ミカド
「つまり、良があてずっぽうながら言った事は、真実だったって言う事でよろしいか?」
誠一がまだ痛むこぶをさすりながら言った。
「はい、サワダ卿には天界の私、魔界のライラと同様に、人間界の『ミカド』としてアデス三界の魔素の安定を担っていただこう、本計画を一言で表せばそうなります」
今ようやく、良二たち異世界人に、何故召喚が必要とされたのかが知らされた。
「史郎君がミカド?」
以前、美月はフィリアやメイスの説明を早とちりして「史郎君、魔王になっちゃうの?」などと言ってたが、当たらずとも遠からず、であったのか。
「八つの属性、全てに適性がある沢田君の存在こそが必要、と言うのはそういう事だったのか……」
良二が噛みしめるように言った。
「サワダくんは今もミカドに相応しい魔力の持ち主になって貰えるよう、人間界で錬成してもらってる。やがて人間界での錬成を終えたら次は、おそらく2カ月後くらいだけど天界での修行に移るわ」
それを聞き、美月が不安そうに尋ねる。
「史郎君、大丈夫なの? 無理が罹ったり、身体がおかしくなるなんてことは?」
「それは大丈夫です。彼はそれを受け入れられるだけの素養をお持ちです。つい最近、ローゲンセン殿の要請でサワダ卿とミツキさんの面会を承認するよう書簡が回って来てましたから、お会い出来たかと思いますが……いかがでした? 彼に辛そうな表情は窺えましたか?」
逆にメルに問われた美月は自然に首を振り、それを否定した。
「こう言っては何だけど、サワダくんの心や身体が押しつぶされては、それこそ何の意味も無いの。身体だけあればいい、魂だけがあればいいって話じゃないからね。だから細心の注意を払い、焦らず、でも躊躇せず、あらゆる事を想定しながら、この修行課程は作られているの。アデス三界は彼を人柱にするつもりはないわ!」
ライラの言葉に、美月は一定の安堵を得た。
「となると、また別の疑問、と言うか、そもそもの疑問が」
良二が聞く。
「もともとは大昔……それこそライラや猊下が誕生するころに、人間界にはミカドが誕生するはずだったのかな?」
その良二の問いに、メルが返答。
「人間の方々が、生まれてから物心がつくまでの間の記憶が無いように、私たちも自分の自我が芽生えるまでの事は全く分かりません。目の前の現実を、そう言う物だと捉えて、何も疑問は持ちませんでした。人間界には私やライラの様な存在は無いと、そう考えていて、ずうっと過ごしてきたのです。500年前までは」
「魔素異変……魔素の急激な増加」
誠一がボソッと言う。
「ローゲンセンの見立てだと、あれは魔素の増加では無く、本来ミカドとして誕生するはずだった何かでは無かったのかと……まあ、仮説だけどね」
と、言う事は、500年前の魔素異変は、ミカドが誕生するための現象……
良二は頭がアツくなってきた。ラノベファンタジー脳の卦があるとは言っても、そう言う設定を理解し、認めるには、まだまだ地球での常識が邪魔をしている気分だ。
もっとも、地球には存在しない魔素やら魔法やら三界同居空間やらが渦巻くアデスでは理解より、そう言うものと認める事が大事なのか? 数カ月のアデス生活でそういう考えに近くなっては来ているはずなのだが、何かモヤモヤする。
「500年前……」
今度は容子が。
「なぜ500年前に、その……ミカドと言う存在が、現れることができなかったのかしら?」
容子の疑問に、ライラとメルは暗い顔をする。ローゲンセンの言う失敗。
「逆召喚、か」
誠一が相変わらずのボソッとした口調で言った。
「そうか、あれで別の世界だか異次元だかへ魔獣ごと魔素を転送してしまって、必要な魔素が足りなくなった?」
と良二が続ける。
「突飛だけど、あの時の魔法陣の暴走、人間界に繋がってしまった異変は偶然ではないのかも……」
「ミカドの意識のようなものが既に存在し、アデス外に魔素を流出させないため、意図的に人間界に門を繋ぎ、魔素を閉じ込めた?」
良二も誠一も確証があって言っているわけでは無かった。ただの思い付きに近い。
とは言え、異世界人である彼らは誰よりもアデスを客観的に見られる立場にはいる。
その中で得てきた情報の中から直感で見えてくる景色、状況、良二たちはそれを吐き出し合った。
「最近目立ち始めたという魔獣の統制、組織化のような現象。その頂点がミカドの意識であったなら、魔獣の組織化は納得がいくかも?」
「待て、良。だとするとミカドはアデス三界とは全く別の、自分の世界を作ろうとしていることにならんか? もとより自分が支配するはずだった人間界を乗っ取る、若しくは侵略して、俺たちになじみのファンタジー世界によくある魔獣だらけの国とか世界を構築することに?」
「そうなったら、アデスは大混乱になるわ。人間界で人間対ミカド魔獣勢力との世界大戦が起きるかも!? 魔素異変の再来よ!」
カリンが叫ぶように訴えた。確定しているわけではないが、国を治める側の人間として無視できない可能性だ。
カリンの訴えに応じ、ライラが「あくまで一部の意見」と前置きした上で説く。
「本来、ミカドは人間界で君臨するはずだった。だからミカドの意思のままに、魔獣を含む魔素を人間界に送り込み門を閉鎖、その先は人間界の運命に任せるべき、という勢力もあったわ」
「そんな無責任な!」
思わず叫んでしまう容子。確かにそれは、いくらなんでもあんまりだ。
「落ち着けよ容子。あくまで一部の意見だし、しかもライラの言い方だとすでに過去の事、と聞こえるしさ? そうじゃないかな、ライラ?」
「ええ、500年前ならともかく、これだけ結びつきが強くなった三界を引き離す事はもう困難だと言う意見が大半を占めたわ。三界の融和をもってアデスとなす事を目指そうと言うのが今の主流よ。なによりそんなことしちゃったら、ミカドが人間界を掌握して天界、魔界に報復・侵略する可能性も考えられるわけだし」
それを聞いて胸をなでおろす容子。頭を下げ、早とちりした事をライラに詫びた。
「ま、融和がどうこうより、利権やら銭勘定とかが優先されたんだろうがな」
誠一が達観した様なフリこいて皮肉めいて言いよった。
「隊長さぁ~ん、そういう事言うの勘弁してよぉ~。せっかく言葉選んでるのにぃ~」
と、ライラがブー垂れ。
悪りぃ悪りぃ、と笑ってごまかす誠一。だが誠一は部屋中の人間からジト目の集中砲火を浴びた。嘯くのもいいが、場は読むべきである。
「つまり、アデスに混乱をもたらしかねないミカドではなく、沢田君を依り代にすることで三界の融和を優先する、穏やかなミカドを誕生させようと言う事か」
と良二がまとめる。
「本来のアデスの姿は、こうであってほしいという願いも込めてね」
「500年たった今、また魔素異変の時のような兆候が現れ始めている。ミカド誕生に必要な魔素が500年かけて蓄積されたのか……」
良二の説に美月が質問。
「魔素って増えるの? 分散させて人間が消費して、ってのを500年前から続けたんでしょ?」
「魔獣は人を襲う。家畜や野生動物も、魔獣同士でもね。それが体内で消化され、魔素と混ざり合う、若しくは変換され、排泄されたり、死んで死体が風化して、また魔素として漂う……これが今のところ研究部門からの仮説よ」
「魔素異変以降、人間界の魔素消費は順調に増えていきました。しかしながら自然界の連鎖による魔素増加とのバランスが、ここにきて不安定になっていると示す現象が散見されるようになりまして……」
「500年かけて欠損分が補われた?」
議論を続ける良二たち。その中で、
「シーナ、お前わかるか?」
とメアがシーナに聞く。
「分かるような分からないような? ヘンな気分です、先輩」
ちょっとついていけてない様子だ。良二たちとて完璧に理解してるわけではないので当然であろうか。
「頭の中がホントややこしくなってるわ。まあ、アーゼナルも、ある程度知らされてはいるんでしょうね。エスエリア中心に何かが計画されているって話は洩れて来てたし」
「6か国の盟主には内々で話はしております。計画が発動すれば全ての国に協力を要請する事になるでしょう」
とメル。
「そんな大事に?」
容子がちょっとビビりながら聞いた。
「ミカドを構成する魔素は、一度サワダ卿に集める事になるそうです。それを天界の最上級神12柱、魔界の8大魔王が全力をもって安定化に努める、そんな工程になると。舞台になるのは恐らくエスエリアが中心となるでしょう。その間、市井の皆様方には不測の事態に備え、他国へ避難して頂く事に」
「不測の事態って?」
「文字通りです。魔素異変の時、魔法陣の周りに魔獣がいきなり現れて騒然となった様に、魔素が高濃度に集束された状態では何が起こるか分かりません」
「その時が来るまで、知られたくなかったって、わかってくれるでしょ?」
メルの説明と共にライラが締めた。




