出会いたくなかった
その日どうしてオレがセンターに出頭する羽目になっていたのかと言えば、お間抜け様な相方のせいだった。オレは前世の因縁か神の試練か、仕事においては阿呆な相棒を持っている。
この持っている、はかかえていると判断してくれて良いトコロ。まるで荷物をかかえるように。
人の一生は重荷を背負い――て、ホントに言ったのか? 家康公。そんな奴さえ憎たらしくなるほどに、阿呆。
年齢一ケタすれすれの頃から通い続けて慣れてしまっているのだとしても、絶対に親しんでいるわけがない建物内、目的地(としなくてはならないこんなに嫌でも)のミドルステージへのボタンをぎゅうと押しながら、たいていそうであるようにオレはまた腹を立てていた。
お脳がお天気な相方に、引っ掻き回されるのはもうたくさんだ。こんな役割はそろそろ他のどなたかに代わっていただいていい頃だ。能力の相性だの分類だのの薀蓄も聞き飽きた。今日こそはコンビ解消の確約をいただかなくては、あの部屋を出るわけにはいきまへんて。
性質的に意志薄弱なわけでは決してないというのに、この件については理由薄弱の失敗続き。いーかげん自分で人身御供から抜け出さないと、誰も助けちゃくれないままで、最後はボロぞーきんにされてしまうワ。本当に。
気持ちすでにボロとなって、冷たい壁に額を着ける。壁素材、謎メタル。ただこれは日本の最高技術だ。『超』能力者の出入りする国家管理のセンターの建物なら、能力防御を施さなくてどないする、な代物。
エレベーターの到着音に顔を上げたオレは、同じメタルで作られた床を刻む足音に入り口を見た。その迫力の音に、かわいい系受付嬢も喫煙所の職員数名も、全員目を向けていた。
白いロビーに浮かび上がる、黒いスーツ姿の女。
女は見逃すものなどありえない迫力の眼差しで一目見渡し、ぴたとこちらに視線を定めた。と、次の瞬間には目がけて走ってくる。
っうお? オレか? それとも誰かがいるのか? と後ろを振り向いたら負けな気がした。向かってくる美人に怯むなど、そんなマネができようものか。目標がオレだろうとなかろうとね、問題なんかじゃないわけよ素振りを見せなくては。プライドにかけて、プライドに。
思えば馬鹿げたことを考えたものだと思う。そこが運命の分かれ道だったというのに、だ。いつもの沈着な思考体制を乱さずいれば、こんな展開は招かれていなかった。こんなにも明らかな危険なら、関わらないのが一番なのだ。
オレはだから、箍が外れていたんだと思う。人生そのものを投げ出してしまいたく、存在からしてばかばかしくなるよーな状態に。
例えば道を聞かれるのだとしても、印象的に教えてやろう。今や目前に迫った美人様に、オレはまるで初台詞の役者のように無駄に気負い、相手の言葉を待っていた。前に立った彼女からは、良い芳香がのぼっている。
この真夏、汗を浮かべつつも香水香とはなかなかやるジャン。売れ女優メイクOK、体型もスレンダーにしてバランス良し。足首は特に良いぞ。ちと背は高いが、オレとは絵的に決まるサイズだ。おっと、近くで見てみりゃ目は塗りすぎじゃねーのか? ビジンだからこれで良いのか?
「君、スゴい力持ってる子? このセンターの登録者?」
「はひ?」
「ここから派遣されて働いているんでしょ。何ができるの? 君って何歳? 幽霊とかも祓えちゃう?」
「ちょちょっと待ってくださいよ、おねえさん。オレは年はハタチだけど、幽霊っていったいなんの話してんの?」
「違うの?」
「働いてるっちゃここで働いてるけどさ。ビルのメンテナンス、平たく言っちゃえば清掃員、んでしかも最近入ったバイト君」
にっこり。怪しかないように笑ってみる。
「わかんないことあるなら、オレよりあのおじさんに訊いた方がいっすよ。生き字引ってハナシだから」
ほいで柔道と空手の有段者だから。
ちん♪ とエレベーターの音がかわいく聞こえる。少し気分が向上致した。上昇していくガラスの箱から見下ろせば、靴の下には、ツカエるガードマン柴田のじぃさんが、天晴れ、女を外へと放り出している光景。
ふふん。世の中にはだね、簡単に開く扉とそうではないものが存在するわけなのだよ、美人だからってね、おねえさん。
自分よりも不幸な人物を作り出し、ちょいと良い気分で魔物との面会となったためか、相棒交換の交渉には良い感じの手応えが感じられた。ご機嫌なオレの冷静にして余裕の正論は、今度こそオレを平和に導いてくれるかもしれない。今度こそ枷は外されるとこかもしれない。確約とまでは行かなくとも、一歩手前まではいけた感じ、よし!
けれどそんなものは束の間、不幸はやっぱりオレだった。つまり誰より不幸だった。やっぱり。