再会
と、そのような表のやり取りの奥で、ホーラとラーは超極秘念話でも同時に話し合っていた事実。誠一はそれに気付くべくもなかった。
(ホントに肝を冷やしたぞ。例の召喚が不具合ではないのでは? という仮説が検討され始めたばかりだ。貴様の気持ちも十分わかるが、他の界への直接干渉は常に一考を重ねるべきであろう?)
表の表情、口調とは変わって、念話内に於いてホーラは時空の最上級神たるの面持ちを示していた。
いまや事実上の召喚事案指揮担当者になってしまったホーラにとって、三界の流れの乱れには神経質にならざるを得ないのは当然であろう。
(それは重々わかっておりますわ、本当にお手数かけて申し訳ありません。しかしながら合点がいかない事もいくつか……)
(わかっておる、我としても不思議ではあるのだ。今回、貴様がやらかした事態は本来なら流れが乱れて当然だと思っていたのだが……)
今回の件を再考するに、ラーが干渉しなければ遊撃隊は最悪全滅……全員死亡も十分にあり得た。
仮にカリン救出に成功したとしても、80人前後のユズ一味が一人残らず再起不能などという結果はあり得ないわけで……逃げおおせた連中が今後、様々な人間と色々な形で関わってくるはずなのだが、今の時の流れはそれを否定してしまっている。
(今回の私の所業にも変わらなかったとは……)
(その通り、メーテオール猊下も何も感じなかったと仰っておられた)
(猊下が? わざわざ?)
(今回の事も『ラーが人間界でやんちゃしてますよ?』と教えて下されたのだぞ?)
(う……猊下の天眼からは逃れられませんね……)
(で、我も出張ったわけだが……まさかセイイチが負傷しておったとはな。その上で貴様のあの所業……まあ先ほども表で言ったように不用意な行いではあったが、それよりも……)
(はい。自分で言うのも何ですが、私のあの振舞いは人間界でも一目で私が、もしくは私と同様の、人間界以外の手の者による行いであると理解されるでしょう。あの場の全員に、あの短時間で技をかけて始末したのですから、隠蔽その他は出来るものではありません。それでなお、流れが変わらないと言う事は……)
(これこそが本来の流れなのか、それともセイイチらを救う事が望まれているのか……)
(ローゲンセン様ならその両方を支持なさるかと)
(彼も気付いておるか……一度、席を設けて纏めて検討せねばなるまいな)
(こちらからも伝えておきますわ)
時の流れを司る……ホーラの役職は天界においても重要度は高い。500年前の魔素異変においてもアデス三界の安寧のため時空神勢は彼女が中心となって活躍した。アデスの安寧。それに導く自分たちの職務、彼女たちはそれに誇りを持っている。
導く……いや我らもまた、導かれる存在に過ぎないのではないか……
良二たち異世界人5人がアデスにやってきて以来、ホーラもその形容しがたい何かを意識せざるを得なくなってきた。
その形容しがたい何かを、9番目の属性を持つメーテオール猊下なら感じる事が出来るのだろうか?
異世界の人間との、いきなり訪れた恋……そんな奇縁を喜んでくれた猊下……
(まったく、妙な縁に恵まれたものだ。この我がここまで入れ込んでしまうとは……)
(私も同様でございますわ。しかしそれさえも……)
ラーもまた、ホーラと同様な思いを抱いているのか。
(うむ、だが我はどのような結果となっても悔いるつもりはないがな……)
(ええ、お互いに……)
念話はそこまで。ホーラはソファから立ち上がると、ベッドに横たわる誠一の傍に寄り、彼の髪をなで始める。
「具合はどうか? セイイチ?」
先ほどの、ラーとのやり取りとは打って変わって、優しいまなざしになったホーラは誠一を暖かく労わった。
「ありがとうございます。もう大丈夫かと思います」
「無理はするな。復元された部分が馴染むまでは若干違和感が残るからな。今、跳ねっかえりの魔王に今回の始末書を書かせておる。それが終われば食事に行こう」
そう言いながらホーラは誠一の頬に優しくキスをした。
異世界とは言え、妻帯者の誠一としてはこの状況、まだまだ抵抗は感じてはいるのだが、そばで寄り添ってくれる、癒しの場を与えてくれる彼女らには歳甲斐も無く、ついつい甘えてしまっていた。うん、悪くない。
と、そこへ、
「ホーラさま! 本来、夕べから今日の朝まで、そう言った事は私の番のはずですわ! シフトはちゃんとお守りくださいませ!」
ラーから抗議の声が上がった。しかしホーラはどこ吹く風。
「始末書は書きあがったのかぁ?」
「い、今、書いている最中ですわ! 急かさないでくださいまし!」
悪くない、とは言え重い尻である。
♦
さて、こちらフィリア邸食堂内。ライラのいきなりの来訪を受けた良二くん。喧嘩別れのあとでもあり、さすがに驚きを隠せない。
「ライラ……なぜ?」
そりゃ、入門パスがある訳だから、いつ来ても可笑しくはないのだが昨日の今日である。しかも平日、真昼間。まだお昼ご飯前の時刻。まさかまた、おサボり?
「なぜって……聞いたのよ! あれから王女様がさらわれて、リョウくんたちが救いだしたって! でも怪我人が出たって聞いて、いてもたってもいられなくて! でも、ああ。リョウ君は無事だったのね」
――え? もう噂になってる?
ライラの言からすると、どうやら昨日の事は市中には既に知れ渡っているようだ。
王太子の詫びが台無しである。
「お屋敷の守衛の人にケガしたのは隊長さんだって聞いたけど……隊長さん、大丈夫なの?」
「ああ、治療もうまくいったみたいだし、命に別状はないし。今は部屋で休んでるよ」
「そう……」
それを聞いてライラは胸をなでおろし、安堵の表情を見せた。何より良二が無事。
良二は立ち上がるとライラに寄り、
「心配かけたようだね、ありがとう。でも、この通り元気さ」
と語りかけた。
「リョウくん……」
そう呟くように言うと、ライラはいきなり良二に抱きついた。
人目をはばからずに抱きついてきた。
「い!」
不意を突かれた良二は、なすすべもなくそれを許してしまった。
ちょ! こんな人前で……ではあるが、まさにスキありである。だが、
「よかった……」
「あ……」
ライラの、このちょっとうるんだ瞳で、安堵した表情で見つめられてはもう、身動きが取れない……件の羽交い絞めと言い、前方からのこのハグと言い、ライラにかかっては全く抗う事が出来ない良二であった。とは言うものの……
ガタン!
それで収まりゃいいのだが、良二を取巻く現実は中々彼に厳しく当たるようである。
「ちょっと! 真昼間から隊内で不純異性交遊なんてとんでもないわ! はなれなさいよ!」
容子は即座に立ち上がり、ほぼ脊髄反射級で怒鳴り出した。
二次元風に描写すれば瞳の無い白眼を吊り上げ、眉毛を逆ハの字にしながら湯気か爆煙が頭の天辺からシュポーンと噴き出してるみたいなプンスカモード爆裂、そんな形相だ。そんで、どこぞの王女様みたく人差し指をビシッと差して、そう、ビシッ! と。
「出たな、風紀委員長……」
と、美月が茶を啜りながら冷ややかにボソッと。
「え~、だって嬉しいんだも~ん、リョウくん無事で~。あ、お二人さんもご無事で何よりだね! お疲れ様~!」
ついでかい!
ライラは本心から容子や美月の無事を喜んだのだが、まあ、容子としては目の前で想い人に抱きつかれては、こんな捉え方も致し方なしか。
「それとね~、ヨウコちゃ~ん?」
指を差されたライラはちょ~っと、ちょ~っと不快そうな顔をして言った。
「悪いんだけどさ~、その、指をビシッとか差すのはやめてくんないかな~。昨日、そういうことする生意気なジャリガキがいてさ~。いろいろブチ壊されてさ~」
そこまで聞いて良二の脳裏には昨日の修羅場がフラッシュバックした。メンツを入れ替えての第2ラウンドとか勘弁であるが。
「もうさ~、ホンっト忌々しい小娘でさ~、躾がなってないって言うかさ~」
よほどお冠らしい。まあその後の事が無ければ良二だって……ん?
「その忌々しくて躾がなってない小娘って誰の事かしら?」
良二の体が硬直した。つい最近、聞き覚えたばかりのこの声は……。
――ま、まさか……
良二は声のした方へ、まるでお化け屋敷に有りがちな蝶番が錆び付いている戸板の如きギギギ~ってな音を立てそうな動きで顔を向けた。
「言ってごらんなさいよ、誰の事?」
――カリン!
「殿下!」
良二のみならず、食堂にいる全員が目をおっぴろげてカリンに注目した。
と同時に全員の口がカパーンと開かれる。なぜ彼女がここに!?
ただ一人、
「殿下ぁ~?」
と、睨んでるライラを除いて。




