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巨頭

 誠一は一瞬、心臓が止まるかと思った。同じく、意識も飛びかけた。

 その声は耳からだけで聞こえる、そんなものでは無かった。

 頭の中に直接聞こえる? いや、違う。

 何と言うか、毛穴も含めた体中の穴と言う穴から入り込み、頭に向かって駆け上がって行く、そんな声だった。

 カリンも誠一と同様に思わずよろけて膝を附きそうになっている。

「な、何だ今の?」

 正気を取り戻した誠一は、女性の無事を確認しようと頭を振りつつ目を凝らしたが、その前に信じられない、我が目を疑う光景が広がっていた。

 それは、ほぼ9割9分が立っていない、茶畑一面に広がる魔獣たちの横たわった姿だった。

「な、何が起こったの……?」

 カリンも呻くように、誰にともなく聞いた。

 半分以上は絶命しているか? 横たわった魔獣はピクリとも動いていなかった。

 中には動いている個体も、いるにはいた。

 とは言っても、ほぼ死の痙攣を思わせるビクビクとした、震えにも似た反応をしているだけであり、おそらく生きてはいないのだろう。

 ただ一頭、

 グ……グフォ……

あの巨人とも言える体躯のオークだけが、片膝を附きつつも、かろうじて踏ん張っていた。

 彼奴の目は、まだ戦意を失ってはいない。残った力を振り搾って、こちらに向かってくる気だ。

 今現在、オークの動きはすこぶる鈍い。

 だが少しでも体力を回復されると魔力が付きかけた誠一らの勝機は絶望的になる。

 今が最後の好機! 誠一は残った力を全て込めた大声で美月に指令した。

「美月ィー! やれェー!」

「了解ー! 徹甲爆裂火球、撃ちまーす!」

 ヴァオォオッン!

 辺りにひときわ大きな発射音が響いた。

 美月の構えたアタッチメント付の錫杖から放たれた、真っ白な芯に蒼い炎を纏った直径40mmほどある流線形の火球はその爆音とともにオークへ一直線に飛んでいき、そのどてっ腹に命中した。

 火球は腹の内部に侵入した瞬間、オークの臓物を抉り取りながら腹内部で爆裂し、その付近に位置していた魔石ごと背中から焼ける炎と共に飛び出してきた。

 腹を撃ち抜かれ、魔石も弾き出された巨大オークは即死し、身体は積み木の城が崩れるがごとく地面に沈んだ。

 命中を確認した美月もまた容子と同じく魔力切れを起こし、手から錫杖を落として後ろへ卒倒するかの勢いで倒れていく。

 が、シーナがそれを受け止めしっかり支えた。

「おみごとです、ミツキさま!」

 シーナの労いに美月はぐったりとしながらも「えへへ~」と満足げな笑顔を浮かべた。

「やったな美月」

 良二も美月をほめた。

「シーナ、美月を村に連れてってくれないか? 容子と一緒に休ませてあげて」

「はい、わかりました。でもリョウジさまも大丈夫ですか? かなり出血されてましたよ?」

「大丈夫よ、あたしが付いてくわ」

「ライラ、戻ったのか。容子は?」

「村の人にお願いしてきたわ。怪我は無いし、単純な魔力切れだから、ちょっと休めばすぐ起きられる様になるはずよ」

 それを聞いて、ホッと一安心の良二。

 シーナに連れられて村に向かう美月を見送った後、良二とライラは誠一とカリンの居る茶畑へ向かった。


 一方、誠一はなんとか魔獣の脅威を撃退できた事に安堵し、膝に手を附いて魔力切れ寸前の倒れそうな体をどうにか支えた。数回、深く深呼吸する。

 視線を横に立つ女性に移すと、彼女は何か「困ったことになった」と言いたげな顔をしながら立ち竦んでいた。

 一体この人は何者なのだ?

 服装は麦藁帽子に綿シャツ、もんぺに足袋・草履と、いかにも農家然とした格好だ。なるほど、茶摘みをする服装としては問題はない。

 しかし言っては何だが、この女性の肌の色は透き通るように白く、先ほど掴んだ腕は驚くほど華奢であり、日頃から農作業に従事している女性だとは、とても思えない。

 それにさっきの攻撃的な波動を思わせる衝撃……人間技というには余りにも強力に過ぎる。

 何しろ遊撃隊総出でも手古摺った魔獣群を一撃である。もしや神族? 魔族?

「黒さん!」

 そうこう考えているうちに、良二がライラと一緒にやってきた。

「カリン、黒さん、無事かい?」

「おう。お前こそケガは大丈夫か?」

「ああ、ライラが治してくれたよ」

「ライラ?」

 と、そこで女性が反応した。

 だが誠一はそれに気付かず、容子たちの容体を良二に聞いた。誠一としては部下である彼女たちの安否が最優先だ。

「容子と美月は?」

「魔力切れを起こしちゃったけど、命には別状ないよ。ケガもしていないし、村で休ませてもらってる。シーナもメアもピンピンしてるよ」

 全員の無事の報に、胸を撫で下ろす誠一。まだ倦怠感を引き擦りながらも姿勢を正し、

「ライラちゃんありがとう、よく来てくれたね。殿下も、助かったよ」

改めてライラに礼を込めて頭を下げた。

「うん、なんだか虫が知らせてね。天眼でリョウくん捜したらマズい事になってて。それで本部に寄ってカリンと一緒に来たってわけ」

「大使館から戻ったばかりだったんだけど、いきなりライラが血相変えて現れるんだもの、びっくりしたわ。彼女は直接干渉できないからどうしてもって、あ・た・ま下げるからねぇ、あ・た・ま・を」

 カリン殿下、思いっきりドヤ顔。

「頭下げるって、そこ強調するとこぉ~?」

 イラつき大魔王とニタニタ顔殿下がガン飛ばし合う。

 恒例行事だし、張り合うのもいいけど、今ここでは勘弁してほしいなぁ……と思う疲労困憊の良二くんであった。

「まあリョウジの危機なら言われなくても出張ったけどね!」

「ホントにありがとう、来てくれなかったら相当ヤバかったよ」

 誠一はライラとカリンに再度頭を下げた。などとしていると、

「ライラ? あなた、何でここにいるの?」

と麦藁帽子の女性の声。

「え? ライラの名を? え? 知り合い?」

 些か混乱する良二。こんなところでライラの知り合い? 

 おまけに大魔王陛下を呼び捨てである。

 まあ、自分やカリンもそうだけど……

「こっちのセリフよ、メル。あんたこそなんで? てか、いいの? 魔翔波(インプトゥスウェーブ)なんかカマしちゃって! 人間界じゃ人間が出来る以上の能力は使うべきじゃないって、ヴィニキューラやうちのローゲンセンが言ってたじゃん? てまあ、リョウくんたち助けてくれたからお礼言うけど……」

「お茶を摘みに来てたのよ。そしたらあの魔獣たち、せっかく育ったお茶をいきなり踏み潰したりするものだから止めさせようとつい……ほら、あなたもいつも喜んでくれてたでしょ? あのお茶。ようやくシーズン到来なのよ」

「だからって、魔獣狩りやってる横で摘んでたら邪魔になっちゃうじゃないの!」

「ああ、でも私もこちらの事には構う訳にはいかないし……お茶摘み終わるまで静かにしてって言うのも……」

 何か会話がかみ合っている様な、いない様な……

 良二は、取り敢えずライラに聞いてみた。

「ライラ、この人と知り合い?」

「え? ええ、まあ」

 ライラ、ちょっと戸惑い。

「どちらの人なんだ? 失礼かもしれんが、とても農家の人には見えんのだが?」

 誠一も聞いてくる。と同時にカリンに目を移してみた。

 彼女はその外見、言葉や口調、立ち居振る舞いで相手の出自を見抜くスキルを持っている。

 だが、

「…………」

彼女も眉にしわを寄せ、答えに窮している表情を浮かべている。

「確かに少佐の言う通り農民はあり得ないわ。どちらかと言うと高貴な系統だろうけど、王族や皇族の気まぐれ……そんな雰囲気でもないし……」

 ――カリン殿下にも見抜けない?

「うん、まあ、農家じゃあ……無いんだけどね?」

「で、誰?」

 良二に改めて聞かれ、ライラは傍の女性に「言っていい?」みたいな目線をくれると、その女性はコクンと頷いた。

「あたしの友達で……メルって呼んでて、本名は……あの~……メーテオールって言うんだけどぉ……」

 良二はまず、聞いた名だ……と思った。そして咀嚼するが如く、その名を繰り返し口にした。

「メーテオール……メーテ……オール……! メーテオール猊下ぁ!?」

 良二と誠一は同時に素っ頓狂な声で叫んだ。叫んだまま、口がカパーンと開いたままになる。

「あ、もしやあの、ライラが話してた異世界の方々……」

 そんな声を出させるほど驚いた二人の心証を知ってか知らずか、キョトンとした表情で猊下は二人の素性を確認しようとなされた。

 ライラは無言でうんうんと頷いてそれに答える。

 良二はカパーンと開いた口を懸命に戻し、何とか声をふり絞って、

「ほ、ほ、ホントに? 大神帝の……?」

と確認。

「そう、天界の頂点であり象徴、大神帝メーテオールその方よ」

 ライラにそう言われて、良二は改めて彼女を見た。


 天界の統治者 …………………………………しかし麦藁帽子である。

 天界の大神帝さま ……………………………しかし綿シャツである。

 アデスの頂点、大神帝メーテオール猊下……しかしもんぺである、足袋である、草履である。


 いやいや、信じろって方が無理ゲーでは? そう思わざるを得ない良二である。

 てか良二に限らず誠一ほか、いやいや、アデスの誰もが信じやしまい。しかし……

「はい。わたくし、天界のメーテオールと申します。初めまして」

「は、はあ、は、初めまして……」

 などと、とても天界の支配者に対する口上ではないが、思わずそんな言葉しか出ない良二であった。

 だって大神帝サマにしても、まるでご近所様への挨拶回りかってくらいの軽~い感じですし。

「め、メーテオール猊下、な、なぜこのようなところへお一人で……おそれながら猊下のような御方なら護衛や御付きの方々がもっといらっしゃるのでは……」

 誠一もなんとか声を絞り出した。そして猊下は答えなさった。

「ええ、本来はそうなんですけど、これは私の嗜好であって公務ではありませんし、なにより、たくさんの者をぞろぞろ引きつれて来ては、村の方々にご迷惑となってしまいますし。ですから私一人、忍んで参りました次第で……せっかく素晴らしいお茶を育てて頂いて、逆にご負担を感じてもらうわけには……よく私は周りから世間知らずなどと言われてはおりますが、それくらいの心馳せは心得ているつもりですわ」

 にっこりと、それはもう、にっこりとお答えになる大神帝猊下。

 出来れば、魔獣と命がけで戦闘やってる横でのんきにお茶摘みなど、やるべきではない――そういう心馳せも心得てほしいと、心底思う良二・誠一であった。

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