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前向きに

 大魔王陛下の突然の謝罪に、人間組は呆気に取られてしまった。

 その後のライラは神妙な面持ちで、以前、寝室でラーと相談した、召喚儀式にライラが介入してしまった事を、今度は自分の言葉で説明した。

 ラーの言う「いい機会」でもあったが、これ以上の隠蔽は、先程のような偽喧嘩を今後、本気で起こしかねないかも……との判断もあった。

「一目惚れって……なんてことかしら……」 

 説明後、最初に口を開いたのは美月だった。

 次に容子。

「箱を開けてみたら……もう想像の斜め上だわ」

「つまり俺たちは二重に巻き込まれたってわけかぁ? なあ色男よ?」

 最後に誠一が良二にも目線を振って言った。

「う……」

 良二は自分も巻き込まれ組のはずだが、いつの間にか加害者側に立っているような気になってきた。

 実際ライラに対する怒りは全くない。むしろその時から自分を気にかけてくれてた事が嬉しいくらいである。彼女のしてはいけない行為のおかげで、自分はライラと出会えたのである。

 同時に、もっと早く言っててくれていれば、一緒にいろいろと相談出来たろうにと思う事しきり。

 良二に限っては、ラーの予想通りである

「本当にごめんなさい! あたしの気の迷いから皆さんを家族から引き離してしまって……どれだけ謝っても許されない事だと思ってる! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 ライラは頭を下げまくった。とにかく下げた。

 他に、その他に出来ることもなかった。ただ下げ続けた。

 やがて、

「気の迷い……てのはどうかな?」

また美月から声が出た。疑問形で。

「え?」

 ちょっと予想外のところに突っ込まれてライラは困惑した。

「だってライラさんは今でも良さんのこと好きなんでしょ? 迷ってないじゃん」

「え? え?」

 いや、そうではなく、自分の立場やら何やら押しのけて、血迷った行動をとってしまった……みたいな意味合いの迷いなのだが?

「そうねえ、巻き込んだわ、やっぱ気に入らないから付き合うの止めるわ……てんじゃないものねぇ」

と容子。

「え? え?」

「良よ。来たばかりの頃ならいざ知らず、今言われたからって、ま・さ・か、迷惑だの勝手に引き込んで腹が立つだの……言わねぇよなぁ? 運命の出会いだぜぇ?」

 片眉吊り上げて揶揄うかのような誠一の弁。

「えええ?」

 あまりにも淡々として、しかも自分が良二の事を好きになったことを第一に考えるって一体……やはり困惑せざるを得ない。自分はもっと恨まれるはずではないのか? 罵倒されたり軽蔑されたりしても当然ではないのか? 自分は彼らの家族を引き裂いてしまったと言うのに?

「も、もちろん言わないよ。で、でもさ、みんなはやっぱりいい思いしてないだろ? 俺はもう、両親とは死に別れて独り者だからいいけど、みんなには家族があって……」

 おまけに良二も、既にライラの共犯者的立場に立っちゃってるみたいである。

「そりゃ、お父さん、お母さんとは会いたいけど……史郎くんと……別れずに済んだし……」

と、美月。最後の方はボソボソ……

「あたしもそうだけど、あと9カ月弱で帰れるんだし……」

 容子も同意する。

 召喚直後ならともかく、魔法を身に付け、生き延びる自信もついてきた今となっては、呆れることは有っても怒る気が湧いてこない。何より、良二に会えた。これが大きい。

「隊長さん、隊長さんは怒ってるでしょ! あたしは奥さんや息子さんたちと隊長さん、引き裂いちゃったのよ! あたしのこと、許せないでしょ!?」

 続いてライラは訴えるように誠一に問いかけた。4人の中では一番憤るであろう誠一に。 

 良二も助け船を出したいところだが、独身の自分が年長であり所帯持ちでもある誠一に向かって、どうこう言うのはハードルが高すぎる。何と言えばライラを許してもらえるだろうか……

 それに対して誠一は静かに切り出した。

「……まずは先程、大魔王陛下を欺くような手管で、返答の了承を頂くに至ったことを、深く陳謝いたします。ご質問の件ですが、実際のところライラちゃ……訂正、大魔王陛下を……」

「ライラでいい! ライラと呼んで!」

「いや、しかし……」

「お願い、今まで通りで! 敬称も敬語も要らないから!」

「そうですか? では……あのなあ、ライラちゃんよぉ? ライラちゃんを恨めば帰れるってんなら、そりゃいくらでも恨むけどよ?」

 いきなり態度豹変・タメ口の誠一に、全員が思わず椅子からズルッと滑った。

 言われたからと言って、これが地だからと言って、かかる変幻極まりない変わり方もいかがなものか?

 と言う周りの心情を知ってか知らずか誠一は続けた。

「勿論、家族には今すぐにでも会いたいよ? だけど今、騒いだって喚いたってすぐに帰れるわけでもあるめぇし、どうあがこうが星の位置が整う9カ月後まで待たにゃならんわけでさ? 恨めばなんとかなるなら、そりゃ藁人形でも何でも作って呪ってもやるよ。でも、そんな事したって現状は何も変わらん。待てば呼ばれたあの時間に戻れるんだから、恨むの呪うの全くのナンセンスだな。むしろその時のために、今何ができるか? 何をすべきか? そっちの方を考えるべきだろ?」

「黒さん……いくらなんでも前向き過ぎない?」

 思わず良二が突っ込む。困惑するライラも、良二の言葉と同じように考えた。如何にも自分達にとって、都合が良すぎるように聞こえるので却って不安じみて来るほどだから。

 が、誠一の前向き加減は変わらないようで。

「ライラちゃんが悪意を持って俺たちを巻き込んだわけじゃないって事はハッキリしてんだ。つまりこの先、ライラちゃんが俺たちに仇なす事は無いんだから、原因究明と対策はこれで終了さ。後はこの先どうするか、だ」

「でも家族の方と1年も……」

 震えて消え入りそうな声でライラが何とか聞いた。

「その1年は俺だけの1年だ。あの日、あの時間に戻れば、俺と家族が過ごす時間は全く失われてはいないわけでな。むしろアデスでの1年の経験を地球で生きる糧にするまでよ。それに地球じゃとても有り得ねぇ、魔法なんてトンデモ体験が出来るんだぜ? プラスとマイナス、天秤はちゃんとつり合ってると思うぞ」

「それよね。召喚された時は右も左もわからなかったから不安になったけど、あたしもお父さんお母さんとの時間は全然変わらないんだもんね」

「そのせいなのかな? 家族と会えないのに、今はそれほど寂しくないのは……」

 誠一の言い分に容子が、そして美月も同意する。地球とは違う異世界の変わった環境下で、彼女たちも誠一の一風変わった性分に当てられてるのだろうか?

「一概には言えないが、家族の絆ってのは共に過ごした時間に比例するもんだ。その意味では俺たちは何も失っちゃいねぇ」

「無理は……してないんだね?」

「良さんこそ、そんなに気負うことないんじゃない? 良さんも巻き込まれたんだし」

「あ、いや、俺としちゃぁ……ライラにはもっと早く打ち明けてほしかったな、くらいで……そうすればみんなに話しするのに、いろいろ相談できたかなって。俺から話す事も出来たんじゃないかとか、さ」

「…………」

 ライラは泣きそうになった。

 誠一の、美月の、容子の、そして何より良二の気持ちがこの上なく嬉しかった。

「いや、良は寧ろライラちゃんに感謝すべきだろう。おかげで年齢=彼女いない歴から卒業できたわけだし?」

「ちょ、黒さんがそう言う事言うかな! 黒さんの人生七不思議筆頭ってなんだっけよ!? 今思いっきりモテ期じゃん!」

「隊長、今がこの世の春よね~」

「やっぱ奥さんに言いつけちゃおうかな~」

「またそう言う事ゆーか! 冗談でもやめい!」

 などと良二らはライラたちそっちのけで盛り上がってきた。

 ライラはそんな良二らを見て俯き肩を落とした。もちろんがっかりしたわけではない。肩の緊張が抜けてしまったのだ。

 そんなライラの横にラーが座り、ぎゅっと握ったライラの手を包んだ。

「ね? 申し上げた通りでしたでしょ?」

 ライラは肩を震わせ、うん、うん……と頷いた。

 気づいた良二もライラの横に座り、ラーと交代するようにライラの手を握った。

「ありがとう。みなさん……ありがとう……」

 ライラはやっと声を絞り出し、皆に礼を言った。

 部屋中に安堵の空気が流れだし、良二もようやく一息つけた気になった。


「しかしこう言っちゃあなんだけど……」

 誠一が誰にともなく話し始めた。

「ライラちゃんは大魔王陛下として何万年か、それ以上生きてきたわけだよね?」

「その通りですけど……セイイチさま、なにか気になることでも?」

「いや、何と言うかその、大魔王陛下って、えらく……乙女ちっく過ぎないか?」

「プッ! 確かに」

 容子が噴き出す。

「そんなに、変かな?」

 ライラ陛下、頬っぺを指でポリポリ。

「確かに今回の件に関しましては私どもも吃驚しておりますわ。陛下が殿方を見染められるなど、初めての事でしたから……」

「公式な場での陛下は、そりゃぁ威厳があって、あたしたちでも身震いするくらいだよ~。でもプライベートなところだと、いつもこんな感じなんだよねぇ」

「私どもは公式な場であればいざ知らず、個人的な人格としましては、人間族のような成長・老化と言う概念が薄いと言いますか、乏しいと言いますか……自分の人格が出来上がると、そのまま滅するまで続いていく感じなのです。ですから陛下の本来の人格とは今、皆さまの目の前の御姿が……」

「ふーん、じゃあ今まで通りのライラさん、って感じでいいんだね?」

と美月。

「うん、それはこれからもお願いするわ」

「私の知る限り陛下はここ数万年、あるいはそれ以上の時の中でメーテオール猊下同様、アデスに生きる全てのものを見つめ、愛でてこられました。我らはその末端に至るまで陛下や猊下を心の拠り所とし、安寧に過ごしていたのです。しかしながら陛下は……陛下には自身を包み込んでくれる存在がありませんでした。私はそれが、ずっと気にかかっていたのですが……今日ようやく……」

 ラーは感慨深い笑顔を浮かべた。色々感じるところはあったものの、今のこの結果に彼女は大満足であった。

「じゃ、後は若いお二人にお任せして」

 などとどこかのお見合いみたいなセリフを吐く誠一。しかし、

「と言いたいところだが……」

誠一は神妙な面持ちになり、含みタップリで言い換えた。

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