大魔王陛下、怒る
誠一は光剣を一番の長尺モード(約2.5m)で起動して着地と同時にクジラ魔獣の背中に突き刺した。光剣の刃が柄の根元近くまでめり込んでいく。
続いて抱きついていたカリンとメアを感電させないように自分を足場にさせてから、光剣を通じて魔獣の体内で特大のショットプラズマを喰らわせた。
バン!
光剣から放たれた無数の雷球はクジラ魔獣の体内に拡散し、放電と同時に周辺の神経や筋肉を焼き潰した。
かつてない未知の攻撃を受け、魔獣は逃れられない苦痛に身体を捻じろうとするが、美月の砲撃により損傷した左脚にも激痛が走り、それすらも出来ない。
雷撃の衝撃と左脚への砲撃が功を奏し、踏ん張りを失った魔獣はそれ以上前進することが難しくなったのか後ろ脚をバタバタさせているが、その場で向きを変えるくらいがせいぜいだった。
やれるか!? 誠一らは光明が見えた気がした。
「カリン! メア! 手当たり次第に斬りまくれ! 血や体液を流がさせて、とにかく体力を削るぞ!」
「了解! いやあああああぁぁー!」
言われてカリンは、お得意のデスサイズを伸ばして思いっきり魔獣の背中に突き立てた。アマテラ屈指の鍛冶職人が鍛えし大鎌の刃は、カリンの思いをそのまま伝えるが如く魔獣の体をズッパリと切り裂いていく。
「とうりゃあ!」
メアは短剣を両手に持って突き刺し、そのまま背中から飛び降りるように、全体重を二本の剣にかけて滑り落ちるように垂直に斬っていった。背中から腹にかけて見事な平行線の大傷が出来上がる。
着地したメアは、美月の放った砲撃の傷口まで駆け上がり、さらに切り広げるべく斬りつけた。
思わぬ攻撃に損傷を受けたクジラ魔獣は、左前脚以外を激しく動かすが、やはり向きを変えるのが精いっぱい、しかも向けた方向が折り悪く、右脚を美月の砲口に向ける形となっていった。
――好機!
二発目のチャージが終わった美月の口元に笑みが漏れる。
ドゥヴォオオォォーン!
放たれた二発目は狙い目通り見事に着弾! 魔獣の右脚の自由も奪った!
が、着弾の煽りを喰らって背中の上の誠一、カリンがバランスを崩してよろける。
「ご、ごめんなさーい! 言う前に撃っちゃったぁ!」
大声で謝る美月。しかし誠一は、
「大丈夫だ! グッドショット!」
と、美月を褒めた。思わずホッとし、頬が緩む美月。更に次弾のチャージに入る。
この際、結果オーライ。こんなバケモノ相手に段取り重視で好機を見逃すのは愚行と誠一は判断していた。
クジラ魔獣はほぼ身動きが取れなくなった。元々でかい図体を4本足で腹を擦りながら何とか動いていたのが前2本を失ったのだ。後ろ脚だけでこの巨体を押し進めるのはかなり困難であろう。
「クロダー! もう一息よ~!」
傍観していたポリペイアンが声をかけてきた。
「おじさんやるね~!」
今度はアイラオ。
気が付けばラーやホーラも酒瓶片手に集まって、高みの見物と洒落込んでなさる。
「おじさん、お姉ちゃん、がんばれ~」
シランくんまで参加。
応援は誠にありがたいし手出し出来ないのも良くわかるが、何か釈然としない遊撃隊一同であった。
「少佐! 後は時間の問題よ!」
カリンが弾んだ声で叫ぶ。
「ああ、チョビチョビ切り刻むのは気の毒だが、出来るだけ早、く……」
……ブブ、ブブブブ……
カリンに同意しようとした矢先、誠一はクジラ魔獣の体が、何だか妙な鳴動を起こし始めている事に気が付いた。やがてその鳴動はだんだん大きくなり、痙攣のような動きになっていく。
そして、
ブバババババ、ブシャー!
クジラ魔獣は鼻腔から大量の潮を吹き始めた。魔獣の頭頂部から、誠一やカリンのいる背中にかけて被って来そうな量だ。
クジラの潮吹きとは言われるが、別にあれは海水を吹いているわけではなく、呼吸である。周りの海水等を巻き上げるので潮を吹いてる様に見えるだけだ。
だがこの魔獣は何かを吹き上げた。しかもパっと見ただけでもわかる、何か粘液のようにドロッとした印象がある。
そのドロリとした印象に悪寒が走った誠一は風でシールドを作り、カリンを庇う形で覆った。
「メア、離れろ! こいつを被るな!」
誠一に言われ、メアは猫の敏捷性全開で魔獣から距離を取った。
誠一は風シールドで直撃はほぼ防いだものの、魔獣の背中に堕ちた粘液が跳ね返り、いくらかが誠一、カリンの身体にも付着してきた。
「わ、気色悪い!」
慌てて払いのけるが、
「う、い、痛い……少佐! この潮、痛いわ!」
と、カリンが悲鳴混じりな声で訴えかける。腕から手にかけて、粘液を払い除けたところが赤く変色している。誠一も手の甲に付着した部分に、あまり強くは無いが焼けるような痛みに襲われた。
鉄工職人の誠一は、過去にこれに似た感触を以前の職場で味わった事がある。
ステンレスの溶接をした時だ。
ステンレスは本来は地肌の色が銀色なのだが、溶接等で熱を加えると表面に青黒い焼けが起こる。
そのままでは見てくれが悪いし、ステンレスの持ち味である耐腐食性にも悪影響なのでそれを除去するために硝弗酸等が使われるのだが、アレが手にかかった時だ。症状がそれに、かなり酷似している。
成分は違うだろうが酸かそれに似通った、身体を侵食する物質であることは間違いあるまい。急いで洗浄、治療しなければマズい。
そんな、どこぞの宇宙生物みたいな体液を出すクジラ魔獣は再び、鳴動を伴いながら身体を震わせ始めた。再び潮を吹く気か?
「カリン、降りるぞ!」
誠一はカリンを抱きかかえると、そのまま飛び降りた。
「目をこするな! 液が入ると失明するぞ!」
着地寸前、誠一は足元から風を噴射させ衝撃をやわらげた。しかし砂地のため、砂粒が舞い上がってしまった。
その一部がカリンの顔にかかり、思わず手で払おうとするが、
「ダメだ! 顔を触るな!」
彼女の手を掴み、それをやめさせた。
「ううう……」
「我慢しろ! 真水で洗浄するまで!」
誠一は魔獣から距離を取りながら、風魔法でカリンの顔にエアコンプレッサーの圧搾空気よろしく風を当てて、纏わりついた砂粒を払った。
それでも顔についた細かい砂と言うのは面倒なもので、圧搾空気でも完全には払いきれない。
「主様!」
「シーナ! 戻ったか!?」
村民の誘導を終えて、魚村から帰ったシーナが二人のもとへ駆け寄ってきた。
ナイスタイミング! 誠一はカリンをシーナに抱えさせた。
「いいか!? このままカリンの手を押さえた状態で屋敷へ連れていけ! 真水で付着した液を洗浄するんだ! 水で薄まった液も絶対に目に入れるな!」
「は、はい!」
シーナはカリンの両腕を掴みながらおぶり、別荘へ向かった。
「メア、無事か!」
「大丈夫っす!」
「距離を取れ! こいつの潮吹きに絶対触れるな! 東へ大きく迂回しろ!」
誠一はメアに指示するとまず、容子の元へ走った。
魔獣は既に鳴動を終えており、また酸の潮吹きをやらかす可能性が高まっている。
と、それどころかこの腐れクジラ、後ろ脚を踏ん張り、頭頂の鼻腔を美月に向け始めやがった。
容子と合流した誠一は三発目のチャージ中の美月に向かって叫んだ。
「逃げろ美月! 魔獣の潮吹きは強酸だ! 身体が溶かされるぞ、早く逃げろ!」
「ええ!」
それを聞いて仰天した美月は、とっていた二―リング――膝撃ちの姿勢から慌てて立ち上がった。
だが、爆裂火球ダブルチャージ弾の三発チャージは通常火球の単純に二倍、六発分の魔力を使っており、美月は立ってすぐに立ち眩み同様の症状が出てしまった。目の焦点がズレ、頭がフラつき、足元が縺れて転倒してしまう。
マズい! 魔獣は今にも潮を吹きかけるかもしれない状態だ。
「容子! ここで待機! 奴が潮を吹いたら俺は美月のそばでシールドを張る! おまえはその上から更にシールドをかけて降りかかる潮を跳ね飛ばせ!」
「了解! 美月をお願い!」
誠一は容子に指示すると魔素ブーストを発動して美月の元へ走った。
そして、たどり着いた瞬間を狙うかのように、
ブシャアアアァァー!
クジラは酸の潮吹きを誠一と美月に浴びせかけた。
「フン!」
即座に誠一がシールドを張る。そして降ってくる酸の潮。
容子も誠一の風壁の上に小さな竜巻が集まった、より頑強なシールドを発生させ、その潮を一つ一つの小竜巻が弾き飛ばしながら二重三重の風壁を展開する。
ブベチャアッ!
シールドの上に、得も言われぬネットリとした不気味な音を立てながら降ってくる酸の潮。と、言うより、まるで膿だらけの鼻汁!
しかし誠一と容子の多重の風壁シールドが、美月と誠一への鼻汁の直撃を防いだ。
「ふうう~っ」
風壁の展開が間に合い、大きく息をついて安堵する容子。美月も誠一も何とかしのぎ切り、特に美月は無傷で済んだ。カリンの時と違い、周りが砂地で跳ね返りが少なかったのも幸運だった。
「容子! 別荘へ後退だ!」
容子に退避を指示しながら、誠一は美月を抱きかかえると別荘へ向かって走り始めた。
メアにも東まわりで別荘で合流するよう念話を飛ばした。
クジラ魔獣は、敵であり獲物である誠一らが潮吹きの射程外になったと気付いた。
そこで諦めてくれりゃいいのだが魔獣にそんなもんは当然期待できない。それどころか、
「な、何だぁ!?」
走りながら後ろをチラ見する誠一の目に、犬のチンチンよろしく前半身を上体反らしの如く持ち上げるクジラ魔獣の姿が。上半身だけとはいえ、ほぼ垂直に持ち上がったその姿は十数mの肉壁と言うか肉の塔と言うか聳え立つクソと言うか。
――まさか!?
クジラ魔獣は同時に後ろ足を蹴り上げ、出来損ないのバタフライみたいな動きで前進を始めてきた。
ドドォーン! ドドォーン!
さすがに速度は遅くはあるが、確実に別荘に近づいてくる魔獣。頭を反らすと高さは15m位にはなるだろうか?
そこから直径5m強の肉の塊が地面に叩きつけられるのだ。下敷きになったら、ただでは済まない。堅牢な石造りの別荘でもどれほど持ちこたえられるか。
とにかく、あの酸の潮吹きを防がない限り近寄る事もままならない。
別荘を盾に時間を稼いでも最大火力を持つ美月がこの状態だし、撃てても最後にチャージした分の一発のみ。とても止めはさせない。
二階テラスに陣取っていたペインたちも、さすがに自分たちの見通しが甘かった事に気付き始めたらしく、先程までの能天気さは消えていた。
誠一はこのまま傍観決め込んでる魔王・神さま連中に、彼一流の小賢しさで何とかクジラ魔獣をけしかけて始末を押し付けられんか? と思案を巡らせ始めた。少しくらい手伝えっちゅーねん! 的ノリで。
しかし、魔獣を連中の目の前まで誘導したところで、すぐに転移魔法でとんずらこくであろうし。
――ああ、使えねぇ連中だ!
誠一の口元が激しく歪む。
と、その時……
ズウゥオオオォオオーン
別荘全体を震えさせるほどの、大きな鳴動音が響いた。
魔獣の別技か? それとも新手の魔獣? 誠一や容子らは心臓が締めあげられた。
ホーラやポリペイアンも、何事か! とばかりに音の元を探った。
もしも別の脅威が迫って来て、遊撃隊が全滅するほどのピンチに陥る様な事になれば時の乱れを覚悟して加勢もやむを得ない。今までの野次馬気分を吹き飛ばし、ホーラの目が険しくなってくる。
だが、この波動の震源地は前方では無く真後ろ、それも別荘内からである事に気が付き彼女たちは眉間にシワが寄った。
ラーやアイラオ、そしてシランはこの鳴動の正体に気付いていた。
こんな地獄の底から湧き出る様な、負の波動を出せるものなど彼の人以外にない。
ライラだ!
「誰だぁ~! あたしたちの邪魔した奴は誰だあぁ━━━!」
大魔王陛下、怒る!




