それぞれの朝
眠りこける良二とライラを部屋へ運んだあと、誠一らはまたテラスに集まった。
美月やメア、シーナは砂だらけになった体を洗うため、容子とカリンも治療を兼ねて改めて風呂に入っている。
今回はライラと良二のとんでもないコンビネーションを見せつけられ、誠一は期待と不安入り乱れる微妙な心情になっていた。
「さすがに、陛下のあれほどの能力を使われては、流れも乱れざるを得なかったか……」
ホーラが、誠一の体にもたれ掛かって寛ぎながら呟いた。
「そう考えるのが妥当ですけど、ここ最近、と言うよりセイイチさま方がいらしてからの流れからすれば、むしろ乱れる方に違和感を感じますわ」
ここのところの、時の流れが乱れる・乱れないのケースが、召喚以前と今では逆転と言っていいくらいに変わってはいないか? ラーはそういう印象を持っていた。
だから、あの大技を目にしても流れは乱れないのでは? 直前までそうも思ったものだった。しかし実際はホーラが蹲って念を発しなければならないほどに乱れてしまった。
「乱れた元、我はてっきり陛下のご乱心によるものと思い込んでいたが……」
「そうだな、美月が魔石を粉砕する事で乱れが和らいだのであれば、やはり原因はライラちゃんと考える方が?」
「僕はもう一つ考えるべきだと思う。リョウジだよ」
ペインが良二原因説を上げた。
確かに良二の、あの特大水剣には誠一も言葉を失った。
最近の良二の成長ぶりは誠一も認めるところだが、今日のあの大技はあまりにも急激すぎる成長と言わざるを得ず、何らかの異常なファクターが入り込んだという解釈は否定できないと……いや、その方が自然であろうと考えた。
「シランくんは陛下によるブースト……みたいな言い方をしてたけど?」
誠一はシランに振ってみた。魔王府軍の司令官としてはその辺りは、何か知っていそうではある。
「ぼくたちの軍でも、魔力差のある者同士が同期し合って魔力の高い方が低い方の能力を引っ張り上げる、そんな技は有るには有るんだ。ただ、本来の魔力の使い方とは歪な使い方になるから魔力の消費量は激しいし、特に下位の者への負担が大きいから、余程それが必要と思われる状況でないと使わないんだけど」
「あのお二方の共通のお怒りが、偶然にも同期を誘発したと言う事でしょうか? 陛下とミツキさまらのどちらが止めを刺したかと言う事より、寧ろお二方の同期によって仕留められる事が原因であるとか?」
「結果、ミツキちゃんが魔石を吹っ飛ばして乱れが収まったんだから、僕はそちらの方を支持したいところだね。リョウジが高位魔族や神族と同期すべきでは無いと言う事か、とか若しくはリョウジら異世界人のレベルアップが早すぎても流れが保てないとか?」
それぞれの意見が交わされる中、話を聞いていて誠一はふと思う。
アデスは神族、ヒト族、魔族が共存している世界である。
そして各界ともに、地球で言えば神の奇跡、悪魔の災厄レベルの事象を起こせる存在が普通にある。
歴史を見るとヒト族は後れを取ってはいるものの、新生されるミカドと共に、やがては神族・魔族の様な高位の魔法使いも出てくるだろう。
そういう状況に目を奪われていたが、アデスにおける、地球での神……つまり世界の創造主、造物主と言える存在、あるいはその象徴に相当する存在は有るのだろうか? そんな疑問が頭に浮かんだ。
アデスにおける頂点はメーテオールである。
だが彼女の事を全知全能とは呼んでも、万物の創造主だと言う者はいない。彼女もまた君ではなく臣なのか?
良二同様、誠一も「釈迦の掌」を連想することは良くある。
今まで見聞きした限りメーテオールは釈迦でも、それより高位の存在でも有り得ない。
彼女もまた、掌に立っている側に思える……では釈迦、若しくは更に高位の存在や意識、意思の様なものが? 果たしてそれは?
誠一は頭を掻きむしりたくなった。うまく頭の中で纏まらない、イメージ出来ない。自衛隊上がりの職人レベルではこの程度かと自棄っぽく考えてしまう。
「どうしたセイイチ? 目が虚ろだぞ?」
ホーラに声を掛けられ誠一の意識はテラスに戻ってきた。
「ああ、すまない。今回とはちょっと外れたことを考えててしまって……」
「疲れたか? どこうか?」
「……いえ、むしろこのままで」
そう聞いてホーラは「ん、そうか」と満足そうに微笑んだ。
「でも、よく、陛下との同期が出来たよね、お兄ちゃん。あまり差が有り過ぎると、弱い方は下手すれば廃人になっちゃうんだよ?」
アイラオが感心して言う。心を操作出来る魔王様の言葉だけに説得力はハンパない。
「怖ぇな。良も良く耐えられたもんだな」
「陛下がお疲れになったのも、リョウジさまの負担を軽減なさった証しやもしれません。普段なら、あの程度の魔獣を倒したぐらいでお休みになられる事はありませんから」
「まあ、陛下の魔力は我々からしても桁違いだからな。しかしなセイイチ、貴公らももう少し自覚した方がよいのかもな」
ホーラが誠一の顔を見上げながら言う。やたら自分の能力を下げて言うのも、過ぎてしまえば嫌みにしかならんぞ? ホーラの目はそんな思いが込められていそうだ。しかし当の誠一は、
「果たして、俺たちがそれほどの者でしょうかね?」
と、相変わらずだ。
「クロダくん? キミは自分らは僕らと肩を並べられないって謙遜して言うけど、さっきも言った様に、僕はキミが思っている以上にキミらの能力は高く、深くなってきていると思うよ?」
ペインがホーラの思いを後押し。
「それもあって、我は貴公らを天界に誘ったのだ。もちろん魔界にも行くべきだ」
「セイイチさま方の、魔素の集積度は日増しに高くなってきておられるとは感じております。やはり、リョウジさま、ミツキさま、ヨウコさまはアデスに必要とされていると考えるのが妥当かと?」
「やはり四天王かよ……」
最弱は誰だ? と、つい思ってしまう誠一。
「今日のところは僕らで考えられる事はこの程度かな? しかし、よくもタイミングよく魔獣が襲って来たもんだね。普段なら西の漁村は全滅だ」
「実はおじさんたちの行くところに、魔獣や犯罪者たちが寄って来る、だったりして~」
アイラオが冗談めいて面白がった。
まったく、どこぞの探偵漫画じゃあるまいし……
反省会? も、これで終了となりそうで、ホーラは立ち上がって伸びをしながら、
「では我も風呂に入ってくるか。どうだセイイチ、一緒に入らんか?」
などと臆面もなく誠一を誘った。
「嬉しい御誘いだけど、今は美月たちが入ってるだろ?」
「お姉ちゃんたちはそろそろ出るんじゃない? いいじゃん一緒に入ろうよ!」
と、アイラオ。
「なぜ貴様が一緒に入る気になっとる? 控えよ」
空気読んで気を利かせろ! ホーラの言葉にはそんな意思がガンガンに込められていた。
そう言うのを読み取る能力に長けているアイラオとしては「あ、やっぱりぃ?」と引き下がるしかない。
「だよね~。お姉ちゃんも交えてお風呂でくんずほぐれつしたいよね!」
ガンッ!
「いったぁ~い!」
久しぶりにラーさまのゲンコツ炸裂。
「私どもは常に一対一ですわ!」
「ん~? じゃ、おじさんが、それで誘ってきたら?」
「そ、それは……セイイチさまがどうしても、と仰るならやぶさかではありませんが……」
AVじゃあるまいし勘弁してくれ、と思う誠一であった。だが、
「じゃあ僕はご一緒するよ。約束もあるしね」
ぎくっ。
「約束? 何の話ですの?」
ぎくっぎくっ。
「魔獣倒したら僕の胸を触らせる事になってたんだよね。神たるモノ、約束は守らないと!」
「……セイイチさま?」
誠一の血の気が引いた。暑苦しい真夏の夜の空気が一気に氷点下に下がった様な錯覚が誠一を襲う。
誠一は忍び足を使い、すーっとその場から立ち去ろうとするが……
「セイイチ……風呂に入る前にちょっとそこに座れ……」
逃れるべくも無し。誠一はホーラに襟首を掴まれた。
「しばし待たれい、ペイン殿! 魔獣への止めは美月がやったんだ。だからあの約束は美月に!」
アセアセの誠一。それにしても、言っている事がワヤクチャで全く破綻している。
焦る気持ちはそりゃわかるが、女の子に女神の胸を触らせてどうするというのか? 百合か? 百合展開が見たいか? 彼氏持ちのJKの百合落ちシチュとか、えれェ嗜好を持っているとジト目で責められるのが関の山と言うものだが?
「あの娘はサワダ卿の想い人だろう? 僕の胸なんか触りたがらないよ? ほらあ、触らせるって言ったらキミ、二つ返事で突撃したじゃん」
ビキッ!
「二つ返事?」
「うん。あの即答は僕もちょっと引いたけどね~」
ビキッ! ビキッ!
「即……答?」
「でも言った以上は筋を通すよ、遠慮すんなって。さあ! お好きに!」
ペインは胸を張り、右手でその豊満なるおっぱいをパアンと弾いて気合を入れた。
「セイイチさま! お話しがあります!」
「風呂から上がってるならメアとシーナも呼べ! 皆で話すぞ!」
奥には奥のルール、暗黙の掟があるのは良二と同じ。無思慮・無分別に手を出して良いワケでは無い。あくまで大奥全員の承諾を得なければならない。それに背反する行為をしたらどうなるか?
誠一はその洗礼を受けなければならない。4つの尻は斯様に重い。
「あはは~、そういう事か~。シランくん、先にあたしたちだけで入ってこよ?」
「う、うん、そうしよか」
アイラオとシランは逃げる様に、その場を去った。
翌朝、妙な睡眠サイクルと妙な夢を見た気がして寝た気になったような、ならないような顔をした良二は朝食をとりながら、昨晩の顛末を聞いていた。
「良さん、ホントに何も覚えてないの?」
記憶があやふやだという良二に改めて美月が聞いた。
「陛下とかなりいい雰囲気だったご様子ですが?」
美月に加えてラーが直球を投げつける。
「いや~それがホント……なんか夢だか現だか……」
もしも、記憶にない=戦闘に参加していないと言う事であれば、良二は職務放棄してしまったと言う事になる。仲間として軍人としてそれは許されない行為だ。
だが、誰一人としてそのことで自分を責めてこない。
つまり彼女らの言う通り、自分とライラは夕べ襲ってきた魔獣と闘い、討伐したというのは事実と言う事であろう。
しかし全くもって記憶も実感もない。
良二はボーっとする頭で昨晩の記憶を遡った。
いい雰囲気? 確かに何かときめいていたような……そんな記憶の欠片みたいなものも、あるにはあるのだが、同時に大変不快な感覚の欠片も同じく有った。
「確か、ライラと飲んでたはずだけど……」
夕食の後、アイラオや美月らとまだ盛り上がっている容子、カリンを尻目に、良二の部屋でライラと飲み直したのは何とか覚えている。
だがそのあと。ラーの言う、いい雰囲気と言うのは何の事なのか?
二人っきりでグラス傾けるのも、そりゃいい雰囲気と言えるし?
しかし、あのラーさまが言うくらいの良い雰囲気となれば、やっぱ色っぽい雰囲気ではなかろうか? とも思うのだが、キスした覚えもその先にあるであろう、えっちっち~な記憶も全くない。
その相手であるはずのライラは、いまだにベッドでかーかーお休み中である。
ものすごく巨大な海生魔獣と闘ったらしいのだが死体は跡形もない。散らばっていた大小色んな大きさの魔石が彼女らの言う通り、本来一個の魔石であったのなら確かにそれなりに巨大なのだろうとは想像はつくが……思い出せん。
しかし、誠一の顔が包帯でミイラ男並みにぐるぐる巻かれているところを見ると、かなり激しい戦闘だったんだろうなと良二は思った。うん、そう思った。
だが、女性陣がほぼ無傷なのはどういう事なのか? 回復魔法か? ならば、なぜ誠一は回復魔法で治療されていないのか?
いささか解せん……とか思わないでもなかったのだが、
「セイイチ! 食事が終わったら我のマッサージだ!」
「セイイチさま! その次は私ですわよ!」
「クロさん! あたしの短剣、二本とも研ぎ直ししておいてくださいよ!」
「私たちの汚れもの、全部お洗濯しておいてくださいね、主様!」
「は、はい、お嬢様……」
と、4人の反応を見るに、あれは何か別の原因によるもの? との疑念も湧いてくる。
何か、自分には窺い知れない何かがあったのだろう……
良二の頭に昨日の夜の記憶がない……何と言う事か。
確かに一番肝心のところでお預けを喰ったのは確かだ。
あと一歩、と言うかペニ助一本分……いや、それ以下の距離まで迫ったところでアレである。
先っちょだけ~、どころじゃなく、先っちょが当たった刹那に、である。
言うなれば、お互いに頂点まで高まった熱いパトスが行き場を無くしてしまったわけで、それが怒りのエネルギーに変換され、記憶が吹っ飛ぶほど暴走したとしても止む無きところであろう。あろう! あろう?
残念ながら? 当然ながら? 本来の意味で結ばれたとはとても言えない。
だが、二人はお互い一糸まとわぬ姿を見せあって、抱きしめ合い、いつもと違う思いがこみ上げるような濃いキスを交わし、ライラの豊満な胸に触れ、ライラは自分の身体を秘部を良二に任せ心身共に一つになる、その直前の工程までは達成したのであるが……その記憶が飛んでしまっているという……
幸か……果たして不幸なのか……
「おはよ~」
ライラが起きてきた。
「ねえ、夕べなんかあったの~? 窓から外覗いたら、海岸とか随分荒れてるんだけど~」
どうやらライラも記憶が無さそうである。
「陛下……なにも覚えておられませんか?」
ラーがやっぱり、と言った口調で聞いてみる。
「え~? やっぱなんかあったの~? たしか……ご飯の後で良くんと飲み直したのは覚えてるんだけど~、そのまま寝ちゃったのかなぁ~? そんなに飲んじゃったかな~? 記憶ないんですけどぉ~」
記憶の喪失点も良二と同じらしい。つまり……
すべては無かった事になり、また一から仕切り直しである……




