精霊は杖を振るう
気付けば石を持たされていた。しかしこれが外に出ている以上、石などにもう意味はない。
足をオレの目の高さに浮いている幼稚園児サイズの子どもはにっこりと笑い、首をかしげて、……ずっとそのまま……。
このロリコンさん大喜びみたいなレースたっぷりのエプロンでドレスなお衣装をお召しになられた小娘さんを、オレはどうするべきだろう。
だんだんと同じ角度で傾きながら迷っていると、伏せていたミヨちゃんがいきなりがばぁと立ち上がった。
「確認させて! 願いを叶えてくれるのっ? いくつでも? 三つまで? 期限あり?」
「ミヨさん、アンタ怪しいものが怖かったんとちゃうんかいっ」
「怖いんじゃないわよ、嫌だって言ったのよ。それに願いを叶えてくれるんだったら、全然話は別じゃない」
「プティット・ローズはお願い叶えちゃう精霊だモン。だからだいじょおぶっ。願いは叶うよっ」
あんたも動けるんかい、精霊とやら。背負っていた金の長い杖を(先端がチューリップ型。ま。魔女っ子ステッキだ……)抜き出し、びしぃッと空に向けて持つ。
「とくいなのはお天気よっ。明日学校行きたくないなー、というあなたのためにえいッ。ほぉら、集中豪雨のできあがり♪」
沈黙。
するわな、そりゃ。
集中てオマエ……集中しすぎだ。直径一メートルほどの円の中にざかざか降っている水を口を開けて見つめていたミヨちゃん、跳ねた一滴が口にとび込んだことで我に返る。どこから来た水なんだ。生きてる、からいいとして、いいか、ここは。
「あぁのね、あたしも暇じゃないのね。大した用がないんだったら消えてくれる? 邪魔よ、邪魔。こっちは忙しいんだから」
聞くと、小娘は(なんてこった、文字通りじゃん)幼稚園児らしくわっかりやすくぷっとほっぺた膨らませ、
「なによ人のこと起こしておいてー。精霊を呼び出しておいてお願いごとをしないなんて、ぜったいにやっちゃいけないことなのよぉっ」
「あぁ、ハイ。じゃあ雨。次晴れ。それでまた雨にして。ハイハイ、おしまい。お疲れさんです、セイレイさん」
「あんたなんかあんたなんかーッ、願いもないのに精霊の眠りを醒ました罰を受けるといいわぁ。ええいっ」
しーん。(何度目だ……)
伸ばしたオレの手は間抜けだった。なんだろうと弾き飛ばそうと待ち受けて広げた手を、オレはしみじみ見てしまう。なんだろうと何一つ、当たるものなどなかったわけだ。
「なによ、なんにも起きないじゃない。ほぉら無事よ、私は。どうよ、チビガキ」
途端に強気、頭をかばっていた手を解き、ミヨちゃんすずいと前に出る。小娘は首を捻って杖を見た。横から下から、そしてチューリップのカタチの花の中を覗き、奇声だろそれは。
「あっ、あああっ。石がなぁいぃ~っ。なんでー? あれぇっ? どっかで落とした? 落ちてる? どこぉぉ?」
「いやオレは知らんて、お嬢ちゃん」
「蒼い石なのぉ、ここにはまってたのぉっ、ここにィ……。あれがないとあたし大技使えない~っ。おばばさまぁ~っ」
おぉ、マッハで飛んでいった。と思ったら、瞬速で戻ってきた。
顔面蒼白。そりゃなんなんだ精霊ちゃん。
「なにコレっ? ここどこっ? なにここっ」
オレ、もう少し夢をみていたかったな。だから。世の中には知らない方がいいことがあるって申し上げていますのに、どうしてこんな風に人の夢を打ち破るかな、みんなして。
オレだって泣きたい。精霊って、こんなの?
「ここはね、ニッポンて国なの。たぶん国からして違うんじゃないの? 精霊ちゃんは」
「ちがう。ちがうよ。こんなとこじゃないの。みんながいないモン。オークはどこ? 石を失くしてもおばばさまがいたらまたくれるのに、おばばさまもいない。どこなのよぉぉぉ」
「日本だって言ってんじゃない。バカね、ガキ」
「ミヨさんそんな優しさの欠片もない」
「教えてあげましょーか。アンタはね、石と一緒に移築されちゃったのよ。おそらくだけどこれは当たってるわよ。バッカね、寝てたんでしょ、石の中で」
塔の一部の石ならば、そりゃ当然の動きなんですが。
……ミヨちゃんみたいにあからさまにバッカねとは思わないが、積極的にかばいもできない。
状況、考えたらやっぱり、言わないけれど思えてきてしまった。バカだ……。
「なんでついてきちゃったの……」
「知らないモンっ、寝てる間に運ばれちゃったんだもん、あたしのせいじゃないモン。ここはどこなのよぉっ。あたし、どうしたらいいのぉ」
「どうしたら、て」