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突入

 午後9時30分。

 現在地は、サンダ通り西。廃工房の倉庫。外壁はレンガ造り。屋根は瓦葺き。

 横幅10mくらい、縦22~25mとそこそこ広い。

「一番小柄な身体を感じられるか?」

「はい、一番奥の……中央より右、木箱が積んである場所の際……もう一人と重なっています。大柄の体格」

 シーナが壁に身体を密着させて倉庫内をスキャンしている。どうやらカリン王女と思しき人物の特定に成功したらしい。

 ドン・ロンドの情報は正しかった。しかし、

「重なってるって……まさか」

あまり好ましくなさそうな状況に、容子の脳裏にイヤな予感が走った。

 見た目こそ幼くても、王女は立派な成人女性である。集まっている、恐らくは知能も理性も足りない愚連隊どもがその気になったら……

「決まったわけじゃあるまい。が、もう余裕はないな」

 誠一も焦りを隠せない。だが正確な情報は必要だ。

 シーナにスキャンを続けさせる。

「殿下と思われる方の横4mくらい……7~8人……周辺に、ぐるっと15~6人」

 ざっと25~6人。

「予想はしてたけど、多いな……」

 良二が呟く。

「やはりバカ正直に正面は無理だな。良、屋根から行くぞ」

「プランCだね? わかった!」

「シーナはこのまま索敵を続けてくれ、異常があったら連絡。容子は一緒にいてシーナを守って。美月とメアは正面入り口近くで待機。王女を確保したら合図するから扉をふっ飛ばせ。そのまま現場から離脱する」

 了解……全員が静かに返事すると、それぞれ持ち場に向かった。

 誠一が風魔法を使い静かにロープを屋根にかけた。

 間を置かず魔素ブーストでスルスルと上まで昇る。目的の位置の真上まで移動。誠一は忍び足を習っていたので問題なかったが、良二は不慣れな屋根歩きにちょっと手間取った。

 良二の位置はカリンの真上より2m程左、誠一はデスカらがいるたまり場の上。

(今より実行する。ゴウライが発火したら合図だ)

 誠一が念話で指示する。良二も柄を構える。スタングレネード(ゴウライ)発火と同時に水剣で屋根に穴をあけ、突入だ。

(すまんな、良)

(なに? こんな時に?)

(今度ばかりは、彼奴等を一人も殺さず、は無理だろう……)

(…………腹、括ってるよ)

(そう、か)

(俺は王女を……カリンを助ける!)

(……行くぞ)

 誠一は屋根の瓦に手を当て倉庫内をイメージする。

 高低差は床ギリギリで、横位置はカリンと集団の中央……雷球をイメージ……

「フン!」

 一気に念を送る誠一。次の瞬間、

バアァァ━━━━━━ン!!!

ゴウライが炸裂した!

「ハ!」

 良二は水剣を起動させ、屋根に突き刺し直径1mほどの穴をあけ、中に降下した。

 誠一もそれに続いて飛び降りた。


「な、なんだ!?」

 ユズはゴウライからは背中を向けていた。

 だがゴウライの光は反射光でも凄まじい光量であり、ユズは思わず目を瞑らなければならなかった。

 更に、直視ほどのダメージは受けなかったものの耳は効いた。頭が痛くなるほどの轟音が鼓膜に突き刺さった。

 フラつく頭で右を向くと男が一人、天井から落ちてくるのが見えた。

 着地寸前、男の足元から水が噴射され、男は静かに着地した。

 その男は着地するなり距離を詰め、耳を塞いで屈んでいるユズの顎に向かって蹴りを入れてきた。

 蹴りは顎にヒットした。しかし、ユズは瞬時に身体強化魔法で顎の強度を増し、同時に脚力も強化してとんぼ返りし、ダメージを最小限に押さえた。

 チンピラとは言え、頭となるだけあって魔法とケンカの融合は得意のようだ。

 そういった場数だけは踏んでいるせいか、良二と誠一の姿を視認するとこれが敵の襲撃だと瞬時に判断出来た。

「てめぇら何やってやがる! 敵襲だ! 得物持って来い!」

 ユズは、ようやくゴウライのダメージから抜け始めたゴロツキどもに発破をかけた。

 

 良二はユズを追い払うとカリンの確保に向かった。

 同時に誠一が降下してきて、風魔法で足元に空気のクッションを作り着地の衝撃を消した。すぐに光剣を起動させてカリンと良二の前に立ち、良二のカリン救助の援護に入る。

「カリン! 助けに来たぞカリ……」

 横たわるカリンを抱き起こす良二。

 自分の腕の中でカリンの顔は力なくゴロっと転がるように、こちらを向いた。

 良二は自分に向けられた彼女の顔を見て、一瞬で身体が硬直した。

 ――カ、カリン……?

 良二は彼女と別れてからまだ半日と経っていなかった。最後に見た彼女の顔はその幼い外見とは違って、美しく麗しさを感じるほどの朗らかな笑顔だった。

 だが、今、目の前にいる彼女の顔は……

 額は擦過傷に溢れ、

 瞼は目が開かないほど腫れ上がり、

 頬はどす黒い紫に変色し、

 鼻と口からは夥しい出血……

 ――ま、まさか、死……

「おい、良! 王女の確保……」

 良二にカリン確保を促す誠一。しかし、その誠一も彼女の姿を一目見てその悲惨さに足先がしびれた。

 彼女を見るのはこれが初めてだった誠一だが、幼めの外観も相まって残虐さがより際立って見えた。いわんや良二。

「クソヤロウ……」

 良二は抱き起したカリンをゆっくり降ろした。それはそれは不気味なくらいゆっくりと。

 マズい! 良がキレる! 誠一は焦った。

「クソ野郎がぁ! ブッ殺してやる!」

 叫ぶや否や、良二はゴロツキどもに斬り込みをかけた。

「うおあぁぁー!」

 脊髄反射以上の俊敏さか? 魔素ブーストも相まってスピードだけは凄まじかった。ゴウライのダメージを残しながらも剣や斧、モーニングスターなどで武装し始めたチンピラどもに仕切る暇も与えず手近な奴から、水剣でブッた切り、強化された身体による格闘術で次々屠っていく。

「ひぎい!」

「うぐぁ!」

 水剣に腕や足を切り飛ばされ、間合いが近ければ蹴りや手刀で骨を砕かれ内臓までをも潰されていく手下どもは反撃する余地もなく次々倒されていった。

 が、一見圧倒的に見える良二の攻撃は、パッと見ただけでも的確さには程遠い状態だった。

 血が逆流して冷静さを欠いているせいで大振りになるわ、水剣のジェットモードと平板モードが安定しないわ、魔法制御の状態はほとんど素人だった。

 とは言え、そういう状態でも普段の剣術・格闘訓練の成果は確実に出ていた。

 距離を開けての敵のクロスボウ攻撃や、美月には遠く及ばない程度ではあるが、火属性持ちによる敵の火球攻撃は高密度・高水圧の水シールド魔法で無力化するなど、粗削りながらその場に合わせて対応は出来ている。

 剣の間合いと格闘の間合いとで攻撃法を切り替えており、格闘においては魔素ブーストによる蹴りや掌底などで敵と相対しており、毎日続けた反復練習が頭で考えるより先に体を動かしていた。

 見境なく頭部を拳で殴ってしまい、指を痛めるなんて事もない。誠一が訓練上で狙った効果は明らかに功を奏していた。

 だがしかし、今の良二は本来の目的を見失っている。

 ゴロツキなど一人も相手する必要などは無いのだ。

 カリンを確保し、そのまま逃亡・離脱して、後は軍や警務隊に任せればいい。

「良! 目を覚ませ!」

 誠一は良二の後襟を掴むと引き摺るようにカリンの横へ引き寄せた。

「確保しろ!」

 良二は転倒し、自分の顔がカリンの顔に息がかかるほどの距離まで近寄った。

 フッ、フッ、カリンの弱々しい吐息が、わずかながらも良二に届いた。

 ――カリン……生きて……る……

 そのか細い吐息によって、目の前の、命を懸けても守らなければならない存在を良二は改めて認識し直した。

 ――何してんだ俺……

 血がアツく逆流する頭の中で、良二はようやく正気を掴んだ。保護対象のカリンを抱きかかえて現状からの離脱に備える。

 だが、十数秒程度の逆上が、ゴロツキ共にゴウライからの復帰を許してしまった。入り口の方向へ脱出するつもりが連中はそちらに回り込み始めている。

 カンカンカンカン!

 敵の一人が、窓際に吊るされた何か半鐘の様なものを狂ったように鳴らし始めていた。

 ――連中の合図? この倉庫内以外にも奴らの仲間が!?

 先手を取っていたはずが後手に回ってしまった。良二の脳裏に悔恨が過ぎった。



「はじまったわ……」

 ゴウライの光と音が響き、それで作戦が開始されたのを容子やシーナにも知らせる事となった。

「中の様子、わかる?」

 容子はシーナに聞いてみた。

「……リョウジさまが王女様のそばに降りたはずですが、斬り込んでおられます」

「ええ?」

 ――ちょっと待ってよ。犯人の眼がくらんでるスキに王女を救出して、現場から離脱じゃないの? 何で斬り込んでいるのよ!

 カンカンカンカン!

 半鐘のごときカン高い音が中から聞こえてくる。

 何の音だろう? シーナは感覚を研ぎ澄ませた。

 ザワッ!

 同時にシーナの体中の毛が文字通り総毛立った。想定外の対人反応が彼女を襲ったのだ。

「ま、周りの建物から人が集まってきます!」

「な!」

 ――しまった! 周りの建物にも連中の仲間が控えてたんだ! 今の半鐘はその合図! 

 容子はすぐ気付き、シーナに人数を聞いた。自分らで押さえられればいいが……

「20……30……ご、50人以上です!」

 シーナの声は最後はほぼ悲鳴に近かった。容子も同様に驚愕した。

 ダメだ! 押さえきれる人数じゃない! 今のうちに美月たちと!

「シーナ! 美月たちと合流するわよ! 走って!」

 二人は脱兎のごとく駆けだした。距離は無いからすぐに合流は出来る。

 美月らのところに着いた時、メアもすでに増援の気配を感じ取っており、尻尾が極限まで膨らみ逆立っている。

「容子!」

「美月! 入り口を破って!」

「え? でも、まだ中からの連絡が……」

「やってくれミツキさん! 囲まれる前に!」

 メアも催促する。

 二人に促され、美月は念を集中、入口を破るべく、バスケットボール大の火球を手の内に溜め込んだ。標的は高さ3mほども有りそうな結構な頑丈さがが見て取れる戸板だ。

「ハア!」

 ドバアァァーン!

 放たれた特大火球が倉庫入口に激突した。

 錠前はひん曲がり、蝶番などは瞬時にアメの様にねじ切れてしまうくらいの爆発的衝撃を受け、入口の戸板はその役目を終えて床に叩きつけられた。

 ――脱出を! 隊長に伝えなきゃ!

 容子が中に突入しながら念話を送ろうとした時、既に良二らは敵に取り囲まれる寸前だった。

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