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上司は助けてくれない

「マツイという女性から手紙が届いていてね、汐崎くん」

「はぁ」


デスクに座った部長から、オレは突っ立たされたままそれを受け取る。前回の話し合い(嘆願ではない)から一週間が過ぎており、申請(お願いではない)授与の通達を受け取りに来たつもりのオレである。


マツイ、て誰だ? センターのお偉方にそんな名前があっただろうか。もちろん覚えているわけでもないので、思い当たりもしないのだけど。


 封筒はおとなしげな薄ピンク色、便箋は和紙の手触りも上品な縦行に、筆にてしたためられている。

 

 通達にしては味と素っ気がある代物を手に、さてはこっちの希望を曖昧にしたまま新事件へと放り込むつもりだな、だの、しかし間抜けが同席していないということは新たな相棒を紹介していただけるとか? なんて思いを突っ走らせていたが、部長のじっと見つめる目に気付き、浮いていた視線を手紙に戻した。

 考えていたことは見通されてるな。別段それでも構わんが。

 

滑る優雅な手にて担当者様と始まった、本文のその内容は。


「そこに書いてあることをどう思う?」


「……」


「言い分はこうだ。仕事柄、古い建物に行くことの多い彼女は、時折危うい気配を感じることがあるという。そんな時に一人、能力者がいたら助かるのにと常々思っていたとのことで、借り受けられないものかとここに押しかけてきたのだが、ストレートに希望を伝えると、受付で剣もほろろにはねつけられてしまったと。しかし諦めきれずにロビーに立っていたところ、一人の青年が入ってくるのに出会い、清掃員だと名乗ったその人間の目の力にただ者でない感覚を覚え、カン働きの囁くままご指名なさったとこういうわけだ」


「しゃべってる間に読んじまいましたよ。なんですこの最後。なお願いが聞き入れられない場合、当方それなりの覚悟と用意と備えがあります、つーのは。脅し入ってるじゃないですか、コレ」


 オレの脳裏にありありと、あの日のロビーが浮かび上がってきた。美人のおねいさんの美しいスタイルと決めメイクとフェラガモのエナメルピンヒール。細ッ。とその場の感想までも。


「うん。なかなか勇ましい女性だな」

「勇まし……って部長」


 そんなん感心してる立場とちゃうだろ、アンタ。


「私は対面したわけではないけれどね、電話線通してもかなり手強かった。松井女史はつわものだな。おそらく備えは本物なんだろうと予測できる。しっかりと励んでくれたまえよ、汐崎君」

「ぶちょお」

「なんだね。女性相手は熟練の、君向きの仕事が用意できましたよ」

「空いた口が塞がらないんスけど」

「閉じているよ。大丈夫大丈夫、異常なし」


 おぉいオッサン。叫びたい気持ちを、オレはぐっと飲み込んだ。

 やわらかな言い方を心がけ、言いたいことはちゃんと言う。叫ぶだけ無駄な体力消耗であることは学習するほど付き合っているのだ。


「ちょっと待った、部長。何を言うかですよ。こんなん言ってるこの女の記憶でもなんでも消しちまえばいいじゃないですか。なんでそんな手間惜しんでいるんです。知られたら消せ。鉄則でしょ、この世界」


「誰がそんな乱暴を実践できるものか、だよ、汐崎くん。実際のところそんな風には行きはしないってことを、彼女は君よりわかっているね。備えというのはそういうことだ。文章かテープか、あるいは複数の人間に事情を話しているか、そのすべてか。消去の鉄則を使うのであれば、その場で技に出なくてはいけない。当人の記憶だけが問題となる状態でのみ可能なものだと覚えておこうか、この機会に」


「差し出す人身御供に対して途中から説教入ってますって、部長サン」

「私の一存ではなく会議にかけた結果なんだよ。ここは君が彼女に協力してしまうことがもっとも影響の少ない道だということに決定したんだ。満場一致。汐崎君の信頼は大した厚さだと今回知ったね、やぁ感心」



 雨上がりの空のように爽快に透けているじゃあないの、オッサン。アンタの一存じゃないとしたって、アンタの提案に決まってる。オレは悲しくもアンタ直属のカードなのだからして、部下の誰かにとやかくされる身の上なんじゃないんじゃないの。


「なに面倒なことなどない、他愛もない役回りだよ。彼女が向かう建物に同行し、彼女目掛けてとんでくるものでもあれば遮ってあげればいいだけだ。必要なのは君の従来の運動能力ぐらいのもので、そう滅多に力の方を必要とする事態にはならないさ。あの場にいたのが運のツキだと思って、ね」


 それを言うなら、あの時間に呼び出してくれたのは目の前のこの男ではないですか。

 運のツキどころか、初めッから仕組まれたもののように思えてしまう、オレの心て荒んでる。


「オレだけ素性知られちゃって、個人的に利用されたり脅されたりしたら、全面的に責任とってくれるんでしょおね」


「もちろん。君は本センターの」

「人身御供として」


「センターの代表として事態に向かうことは、これまでの仕事とまったく変わるものではない。いつものように全面的に組織的に、フォローは為されていくはずですよ」

「はず」

「そもそもが脅されるような汐崎君でも、差し出されるような汐崎くんでもないじゃないか。そんなはずがないでしょう」


 オッサン。それは挑戦なんだよな? まず間違いなく。


 もちろんにっこりと笑うその顔相手に、もちろんオレは本当に思っているそんなことをぶつけてみたりはしなかった。なにしろ付き合いは長いのだから、笑うだけで通じるもので充分だ。


 笑顔のままで踵を返し、大層静かに扉を閉めた。いつかは。いーつーか勝ってやろーじゃないか。卑劣な手段も厭わずに。


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