茶摘み
そのとき良二は、茶畑を突っ走る自分の視界? 感覚範囲? に「誰か」を感じた。
なにか、白い、人影みたいな……左の茶畑の中間位に……
――人? なぜ人が?
良二たちは茶畑を突っ切り、村の入り口付近まで到着した。
後を向く。
――あ……
確かに茶畑の中に人の姿が確認できた。帽子? 麦藁帽子? を被った誰かがいる。
(黒さん! 畑に人が残ってる!)
良二は誠一に念話を送った。
(なに!?)
言われて村方向を凝視した誠一も、その人影を視認した。同時に良二たちが茶畑を突っ切った事も確認できた――のは良かったが、良二と同様、誠一もなんでこの状態で畑に人が残っているのか? 襲撃が確認された時点で村民は残らず退避しているはず。理解不能で不自然極まり無かったが、その辺は後回しだ。当然の事だが、見過ごすわけにはいかない。救助しなければ!
だが、その時、
グワアァォォォー!
例のあの咆哮が聞こえてきた。
「え!?」
声の方向を睨む誠一とカリン。
そこに浮かぶ、大型で人の形をした影……
牛頭鬼? 誠一の脳裏にテクニアで倒したあの巨大魔獣の姿がよぎった。
だがこの人影はさらに大きく感じる。肩幅がやたらと広い。
その上、手には何やら最大直径40~50cmもありそうな巨大なこん棒を持ち、こちらに向かってくる。
「なにあれ! オーク!? でもあんな大きな個体は……それに、何でこん棒なんて武器を魔獣が!?」
カリンが仰天、驚愕しながら言った。
牛頭鬼よりも一回り高い身長に、上半身は更に発達した筋肉質の身体を持ち、頭は……ブタである。
この群れのボスか? 見える図体からして牛頭鬼と同じかそれ以上のレベルは有ると捉えるべきであろう。
こいつは放っておくわけにはいかない。兎や猿は村人でもなんとか対応も出来ようが、こいつは無理だ。この一頭で村人が皆殺しにされかねない。
誠一は魔素ブーストでオークに向かって駆け出した。光剣を自分の前でプロペラの様に回転させ群がる兎どもを弾きながらオークとの距離を詰める。
対してオークはこん棒を振り上げ、接近する誠一が間合いに入ってくるのを見定めながら、待ち構えていた。
当然、誠一もそれは予測できる。だが誠一は、あえて自分からこん棒の間合いに踏み込んでオークの攻撃を誘った。
ブォン!
オークがこん棒を振り降ろし始めた。と同時に誠一は右へ飛ぶ。
ドゴン!
誠一のフェイントにあっさり引っ掛り、空振りとなったこん棒は、凄まじい地響きを轟かせながら思い切り地面に叩きつけられた。
その打撃音と、地面に食い込んだこん棒を見ると、まともに食らっていたら、間違いなく一瞬でミンチになるであろう破壊力があることが分かる。こんなもの絶対に正面から受けるわけにはいかない。
思惑通りに右に抜けた誠一は、光剣をオークの脚めがけて振り抜き、切先が脚に斬り込んだ瞬間、
ジュバババババ!
最高出力で高圧の電撃を食らわせた。
感電したオークは一瞬、体の動きが止まった。
だが、彼奴はそれに耐えきって踏ん張り、こん棒を転がすように振り、誠一に向けて攻撃してきた。
迫るこん棒を光剣で受け流そうとする誠一。出来る限り光剣の出力を高めて、こん棒の先端、1/3辺りで出力を最高にし、彼奴のこん棒の間合いを短縮すべくスッパリ切断した。
だが、位置が悪かった。
斬り飛ばしたこん棒の破片は思ったほど弾かずに自身の右肩に激突し、誠一はその勢いに堪えきれず、転倒してしまった。
尚も続けて誠一を狙うオーク。もう一撃を加えるため、こん棒を振り上げる。
こん棒は短くなり重量も軽くなったとは言え、この下半身の踏ん張りが利かない体勢では受け止められても次手に繋げられるかどうか?
鍔迫り合いになろうものなら、この体格差である。いくら魔素ブーストをかけても如何ほど持ちこたえられるものか?
ギリギリの出力でショットプラズマを撃つか? だがハンパなやり方では逆に追い詰められる可能性も。
と、逡巡していると、
「やあぁー!」
カリンが後ろに回り、オークの膝の裏側を駆け抜けざまに斬り込んだ。
ブギャアァー!
膝の靭帯を切られ、仰け反るオーク。自分の膝裏を攻撃したカリンの姿を追うが、彼女の俊敏さは小柄な体躯と相まってその速さは、オークの反応速度を越え、彼奴は一瞬、彼女の姿を見失う。
そのわずかなスキに、カリンは誠一の元へたどり着いた。
「少佐、下がるわよ! 接近戦は不利!」
「分かった!」
彼女に引き起こされ、誠一とカリンは村に向かって走り出した。
その二人の行手を兎や猿が邪魔しようと群がってきた。が、
「ハァ!」
容子が残りの魔力を振り絞って竜巻を食らわせてくれた。
容子の最後の攻撃により兎らは空に巻き上げられ、誠一とカリンの退路は確保された。
「容子!」
だが容子は魔力を使い果たし、力なく倒れ込んだ。ぐったりする容子を良二はすぐさま抱きかかえた。早く安全なところへ連れて行かねば!
「村人に預けよう! ここじゃ危ない! あたしが連れてく!」
ライラはそう言うと容子を抱え上げ、村に向かって歩き出した。
「頼んだぞ!」
良二は容子らを見送ると、出血による目眩いを払うように頭を振りながら、シーナとともにメアや美月らのところへ向かった。
「ヨウコさんは?」
問いかけるメアに良二は、
「魔力切れを起こしちまった。村の人に介抱してもらう」
と答えると、何やら見慣れない装備を引っ張り出している美月の方を見た。
美月は小銃型錫杖の先に筒状の、まるでM203型擲弾発射筒を思わせるアタッチメントを取り付けている最中だった。
「美月、それは?」
「特殊火球発射用のオプションだよ。あの大ブタ相手だと、これくらいでないと」
「でも、魔力は大丈夫なのか?」
「全部使っても一発分ね……後のフォロー頼むよ?」
村に向かって走る誠一はカリンに先に行けと指示し、例の人影の方に向きを変えた。
「一人じゃ無理よ、少佐!」
カリンは誠一の指示に反し、後を追った。誠一が件の者を救助する間、護衛役となる気だろう。
しかし、このけたたましい状況下でこの人物は一体何を? 腰でも抜かして動けないのか? 誠一はこの異常とも言える不自然さに、一抹の不安にも似た、消化不良の如き得も言われぬ不快な疑念を持ちながらも、その者に近づいた。
相手の姿恰好が段々分かってくる。
――お、女?
そう、その人物は妙齢の女性だった。
今ここに人がいると言うだけでもおかしな話だというのに、しかも女だと?
疑問に思う事への解答が欲しいところではあるが、まずは無事の確保が最優先だ。
「そこの君! こんなところで何をやってるんだ! すぐに村の中へ!」
誠一はその女性の腕を掴み、村への避難を促した。
「きゃっ」
ところがこの女性、茶の枝葉に向き合っていたところを誠一に、いきなり引き寄せられて驚いたような目線をくれてきた。まるで今起こっていることなど全く知らぬげに。
だが、驚いたのは誠一も同様、いや、誠一の方が、より驚いてしまったかもしれない。
「!」
誠一は息をのんだ。同時に、戦闘中であると言うのに、身体の動きが止まってしまった。
――何だ、この女性は……
美しい。美……しい……それ以外の言葉が浮かばない……
ラーのような男の性欲を鷲掴みにするエロい美しさではない、全く別の美しさ。正に異次元、別次元とも言うべき……形容するための、ありとあらゆる表現が力不足を感じる、そんな美しさ……
だが、今はそれどころではない!
ないのだが……
「茶の葉を、夏の新茶を摘んでいるのですが?」
は?
「この季節の、この村の新茶は独特のコクと甘みがあるんです。一年の楽しみの一つですわ」
と、にっこり微笑む女性。
……は? 何を言ってるんだこの人は……分かってるのか? 今のこの状況ってもんが! いやそれがわかるとか、わからんとか、そう言ったものを超越している、し過ぎている。
「何バカ言ってんの! 早く逃げて!」
カリンの怒声が飛ぶ。
その通り、正に問答無用だ、力づくでも連れて行かねば!
「ここは危険だ、魔獣がすぐにでも!」
バババ! バリバリベキ!
誠一たちがやり取りしている間に、魔獣たちが茶畑に到達して来た。
魔獣らは行く手に邪魔な茶の木を吹き飛ばし、あるいは踏みつけ、引き千切りながら迫って来た。
カリンが迎撃のために大鎌を構える。
もう一刻の猶予もない、すぐにここを離れようと、
「ああ! まだ摘んでいないのにお茶の木が!」
「それどころじゃない! 早く逃げるんだ!」
誠一が促すがこの女性、ピクリとも動かない。
こんな華奢な、誠一なら片手で肩に担いで走れそうな外見なのに。
「やめて! やめて下さい!」
女性は魔獣に懇願するように叫ぶ。叫び続ける。だが当然魔獣はお構いなし。そんな人語を介する知能など魔獣に有るはずが無い。
「やめて、やめて! せっかく育ったお茶が!」
だからそれどころじゃ! 誠一がそう言おうとした時だった。
――やめてくださーい! ――




