お屋敷はそこにある
高速道路心霊スポットがもう一つ増やしてしまう危険、を体験しながらも、車は目的地にたどり着いた。
『たどり着く』ゆう言葉、たった今から使い方には気をつけよう。思いながら外に出る。これをそう言うんだったら、たいていの行程はただ『着く』だろ、おい。
外の空気を胸に吸い、安全な大地を足で踏みしめ、あー生きているってスバラシイ。
恵子さん(阿呆相方のこれが名前だ)と居るときも身の危険にはいくらだって遭遇してきたものだけど、高速道路で事故死だなんて実際的なものは一つもなかった。
死ぬ時はこの世ならぬものによる変死だと思っていたらしく、オレにはこっちの方が恐ろしい。もちろんどっちにしても、死ぬのはごめんなんですが。
両手で膝頭をつかみ項垂れていたオレのアタマを遠慮なく叩き、ミヨちゃん一声大きく叫ぶ。
「さぁ行くわよーっ、汐崎。れぇッつゴー!」
深い緑を分け入った。
ミヨちゃんの全身からワクワク感があふれ出ている。一歩を踏み出し、わぁおと頓狂な声を上げるので、かがんで目線を合わせてみれば、木々の隙間から屋敷が見えた。細かなタイル? に覆われた壁は、そんじょそこらでは見かけないものだ、と思われる。
手はかかっている。壁画なのだ。タイルで造られたグラスゴーの、いやアヴィニョン? いや、――やめておけ、どうせわからんカタカナだ。
とにかく確か、最古の壁画の模りになっていた。近づいて見れば、素人とは思えない仕事技術だとわかる。もしオレがその手の力を持つモノならば、残留執念と散った汗を感じ取っているとこだろう。
目を近くに戻せば、見渡す限り見てはいけない草が伸び連なっている。様相としてはスペインのひまわり畑、あんな感じで広がる果てしらずのムギ科ワールド。
オレが花粉症だったら、……死んだりするのだろうか、花粉症て。これをきっかけに症状が出てしまったら、治療費は労災にしてもらおう。
草がどれだけの時間をかけて伸びるものなのかは知らないが、相当長い間放って置かれたままであることはよくわかる。
手がかかっているということはもちろん金をかけているということで、それをこんな状態にしてしまうということは――を探りに来ている人に同行している身の上だった。
ぱきっと足の下で乾燥しきった枝が折れる。ミヨちゃんとオレとの間で、アリが行列を作っていた。影は小さくって丸くって漆黒。がさがさと草を除けるたびに、謎の虫が飛び交っている。すでに人外魔境と化しているじゃないか、この場所は。
それでもかつては金持ちの別荘として、華やかに機能していた時代があったんだろうか。
こんな草などではなく目にも美しい花木が植えられて、歩きやすく整えられた小道などを、それとなく着飾った本物のセレブが傷んじゃいない靴を運ぶ。
もちろん壁画はもっと磨かれていたのだろうし、あの片側が朽ちて落ちている、きっと花壇への入り口の柵も、真っ白に輝いていたのだろう。
自然に飲まれてしまっているような、佇まいが空しい。
どこかで同じ感傷を、と思ったら、あれによく似ていた。『天空の城ラピュタ』。あれのほら、廃墟を見る感じ。
「ミヨさん、この屋敷ってナニ?」
「いかがわしさバツグンでしょ。築たった二十三年にしてこの有様よ。建てたのは薬局チェーンの社長だったけれど、その後持ち主が三人も代わっているのよね。三人目ももちろん売りに出してて。そして現在では訪れるものも無し、となっている。怖い怖い。なぁにがあったのかしらー♪」
と鼻歌どころかきちんと歌声を上げながら、ミヨちゃんは見えてきた玄関の扉を目指して直進直進。
感傷なんて無縁なのね、と見送っていると半ばで立ち止まり、おっそろしい勢いでターンをした。おっそろしいのはボクに向かって。おぉ。
「汐崎コラ、出番でしょ?! ちゃんと私の前を行く! そこでなんだって止まってんのよ」
「むしろミヨさんこそなにしてんのか訊きたい。他人の家でしょ。これ許可取ってんだろうね」
「あったりまえよ、今さら何言ってんのよ。そんなところで抜からないわよ。許可取っておかなくちゃ雑誌に掲載できないでしょうが。私を誰だと思ってんの」
「誰だと思ったらいいんですか、くらいの間柄ですけど、オレたちは」
「くだらないこと言うの好きよねー、キミ。そういうのね、人生においてはかなりの不毛よ。ほら開けて」
「ドアくらい自分で開けたらどないです」
「呪われたら嫌ですから」
「オレは?」
「キミはいいでしょ、解毒法知ってるんだから。ほら早く。暑いのよ」
解毒てアナタ。素人さんにはありがちだけど、なんだろうと一緒くたにしている。くっそー、ほんとに呪われたらどないしてくれるんだ。
もはや気分はインディ・ジョーンズ。逆らっていてはいつまでも帰れまいと、がっつりとノブをつかんでみた。
引いてみれば意外なことに、軋みもせずに闇への道は開いてしまう。音声ナシ。スピーカーのスイッチを入れ忘れたようで間が抜けていた。