大魔王府にて 2
「そろそろ、お話ししてもよろしいのでは?」
ラーが尋ねた。
「え? なにを?」
「陛下の身上ですよ」
「え! いや~、それはまだ……」
「何を怖がっておいでですの? 私、セイイチさまとの逢瀬で毎度の様にリョウジさまとお会いいたしますが、陛下にぞっこんのご様子。例え陛下の身上をお知りになられても、動ずる事は無いと思うのですが?」
「う~ん、リョウくんも『俺はいつでもライラだよ!』とか言ってくれて嬉しかったけどぉ~。あ~でも、いや……それは、ちょっとまだ……」
「気がかりな事とすれば……リョウジさまがこちらに来た最初の頃、初の外出の時に偶然を装って待ち構えていたことですか?」
「ぐ……」
「それと同じ手口で、都合3度も待ち伏せしていたことですか?」
「うぐ……」
「転移を使ってフィリア邸に侵入したのに、馬車の下にもぐりこんだなどと嘘をお付きになられたことですか?」
「ぐぅ……」
「何とかリョウジさまから誘ってもらうべく、男側から誘ってくるよう、その気にさせる仕草指南を私から受けていたことですか?」
「ぐぬぬぅ……」
ライラさん、ちょっとストーカー入ってません?
「それとも……」
「ん?」
「リョウジさま始め、サワダ卿以外の方をこちらに召喚してしまった原因が、ご自分にある事ですか?」
「! ………………」
ライラの顔に急激に影が落ちた。
思わずライラはラーから目を背けてしまった。
ラーの顔にもまた、悲しげな表情が浮かんで来た。
「それを知られれば、仲間同士の絆を大事にされる異世界人方の事、リョウジさまご自身はともかく、ヨウコさまやミツキさま、かてても奥様やお子様のいらっしゃるセイイチさまへの負い目を感じてしまわれると……」
「やめて……」
「あの召喚儀式のとき、この寝室で中継された儀式の全般を御一人でご覧の最中、陛下は魔法陣が繋げた世界を感じ取っておいででした」
「やめて」
「そのままでしたら召喚されてきたのはサワダ卿だけだったでしょう。しかし、その垣間見えた世界で陛下はあの人を見染められてしまった」
「やめて、やめて!」
「思わず陛下は能力をお出しになり……あまりに短時間での高魔力の転入にオクロさんもフィリアさんも気付かないまま、召喚範囲をリョウジさままで広げてしまい、ミツキさまヨウコさま、そしてセイイチさまをも巻き込んで……」
「やめて━━━━!」
「…………」
「お願い、もう……やめて」
ライラは枕に突っ伏して耳を塞ぎ、体を震わせた。ライラの震える嗚咽が漏れてくる。
魔法陣を通し、良二を初めて見た時のライラが受けた心象は正に衝撃であった。
会いたい! そう思った時間も、魔力を発動するまでの時間も、咄嗟、瞬時、瞬間、一瞬など、どの言葉でも表現できないくらい速かった。
最初は、どんな世界とつながるんだろう? くらいの軽い好奇心だったのに……
一目惚れ、そんな言葉でも陳腐に思えるくらいの強さで勢いで、ライラは心を奪われた。
と、同時に、勝手に召喚に介入し、巻き添えにしてしまった誠一らに対する負い目、罪悪感も常に感じていた。
だから当初、人間界が良二らを恐れるあまり付けられていた王国の監視を緩めさせ、自由を極力制限しないよう王国に要請もした。少しでも彼らの負担が減るように。
だがそれも言い訳にも罪滅ぼしにもならない程度の物……。
そんな自分を、この世界に連れてきてしまった張本人であることを知らされずに受け入れてくれた良二たち。
宴の席で、ブルボンで、彼らは自分たちと語り、笑い、騒ぎ合って楽しい時間を共に過ごした。時として、彼らを家族と引き裂いてしまった原因が自分にある事を忘れてしまうくらいに……
自分は良二を愛し、良二も自分を愛してくれていた。幸せな日々だ。
だが罪の意識は常にライラを苛む。
あの少女一人の登場をきっかけに、今までの楽しかった時間が一気に崩れていくような恐怖を怯える。
――報われるはずの無かった恋……
ライラは、その事実を改めて突き付けられた思いであった。
別にカリンが悪いわけではない。誰であったとしても、それは単なるきっかけに過ぎない。何より、自分自身の中で常に燻っていることだ。
今日の様に、あと、ほんの少しで成就する、結ばれる、そう思った刹那の介入。
それは……報われてはいけない恋なのかと言う啓示の如くライラに圧し掛かった。
自業自得なのか、因果応報なのか、今まで楽しかった分が、負の形になってがんじがらめにされて逆襲されている気分にさえなる。
「……私は、セイイチさまとご縁ができ、彼との逢瀬を重ねて参りました」
「……」
「チキュウ人とアデス人との差でしょうか? 彼のお方は今まで私の経験したことの無い愉楽の時を与えて下さっております。ですが、それ以上に……今まで感じたことの無い安寧の……その安らぎの時を彼のお方から頂いております。彼の方の胸に抱かれて、彼の方をわが胸に抱いて、あの方の心に触れ、あの方に私の心を触れられ、康寧の時を……。ですから私は……」
「……」
「私は陛下に感謝しております。恐らくはホーラさまも……」
「ズルいよ、そんなの……」
「はい……。でも、お聞きください。私はセイイチさまの心に触れ、感じる事があります。あの方は、この真実を知っても、誰も恨んだりはしない……そう、そんな気がします」
「うそよ!」
「陛下……」
「うそ、うそ! そりゃ、あたしは子を持ったことが無い。子を産めるかどうかも分からない。だから、子を持つ親の気持ちは……本当の意味では分かってない。でも、今までに魔界で、人間界で、たくさんの家族を見て来た。何十万、何百万、いろんな出会いや別れ、生、死……それだけ見てたって、親子家族を引き裂いた自分がどれほどの事をしたかくらいわかるよ!」
ライラは突っ伏したまま叫んだ。嗚咽交じりに叫んだ。
「しかもそれが……あたしの……身勝手な気持ちが元で……」
震える声のライラ。
「もちろん、あたしは魔界を、アデスを最優先にしなければいけない立場。異世界人の数人程度の事、気にする必要が? 魔王の中にはそんな風に言って気にしないように気遣ってくれる者もいるわ。確かにこれがただの過失なら出来るだけの施しを授けて終わりにできたかもしれない。でもあたしは……あたしはリョウくんのことを……」
「陛下……」
「怖いの……全てを知ったリョウくんや隊長さんたちがあたしをどんな眼で見るか、どう思うか……特に、リョウくんにだけは……」
ラーはライラの震える肩に手を置いた。
有史以前から大神帝メーテオールとともにアデスを見守り続けてきたライラにとって、初めての、この恋。
それが自らの行状で破綻したとなればおそらくライラはこの先一生、恋から逃げ続けるほどの傷を負う事だろう。
それはラーの望むところでもない。だからライラが躊躇する気持ちは彼女も十分に分かっているつもりだ。
だがラーは、引かなかった。
「分かりますよ陛下。それでこそ我が敬愛してやまないライラ・サマエル大魔王陛下ですわ。それでも……それでも、そう感じるんです」
「なんでよ!」
ライラは起き上がった。
元より紅い眼を、更に紅らませた眼でラーを睨むように見つめる。
「なんでそんな事、わかるの!」
「申し訳ありません……言葉では、伝えられません……でも、感じるのです」
「じゃあ、ミツキやヨウコは……」
「勝手な言い分ですが、子はいつか親から飛び立つもの、それが今だと思って頂ければ……」
「勝手すぎるよ……」
「それでも私は、陛下に心安らかになって頂きたいんです。今までには無かった、陛下の安寧の場所を……リョウジさまなら……それが出来ると、思っております」
「でも……」
「いつかは通らねばならぬ道です。それは早い方が良いと……昨今の状況が、そうさせてきています」
「……何の事?」
話が変わった?
ライラの悲しげな眼に、今度は訝しげな表情が浮かぶ。
「今までの話は過去の清算です。ですが、時は我々のそんな思いもお構いなしに流れている、そんな状況になりつつあります」
ラーは先程まで、サロンでローゲンセンと話していたことを噛砕いて説明した。我々の、思いもよらない何かによって流れが決められているのかもと。
「つまり、陛下がご自身の勝手だけで仕出かしたと思っておられる事すらも、実は始めから決められていた……いえ、必要な事象だったのかもしれないと言う事です」
「さっきの、それでもあたしのやった事をミツキたちが許すかもしれないっていうのも、そういう事から?」
ラーは目を閉じ、ひと息ついてから話した。
「そう言う思いは有るのは有りますが、確証には至りません……。昨今の流れの違和感、ホーラさまのお話によれば、メーテオール猊下でも感じる事、見る事も叶わないという事らしいので」
「メルにも……わからない何か?」
「我々にはない、メーテオール猊下の9番目の属性、適正でも感知できない何か……」
いつの間にかライラの涙が止まった。それは大魔王としての魂のスイッチが何らかの形で入ったのかも?
自分の事ながら、ライラは何故かそんな気がした。




