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窮地

 良二はカリンを抱え直した。

 痛々しくも変わり果てたカリンの表情を見るに、またぞろ血が昇りそうになるが、呼吸を務めて大きく深くして、二度と冷静さを失わないように自分の気を抑える。

「入り口方向の敵陣を突破する、走れ!」

 誠一に言われ走り出す良二。

「逃がすな! 囲め! クロスボウ撃て!」

 後でユズが愚連隊に指示を与えている。言われて倉庫奥と、入り口側に回った手勢の双方がクロスボウを構えた。

 ん? 双方?

「な!」

 と、ここで誠一は判断ミスを犯した。と言うか、ミスを()()()になってしまった。

 通常、相手を囲んだ状態で飛び道具を使えば同士撃ちになるのは火を見るより明らかだ。

 だから連中は躊躇するはずだったのだ。乱れた弓の射線と、それを避けるため接近戦の連中とは足並みが揃わないと踏んで、そのスキをつけると思い込んでしまっていた。

 だが、この連中はそんな事も考えられないほど、知能が足りていなかった。バカとかアホとか言う言葉が陳腐に感じるくらいに。

 この連中は武装していても軍隊では無かった。ロクな訓練など受けてはいないのだ。

 言わられたら言われたまま、同士討ちお構いなしで撃ってきやがった!

 デタラメだ!

 誠一はそう思いつつも、これほどのバカも想定に入れるべきだったと悔やんだ。

 幸いにもこの斉射は良二の水シールドで前方の分は防ぎ、後方は命中する射線分のみ誠一が光剣で払った。

 脚は止まってしまったが、弓兵が次の矢をつがえる前の合間を縫って突破すれば、と誠一が思った瞬間、

バアァーン!

入り口のドアが吹っ飛んだ。同時に外に待機しているはずの容子・美月らが入ってくる。

 なぜ? と誠一が思った直後、容子から念話が入った。

(外、囲まれたわ、50人以上よ!)

 ――ちぃー!

 誠一は瞬時に状況を把握するも頭に血が上ってきた。全員脱出の最適解が見えてこない。

「ヨウコさん! あたしが道を開く! 援護を!」

 突撃しようとしたメアを容子は突風で援護した。訓練で向上した容子の突風は風と言うより高圧縮の空気の塊に近い。

「せい!」

「ふご!」

 そんな後からの突風に怯んだザコ共のうち、三人がメアの短剣の餌食になった。

 タタタタン! タタタタタン! 

 美月も相手の足元に火球機関銃を掃射し動きを止めた。

「クロさんこっちへ!」

 メアが良二たちを呼ぶ。

 が、外の連中は既に入り口にたどり着いてきてしまった。

 止む無く全員が中央で合流する。

 しかし、これで完全に包囲されることになった。

 万事休す……

「どうやらご苦労さんだったようだなぁ!」

 ユズの勝ち誇った声が響く。

「カシラァ! あれ、シルバーフォックスだぜ!」

 チンピラの一人がシーナを見て下卑た声を上げる。

「ひょっほう! ラッキー!」

「面倒掛けさせやがって、たぁっぷり楽しませてもらうからよぉ!」

 群がってくるチンピラどもの賤しい笑い声を聞きながら、合流したシーナや容子たちは良二の腕の中でぐったりしているカリンの凄惨な容態を見て身震いした。

 そして彼女をこんな目に遭わせてへらへら笑っていられる愚連隊どもに恐怖と、それを上回る嫌悪と憎悪と、ほとんど殺意にも匹敵する不快感が湧いてきた。

 自分たちもあの蛮人どもに……おぞましくて反吐が出るどころではない!


 裏口があるのだろうか? ユズたちの方にも増援が次々入ってくる。

 半分は弓やクロスボウ持ちだ。

 この数を斉射されたらさすがに魔素ブーストを使っても払えるかどうか……

(良、王女をシーナに渡せ)

 念話だ。

(どうするんだ?)

(入り口から俺、次にメア、シーナと王女、その左右に美月、容子のフォーメーションを取れ。殿(しんがり)はお前だ)

(強行突破? 無理っすよ、数が多すぎる!)

(考えがある)

(黒さん、何する気?)

(俺が先行して入り口付近の連中に突っ込む。そこで俺が残りの魔力をすべて使ってプラズマ放電させて出来る限り奴らを蹴散らす。そこの穴から全員脱出しろ)

(そんな! 魔力すべて使ったら隊長は?)

(構うな、全速で走れ)

(そ、そんなこと! いやです! 主様を置いていくだなんて!)

(ほかに方法はない、これは命令だ!)

「何黙ってやがるんだ? 何か企んでんのか? まあいいや、おいおまえら!」

 ユズの周りの連中が注目。

「男だけ撃てや」

「え~、ムチャ言うなぁ~」

「うっせえよ。それともお前ら、血だらけの死体抱きてぇかぁ? ほれ、さっさとやれ。後ろ! 盾持ってろよ~、当たるといてえぞ~」

 少しは部下を気遣う余裕も出来たのか? 同士討ちを避けるよう指示するユズ。

 やがて弓兵が極力、誠一・良二だけを狙って各個に撃ち始めた。その数20人以上。

「く!」

 良二は辛うじて水シールドで矢をはじき返した。誠一も前に出て光剣で弾き飛ばす。

 だが、今回は斉射ではなく各個での射撃だ。次から次と、手当たり次第に撃って来るので良二と誠一の二人だけでは手に余った。斉射ならシールド一閃で防げたものを。

 男だけ狙え、では巻き添えの可能性もあってか魔法攻撃は無かった。しかし、それでも数は多い。

 シールドが一番効果が高いが、それでは魔力が消耗する一方だ。脱出時にゴミどもを払う分は残しておかなければならない。誠一は、魔力をセーブしながら対応せざるを得なかった。

 だがそれにも限界はある。

「が!」

 誠一は、矢を払ったスキを縫うようにすり抜けてきた1本に左腹部を捉えられてしまった。最後のプラズマ放電のために魔力を温存していたのが見事に仇となった。

「当ったり~!」

 燥ぐ愚連隊ども。被矢した腹を押えながら痛みを堪える誠一を見てニヤニヤしてやがる。

 誠一は刺さった矢を握り直し、矢じり部分を掴んだ。

「フンッ!」

 しかし一気に抜くことはせず、魔素ブーストも手伝わせ、矢じりの付け根から矢をポッキリへし折った。

「へ~引っこ抜かないんだ? さすが本職だね~」

「お前は引っこ抜いた経験ありそうだな。その顔の間抜けな傷痕がそうなのか?」

「あん?」

 矢と言うものは矢じりにもよるが、すぐに抜くと、より傷口が広がったり大出血の元になったりするので、適切な治療が受けられる環境の場所に行くまで抜かない方がよい場合も多い。誠一はそれに倣ったのだ。

 ユズの顔の傷は傷弓ではなかった。しかし過去、脚を矢で射られた時に不用意に引き抜いたことがあるのも事実であった。抜いた途端に噴き出した血を見てみっともなくパニクった醜態は、今思い出しただけでもムカついてくる。

 ――つまらねぇこと思い出させやがって……

 ユズはジワジワ攻めるのはやめにした。

「あ~、もうめんどくせえぇ。おめえら! こいつら始末しろや」

「え~、結局どっちっすかぁ?」

「うっせぇ、さっさとやれや!」

 ユズに言われ、どぶつきながらも手下どもが次々矢をつがえだす。

 次の攻撃の前に先手を打たねばならない。せめて突破口を。

(決まりだな……俺はここを抜けても、それ以上は走れねぇ)

(やだ……やだよ隊長、すぐ回復魔法を!)

(よせ、魔力は突破の時用に残しておけ)

(行けるわけないよ、黒さん!)

(主様……私もイヤです、絶対!)

(クロさん、あたしがおぶるよ!)

 皆が涙声で反対する。そして良二も……

(俺のせいなんだ!)

 置いてはいけない。

(俺が、俺があそこでトチ狂わなきゃ……だから、だから絶対連れていく! 置いては行かない!)

 カリンが誘拐されたことに続いて、自分はここでも下手を踏んでしまった。

 これ以上、悔やむ結果は出したくない。

 脱出の目算がある訳でもない。だが良二は最後まで諦めたくなかった。

(……ありがとよ)

 そう言いながら誠一も良二同様、自分の甘さを悔いていた。

 良二に傷を残さぬための作戦だったが、別の傷を負わせてしまいそうだ。

 しかし年長として、上官として一人でも多く部下を生かさねばならない。

 それが上として担いでもらってる者の責任の取り方だと誠一は思っている。

 だが、そう説得しても聞いてはもらえないだろう。誠一はスキを見て走り出す機を探し始めた。


「おら~、おめえら、さっさと撃てや」

 ユズがほざく。勝ちを確信し余裕綽々の声だった。

 弓兵たちもカモ撃ちより簡単とばかりに、ニヤついた顔で良二らを狙いだす。

 が、そこで、

 バババ、ババ、バタ、ドサ、……

入り口方向で何やら人が一斉にバタバタ倒れる、そんな音が聞こえてきた。

「あ? なんだぁ?」

 ユズがキョトンとしながらも目を凝らす。良二や誠一も何事か? と入り口を凝視した。

 ――え? 奴らが倒れてる?

 薄明りの中、良二の目には入り口の方向で張っていた愚連隊らが、重なり合いながら倒れ込んでいる様に見えた。

 更に目を凝らして確認している最中にも一人、二人、三人四人と次々倒れていく。見間違いでも勘違いでも無さそうだ。何故だか入り口側の連中が卒倒していくのだ。

 そして、倒れたチンピラどもの上に、うっすら浮かぶ影……

 シルエットは長身の女性とポニーテールの少女のような……

「邪魔だな~、こいつら」

「おそらく、この辺りのはずですが……」

 この聞きなれた声は……

「あ、いたいた~」

「やはりここでよかったのですね。皆様方と違って、品の無さそうな男どもばかりで場を間違えたかと思いましたわ」


 夜王ラーと黒王アイラオであった。

 

 二人はスタスタと、軽やかな歩調で誠一らに歩み寄って来た。特にラーは誠一を見つけて、ルンルン気分なのが足音にも感じられるほどだ。

「ラ、ラーさま……どうしてここに?」

 誠一が振り絞るような声でラーに尋ねた。なぜ彼女がここに? 何のために?

「どうして? もう! そんなつれないことを……今夜は私とセイイチさまとの逢瀬の日ではありませんか。お部屋でずっとお待ちしておりましたのにセイイチさまはおろか、どなたもお戻りになられず……」

「あたしもミツキお姉ちゃん、ヨウコお姉ちゃんにまたチキュウの話、聞こうと思ってさ~、ついて来ちゃった」

 などと、ラーとアイラオは呑気に答えた。まるで、朝の散歩でご近所さんと挨拶するような気軽さで。

 良二たちは、このアデスに来てから呆気にとられることが多かった。

 魔法があり、魔族がいて、神さまと普通に話せて、猫や狐が進化した人たちがいて、魔獣がいて……いろいろ呆気に取られていた。でも、慣れてきたつもりだった。

 が、こんな修羅場に妖艶な美女と少女が何食わぬ顔で入り込んできて、のほほんと夜のデートのご確認……

 呆気にとられぬワケが……ない。

「それで、待ちきれず、念話の糸をたどってお伺いした次第です。でも、どうやらお仕事が途中のご様子。お早く片付けて……え!?」

 と、そこまで普段通りに話していたラーの形相が一変した。

 誠一の腹に矢が刺さっているのを見つけたのだ。

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