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大魔王府にて 

 魔界大魔王府の最上階には魔界の最高統治者たる大魔王陛下の寝室がある。

 その入り口の前には2名のメイドが交替で待機しており、呼ばれればすぐに対応することになっている。

 だが、フィリアの屋敷のような戦闘メイドではなく、あくまで雑役のようなもの。

 勿論、多少の武技の心得は有るものの、魔界最強の魔力キャパを誇る大魔王陛下の寝首を掻ける存在など、そうそう居る訳もなく、万が一そんな愚かな輩が現れたとしても陛下の目が覚めるまで持てばよいのである。


 2人のメイドは目前で転移魔法を使って誰かが現れる気配を察知し、お迎えするべく姿勢を正した。

 転移魔法は比較的、と言うより、かなり高難度の魔法である。これを扱える者はアデス三界をひっくるめても100人に満たず、しかも三界の好きなところへ転移できるほどの使い手となると30人程度まで絞られる。

 そう、天界12神や魔界8大魔王とそれに次ぐくらいの魔力持ち辺りだ。

 故に、転移で現れる者には大魔王陛下に仇なすような者はおらず、警戒などする必要はない。

 実際、今2人のメイドの前に現れたのは8魔王の一人、夜王ラーである。全く問題はない……はず。

「陛下はお戻り?」

 ラーはメイドに聞いた。

 だが、メイドは、

「おそれながら、陛下には、誰も通さぬよう仰せつかっております」

と、陛下との面会をやんわりと遠慮願った。

「やはり、この鳴動の元は陛下でしたか……では尚の事、お会いせねばなりませんね」

 ラーはメイドの制止を無視し、ドアに手を掛けた。

 彼女の転移能力は、先述の三界のどこへでも行ける30人の内に入る。その気になれば陛下の枕元に直接お伺いも可能。

 しかしながら、お休み中の陛下の部屋に、いきなり乗り込むは流石に無礼であり、8魔王と言えどそこは弁えていて、他の者と同様に正規の入り口から入室するのが当然の礼儀である。

 が、メイドの一人がその手をそっと押さえ開けるのを止めた。

 ラーがチラリとそのメイドを見る。

「や、夜王様のご心情、遮るは誠に不本意ではございますが、何とぞ……」

 メイドが必死に主の意向に沿うべく抵抗する。

「……あなた、お名前は?」

 名を聞かれビクッと体を震わすメイド。

「ス、スータと……申します」

 名を聞かれる……最高幹部である魔界8魔王の一人に、このような状況で名を聞かれると言う事は、この場合は管轄トップにクレーム入れますよ宣言に等しい。

 もちろん、大魔王陛下の御意に沿うスータには非は無いはずである。

 だが、魔界を(おもんぱか)る8魔王に逆らう事、これも許されない事なのだ。

 どちらに転んでも何らかの懲罰は必至、身震いするのも仕方ない。

 まあ、理不尽と言えば理不尽だが、上の方には様々な(しがら)みやら慣例やら面子やら、色々と複雑に絡み合っているものである。

 ラーはそんな色々なモノの被害者になりつつあるスータに近づき、彼女の顎を人差指でクイッと持ち上げると、

「震えなくて大丈夫よスータさん、あなたの忠義に些かの乱れ無し。陛下と侍従長には私から詫びておきますので……」

などと、説得だか脅迫だかよく分からん口調で諭そうとした。

「お、おそれながら……」

 尚も陛下の命に殉ずるスータ。そんな彼女の顎を支えたまま、今度は親指を唇に這わし始めて言葉を遮ろうとするラー。スータはもう、ヘビに睨まれたカエルの如くである。

「お……」

 スータは再度、おそれながらと言うつもりであったろう。だがその唇をラーは自分の唇で塞いで止めさせた。

 右手の親指、人差指はスータの顎を(くすぐ)り、頬を抱えるように這わされた左手の指は彼女の耳を弄んだ。

 もはやこれまで。スータはラーの手管に全身の力を抜かれ、その場にへたり込んでしまった。

「介抱して差し上げて。その間に黒ネズミが一匹、紛れ込んだとでも報告してくださいな」

 ラーは、それはそれは不敵な笑みを浮かべて、もう一人のメイドに話しかけた。

 などと言われても、一歩も動けないでいるそのメイドを尻目に、ラーは寝室に入っていった。

 そう、ラーさまは女の子もおっけえ~なのである。

 アイラオの言う独り寝が少ないってのは男に限ってはいないと言うのも多分に含まれている訳だが、これでも元天界の神様だってんだからアデスは油断ならない世界である。


 寝室内に入ったラーは、部屋中央にあるベッドに潜りこんでおられる大魔王陛下の元に歩むと、傍らに腰掛け、ゆっくりとシーツを捲りながら訊ねた。

「陛下、ご機嫌は?」

「誰も入れるなと言っておいたはず……」

 陛下は不機嫌そうに申された。

「私が無理を言いました。表の二人への咎めは何とぞご容赦を……」

 うつ伏せで寝ころぶ大魔王陛下に、ラーはメイドの件の不問をお願いした。

「ふん」

「……あまり良き逢瀬では無かったようですね?」

 ラーが聞く。すると、

「最悪よ!」

陛下は燃える様な紅い髪を振り乱し、吸い込まれそうな紅い瞳でラーを睨みながらお叫びになられた。


 とっくにお気づきであろう。

 彼女こそが魔界の頂点に君臨する、ライラ・サマエル大魔王陛下である。


 本当は、ライラ・オーリッシュ・サン・カトロマ…………とかダラダラ長い

名前をお持ちなのだが、メンドくさいのでライラ・サマエルさん、なのである。


「全く、あのクソガキ! あそこまで場を育てるのにどれだけ苦労したと思ってんのよ! あー腹立つー!」

 大魔王府城は、ライラさんが怒って怒鳴るたび、あの鳴動を響かせていた。

 人間界においでの時は自己結界を使い、感情が周りに影響を及ぼさないようにしているのだが、魔界ではその辺の遠慮は無いので、こんな事態になる訳である。

 もし、今日の良二・カリンとの一件で自己結界が無ければ、良二含めて辺り一面、屍の山だったかもしれない。

「せっかく気合など、お入れになって颯爽と臨まれましたのにね?」

「そうよ、まったく! 想定外にもほどがあるっての! ホントにもう、もう一歩だったのよ! あと5秒、ううん、3秒あればリョウくん誘ってくれたのに~」

「リョウジさまの様な方は、こちらから誘うのは禁じ手ですしねぇ……」

「あ、あたしだって……こっちから誘うなんて、で、出来ない……けど、さ」

 ライラの顔が眼や髪のように紅潮した。

 それを見て、ラーが軽く笑みを浮かべる。

「でも、驚きましたわよ? 今まで色恋沙汰に魔界一、無縁と思われていた陛下が、あろうことか異世界の殿方に一目惚れとか……」

「なによぉ。やっぱ、なんかおかしい?」

「いいえぇ、大変喜ばしく思っておりますわ。一人の女として、リョウジさまと恋がしたい……そう告白されたときには本当にもう」

「なぁんか含みあるなぁ。あたしだって、不思議なんだよ……こんな思いになるの……」

「ふふ……」

 ラーは遥か昔からライラを見て来た。自我を持ったその時から大魔王としてこの魔界を統べ、この世を見守り続けたライラを。

 ラーは天界にいる頃も含めて数度転生しているが、その間ライラは、ライラのままであった。

 魔界を愛し、魔界の住民も動物もこよなく愛し、同じアデスの同胞たる天界や人間界の生きとし生けるものを愛したライラ。

 それらを愛でるライラの笑顔は深く、暖かく、そして優しい笑顔だった。

 その中で初めて知った恋。

 リョウジ・キジマに恋し、彼に見せる笑顔には美しさ、深さ、暖かさ、優しさに加え、朗らかさ、あどけなさが備わったように感じた。ラーはそれが至極嬉しかった。

 心酔するライラに、どこか空虚に感じていたなにか、それが埋まったような、そんな気がしてラーは嬉しかったのだ。

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