お屋敷
「セイイチさま? 宿泊先は決まっているそうですが、今宵は是非わが家へご招待させてくださいましな。家中一同、皆さまを歓迎させていただきますわ」
言われて誠一は良二や容子らを見渡した。ラーの申し出に異を唱えそうな者はいなかったが少々、戸惑っている目線を誠一にくれてきた。
「ありがとう。嬉しい申し出だけど、せっかく用意して待ってくれている宿の人たちに迷惑が……」
「その辺はお任せくださいな。私の方で、補償も含めて対処させて頂きますわ」
「圧力?」
「まあセイイチさまったら、いけずな言い方! ちゃんと事情を含めた詫状をしたためて相手方が、ちゃんとご了承して頂けるようにするつもりですわ」
「ふーむ、そう言う事なら……」
おそらくは「受け入れの準備をしてくれている宿所に迷惑が……」と感じていたであろう一同も納得したようで、反対する者も居なさそう、と見た誠一は、
「ありがとう。では、喜んで招待を受けるよ。よろしくお願いする」
と答えた。
「お願いしまーす、ラーさん」
「よろしくでーす」
結果、招待を快く受けてもらい、にっこりニコニコのラーさま。
「嬉しゅうございますわ! それでは、我が家に到着するまでの間、しばし車窓からの魔王府の旅をご堪能下さいませ」
言われて窓の外を眺める良二たち。ゲートのある駅舎もそうだが、パっと見た感じでは、エスエリアより近代化が進んでいる印象だ。
道は広く、あまりくねくねと曲がってはいない。極力格子の様に張り巡らされているようだ。
「地球でもそうだけど、エスエリアは敵の軍勢が大挙して襲ってこられない様に、道を曲げていて街がある意味、防御壁みたいにされてるんだよな。でも、見たところ魔王府は真っすぐな道が多いんだね」
街並みを見ながら良二が言う。
「陛下がここを魔王府として定めてしばらくは攻めてくる軍勢もあり、ジグザグな街づくりだった事もありますわ。でも8大魔王統治の基盤が出来てからはその様な騒動も無くなり、府民の利便性の方を優先する街づくりに重きを置く様になりまして」
「やっぱり魔界も戦争してたの? ライラさんの様な強大な力を持った人がいるのに?」
と容子が眉を顰めながら聞いた。
「陛下は基本的に市井のいざこざには手を出されません。それ故に陛下のお力を侮り、やんちゃな事をする者も居たわけですわ。我こそ魔界の頂点に、などと」
「それを8大魔王さまが討伐したのかしら?」
美月も聞いてみた。魔素異変以来の人間界の歴史はそこそこ聞いていたが魔界に関してはさっぱりだ。
「いえ、その8大魔王さまのうち、青樹王ウドラさま、火王プロマーシュさま、そして黒王アイラオさまが手を組んで攻めて来たそうですよ?」
と、シーナが解説する。
「え? アイラオちゃんも?」
良二や容子ら、ちょっとびっくり。
「私が天界から堕ちてきて、ある程度……高位魔族並みに領地を持った頃ですから……八千年くらい前でしょうか?」
「アイラオちゃんと戦ったの?」
「あの娘はその頃から元気いっぱいでやんちゃで……可愛らしかったですわ」
ニコニコしながら答えるラー。まあ、現状がこうだから結果は聞くまでも無いが。
「でも、彼らも功名心ばかりではなく、自分の領民が不利になるのを恐れての行為でもありましたから、彼らを降伏させた後に陛下の提案で8人の魔王による円卓会議方式が採用されましたの。それ以来、魔界の魔族同士では戦争と言えるほどの騒乱はありませんね。それぞれの領地に発生する魔獣討伐の方が忙しかった事もありますし」
「アイラオちゃん、今はラーさんの事、お姉ちゃんお姉ちゃんって慕ってるのにねぇ」
「ええ、今では可愛い妹分ですわ」
容子は思わず、百合的妹分でない事を祈ってしまった。海でアイラオに、男には戻れないだとか、あんなことを聞かされては……
「主様! 外をご覧ください!」
シーナが窓の外を見ながら興奮気味の声で誠一を呼んだ。
お喋りしている間に、馬車は高台へ向かって上っており、そこからは魔王府の大半を見下ろし、眺める事が出来た。
言われて良二や誠一も、窓の外を見てみる。エスエリアも山間部遠征時に、高地から王都を眺める機会があったが、こちらはそれよりも、かなり広い。そんな広大な魔王府都市が正しく一望の下であり、これは確かに絶景である。
中央に大きな宮殿が見える。おそらくライラの居城であろう。
しかし、その宮殿の敷地もまた広い。魔王府都市の2~3割くらいを占めていないか?
「ライラちゃんはあそこで寝起きしてんのか。しかし広い敷地だな、手入れだけでもかなりの人手や予算が要りそうだ」
「やむを得ないんです。もし、陛下が何らかの原因で怒気を発散させると、あれくらいの距離が無いと市民にも影響が及びますから」
そういや先だっての海生魔獣の時も、怒気が凄かったな~、と思い返す一同(除く良二)。
「人口はどれくらい居るのかな?」
と美月。
「大体90万人くらいかと?」
「90万!? エスエリア王都でも20万人居ないのに!?」
メアが素っ頓狂な声を出して驚いた。アデスの人間界の大都市は農業や牧畜等で人口が郊外に分散しており、国内最大の都市である王都でもそんなものである。
しかし、見える限りでは魔王府都市の周辺も王都のように農地が広がっていて、事情は人間界と似たようなモノの様に思える。一極集中かどうかもまだ断定は出来なさそうだ。
「そろそろ到着しますわ。みなさん、ご用意を」
言われて窓を見直すと、馬車は正門らしきところを通過した。しかし
「………………」一分経過。
「………………」二分経過。
「………………」三分経過。
延々と馬車は走り続ける……
「着きましたわ」
ようやく馬車は停止した。ゆっくり走ったとは言え、門から軽く4~500mは進んだはず。
とりあえず馬車から降りる一行。
「いらっしゃ~い、おじさんたちぃ!」
出迎えてくれたのはアイラオだった。
「あらアイラオ、お仕事終わったの?」
「医療協会の陳情はちゃんと聞いてきたよ。元老院には審議を急げって言っておいた」
「お疲れ様。じゃあ今夜は皆さまと一緒に御食事していきなさいな」
「あっりがと~!」
「それでは皆様、中でおくつろぎ……?」
良二たちには、二人の会話は耳に入っていなかったらしい。ラーの邸宅を見て口をカパーンと開けたまま、動きが止まっているからだろう。
まあ仕方が無い。大きい広いと思っていたフィリアの邸宅の、ざっと5倍はありそうなこのラーさまのおうちを見れば、そりゃ~、仕方あるまいて。
「どうしたの? おじさんたち? お姉ちゃんたちも?」
「あ? ええ、立派なお屋敷だなぁ~って」
容子がアイラオに何とか返事した。
「さ、さすが、8大魔王さまのご自宅ね~」
美月も、どうにか声を搾り出す。
しかしアイラオ、
「え? 何言ってるの? ここはお姉ちゃんの魔王府屋敷だよ? 自宅は領地にあるし、大きさはここの大体3倍くらいかな?」
と、事も無げにお話しなされたとさ。
良二や誠一をはじめ、遊撃隊の面々は驚愕とか衝撃とかを通り越してしまい、意味不明な笑い声が口元から漏れ出している。
日本にいた時でも億万長者の話はTV等で聞いてはいる。だが、実際に目の当たりにすると、聞いていただけの印象とはまるで違ってくるのはやむを得ぬところであろう。
「黒さん、良かったね。一気に大資産家のお大尽暮らし出来るぜ……?」
良二が皮肉る。が、声は震えている。
「いやいや、首都のど真ん中、魔王府都市の敷地三割を占有してお城を構える、魔界支配者候補生のお前には負けるわ……」
誠一も負けてはいないが心ここにあらずと言うか……
全くうちの男どもは! 肝心のところは肝っ玉小さいんだから! と容子がちと呆れる。
しかし容子さん、ムチャ言っちゃいけません。
ミカド四天王候補と言っても所詮は大学生と鉄工職人、庶民ですから……
「まあ皆さま、とにかく中へ」
ラーに促されて、良二たちは覚束ない足を引き摺って、なんとか屋敷内に入った。




