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氷水

 BBQも終わり、午後もしこたま海で遊び――いや、訓練に励んだ遊撃隊一行は夕方を迎え、課業を終了して宿舎に戻った。

 宿舎とは言っても、ぶっちゃけ王室の別荘であり、内装は魔素異変時の神族・魔族の様子を描いた壁いっぱい、天井いっぱいの絵や王族の肖像画等が飾られたり、やはり一流の職人の手による調度品など、フィリアの邸宅にも負けない豪華な造りであった。

 まずは(当然ながら)男女別に風呂に入り、潮と砂に纏わりつかれた身体を綺麗に洗い流す。

 続いて夕食は海鮮第二ラウンド。

 煮込みやオーブン焼きなどのメニューを加え、一日の反省会も兼ねて酒瓶がどんどん空になっていった。


 そろそろ卓上の料理も寂しくなるころ、ライラやアイラオたちにイジられ玩具にされている良二を尻目に、誠一は酔い覚ましにテラスへ出て夕涼みと洒落込んだ。

 本来ならオンザロックなど嗜めば恰好もつくのだが、誠一はアルコールには、からきし弱い。同業経営者との親睦会など、酒の席の後では、どれほどリバースした事か。

 酒の味わいをゆっくり楽しめる訳では無く、「酒量が正義」と言わんばかりの席では彼にとっては拷問でしかなかった。

 今日の場は、それほどでも無かったにしろ、夕食の付き合いだけで精いっぱいだったので、火照った体を醒ますべく、氷水で口から体を冷やしていると言う訳だ。

 しばらく夜風に当たっていると、やがて宴会の方はボチボチお開き、それぞれに自然解散になっているようだ。

 良二やライラは自室に引き上げ、昼の勝負を飲み比べで決着を図ったホーラとラーは、アイラオやシーナ、メアを巻き込んでダウンしてしまったらしく、高いびきを掻いている。

 シランは、おそらく美月や容子らに拉致されて遊ばれている事だろう。

「あらぁ? 氷水なんて淋しいんじゃないのぉ?」

 ペインがウイスキーに氷を浮かべたグラスを片手に話しかけてきた。

「下戸でしてねぇ。こちらのウイスキーやブランデーとか、いい香りしてますし、味も繊細にして複雑、もっと楽しめられればといつも思うんですが……体に合わなくて」

「そりゃ残念だねぇ。マリアルに言えば良い酒まわしてくれただろうにね」

 話しながら誠一の隣のチェアに座るペイン。ほろ酔いも混じり、羽織ったチュニックが(はだ)けて、秘部への心配りが若干欠けた感じでだらし無く組まれる脚も中々に艶っぽい。

「酒と癒しの女神さまでしたかな? 是非お願いしたいところだったのですがね。呪わしい体質ですよ」

「なあ、敬語やめなよ」

 昼間にも言ったはずだろ? と言いたげに、ペインは誠一を若干睨みながら求めた。

「ホーラやラーちゃんにもだよ。いざっていう時に言葉使いが仇になっちゃダメだろ?」

 ペインは意外とマジな眼をしながら誠一を見据え、ダメ出しをした。

「いざっていう時……ですか?」

 誠一は敬語云々より、そこに引っ掛った。

「やはり、いざと言う時が来ますか、ね?」

「キミも薄々わかってると思ってたんだけどね。陛下や猊下を引っ掛けるようなタマだし、ある程度は先読みしてるんだろ?」

「やはり今日は、我々を値踏みにいらしたわけですか?」

「敬語ヤ・メ・ロ」

 何度も言っているのに! ペインの目つきは些か不機嫌だ。

 誠一はフッと軽く笑うと、

「了解、ペイン」

と、彼女の意向を受け入れ、昼間に言われた呼び名で応えた。

「じゃあ、ぶっちゃけで聞くけど、天界や魔界は本気で俺たちを四天王として期待しているのかい?」

 敬語ナシを了承してくれたことに笑みを浮かべてペインが答える。

「公には言ってないさ。最初キミたちは召喚されるはずは無かったからね。でもホーラを始め、時空の神々たちが総出で目を凝らしても流れに変化は見られなかったし。やはりキミたちはアデスに必要とされてると考える方が妥当じゃ無いか?」

「確かに俺たちは並みの人間よりかは強いだろう。しかしあなた方と肩を並べられる実力は無い」

「今はね。でも今日の昼の話でもあったけど、キミたちが天界や魔界に行って経験を積めば、話は変わってくるかもね」

「我々が化けるとでも?」

「そう、特に魔界での経験は人間界での今までの経験とはかなり違ってくるだろうね。魔界は三界で一番魔素の濃い世界だから」

「魔獣も、魔界の方が手強いのかな?」

「魔界は魔素が澱むところが多いからね。大型で凶暴なのも多いよ」

「そこで経験値を積み、レベルアップしていけば俺たちは……どれほど能力が伸びると踏まれてるのかな? 上級神か? 最上級神か?」

「それは今のところ分からないな。まあキミを信じて言っちゃうけど、サワダ卿はもうすぐ天界での修行に入るのは聞いたよね? 予定は2カ月だけど、その間で僕たち最上級神クラスにまで伸びるのが確実視されてるよ」

「その後の魔界での修行で、陛下や猊下級のポテンシャルを身に着けるわけかね? 召喚魔法陣は確実にミカド候補生を捉えていたわけだな」

「全魔法属性を等しく発揮できる素養を持つ存在は、このアデスでもメーテオール猊下とライラ陛下のみだ。人間界でミカドが誕生し、魔素の安定に寄与してくれれば、三界の魔素バランスの安定が飛躍的に向上するって言う説……まあ、納得の行く話だと思うよ」

「……まるで、沢田君がミカドとしてアデスに永住するみたいな印象を受けるが?」

「いや、ローゲンセンさんはあくまでミカド誕生の依り代だと言っていた。今回の召喚にも自分の力不足を気にしていたし、あの賢者は二度と同じ失敗はしないだろうさ」

「失敗?」

「魔素異変の時さ。あそこで魔素をどこかの異世界に放り出そうとしたのが、そもそもの失敗……アデスの事はアデスでケリを付けるのが道理だって言ってね。だから今回、召喚したキミたちを人柱にする様な、そんな失敗はしないと言う事よ」

「本当の失敗はアデス三界が崩壊の危機に直面する事では無いのか? そのためには沢田君を含む俺たちを人柱にする事も辞さない、と言う勢力も有りそうだが?」

「あの爺さまの事、信じてやってよ。キミたちを召喚するしかないって言う事を誰よりも気に病んでいるのはあの人なんだ」

 誠一は本部で会談した時のローゲンセンを思い出していた。確かに嘘をついている奴の眼ではないと信じたい位の深い眼であったと思う。

「言葉が過ぎたかな? 聞き流してくれ」

 ペインはコクコクっと頷いた。グラスを口につけ、氷で程よく冷やされたウイスキーを飲み干す。コロン、とグラスの中で氷が転がる音が耳に心地よい。

「しかし……」

 誠一も氷水を飲み干しながら話を続ける。

「思うんだが……俺たち異世界人が、やがて君たち最上級神クラスの実力と同等の力を持つようになったら……それを疎ましく思う奴も出てくるんじゃないのかな? 特に6か国の支配者は風下に立つ事になりかねんし」

「あと半年後にはキミたちは故郷へ帰るんだ。そんなに気にしてないと思うよ」

 だといいがな……誠一はその言葉は口には出さず、飲み込んだ。

 相手は今日、初めて会った最上級神だ。疑心暗鬼ばかり口にするのも憚れるし、疑ってばかりな性格と捉えられては後々面倒が起きるかも? 誠一は話題を変えた。

「そういやペインの縄張りは海だね。海の魔獣はどんなのがいるんだ?」

「海は常に流れているからね、魔素が溜まりにくい環境ではあるけど、入り江とかは澱みやすいからボチボチ現れるね。でも、その辺りは大して手強くはないけど……」

「けど?」

「海の中で、長い時間をかけての食物連鎖による魔素濃縮は侮れないね。大型の生物ほど魔素は集められるから、大型回遊魚や、クジラとかが魔獣化すると厄介よ?」

「アデスのクジラって最大どれくらいの大きさ?」

「今まで見た中では35~40mくらいね」

 それが魔獣化したら? もう、魔獣と言うより怪獣のレベルだな。誠一はそう思わざるを得なかった。

「すごいよ~、ヒレが手足みたいになって陸まで上がってくるんだ。図体が大きいから機敏には動けないけど人でも家畜でも建物ごと喰っちゃうんだよ」

 マジ怪獣じゃねぇか!

「まあ、そんな頻繁に出てくるもんじゃないけどね。でも、出てくる時は厄介なんだよね~。泳いでる時って、ほぼほぼ魔力使わないから、他の海生動物と気配の見分けつかなくてさ。出てくる時はいきなり海面が盛り上がるんだ」

「まんま怪獣だなぁ。この静かな海が突然うねったりするのかな? あの砂浜が伸びたような先のところ?」

「そうそう、あそこの砂嘴(さし)の横当たりのところみたいに盛り上がって……あれ?」

「……マジ、盛り上がってね?」

 さっきまで静寂だった夜の海面を凝視しながら、イヤ~な予感に包まれる誠一とポリペイアンであった。

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