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黒王アイラオ

 倉庫から数十メートル離れた建物の影に転移したアイラオは、即座に誠一とカリンの治療を始めた。

「ヨウコお姉ちゃんはそっちの女の子をお願い! あたしはおじさんの治療するから!」

「わ、分かりました」

 容子はアイラオの指示に従い、良二にカリンを抱きかかえさせ、まず頭部、顔を中心に回復魔法をかけた。

 彼女はかなりの傷を負っており、効果が目視できるまで、ちょっと時間がかかりそうだった。

 それでも容子は懸命に念を送り続けた。脱出のために控えてた魔力、それを全て使い果たすつもりで続けた。

 やがて、その思いが通じたように、カリンの顔の腫れが引いていくのが目にもわかって来た。額の擦過傷もどんどん回復していく。

 魔法自体は頭全体をフォローしているので、脳や眼球に問題があっても、この調子で回復してくれれば……容子は願った。

 最上級の回復士なら内臓等もスキャンしてのピンポイント修復も出来るそうだが……容子は残念ながらまだヒヨッコだ。非効率でも念を送り続けるしか術を持たない。

 一方のアイラオ。誠一の治療は、まず矢じりを抜くところからだ。

「シーナちゃんは手拭い持ってて。抜いたら出血するからすぐ押さえてね。それから治癒魔法かけるから!」

「は、はい!」

「メアちゃんはおじさんの肩押さえてて、痛みで凄く暴れるからね!」

「了解です!」

「おじさん、かなり痛いと思うけど、いくよ?」

「よろしく、お願い……します」

 アイラオは頷くと矢じりの根元に指をかけた。誠一はもう一つの手拭いを歯を食いしばるため咥える。

「いい? 1・2・3!」

 3でアイラオは指を傷口に突き入れた。

「!!!!!」

 はらわたを抉られるような激痛。視界には宛ら星が散らばって乱舞する感覚が襲い、強烈な耳鳴りが誠一の脳内に響きまくる。

 誠一はその激痛に耐え、歯を食いしばり続ける。

 この治療は本来ならヤットコ・鋏の類を使って鏃を抜き取るものだが、手持ちが無いので指を深めに入れ、食い込んだ鏃を剥がすように抜き出すしかなかった。

 極力腹の力を抜き、それより上、胸や首、腕に力を分散させるように誠一は堪えた。

「すごい……力の抜き方、上手だよおじさん、もう少しだから……ね!」

 ね! と同時に、アイラオは誠一の腹から矢じりを抜き取った。途端に大量の血が傷口から流れ出してくる。

「手拭い!」

 言われてシーナは手拭いで噴き出す血を押さえた。すかさずアイラオが治癒魔法をかけ始める。

「ごめんね、あたしあんまり回復系魔法は得意じゃなくて……」

 とは言うものの、駆け出しの容子よりかは当然上級。やがて痛みを堪えるために硬直していた誠一の体から力が抜けていき、呼吸も落ち着いてきた。

「え? 早いね~。まだ結構、痛むはずだけどな……」

 アイラオが驚く。やはり誠一は痛みに強い、と言うか鈍感らしい。

「ありがとうございます。私はこれで、耐えられますから、王女の方を……」

「ちょっと早くない? 無理しちゃダメよ?」

「痛み入ります。でも、この程度なら何とか」

「そう。わかった、痛みがぶり返したら言ってね?」

 そう言うとアイラオは、カリンの腹部の治療に入った。服をまくってみると至る所が腫れ上がり、どす黒く変色したそれは内出血のひどさを物語っていた。アイラオも早速魔法をかけた。

 ずいぶんと長く感じる時間が過ぎる。実際は3~4分くらいだろうが……

 アイラオはまだ問題なさそう。だが、容子はさすがに魔力が減ってきている。

「大丈夫か? 容子……」

 良二が訊ね、それに答えるように容子が力なく笑う。しかし、かなり倦怠感がありそうだ。

 だが、その甲斐あってか、カリンの顔のけがはほぼ修正され、血色も良くなってきた。

「顔は大丈夫そうだね。あたしはこのままお腹の治療続けるから、取り敢えず体温と呼吸と脈を見ていて」

 アイオラに言われた容子は一旦魔法を止め、ひと息つくと脈拍を探り、頬をカリンの口元に近づけ呼吸の様子を診た。

「あ、息が強くなってきた……」

 呼吸の回復を感じ、容子も笑みを浮かべた。

「もう少しね、お腹も大分回復してきたわ」

 腹部の表面に見えてきたアザもどんどん消えていき、19歳の乙女の肌らしさを取り戻してきた。あとは内臓がどれほど損傷しているかだが、アイラオはわかるのだろうか? あまり得意ではないとの事だが。

「どう、ですかな……」

 誠一が傷の痛みを堪えながらアイラオに聞いた。

「ほとんど回復したわ。でも修復したところが馴染んでない筈だから、いきなり派手に動いちゃダメだけどね。ローゲじいちゃんなら、すぐ元通りに出来るんだけどなぁ」

「脈も安定して来ている。後は目を覚ましてくれれば……」

 カリン……

 良二はカリンを抱えながらずっと彼女の顔を見ていた。

 あのあどけなさを残しながらも、美しさ、麗しさを持った笑顔のカリン…… 

 それを、あれほどまでに無残な姿に変えたユズ一味、今思い出しても全身の毛が逆立って来るほど怒りがぶり返してきそうだ。


 ――俺はあの時、怒りのあまり暴れ狂った。斬りつけた相手がどんな状態になったかも覚えていない。手当たり次第に、殴り、蹴り上げ、斬りつけた。

 自分の服についている返り血。それを見ただけでも結構な数の相手を手にかけたことがわかる。疲労も相まって、複雑すぎる思いが良二の脳内を巡っていた。

 ――俺にあんな衝動が……

 自分で自分自身に戸惑う……あの時はカリンの安全を確保するのが最優先だったはずなのに、俺は自分の怒りを優先してしまったわけだ……そのせいでカリンのみならず、黒さんをはじめ遊撃隊のみんなを窮地に追いやった!

 情けねぇ、情けねぇ、情けねぇ……情けねぇ…………


「気持ちはわかるけど、それは後だよ。まだ終わっちゃいないんだから」

 アイラオの言葉で良二は我に返った。

「え?」

()()()()()()()()。読まなくても眼を見りゃわかるよ」

 え? え? 何? どういうこと?

「あ、目が!」

 容子が声を上げた。

「今、動いたわ」

「ホ、ホント!?」

 言われて良二もカリンの目を見る。確かに僅かに動いているような……

「う、ううん……」

 まるで吐息のようだが声も……

「ああ、あ、あ……」

 開けてくれ! 目を開け、て……

「あ、はあぁ……」

 カリン……

「……ここ、は……」

 目覚めた! 目を開けてくれた!

「カリン! 大丈夫か、カリン!」

「あ、あなた……」

「俺だ! 良二だよ! 覚えてるか!?」

「リョ、リョウジ?……」

 カリンの眼が良二を捉える。

「リョウジ……リョウジ!」

 まだ弱々しいものの、カリンの眼に光が見えた気がする。

「カリン!」

 良二を見詰めるカリンの眼。昼間に見せた、あの面影が戻って来ている。

 ――助かった!

 はあぁぁぁぁ……場の全員が安堵の息をついた。

「リョウジ……なんで、ここに?」

「……覚えて、ない?」

「ん……あなたと……別れて……その、あと……」

 カリンはボーっとする頭の中を整理していた。

 良二と別れた後……

 馬車に乗って……

 いきなり目の前が暗くなって……

 目が覚めたら……!!

「あ、ああ……」

「カリン?」

「あ……あああ! あああああああああ!」

「カリン!」

「ああああああああああ━━━━━━!」

 カリンが叫び出した。身体も痙攣を起こしたみたいに激しく震えだしている。

 記憶を探って脳裏に浮かんだ愚連隊のアジト。

 最初に殴ってきた三下。

 その三下が血だらけで目の前に転んだ。それを蹴るユズ。

 蹴られた三下の血飛沫が自分に吹きかかる。

 そして自分を蹴るユズの顔。

 自分の顔を殴るユズの醜い目つき。

 汚らしい鼻。

 歪みまくった口元。

 (おぞ)ましくも剥き出された歯。

 迫る拳……

 払っても、目を逸らしても、それらが自分に襲い掛かってくるフラッシュバック。

「いや! いやあ!」

 暴れまくるカリン。すっかり錯乱状態だ。

 良二は自分の腕から零れ落ちそうになるほど暴れるカリンを必死で抱き止めた。

「しっかりしてカリン!」

 良二は思い出した。

「やあああああ!!」

 この眼……

「やああ! 来るな! 来るなああぁぁ!」

 あの時に見た……初陣の時に見た、麻薬でやられた娘のような……

 ――マズい、カリンの心がやられる!

「お兄ちゃん押さえてて! カリンちゃん、こっち見て!」

 アイラオがカリンの顔を手で挟むように押さえる。

「カリンちゃん? あたしの眼を見て。あたしの眼を見るのよ?」

「ああ、あああ、ああ……」

「いい子ね……じっと、あたしの、眼を、見て」

 言い終わる頃、カリンとアイラオの目線がつながった。

 それと同時にアイオラの紫の眼が、妖しく、しかし暖かに光り出すのが良二にもわかった。

「あ……あ……」

「大丈夫、大丈夫よ……」

 恐怖に藻掻いていたカリンの身体が、だんだん静かになっていく。見開かれていた眼もとろんとしてくる。

「いい子ね……大丈夫、記憶は消えないけど、怖いのは薄くなるからね……」

 そう言うと、アイラオの眼の光が収まった。

 それと同時にカリンの眼は、今再び目覚めたような、そんな輝きを取り戻して来た。

「リョ……ウジ」

 カリンは、改めて良二の顔を見た。

「カリン、大丈夫?」

「……ひどい目に遭っちゃった……ホント、サイテーな連中に……」

「カリン……」

 カリンは再び、ユズらに受けた暴行を思い出していた。

 拉致られ、蹴られ、殴られ……

 しかし……

 ユズらの顔が出てこない。

 醜く、イヤらしく、凶暴な何かが自分を襲うが、顔も形もハッキリ出てこない……

 さっきまでは見えてたのに……

 だから、恐怖感は変わらないものの、錯乱するまでには至らない。

「リョウジが……助けてくれたの?」

 カリンがリョウジの眼を見上げて尋ねた。

「え? あ、あの……」

「そうだよ! お兄ちゃんが助け出してくれたんだよ!」

 戸惑う良二の声をアイラオが消し飛ばした。

「そう、なんだ……ありがと、リョウジ……」

 良二はうんうんと頷いた。ホントは違うけど、それを言うのは後にしよう。

 今はカリンが立ち直ってくれれば。

「あのねぇ、リョウジ」

「うん?」

「私ね? 泣かなかったんだよ?」

「…………」

「あいつらと喋らなかったんだよ……」

「そう……」

「あいつらとなんか、喋ってやるもんか……って……」

「そうか……」

「悲鳴なんか、出してやるもんかって……」

「……カリンは、強いんだね……」

「ふふ、ふふふ……」

「ふふ……」

 小さく笑い合う二人。だがやがて、カリンの眼に涙があふれてくる。

「ふふ、ふう、ううううう……」

「カリン?」

「う! ううう! ううううう!」

「……」

「うああ! うあ! うああああああああああ!」

 カリンは良二の胸にしがみついた。思いっきりしがみ付いて泣き出した。

「うあああ! うああ! 怖かった! 怖かったよぉ、リョウジぃ! ああああ!」

 リョウジもカリンを抱き寄せた。そして、思いっきり泣かせてあげた。

「あああああああ! あ! あ! あああああああああああああ!」

 美月や容子、そしてメアやシーナも貰い泣き宜しく目頭を拭った。

 それを横で見ながら全員の無事を確認した誠一は一息つくと、フィリアに任務完了を知らせる念話を送った。

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