抱っこ
「あなたたちは、あたしと良くんの関係についてラー様から知らされているものと記憶しております。それを知った上での、この行為ですか?」
言われて一気に冷や汗を噴出させるナルニカ。
「あ、あ、いえ、これは……その、そう! マッサージ、マッサージですわ! 旅の疲れをほぐしていただくための!」
「なるほど? で、あなたが上着を脱いでいるのは彼のご要望?」
「い、いえ! マッサージのために身軽になってただけで……」
そう言うとナルニカは、救済を懇願するように涙目で良二の方を見た。もう困り眉毛&ウルウルで。
今更そんな眼で見られてもな~、調子よすぎじゃね? と思わざるを得なかったが、これ以上の面倒も御免な良二くん。とりあえず首を横に振る。
呆れ顔で、フーッと溜め息付きなさる容子さん。
「いいでしょう、今回は思い違いしたあなたの勇み足と言う事にしておきます。今はあたしと良くんを二人きりにしてくださいな」
「は、はい! お、仰せのままに!」
ナルニカは大慌てで上着を羽織るとドタバタと部屋から出て行った。ドアが閉まるのを確認した良二は、ほぅっと息をつき、
「ありがと、助かった」
と、容子に感謝した。
「……残念だったわね? マッサージ」
容子さん片眉を吊り上げるの図。
「いじめるなよ、本当に助かったと思ってるよ。全く、ラーさんてば黒さんや俺の事、なに吹聴してくれてんのかな?」
「メイドさんたちの様子見てて胸騒ぎがして来てみたら、もう! 鼻の下、デレデレ伸ばしちゃって!」
容子は唇を尖らせてベッドに腰掛けた。
「伸ばしてない! もう、ドン引きだよ」
「こういうのって据え膳とか言うんじゃないの~? もう、隊長と言いあなたと言い、大きな胸見りゃすぐガン見するんだから!」
どいつもこいつも乳か! 容子は怒鳴りつけたくなった。
「黒さんは確かにペインさんの胸に踊らされてたかもしれないけど、俺は人工呼吸訓練の時とか、ちゃんと無反応通しただろ?」
あの時の良二くんは、ライラや容子さんたちにちゃんと操を貫いていたのです。容子さん、何とぞご理解のほどを……
「本気で拒否する気なら、さっきの子も引っ叩いてでもやめさせりゃいいじゃない」
「いや、さすがに暴力に訴えるってのは……でも容子はすごいよね。一喝して追い払っちゃうしさ」
「誤魔化さないの! こんなの普通でしょ!?」
「そんなことないよ。俺なんかいろいろ余計なこと考えて腰が引けちゃってあのザマだし」
「そうよ。こういうのはうだうだ考えてないですぐ行動しなきゃ!」
「だからそう言うところがすごいんだよ。以前の女子高生然としてた頃より堂々としてるって言うか、逞しくなったと言うか……さ?」
「ん? ん~、まあ最近は確かに昔と変わったなあって、自覚は感じてるんだけど……それは美月や良くんだって一緒でしょ?」
「俺は、自分よりその、周りの方が変わり過ぎたって言うか」
「異世界に呼び出されて半年も経つんだもの、変わらない方がおかしいわ」
「半年かぁ……過ぎてしまえばあっという間。ホントいろいろあったよなぁ。学生の俺が魔法剣振り回して犯罪者や魔獣を相手に立ちまわるなんてさ。確かに俺も変わったのは変わったけど……」
「けど?」
「日本に帰れば、ここでの経験は夢を見てたのと同じ程度になっちゃうのかな? 結局はうだつの上がらない、将来に目標の無い、そんじょそこらの学生に戻るんだよな……」
「やっぱり、帰りたくない、て言うか、アデスに残りたいって思ってるのね?」
良二くん、先程の容子と同じく、ふーっとため息また一つ。
「正直、その気持ちが強くなってきてるな……」
「前にも言ったよね? あなたが残るならあたしも残るって」
「でも容子?」
「分かってる。それは家族と永久に別れるって言う事。でも、やっぱりあたしはあなたと一緒に居たいの。あなたの居る世界で一緒でいたいの……惚れた男のために家族を捨てる女って、やっぱ引いちゃう? 嫌う?」
「ズルいよ、その質問は。答えなんか……出せないよ」
「あたしね、ほんのちょっと前なんだけど隊長と同じこと話してたの。それで訊ねてみたんだけど、隊長はホーラさんやラーさん、メアやシーナを置いて帰れるのかって……隊長、どう答えたと思う?」
「あの人は、帰るよ」
考えるまでもない。どれほど飄々としていようと、誠一のその部分だけは揺るぎない。その硬骨さだけは見習いたいと良二も常に思っている。
「うん、即答だった。『ホーラさんたちをどうするの?』って聞いたら『そのために平気で女房子供を捨てる男なぞ、彼女らに愛されるはずがない』だって……」
容子の良二を見る視線が落ちた。
あくまで家族の絆をとる誠一に対し、容子はそれを断ち切り、良二への恋心を優先すると言う二人の気構えは、確かに別方向を向いている。
家長として家族を最優先に考える誠一に比べて、真逆の事をしようとする容子が後ろめたさを感じているのは宣なるかな。
良二は、さっきの容子の問いをはぐらかしたことをちょっと悔やんだ。
自分が揺れている彼女の支えにならなくちゃいけなかったのにと。
そう思い、良二は誠一を少し下げるように言ってみる。
「理屈屋の黒さんらしい言い方だよな。でも、それであの娘たちの泣き顔見せられる者の身にもなれってんだ」
「やっぱり残る気なんだ」
「残ったとしたらの話さ。俺自身はまだ迷ってるよ」
「ホント? そうは見えないんだけど?」
「やっぱりさ、日本から逃げてる、前の生活から逃げてここにいるってのには抵抗があるよ。生まれ育って生きてきた場所で人生全うするべきじゃ無いか? 在るべき場所で、やるべき事をすべし、それが本来の姿、そうも思うんだ」
「アデスでチート能力に胡座を掻きたくないって事?」
「そんな感じ……かな? なにか引っ掛るんだよ、お前やライラ、カリンを背負えるようになるにはそれを吹っ切りたいんだ」
何か、そう思える何かが欲しい。良二はそう思っていた。
きっかけ? 引金? 足掛かり、何か……思いきれる、吹っ切れる何かが欲しい。
もはや三人の笑顔を守りたいと言う思いは揺るぎない。だが自分には何かが足りない、何か自分を納得させる、そんな何か……
無い物ねだりだろうか? しかし、このままズルズルなし崩しに……には抵抗感があり過ぎる。以前の自分と変わりがない。
抱えるものの大きさからすれば、しっかり腹を括れるほどの何かがあるはずだと……
「こだわりか何かあるの? まあ、そこがあなたらしいところなのかしらね」
容子が伏し目がちに見つめながら話してくる。
「それに比べて、ズルいねあたし……ライラさんやカリンは、あなたが日本に帰ればお別れだけど、あたしはどちらでもあなたに付いて行ける」
「……そんなことで自分を責めるなよ?」
「……」
「辛い時は俺も一緒に泣くから」
良二の容子に言った、その言葉。良二、そして容子は、アデスに来た最初の夜に誠一から聞いた言葉を思い出した。お互い泣き合って愚痴を言い合って、そして笑い合えるように頑張ろうと言った、あの言葉。
あの言葉に込められた、家庭を構えている誠一の想いが今、形を変えひしひしと良二と容子の胸に染みこんでくる。
「良くん……」
「ん?」
「抱っこ!」
「え?」
「その、抱いてちょうだいとかじゃなくてぇ。とにかく……抱っこ!」
容子はそう言うと、手を広げて良二に甘えるような目線をくれた。
思わず一瞬、キョトンとした良二だったが、フッと微笑むと容子を掬うように抱きかかえ膝の上に乗せた。容子もそれを、自分から寄り添いながら受けたのでフワッと、包まれるような感じで良二に抱きついた。
顔が近づくと、間を置かず容子がキスしてきた。良二もそれに応える。
しばらく暖かく優しい口づけを交し合うと二人はベッドに横になった。上になった容子が良二を見つめる。
「ふふ、このままおねだりするのもアリかな? とは思うけど……」
それを聞いて良二はちょっとドキッとした。もしかしてこの勢いで……とも思ったのだが、容子の目線は自分から部屋のドアに移った。
「メイドさんがあたしに3人、良くんに3人、都合6つの耳がドアにへばりついてる気がするのよね~」
訝しげな目でドアを見る容子と同じく、良二もドアに視線を移した。
同時にドアの向こうから、ビクッという音が6つ重なって聞こえた気がする。まあ、容子の予想通りなのだろう。
容子はフッと軽く微笑むと良二の唇に軽くキスし、次いで頬ずりをしてきた。
良二はそんな容子の髪を撫で、頬ずりをちょいと強くする。
「……今夜はラーさまの晩餐ね。ライラさんやカリンは来るのかな?」
「ライラは明日の準備で夜まで忙しいってさ。カリンもフィリアさんと明日以降の相談だそうだ」
「明日はまず、天界・人間界の使節団がライラさんに拝謁して、訪問の挨拶するのよね?」
「公式な大魔王陛下のライラとは初めてだなぁ」
ローゲンセンを呼び寄せた時に、ほんの少し垣間見せた大魔王としてのライラ。アイラオもビビるという、その威厳とは果たして……




