大神木唐竹割り(笑)
「誰だあ! 俺たちの、俺たちの邪魔したクソ外道は誰だぁ━━━!」
次に響いたのは良二の声だった。良二もライラと一緒になって怒っている。しかもとても人間の声とも思えない、リバーブのように響き、コーラスやフランジャーを通した歪んだ声であった。
ホーラたちの居る二階のテラスに現れた二人は、共に怨念、毒念、意趣遺恨のマグマから湧き出てきたかってくらいの業火を思わせる激怒オーラを纏っていた。
さらにライラは、怒気だか覇気だか怨気だか分からない、飛ばされそうな程の圧力を感じる波動を周辺にまき散らせている。まるでメーテオールのインプトゥスウェーブだ。
「ちょ、陛下! 何があって! って、わあっ!」
ライラから発せられる怒気波動に吹き飛ばされたか、ホーラやラー、ペインたちが手すりを超えて一階の誠一らが集まった場所の目の前に、ボタボタと落っこちてきた。
天界・魔界を牛耳る最上級神や魔王たちが成す術も無く、無様に床に転がるこの状況に誠一は、クジラ魔獣が刻一刻と接近していると言うのに自身の動きが止まってしまった。気圧されるどころか、各界の最上位に位置するほどの魔力持ちである魔王や神々が物理的に吹っ飛ばされるオーラってなんぞ?
「な、何があったんだ、ペイン!」
落ちてきたポリペイアンに誠一が何とか声を振り絞って聞いた。
「ライラ陛下だよ! メチャクチャ怒ってるよぉ!」
「お兄ちゃんもだよ~! なんか陛下並みに怖いんですけどー!」
ペインもアイラオも半べそ顔でパニクっている。そりゃ、大魔王陛下が本気で怒ればとんでもない事になりそうなのはわかる気もするが。
しかし、何で? どうしてそこまでお怒りなのか?
それにつけても周りの空気が鉄粉でも混じってるのかってくらい重い、硬い。
「でも、なんで良くんまで」
容子も不安の塊みたいな震えた声を出す。
「陛下に当てられたのかな!? 陛下の魔力ですっごくブーストされてたりとか!?」
とシラン。いや、そんなブーストあるの? と眉を顰める誠一。
「あたしたちの邪魔、がどうとか仰ってますから……もしやお二人、とても、とてもいい雰囲気だったのかと? それをあの魔獣出現でおじゃんに……」
と、ぶつけた頭を摩りながらラーが分析。
とてもいい雰囲気……その状況を想像してみた容子の気分はちょっと複雑だが、とにかくそういうのは後にしよう、まずはクジラと怒りのライラがどうにかならないと……
怒気波動を撒き散らしながらライラと良二はテラスの淵にやってきた。テラスの手すりが、石造りであるにもかかわらずミシミシと音を立て、あちらこちらに亀裂が入り、そこから削れた砂塵が落ちている。二人の怒気の前にもう崩壊寸前だ。
「てめえかー! あたしたちの、あたしたちの……を邪魔しやがったクソ魔獣はー!」
「こんのベーコン野郎が! やっと! やっとたどり着いたこの日を! この時を! 俺たちがどれほどの苦労乗り越えてたどり着いたか分かってんのか腐れ怒畜生がぁ!」
クジラ魔獣も二人の怒気に気圧されたのか? あれほど大きく暴れながら近づいて来ていたのに今では怒気の恐怖に口をカパーンと開けたまま、ピクリとも動かない、いや、動けない。体表面が濡れているから分かり辛いが、恐らく全身から冷汗が噴き出しているに違いない。
「あたしたちがどれほど……どれほど、この日を待ちわびたかぁー!」
「俺たちは! 俺たちは今日この日のために生まれて来たんだと! そう思った瞬間にぃ!」
「「皮一枚、ケツ毛の一本すらこの世に残らないと思いやがれえぇー!」」
叫ぶや良二とライラはテラスから飛び降りクジラ魔獣の眼前に立った。
「ハァ~~~!」
左拳を固く握り念を込めだすライラ。
「Scoop out left hand! (抉り取る左手!)」
ライラは、「もしかして今、思いついたんじゃねぇか?」てな技名を叫ぶと、念を込めた左拳を凄まじい勢いで、それはもう音速どころか光の速さもかくやと言うほどの勢いでクジラ魔獣のカパーンと開いた口中に向けて突き出した。
バァアーン!
何らかの衝撃波であろうか? 喰らった次の瞬間、全長25m直径5mのクジラ魔獣の体は後ろへ飛ばされる余裕も許さないとばかりに、真上に20m位の高さまで跳ね上げられた。
見ていた誠一にも、正に文字通りの目にも留まらぬ攻撃であった。
ただ、ライラの左腕から発せられた波動からは、光すらも捻じ曲げたのではないか? と思えるくらいの威圧を感じた。
もし人間が喰らったら、どう低く見積もっても木端微塵以外の答えが見つからない、そんな猛然たる攻撃である。
ド、ドドオォーン!
魔獣は飛ばされたその高さから成す術なく地面に叩きつけられ、その自重が災いし、肋骨のほとんどが粉砕し崩れた。
でかい図体ではあるが、この一撃で既にもう虫の息である。折れた骨が筋肉・内臓問わず手当たり次第に刺さりまくっているのであろう
「うおおおおおおおぉぉぉー!」
次は良二だ。ライラの横に立ち、水剣を起動させて思いっ切り腕を伸ばして振り上げる――までは、いつものルーチンだが……
――な、なんじゃ、ありゃー!
驚愕する面々。
何故ならその水剣の長さは、クジラ魔獣の全長を軽く凌駕する、刃渡り30m越えの超長大の大水剣だったのだ。
見ていた誠一も容子も美月も、呆気に取られてクジラ魔獣並みにカッパーンと口を開けたまま、完全に言葉を失ってしまった。
「大神木唐竹割りー!」
ライラのそれにも負けない、まるで地球の神殺しの如き技名を叫ぶや否や、まるで投げ釣り竿を音速で振り下ろすどこぞのアンドロイド並みの勢いで魔獣に水剣を叩きつけ、その刃は全長25mのクジラ魔獣の体を技名通り、それはそれは見事に、真っ二つに、バッサリと、叩き割ってしまったのだ。クジラ魔獣、完全に絶命である。
だが、大魔王陛下はそれで収まらなかった。ライラは今度は右手をかざし、新たに念を込め始めた。
「Abyss black flame(深淵の黒き炎)!」
唱えた言葉通り、全ての物質が焼かれる事に抗えない、宛らそんな意思が込められた禍々しい巨大な黒い炎が彼女の右手から吹き上がった。
「うりゃああアア!」
その手から放たれた漆黒の炎は、二つに割れたクジラ魔獣をまるで巨大龍に飲み込まれる犬猫の如くあっという間に包み込み、肉はもちろん、骨の髄の髄まで焼き尽くしてしまった。
標的を焼き払った黒き炎が再びライラの手中に戻った時、クジラ魔獣は大きな魔石のみを何とか残し、身体の方はまさに皮一枚、ケツ毛一本残さずこの世から消えてしまったのだ。
見渡すと、浜は激しい戦闘の痕を残しながらも、いつもの静寂なリゾートビーチの姿を取り戻していた。さっきまで聞こえてなかった浜に寄せる波の音が誠一らの耳に、やたら大きく届いて来る。ザザーン……ザザーン……と。
――なんじゃこら……?
誠一は手に余る脅威が消えた安堵と、腕の2~3本振り回しただけでケリがついてしまい、何か、今まで必死に挑んでいた自分の存在が全否定されちまったみたいなこの結末に釈然としないと言うか、心持ちの収まりが悪いと言うか、実にビミョーな心境であった。
あれだけ苦労してチクチク切り刻むしか無かった俺らは?
酸の鼻汁掛けられて、ヒィヒィ言いながら身体を水でしこしこ洗い流しているカリンの立場は?
とは言え、まあ、大魔王陛下の怒りテッペンの鉄槌である。
ちょっと人並外れている程度の自分らとは桁が違うであろう事は百も承知であったが、こうまで違いを見せつけられると、さすがに自分の存在の軽さを思い知らされた感は拭えるべくもない。
おまけになんたらの黒き炎だの神木割りだの、何やらこっ恥ずかしい技名喚きまくられてこちらの緊張感がくじかれると言うか、なんと言うか、アデスの連中はこう言うので盛り上がれるのだろうか? などと自分の光剣に電離粒光剣なんて名前つけていたのを棚に上げて思案していた。
だが、起こってしまった現実は即座に受け入れ、さて自分はどう立ち回るか? をすぐに考えようとするのが誠一である。
良二を通してライラをけしかければ、こっちはいろいろ楽できないか? すでにそんな事に思考を巡らせ始めている不敬な誠一であった。
「くっ!」
突然ホーラが頭を抱えてうずくまった。
「どうしましたホーラさま!? ご気分が?」
誠一がすぐさま寄り添う。若干険しくなったホーラの顔色を見て、ある現象の事が頭をよぎった。
「ホーラさま! 時の流れが!?」
「陛下が人間界であれほどの力を使ったのです。その可能性は十分に! ホーラさま! 修正は可能ですか!?」
ラーもホーラの事を気遣う。
「セ、セイイチ……あの魔石を砕いてくれ……」
「え? 魔石を、ですか?」
「お願いします! セイイチさま方が、人間の方が止めを刺した事に流れを変えるのではないかと!」
「美月! 擲弾筒のチャージは出来てたな!?」
「ダブルチャージには足りないけど通常分は入ってるよ!」
「頼む、魔石を撃ってくれ!」
誠一の指令を受け、美月は錫杖を構えた。距離は80m弱で相手は直径80cm位の大きな的。疲れた今の美月でも絶対外さない距離だ。
照準が定まると、美月は一息で呼吸を整えてマインドトリガーを引き絞った。
ヴオォォオン!
放たれる爆裂火球。それは間髪入れず標的に達し、魔石のド真ん中に命中した。
バッカアァーン!
クジラ魔獣の魔石は、ものの見事に四散した。爆心地を中心に飛び散った魔石の破片が降り注ぎ、周辺の砂に無数の波紋を作り出していく。
魔石が砕かれてしばらく、ホーラは歯を食いしばり、両の拳を胸の前で組みつつ念を放出し続けていた。
「ふうぅ……」
やがてホーラが一つ息をつき、寄り添った誠一に身体を預ける様にもたれてきた。
誠一はそんなホーラを優しく、ふんわり抱きとめた。
「収まった……これで大丈夫だ……」
「お疲れ様です。ホーラさま」
「ああ、くそ! 部下共がどんどん念話を入れてくる。もう収まったであろうに!」
「それほどの乱れだったのですか? 私たちがテクニアで仕出かした事よりも?」
「あれは……乱れそのものは、たいして大きくは無かった。一時を経て、波となるので捨て置けぬ乱れであったのだが、今回のとは型が違う。今のは乱れは大きかったが広範囲に広がる型ではない。流れは戻せたし、後には引かぬはずだ」
「そうですか……あ、申し訳ありません、今はお身体に御労りを!」
いつも通りにホーラを労わる誠一。額に軽くキスをする。
だがしかし、
「クロダく~ん? まだ続けるのかい?」
誠一はペインに催促された。例の敬語の件であろう。
「どうした? ペインと何かあったか?」
「……実は、神々や魔王方への敬語をやめろと言われてまして……」
ホーラに困り眉毛を見せる誠一。
「そうか……」
そんな誠一を見ながらホーラは柔らかく微笑み、
「そうだな……我も貴公には、もっと心安く話してほしいと願ってはおったぞ?」
と、ペインの提案を支持した。
こんな笑顔で言われては誠一も、さすがに我を張ることは出来まい。
「わかりました……いや、わかったよ、ホーラ」
数カ月続いたスタイルである。そうは簡単には切り替えられないだろうが、誠一は思いきる事にした。
そんな誠一を見たホーラは、また彼との間の壁が一つ取り払われたようで嬉しく思い、今度はにっこりと微笑んだ。
「そうですわ! 陛下は? 陛下はどうされました?」
ラーに言われて皆、ライラと良二の姿を探す。まずは先程まで魔獣と対峙していたところへ目を向けた。
「あそこ!」
シランが指を差した先の砂浜に、二人は仰向けで倒れていた。
ラーや容子らが駆け寄り、良二とライラの容態を見る。
「どうだ?」
「…………寝てるわ」
容子が安心した様な、呆れた様な顔を見せながら言った。一同もホッと胸を撫で下ろす。
「泣き疲れて、と言うのはよく耳にしますが、怒り疲れて寝てしまうというのはあまり……興味の尽きないお二人ですわね」
ラーも呆れ混じりに微笑む。
(主様! カリン様の洗浄が終わりました。少し痕が残っておりますので、ヨウコさまに治療をお願いしたいのですが)
「ああ、こちらも片付いた。そちらに容子を行かせるから待っててくれ」
(わかりました)
誠一は容子にカリンの治療を指示すると、残りのみんなと一緒に良二とライラを担ぎ上げ、危うく難を逃れた別荘に戻っていった。




