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夕日

 会談を終えたラー、アイラオ、ローゲンセンは大魔王府に戻り、会談の内容の検討も含めサロンで(くつろ)ぐ事にした。

「お疲れ様でした、ローゲンセンさま。お忙しい中、ありがとうございます」

「ローゲじいちゃん、お疲れ~」

 ラーがこの会談に応じ、出来る限りの事を話してくれたことも合わせて、ローゲンセンを労った。

「いや、陛下のお召しで伺ったのです。夜王殿からお礼をいただくほどの事では……」

 謙遜するローゲンセン。

「いえいえ、これで異世界人の方々も、以前よりは納得して頂けたかと」

「その上で、異世界の方々がアデス三界のために尽力して下さると言うお心に、小官といたしましても胸の痞えが取れた思いです。しかし、面白い方と縁を設けられたものですな、夜王殿。あのホーラさまをあそこまでおちょくれる者など、そうは居りますまい」

 全員苦笑。

「リョウジさまもそうですが、彼らにはこちらの人間界のように、魔界や天界に対する畏怖や尊敬、崇拝のような類はほぼありません。それがゆえに、素のままの個人個人として相対することができた……些か単純な物言いですが、そう言う事かと」

「お姉ちゃんはそれだけではないんじゃない?」

 アイラオがいつものようなおちょくり風に言うが、今回はゲンコツは無く、

「ええ、こういうことを口に出すのは憚れますが……あの方との逢瀬はこちらの世界の方々とはまるで違います。あの方から何かアデス人にはない特別な波動など受けているのではないかとさえ……」

などとラーがあっさりと宣うものだからアイラオはまた、肩透かしを食った気になった。

 と言うか、ホーラも含め、そこまで入れ込む異世界人の魅力とか、興味は尽きないが。

「生物学上としては興味深いですが、な」

 その手の話を臆面もなく話されると、ローゲンセンは対処に戸惑るようである。

 賢者は照れの混じった苦笑いを見せた。


「に、してもアレにはびっくりだね~。計画の名前言われたとき!」

 アイラオが感嘆交じりの声で話題を振った。あの、良二ら異世界人、フィリアやメイスを除くメイドたち以外が息を飲んだあの一言――誠一の放った本計画名だ。

「ちょっと肝を冷やしましたわね。ローゲンセンさま、よくあれが彼一流のハッタリだと見抜けられましたね?」

 ローゲンセンはひと息フーっとつくと、

「最初は皆さまやホーラさまの誰かが、つい口を滑らせた……とも考えなかったわけではありませんでしたが……。皆さまに限ってそのような事はあり得ませんでな、逆にカマを掛けてみたのですわ」

自分も焦ったと言わんばかりに答えた。

「お見事でしたわ。彼も引き際をわきまえて頂けていて、ホッとしましたし」

「でもあんな風に当てられちゃうとホントは何か知ってるんじゃ? と勘繰っちゃうね」

「彼は彼なりに直感の中でそのような、朧げな何かを見たのかもしれませんな」

「ローゲンセンさまが御身の中の直感で見えたものと同様に?」

 老賢者は目を閉じ、認めるように頷いた。

「……しかし、あの計画名がそれ自体隠語であることまでは、さすがに見抜けるとは思いません。概ねの内容はお耳に入れて頂いておりますが、アレの正式名は陛下には伝えては居りませんでな。クロダ殿が存じていればそのように納得はされませなんだでしょう」

「お姉ちゃん……本当にいいの?」

「覚悟はすでに……なにより、魔界8魔王の一人としてアデス三界に安寧を。この気持ちに嘘偽りは有りません……」

「今となっては仕方のない事ですが、500年前の対処が本当に悔やまれます……」

「それさえも、時の流れの通りなのかも……」

「……とにかく、時間を見つけてミツキ殿とサワダ卿面会の手筈も考えます。クロダ殿にはその辺り、よろしくお伝えのほどを」

「承知いたしましたわ。とにかく機密保持は、いっそう厳に心得ると致しましょう」

 そう言うとラーは給仕たちの方を見た。

 2人の給仕たちは一礼でラーの言葉に応えた。


                ♦


 遊撃隊本部隊舎応接室、外のテラス。

 時刻は太陽が傾き、山の影に沈む準備をし始めるころ。

 良二とライラはテラスに設置されている椅子に座って、柔らかくなっていく陽の光を受けながら寛いでいた。

「昨日からいろいろ有り過ぎだなぁ……」

 良二がポツッと零すように言った。しかしその声は心なしか軽やかだ。

「あんな大事件解決した後だったのにね~。あたしの正体、話すにしても、もうちょっと落ち着いてからの方が良かったよね~」

「いや、そういうタイミングだったんだろうね。て言うか、ライラの事はもっと早くに知りたかったな」

 それを聞いて、ライラは良二にホントに? と訊ね、良二はうんうんと頷いた。

「ねえリョウくん……」

「ん? なに?」

「……その……驚いた? あたしのこと?」

 ライラが恐る恐る聞いた。

「そりゃまあ、驚いたっていや驚いたよ。なんたって魔界の一番偉い方なわけだし。その気になったら俺たちの住む街なんてひと捻り、どころじゃ無いんだろ?」

「うう、やっぱりそういう眼で見るんだ……」

「まあ、知っちゃった以上はさ?」

 良二はそれほど気にしてはいない、そんな軽い口調で答えた。

 その軽さのおかげか? ライラは言葉以上に軽く受け止める事が出来たような気もする。

「確かにその……そういう力はあるにはあるけどぉ、そんなのめったに使わないよ~ぉ。それこそ……魔界がひっくり返るかどうかって時くらいじゃないとぉ~」

「でも、それもライラなんだろ?」

「え?」

「なんて言うかその……俺たちは地球人だから、神さまや魔王様ってのに実感がわかないって言うか、威厳とか格付けとか?」

「でもホーラちゃんには畏まってたんでしょ~?」

「あれは……とにかくおっかない人、方って言われてから会ったからなぁ。でもライラとは……言い方はアレだけど。その辺にいる、ちょっと変わった娘って印象の方が焼き付いたって言うかさ?」

「変わった娘ぉ~?」

 ついと唇尖らすライラさん。

「だって、普通の娘が、だ~れだって羽交い絞めする? 串焼きいきなり口に突っ込む?」

「あ、あははは~。いや~強いインパクト持ってもらった方がいいってラーがさ~」

「ラーさま? ラーさまの指南?」

「聞いただけだよ、考えたのはあたしだよ?」

「ラーさまならその辺、いろいろ知ってそうだねぇ」

「そういうの……イヤだった?」

 良二は首を横に振った。

「俺……やっぱりライラのこと好きだ」

 言われてライラは、眼を見開き、良二の眼をジッと見つめた。

「……ホントに?」

「だって、ライラが大魔王陛下だって聞いてから俺、何考えてたと思う?」

 ライラは少し首を傾げ、ちょっと間考えた後、首を横に小さく振った。

「大魔王陛下と付き合うってどうすればいいんだろう? とか、呼び出すのに今までのままでいいのかな? 手続きいるのかな? とか、これからどうやってデートに誘えばいいのか? とかそんな事ばかりでさ」

 そう、良二は終始、こりゃダメだ、別れるしかない、などと言う答えは全く出てこなかった。

 ブルボンでキライ? と問われ、嫌いと言う選択肢が出てこなかった様に、良二は大魔王と知ったこれから、ライラとどう付き合おうか? どうやって付き合っていこうか? それしか考えて無かったのである。

「あたし、大魔王なんだよ? 恐れられてるんだよ?」

「尊敬も崇拝もされてるじゃない? あのホーラさまやラーさまが跪くんだもの」

 ライラを見る良二の顔には、魔界の最高権力者を恐れているような表情は無かった。

 全くのゼロではないだろうが、無理している顔でないのはわかる。

 それは良二の人格なのか、それともチキュウ人の傾向なのか? ライラは気が抜けたようにひと息ついた。

「……隊長さんもそうだけど、チキュウ人てやっぱり変わってるのかしら? 普通、大魔王とか分かってからペテンにかけたりする? あれはもうホント、信じられなかった~!」

「ホント、黒さんらしいって言えばそうだけど、俺もすっかり騙されたよ。何が伝家の宝刀『敵を欺くにはまず味方』だよ。おまけに『日本人ならすぐ気付け』とか全く~」

「ホーラちゃんも散々だったしね~、涙目になっちゃって! まあ言われた通り、ちょっと可愛いかな? とか思っちゃったけど~」

「男の俺から見ても、あれはあんまりだと思ったよ。でもその後、黙らせちゃうもんな~」

「ホーラちゃん『今夜覚えておけ!』とか言ってたね~。ひと悶着ありそう」

「あれだけやられて、別れる気とか全然無いよな~」

 誠一とホーラをダシに、一時笑い合う二人。そして、

「でも地球人のすべてが俺たちみたいなわけじゃないけど、アデスの人たちとは感覚とか、やっぱり違うんだろうな。ここの人は物心つく前から神々や魔王たちへの畏敬の念とか刻まれてるわけだけど俺たちにはそれが無いのが逆に幸いしたのかな? でもまあ、それはともかく俺は……ライラが好きだよ。これは変わらない」

と、ライラの眼を見つめて囁く。もう、宿屋の時みたいに、好きと言葉にするのに抵抗はない。

「……あたしは大魔王だよ?」

「知ってるって」

「恐れられてるんだよ? そういう力もあるんだよ?」

「わかって、る!」

「ホントに?」

「それも含めてライラだってば」

「……リョウくん……」

 ライラには良二のその言葉が、彼の想いを乗せて自分の胸にしみこんでくる様だった。

 良二の想い、そして良二への想いを噛み締め、ライラはフワッとした柔らかい微笑を浮かべて、良二の肩に寄り添った。

 頬を良二の肩に預け、沈んでいく夕日を眺めながら……

 このまま時が止まってくれればいいのにな……ライラの心は幸せいっぱいだった。

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