても、絶対に見た事の無い人だった。
どちらかと言えばイケメンといえる方だろう。人の良さそうな柔和な顔で、ラフな格好をしている彼は、一体何なのだろうか。
「えーっと、ここは君の部屋だよ」
言われてぐるりとあたりを見回した。
どこかの家の一つの部屋、といった様子のここは、まるで少女の部屋のように愛らしい。
基本的にはピンクと花柄を基調としており、ベッドに至っては天蓋までついている。ピンクとフリルをふんだんに使い、ぬいぐるみをちりばめたベッドに、姫系家具というのであったか。そういった形状のチェストの上に、積み木のような卓上カレンダー。
テーブルや椅子も姫系家具らしく、無駄に細かい装飾のされている物。足元にはピンクの毛足の長いラグが敷かれていた。
いたる所にぬいぐるみが有り、この中で異質な物と言えば、私と彼を除けば、シャッターのような物で覆われた窓くらいだろう。
「あの、ここ、私の部屋ではないです」
「うん、でも君の部屋になったから」
全く要領を得ない。
「あの、貴方は誰なんですか?」
「男A、かな」
私は別に仮名であっても気付かなかっただろう。だが、こうもあからさまなものであれば、さすがにため息も漏れる。
「私は……」
「君はアリス」
「いえ、純日本人ですし、芸名もペンネームも持っていなかった筈です。ハンドルネームくらいはあったかもしれないけど、アリスだったとは到底……」
「君はアリスだ」
男は有無を言わせずに、にっこりと笑った。
それにしても、どうしてこうも己の事があやふやなのだろうか。咄嗟に本名すら名乗れもしない。
こうして思い返してみても、全く持って私自身の情報が頭の中に出てこないのだ。
名前、年齢、住所、職業。何一つ分からない。分かるのは、ここが家ではない事。目の前の男は知らない人であるという事。それだけ。
「君はアリス。僕だけのアリス」
……名前を思い出せない以上、反論も出来ない。私は致し方なく、「アリス」と呼ばれるのを甘受する事にした。
「そして今日から、ここが君の家だ」
「あの、本当の家に帰して頂けませんか?」
「出来ないなぁ」
一応聞いてみたが、やはり駄目そうだ。
「貴方の家はどこですか?」
「ここだよ」
「ああ、ここは貴方の家だったんですね」
「いや」
……違うのか。と、すれば、どこかの倉庫を改造して作っているのかもしれない。倉庫の中のファンシールーム。それならば、窓のシャッターの説明も付く。
「ここがどこかだなんて、どうでもいいじゃないか。今日から君は僕と二人で、この部屋で過ごすんだから」
「この部屋で?」
「この部屋で」
それはつまり、彼を始末でもしない限りは、どう足掻いても出られないのではないだろうか。
「いつまでですか?」
せめて期間があればいいのだが。そんな淡い期待は、彼が微笑みながら返した「永遠に」の一言で砕け散った。
私は誘拐された上に、帰してもらえはしないという事か。
衝撃的な状況の筈だが、私は取り乱しもせずに、「そうなんですか」と相槌を打っていた。