入国
「いや~、認可されてる持病の薬とかなら良いんですけどねぇ。この手の薬の持ち出しは……」
「だから別に麻薬とか、そういうもんじゃ無ぇし。横流しで小銭稼ぎする気も無ぇしさ、認めてくんねぇか?」
誠一は持ち出しの物品の中で、薬物に関して引っ掛ってしまったようだ。
「まあねぇ。ここだけの話、貴官方には名指しで魔導団や外交省から便宜を図るようにとは言われてるんですけどねぇ。薬に関しては保健省がうるさいですから~。せめて公務に必要な薬品ならともかくも、この手の薬は……」
「公務みたいなもんなんだよ、相手は魔界と天界のお偉いさんなんだしよぉ」
相手のお偉いさんと言うのは言わずと知れたラーとホーラの事である。そしてその薬と言うのも、以前メイスが調達していた例の夜のお薬である。
「事前に申請して頂けていれば……まあ何とか出来たかもしれませんがねぇ。申し訳ありませんが今回は……折れて頂けませんかねぇ?」
この官吏、言葉は選んではいるものの、絶対譲る気は無いってのは伝わってくる。
そりゃまあ、特殊接待用に妖艶な女性が「公務に使います」と言えばあるいは認められたやもしれんが、初老のおっさんが言ったところで説得力なんぞ何もありはしない。
今後の事もあるし、ここでゴネ続けるのも得策では無いか? 誠一は持ち出しを諦めた。
「仕方ないなぁ。あんたの立場上、認める訳にもいかんよなぁ」
「快くご了承いただいて何よりです。他の書類等は問題ありませんから、どうぞこのまま、ご出国いただいて結構ですので」
「ああ、お役目ご苦労さん。そいつは適正に処分しといて」
そう言いながら待機所に向かう誠一。
「はい、それはもう。ではお気を付けて、お相手のお偉いさんにもよろしく」
一言多いんだよ! 誠一には喉まで出そうだったその言葉をなんとか飲み込んだ。
釈然としかねる表情を隠しながら、誠一は付き合ってくれたシーナと良二らが待つ、待機場に向かった。
「ラーさまとホーラさま、ご機嫌を損じなければよいのですが……」
一緒に歩きながら、シーナが心配して誠一に話しかけた。因みにシーナの言う心配とは、あの二人がガッカリする、と言う類いのものでは無い。せっかく自分のホームグラウンドに誠一を招き入れてしっぽりと……などと、そんなウキウキ気分に水を差された格好なのだ。
「あの役人の顔と名前は覚えた。ホーラに事情を話せば、いつのまにやら天罰が下ってるだろうよ」
神さまのする事だから、おら知らね! な、誠一であった。誠一、些か大人げない。
「隊長~、なにしてんのよぉ~」
待たされた容子らがブー垂れる。事情はメアから聞いているようで。
「黒さん、海外旅行は何度か行ってるって言ってたじゃないか。一番の経験者が引っ掛ってたんじゃ締まらないだろ?」
「うん、マジでスマン。思わぬ落とし穴だったわ」
「ラーさまやホーラさまなら、いつもゲート通らないで行き来してんでしょ? 取りに行けばいいじゃん」
会った当初は、えっちネタに頬を赤らめてた美月や容子も変に慣れて来たみたいで、そういう話題を出しても憚らずに済む反面、なんか妙な抵抗感を拭い切れない良二であった。
「メイスさんも同行してるからなあ。転移魔法で取りに行っても、手に入るかどうか……」
それを聞いてシーナやメアもブスッと不満顔。
――ん? もしや、この二人もすでに?
鈍い良二も、さすがにタイミング良すぎで、これは良くわかってしまった。
彼女たちの表情から察するに、誠一はラー、ホーラ同様、二人の想いも受け止めているのであろう。
――何だかんだで、彼女たちの期待に応えてるんだなぁ……
それに比べて自分はまだ、ライラ、カリン、容子……誰の想いも背負えていない。魔界の新鮮な空気が背中を押してくれんものか? そんなものにまで期待してしまう良二くんでありました。
一行は神殿の奥の通過ゲートへ向かった。
魔素異変の時にホーラが通った魔界、天界に通じる門。
そこを基盤にこの大神殿が建てられて、今では魔界や天界、他の6か国間の行き来も可能になるほど拡張されていた。
魔界・天界へのゲートは幅10m高さ4mほどの大きさがあり、幅1・5mくらいで柵が設けられている。都合6列の通路が作られており、その柵を取り払えば大人数でも一気に通過できる仕様になっていた。
バカンスのシーズンは、それなりに利用者も多いらしいが、今日のところはそれほど人は多くなく、通過に時間がかかることは無さそうだ。
「こちらは魔界行きの門となっております。門を抜けた後は立ち止まらず、目の前に見えます魔界入国窓口で、入国の手続き、審査を受けてください」
ゲート通過の注意事項が定期的にアナウンスされている。
ゲートの表面は自分の姿がボヤッと映っており、鏡が軽く磨りガラス状になっているような、そんな感じだった。ここをそのまま、すり抜けるらしい。
「さて、行きますかね」
誠一の言葉を合図に、良二や容子たちが次々門へ向かう。
初めての門通過に若干緊張が走った良二であったが、他の渡航者が平然と通っているのを見て、気を取り直して踏み込んだ。
シャッ!
通過する時、何かそんな音が耳に届いた気がした。その感覚に、歩きながらも良二は思わず目を瞑った。
だが、身体には何の抵抗感も感じず、普通に歩いていたと思う。
すぐに目を開けると眼前には魔界の入国審査窓口が並んでいた。
人間界の窓口とは、その造りと言うか印象はそれぞれ似ていながら何か違和感を感じる雰囲気が醸し出ており、異界に来た……とすぐに感じ取れて、思わず見とれると言うか戸惑ったと言うか、そのまま立ち止まってしまった。
――いや、空気が違う?
ドン! 背中にちょっと衝撃。後からついてきた容子がぶつかってしまったのだ。
「もう、良くん! 立ち止まるなって言ってたでしょ!」
容子がぶつけた鼻を擦りながら良二をプチ睨み。言われて慌てて歩き出す良二。
「ご、ごめんごめん! いや、ちょっと雰囲気にのまれちゃってさ……」
謝りながら良二は、容子と一緒に入国審査待機線まで歩く。
「ああ、ホントだ……なにか人間界と空気が違うね」
歩きながら容子も、良二と同じ感じを受けたようだ。
美月や誠一の方も見ると、やはり雰囲気と言うか空気に飲まれてる、そんな感じだ。
「クロさん?」
「主様?」
メアとシーナが、魔界の空気の違和感に押されて呆けた顔している誠一に声をかけていた。
……メア達は何も感じて無いのか?
二人の反応を見ると、彼女らは人間界との差を感じてはいなさそうに見えるが……
「主様、早く入国手続きを」
「あ、ああ、そうだな。行こうか」
シーナに促されて誠一も再び歩き出した。違和感はまだ残るものの、息苦しいとか体が重いとかの症状がある訳ではないので、取り敢えず入国手続きを優先させるため、窓口へ急ぐ。
いくつかある窓口の役人や、周りで屯している者たちの顔ぶれを見ると、人間界よりも色々な、と言うか馴染みの無い種族も自然と眼に入ってきた。
魔族でも、ラーやアイラオたちみたく、人型の種族との付き合いが多かったので錯覚しかけていたが、同じ空間と言えど、人間界とは違った進化・進歩があったのだろうと一層、実感できた。
人型に見えて、青みの強い白い肌で、頭に鬼の角みたいなのが生えている者も居れば、緑色の肌で筋肉質な、ゲーム内でのゴブリンを思わせる種族もいる。
ちょっと、所々は違うがローゲンセンと同様の龍人や、爬虫類みたいな、いわゆるリザードマン的な人種もいるようだ。
審査窓口は出国ゲート同様6か所あったが、利用者が少ないせいか2か所は閉鎖されていた。
「次の方!」
キョロキョロと、お上りさん丸出しで周りを見ていた良二だったが、一行では最初に窓口に呼ばれた。すぐに書類を取り出して窓口に提出、審査を受ける。
「旅券、査証と……入国カードはあるかね?」
ちょっと老けている感じの話し方をする、犬の獣人らしい役人が良二に催促した。
――入国カード? 確か、ラーさまから必要だから持って行けと渡されたっけ?
良二は旅券とは別にしていたのを思い出し、鞄から取り出して役人に渡した。
「すいません、これです!」
「はい、結、構……こ、これ!」
「え? 何か?」
役人の目の色がいきなり変わった。立ち上がって良二に迫る。
「お、お連れの方はいらっしゃいますか!? いらっしゃるなら皆さんでこちらへ!」
更に、若干横柄な喋りをしていたのに敬語モードに思いっきりチェンジ。
「え? ええ、あと5人いますが……」
「どうぞ! どうぞこちらへ!」
窓口カウンターから、こちらに飛び付く気かってくらいの勢いで出てきた役人は、容子や誠一らにも声を掛け、全員を他の入国者とは別の通路へ連れて行く。
やがて良二たちは、通路の奥にある、とある広い部屋に案内された。
その部屋は、フィリアの大広間の装飾にも負けない、豪華な応接室であった。
「只今、送迎の確認と手配を行っております。それまでこちらでお寛ぎ下さいませ」
褐色の肌に、バンパイアの様な八重歯を持ち、背中に蝙蝠みたいな羽を生やしたメイドさんが人数分のお茶とお菓子を用意した。
「ご用の際は、ご遠慮なく呼び出して下さいませ」
コウモリメイドさんは一礼すると、部屋からしずしずと立ち去って行った。
「翼持ちの種族って人間界では見なかったような……」
「そうだな。なあ良? ちょこっと思うんだが……」
「なに?」
「あの翼、どうやって服から出してんだろうな?」




