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メイスパパ

 隊本部から馬を飛ばして10分強、歓楽街から程無く離れたところに、塀に囲まれた結構広い敷地の民家があった。

 歓楽街三大ファミリーの一つ、ロンドファミリーの長、ドレッサ・ロンドの自宅兼ファミリー本部である。日本の、ちょっとした武家屋敷くらいの規模は有りそうだ。

 そして、メイスの実家でもある。

 塀は誠一の身長より1mほど高く、門扉もかなり頑丈に見える。

 敵対組織と抗争ともなれば籠城もあり得るわけで、それに備えての設備だろう。

「この門を通るのはこれで最後ですよ、クロダさま」

「ご無理言います」

 メイスさん、相変わらず口がへの字。

「ホントに、ズルいですよクロダさまは! あんな風に頼まれましては……」

「全てが終わったら、横っ面の一つも引っ叩いてください」

 誠一の笑えない返答にメイスは軽く一息ついて気持ちを切り替え、実家の門のドアノッカーを叩いた。

 すると両目の辺りくらいしか窺えない程度の小窓が開き、そこから覗ける、目つきだけでも即ヤクザ者とわかる男が「どちら様で?」と聞いて来た。

「メイス・パレットと申します。ドン・ロンドにお目通りを」

「え!」

 言い終わるが早いか、小窓はピシッと閉じ、木製ではあるが、かなりゴツく重そうな門がガコンと、これまた重そうな音を響かせて開いた。

「お嬢!」

 小窓から覗いてた男がメイスをそう呼んで出迎えた。

「おい、ドンに伝えろ! ……ああ、何年ぶりでしょうかお嬢! よくぞお帰りに!」

 かなり久しぶりの帰宅らしい。この門番らしき男は手下に連絡を指示し終わるとメイスを見つめ、目にうっすら涙さえ浮かベ始めた。メイス自身は、手下たちからは慕われているようだ。

「ドン・ロンドはご在宅かしら?」

 しかしメイスの口調は冷たかった。

「お嬢、お嬢が親父様の事を呼ぶのに、『ドン』は……」

「勘違いなさらないでください。私は仕事上の依頼でドン・ロンドと交渉しに来たのです」

「あ、ああ……と、とにかく中へ」

 メイスと誠一は応対した男に案内され……なくともさっさと中に入って行き、母屋の扉を開けてずかずかと入り込み、ドン・ロンドがいるであろう応接間に最短距離で向かった。

 その間、手下やら子分らから「おかえりなさいませ!」「お嬢、ご無事で何よりで!」「ようこそお帰りを!」とか声を掛けられッパである。

 そんな中を通り、最後に応接間のドアを開いた瞬間、

 ドドォーン!

「よくぞ帰った! 我が娘よー!」

と、ほぼ叫び声で歓喜しながら、やや恰幅の良すぎるハゲた60代前半辺りの男が床をドンドン踏み鳴らし、飛びかかるも同然にメイスに抱きついてきた。メイスの実父であり、ロンドファミリーの長、ドレッサ・ロンドその人である。

 メイスは、迫る些か愛情表現が過ぎそうな父親を、若干腰を落として相手の脇に首を入れ、

「ふん!」

と言う掛け声とともに見事な肩車で投げ飛ばした。

 ドッタァーン!

「ふごぉぉ~!」

 慣れた調子で親父をあしらったメイスは、手に着いた埃をパンパンとはたき落しながら、

「勘違いなさらずに、と伝わっていませんでしたか? 今日は仕事の依頼で来ただけです」

と、背中を強打してエビの様に仰け反り悶えるドン・ロンドに忠告した。

 メイスの今までの態度から親子仲に問題があるだろうなとは思っていたが、セクハラ級のスキンシップと投げ技の対決になるとは、誠一にとっても想像の斜め上だった。

 誠一がちょっと呆けていると、背中と共に床に直撃した肩を揉みながらドン・ロンドが誠一を凝視した。

 眼が合うと一人親方だった頃のくせか、思わず軽く会釈する誠一。実際にロンドには仕事を依頼することになる訳で、本人も知らぬ内に、営業モードに入っていたかもしれない。

 が、ドン・ロンドは別の意味に捉えていた様で、微妙な笑みを浮かべて、

「おおお! そうかそうか! 遂にお前も身を固めてワシの後を継いでくれる気になったか! ワシはうれしいぞおお!」

と、勝手に盛り上がってくれなさった。将来を誓い合った相手を連れて親に紹介を……などとでも、本気で思ったのだろうか?

 メイスさんのイライラが頂点に達しそう……その辺り誠一にもビリビリ伝わって来た。

「お前の選んだ男だ、まあ中身に関しちゃ間違いはなかろうが、しかし……ちょっと歳が過ぎとりゃせんかの? ワシより10年若いくらいじゃ?」

 全く勘違いとは言え、お約束にもほどがある……というわけでメイスさん、限界突破でブチギレ大噴火っ。両手でロンドの胸元を掴み上げ、

「いい加減にしろ! このクソオヤジ! 家族の気持ちも考えず、いつも自分勝手な思い込みで暴走しやがって! そんなんだから母さんも愛想尽かせて出て行っちまったんだろうが! 少しは成長しろ! こん腐れボケジジイが!」

などと一気に捲し立てた。フィリア邸での彼女しか知らない誠一としても、良二の事が無ければ「あんた誰?」と距離を置いたかもしれない。

 メアもトロイマンをクソオヤジ呼ばわりしてたなァ、いわゆるギャップ萌えの類か? と肩を竦める誠一。まあこちらは実の親子だし、状況はより重そうではある。

「う、ううう……!」

 背後から低く嗚咽する声が聞こえてくる。

 再度周りを見てみると、子分共が揃いも揃って感涙にむせていて、誠一を唖然とさせた。

「帰って来た……」

「帰って来たぁ! あのロンドファミリーの日常が帰って来た~!」

「俺は今、猛烈に感動ぉ……」

 どんなファミリーだよ全く……


 ロンドファミリーの一人娘メイス・ロンド。

 幼少の頃から文武両道、才色兼備を絵にしたような娘であったそうな、とはロゼの弁。

 年端も行かない子供の頃は、近所の子供を従えてのガキ大将とか、姐さん的な時期もあったそうだが、その後、成長するにつれて見地が広がってくると、ヤクザ組織と言うものが、どうにも自分の肌に合わなくなって来る様になった。

 かてて加えてこの溺愛親父である。

 メイスの心情を理解してくれた母親も一緒になって、時には叱責、時には無視、時に懐柔、時に蔑視と様々な方法でドレッサの更生(笑)に努めたが、家族に限っては全てを自分に都合よく捉える……全てはファミリーのためにやってくれていると勘違いしまくりのオヤジに母娘は愛想をつかさざるを得なかった。このままではせっかくの才を持った娘が一生日陰で暮らさねばならない……母娘は家を出たのである。

 それでも付いて回る暗黒街の影と言うものは、なかなか払拭できるものではなかった。

 ドレッサが回した回状により(ドレッサ本人は善意のつもりでやっている)、歓楽街はもちろん、繁華街でも反社と関わりを持ちたくないとばかりに、いかな人手不足の職場であっても雇ってもらえず、ようやく就業できたかと思えば組織への便宜やら口利きやらを求められたりと行動は極端に制限され、メイスの才を伸ばすために母親が背負った苦労は、とても筆舌に尽くしがたいとの事。

 が、その甲斐あってか、仕事で王宮付近の雑役掃除人として働いていた頃に、フィリア付きの先代侍女長の目に留まり、さらに研鑽を重ねた結果、今の地位に辿り着き、王女フィリアの侍女長として国を支える一助に身を尽くしているのであった。

 言うまでもなく、パレットは母親の旧姓である。


 そんな苦労を背負わされた原因が、未だに変わらずこれもんでは……

 メイスをチラ見すると耳まで真っ赤になってしまっている。正に宜なるかな。

「メイスさん、俺、何も見てませんから……」

「ご配慮、痛み、入ります……」

 メイスさんプルプル。

「あ~やれやれ、腰に来る、歳は取りたくないのぉ~……さて」

 メイスの手をやんわり払ったロンドは腰を庇いつつ起き上がって、ソファに座り込んだ。

「あんた……名前は?」

 その言葉とともにロンドの誠一を見る目付き、口調がガラッと変わった。姿勢、面持ちもメイスとじゃれている時と比べられないほどの鋭さを見せた。

 ロンドのモードが「ドン・ロンド」に切り替わった様だ。

「はい、魔導戦闘団特別遊撃隊隊長セイイチ・クロダ少佐です。此度はドン・ロンド殿にぜひご助力をお願いしたく、まかり越してきた次第です」

 誠一もそれに合わせ、襟を正して答えた。

 まあ掛けなさい、とロンドに言われ、一礼の後、誠一もメイスと共に座らせてもらった。

「今、魔導団のあんたが来る目的ならば大体の見当は付く。アマテラ王国から来訪しているカリン王女の行方不明の件だな?」

「……ご推察の通りでございます」

 ロンドはすでに状況を把握していた。

 アホな父親キャラをやっててもそこはそれ、暗黒街で長年生き抜いてきたファミリーの天辺、伊達や酔狂で立てる場所ではない。常に目鼻を利かせていなければ即、他勢力にスキを突かせるだけである。

「犯人は新興のユズ一味だろう。トップは愚連隊がそのまま歳喰ったような奴でな、隻眼で顔に傷のあるゴロツキだ」

 ――良の言ってた奴か……

「奴らは先のことなど、まるで考えておらん、若い娘をさらっては売り飛ばし、ヤクでカタギを食い物にしてくさる。そういやお宅が例の取引、潰してくれたんだったな?」

 誠一は頷いた。

「その前の人売り潰しもご苦労さんだったな。両方とも黒幕はユズ一味だよ」

「ドン・ロンド、攻め手を貸してくれとは言わないわ、せめて情報が欲しいの」

「ドン……ロンド?」

 ロンドは片眉を吊り上げた。

「……お父……さん!」

 ドン、眉と眼尻を下げてニタァ~。メイスさん苦虫噛み潰しまくり。

 ロンドはふん、とひと息つくと、ニヤケ顔からドンの表情に戻した。

 それを見て誠一も本題を切り出す。

「此度は街の裏の裏側まで熟知しておられるであろう、ロンドファミリーの情報網に縋りに参りました。いきなりの訪問の上、不躾なお願いと言う事は重々承知しておりますが何とぞ、ご助力を」

 静かに頭を下げる誠一。

「魔導団……特別遊撃隊か。人買いの一件以来、名前が響くようになったな。今回のゴタでも、また手柄を狙うか?」

「お父さん、それは!」

 ロンドの勘繰りをメイスが諫めようとする。が、誠一は軽く手を上げ彼女を制すると、

「実は私の部下が、ひょんなことから王女と縁……関わりが出来てしまいまして、未熟ゆえ今回の件を阻止できなかったと責めを負っております。傷を……残したくありません」

静かに淡々と説明した。

「そいつは若いのか?」

「親と子ほど離れております」

「指揮官が私情を挟んでワシら極道と取引するか? 軍や魔導団に知られればイヤな顔する連中も少なくはあるまい?」

「いくらでも受け止めましょう」

 ロンドは誠一をじっと見ていた。

 時間にして十数秒程度だが、それより随分と長く感じた沈黙の後、ロンドはやがて目を伏せて「そうか……」と一言漏らした。

「サンダ通り西、廃工房跡の倉庫周辺を調べてみぃ。そこに酒や食い物以外の大きくも小さくもない荷物が運ばれたそうだ。他のアジトには大した動きは無いらしい」

「え? お父さん、既にもう……」

「ウチだけじゃない、イシタスファミリーもカエマスファミリーも動いた。その倉庫跡を嗅ぎつけたのはイシタスの若いもんでな。そうでなけりゃ、ウチだけでこれほど早く洗うことは出来なんだわ。まあ、こないだのヤクと人売り潰しの義理もあるしの。それと少佐?」

「はい」

「ユズ一味を完全に潰してくれるか? 金に溺れて暴走する奴らは歓楽街だけじゃなく、他の繁華街も汚してしまう。これ以上、街に根を張らんうちに刈り取ってもらいたくてな。それが今回の情報料と言う事でどうかな?」

「……ありがとうございます。必ずやご希望に沿って見せます」

「…………軍や魔導団の手を借りながら、なぜワシらゴロツキ同士でケリをつけずに傍観するのか、とは聞かんのか?」

「……私は素人ですから詳しくは……ただ、あなた方が連中と事を構えれば軍も三大ファミリーを含め、すべてを等しく検挙せねばなりません。そうすると裏社会に新たに隙間を作ってしまいます。弱体化した三大ファミリーのスキを突いてユズ一味よりタチの悪い輩が流れ込んできたら……堅気を食い物にする連中と、堅気に寄生はするが共存を図る連中……公として、どちらか選ばねばならないなら……我が隊は、そんな汚れ仕事向けに作られてる、そう言う部隊なんですよ」

「…………今現在の連中のアジトと目される居場所も洗い出してある。その資料も一緒に持っていくといい」

「ありがとう、お父さん……。さあ、クロダさま、急ぎましょう」

 誠一は「ええ」とメイスに答え、二人一緒に立ち上がった。

「メイスよ……」

「何?」

「仕事の方は……どうだ?」

「……快適よ。生きがいを感じているわ」

「そうか……」

 フッ……娘の、凛とした答えを聞いてロンドは軽く息をついた。

「……もう、無理に帰って来いとは言わん。だが、少しくらいは顔を見せてくれると嬉しいのだがのう……」

「……私は王族に仕える身なのよ。ヤクザの家に出入りできるわけ……無いじゃない」

「そう、だな……」

「街の中なら……()()でも会えるわよ」

 ロンドはそれを聞くと若干寂しそうだがニヤリと笑い、うんうんと頷いた。

 メイスは、誠一がロンドに礼をする間に部屋を出た。

「少佐……あんた、お子さんはいるか?」

 続いて出て行こうとする誠一を止めるように、ロンドが聞いた。

「息子が二人、おります」

「ふむ。なら……わかってくれるかのう?」

「……良いか悪いかは、いろいろな考えもあるでしょうが……」

 ちょっと断りを入れ誠一も答える。

「ヤクザってのは日陰でしのぎを削らざるを得ない、道路の端っこを歩かねばならない闇の商売です。でも、ドンの娘さんは陽の当たるところで国を支える仕事を懸命に、いきいきと頑張っておられます。喜んであげていいんじゃないでしょうか?」

「……わかっとるつもりだよ、そのへんはな……」

「でも、やっぱり寂しいですよね。親として、こうなる事を望んでいた筈なのに」

「少佐、娘をよろしく、頼む……」

 ロンドは誠一に頭を下げた。

 誠一はドン・ロンドに敬礼し、部屋を去った。

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