老害
「根拠は何もないが、ここまでで考えられる事……」
誠一が容子の疑問に答える形で言った。
「我々も、何らかの理由があってアデスに必要とされている可能性も捨てきれんという事だ」
それを聞いた全員が、さらに微妙な表情になった。
確かに一理ある一説だ。ある程度の納得も行く。しかし……
「でも黒さん、俺たちには沢田君のように魔法の適性が全てある訳じゃない。彼の代わりにはなれないし、逆に俺たちの代わりは人間界はともかく、神々や魔族の方々にはいっぱいいるだろうし……一体何のために……」
良二の問いに、
「それが我々にも、トンとわからんのです」
ローゲンセンが答えた。
「理解を超えている、まさにそんな感じですね……先程の巻き添えの件にしても……」
ラーがライラの寝室で話し合った事を思い浮かべながら入って来た。
「陛下は、恋心に溺れ血迷ったかの様に、ご自身をお責めになりましたが……それさえもアデスに必要とされていた、必然の行為だったのか、とも……」
釈迦の掌
良二はふと、そんな言葉を思い出した。
困惑。どこからどこまでが自分の手の届く範囲なのか、どこからどこまでが仮説なのかどこまでが現実なのか……それともアデスの頂点、全知全能のメーテオールですら届かぬ何らかの意思のような物……全員の心が拠り所を無くし、地に足がついていないみたいに、ふらついている、そんな感じになってしまった。
こんな状態のまま、その時が来るまで過ごさねばならないのか……
「これだけでも今回の計画が市井に広まること、それがいかに危ういか理解出来よう? 魔素濃度が高まっているのは魔獣の増加を見ても明らか。市井が魔素異変を連想し、我ら三界揃って何かを計画していることが知れたら……わかるであろう? そろそろ矛を収めんか、セイイチ?」
「ホーラさま……」
妙な雰囲気に頃合いと見たか、ホーラが提案した。
「機会があれば我からも話す。天界における本案件は今や我の管轄になっておる。これ以上話せることが出来ればその時は……な?」
「おじさんと二人っきりの時にぃ~?」
アイラオのエロ系突っ込み。お堅いホーラをイジる気マンマンであったが、
「無論だ。何か問題が?」
と、スルッと返されてしまった。やはり以前より角が丸くなっているのか、アイラオ些か拍子抜け。もっともホーラの思いは、情報漏洩防止のために極力余人を交えずに、と言うモノであって、決してベッド内限定では無いわけだが。
そのホーラは場をまとめる方向に舵を切った。だが誠一としてはようやく整えたこの席をこのまま閉めるのは惜しい。本筋以外にも気にかかることもある。おそらくそれは本筋にも関わってくるはず。
が、この微妙な空気もどうにかせねばならん。
この時、誠一の目があやしく……というかイヤらしく光った事には、誰も気付かなったろう。
「ホーラさま、しかし……」
「しかし、何か?」
「いや、ホーラさまと二人きりで話すとなっても、二人きりになったらホーラさまはすぐ、口で私の口を塞いでくるじゃありませんか? そんなんで何時、話してもらえるってんです?」
「な!」
「そのあと、あれやこれやいろいろ口に当ててくるし、とても話す状況じゃあ……」
「ちょ! きこ! いきなり何を言い出す! なぜ今それを言う! なぜそこまで直球で言う!」
うむ、エロ度から言えばアイラオによる突っ込みの比ではない。
「今言うことか! ここで言うことか!?」
ホーラの頬がどんどん赤くなる。
「直後は息も荒く、とても会話する雰囲気とは……」
「黙れ! そのふざけた口を閉じよ!」
二人の会話が何を説明しているか? 今ここに集ってる者にそれの理解が及ばないほどのおこちゃまは居るまい。故に他のみんなの目が又しても点になる。同時に眉間のしわも深まっていく。
「息が収まるころには眠気が襲ってきますしぃ、話すと言ってもホゲッ!」
「この口か! この口がそう言うたわけたこと吐きだすかー!」
ホーラは誠一の唇を摘みヒネリ挙げた。
思わぬ誠一らの痴話げんか? に、今までの得も言われぬ雰囲気は消し飛んだが……別の妙な空気に……要するに、何してんだこいつらは? 的空気が……
「しかひ、ひょーラさまのいろんにゃアヘでシーツもぐっしょり……」
「貴公ーッ! 貴公と言う奴はー! 天界の! 最上級神の威厳を何と思って……ぶッ殺してやるー!」
怒髪衝天ホーラさま。
誠一はホーラの手を振りほどくと脱兎のごとく逃げだした。追うホーラ。部屋の中をぐるぐる回る鬼ごっこが始まった。
さっきのサル芝居もそうだが、この辺りの誠一の計り知れないハッタリ……と言うかキャラ造りと言うか……人生後半戦とか言いながら、ますます磨きがかかってんじゃ無いかと、良二は考えざるを得ない。アデスの魔素には若返り効果でも有るのだろうか?
果たして自分がこの領域に達するのはいつまでかかるか? いや、真似せん方がいいよな? 見ていてなんか頭痛くなってくる……てか何だか見ているこちらが恥ずかしくなるし。ええ歳の初老男が、決して若くはない女と鬼ごっことか。
「殺していいですかね~。そっちの方が時の流れが乱れるんじゃねぇですか~?」
「やかましい! その口に塩詰め込んで縫い合わせてやる!」
恥ずかしさで我を忘れて誠一を追いまくるホーラ。
時間を止めてとっ捕まえればいいのにそれに気が付かないほど頭チンチンか?
やれやれ……とばかりに腰を上げるラー。そんなホーラの後ろに光の速度で回り込み、抱きかかえて動きを押さえる。
「は、放せ夜王! この外道だけは!」
「陛下の御前でもあります、落ち着いてくださいまし。セイイチさまもです。 あんまり女性をからかうと後生が良うありませんわよ?」
「ハハ、すんません、調子こきました! でも、こういう時のホーラさまって」
「なんだ!」
「ホント、可愛いから」
ボンッ! ホーラの顔が耳まで一気に赤くなった。次いで涙目、困り眉毛で唇を尖らせて、ふん! とか言いそうな表情になる。なるほどかわいいかもしれない。
ホーラは性格が性格だし、男遍歴もロクでもない。だから男どもにとってはホーラは近寄り難い存在になるのはやむを得ない。それこそ気に入った相手は初降臨時の誠一のように引き摺って閨に連れ込むくらいしか出来なかったのだし。
が、そんなホーラを誠一は可愛いと言ったのである。
今までに一度も言われた事の無いこの言葉に、ホーラはしてやられたのだ。チョロイと言えばチョロイ。
外見上、ホーラは女性としては十分に大人であるものの、誠一の本来のゾーンからすれば若すぎるエリアである。その差が誠一にとっては可愛らしさを感じるのであろう。
故に誠一が、可愛い、と言ったのは世辞でも口説き文句でも無く本心からであり、ホーラにもそれが伝わって来たので撃沈されたのは間違いの無い事なのだ。
「やっぱ天然だよね……」
「だよね……」
図らずも美月・容子の最初の値踏みは間違ってはいなかったのだ。
誠一が意図した通りになったかどうかはわからないが、部屋の中の緊張感は確かに薄らいできた。
「さて、皆様の気もほぐれましたところで……」
と、臆面もなく話し出す誠一。仕切り直すために仕掛けたとしても、もうちょっと他にやりようは無かったのか、この老害セクハラ野郎は? と全員が思った。
「今回の計画とは直接関係ないかもしれませんが……」
ラーから解放はされたが、まだ気が収まらないホーラに自分の耳を引っ張られながら誠一が賢者に尋ねた。
「以前、辺境の街で魔獣討伐をする機会がありました。そこで感じた異常、異種類の魔獣が統制され、戦略をもって防衛戦に望んでいるような状況に出くわしました。これは通常、ちょっと考えにくい状況なのですが……」
誠一から出てきたのは、魔獣の奇異な生態――魔素濃度の上昇にも繋がる話題であったので、誠一を抓っていたホーラの指の力が抜けてきた。彼女も賢者の答えを待った。
「それは我々も掌握しております。以前からは考えられなかった事ではありますが、関連性はまだハッキリしておりません。ただ、このような行動を可能にするには……」
「本能だけで動いていた魔獣に、知的な変化か進化のようなものが有り得るかも? 魔素濃度の上昇が何らかの影響を与えているとか?」
「それらも確たるものが何も無いのです。そう言った行動をする魔獣を捕獲して観察している部署からは、被験体には以前の魔獣との差異は認められないと」
「それでも組織がかった行動を取り始めた魔獣……そんな生態が確定したとすれば、その頂点はどこに……」
「例えば、”魔獣の王”……などと言うものは有史以来確認された事はございませんが、一応、その方面での観察・調査・検討も始めてはおります」
「魔素濃度が影響しているなら、召喚計画にも絡んでくるかも……ですかな?」
「今の段階では何とも。しかし、無視していい事柄とは言えませんな」
軽く頷く誠一。その誠一の手をホーラが握る。
「この辺りでどうだ? 潮時であろうセイイチ」
「ホーラさま……」
「二度目だぞ? 我はメーテオール猊下の名代としてもここにいるもの、と思ってほしい」
魔獣から入ったこの話題。魔素濃度の問題に絡めて、増える魔素の処理法に結び付けて本来の召喚目的に迫れないか? 誠一はそんな思惑で進めていたが、そろそろ潮時の様である。
「さればあと一つ……」
誠一が最後の議題へ。
「ミツキの事であれば許そう」
美月、誠一らの意をくむようにホーラが先読み、導いた。
「お願いできますか? ローゲンセン殿」
「サワダ卿との面会は機密保持の確約が出来ましたら、速やかに実現に向けて検討するように指示いたしましょう……」
それを聞いて、美月の顔がパァっと明るくなった。
「但し、アデス世界が異世界の皆様方に、この先どんな役割を求めようと、それに従って頂く事が絶対条件となりましょうな」
そのローゲンセンの言葉に誠一が答える。
「ここまで来たらアデスと命運を共にするしかないでしょう。拒否したところで逃げ場所なんぞありませんので」
「それに、アデスのために働くって事は、とっくにホーラさまと約束してますから」
と良二も賛同。
「計画案が固まるまでは遊撃隊稼業につとめます、ね!?」
容子が良二や誠一、美月を見回して言う。
そんな三人を潤んだ眼で見つめる美月は語る言葉もなかった。
「なんて顔してんのよ。沢田君に会えるかもなんだよ? 笑うとこでしょ?」
容子が屈託のない笑顔で美月に語り掛けてきた。
美月は皆の思いが芯に染み入るほど嬉しかった。
だから、美月も笑った。




