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カリンと言う名のお姫様 5

 今日の魔界の空は、お世辞にも綺麗な空ではなかった。

 だが夜王ラーの心は弾んでいた。今夜は誠一の部屋に忍んでいく日なのである。

 午前中の、この大魔王府での仕事はすでに終わらせており、午後からは3時までの予定しか入れてないので、その後は夜に備えてお肌のメンテナンスに励む予定。故に午前中からウキウキなのである。

 とは言え少々の懸念もあるにはある。

 なんと言ってもラーさまは、泣く子も黙る魔界8魔王の一角だ。本来は大変、多忙な方なのである。

 で、今日も来年度予算に関わる案件について会合を持たねばならず、協議の相手、青樹王ウドラの来訪を待っているわけだが、どうやら今日のラーは運が良さそうだ。


「夜王ラー様、失礼いたします」

 ここ、大魔王府内の高位魔族用サロンで、ウドラとの待ち合わせをしていたラーに、一人の男が声をかけた。

 ラーはこの男に見覚えがあった。以前、ウドラに付いて控えていた官吏だったはず。

「夜王様。我が主の伝言をお持ち致しました」

 ラーは見ていた書類から眼を離し、ウドラの部下の方を見た。

「……あなたがいらしたと言う事はウドラ様は今日、お越しにはなれない、と言う事ですね?」

「は、委細はこちらに……」

 官吏は持ってきた書簡をラーに手渡した。

「ご無礼の段、何とぞご容赦いただきたく、深いお詫びとともにと、主から……」

「数字に厳しいウドラ様の事です、本日の提出書類の帳尻が合わないと、何度も何度も計算し直しされて、おられたのではありませんか?」

「ご推察の通り、昨夜も徹夜で……」

 ラーはフッと笑うと、今後の意向を伝え始めた。

「事情は承知いたしました。本日の会合は延期せざるを得ませんね。とは言え、こちらも次に時間を割けるのは明後日以降でしか……」

「お手数をおかけすることになり、誠に……」

「いえ、こちらでもすぐ対応できるように準備を進めておきましょう。この案件は今月中に円卓を通過させなければなりませんし」

「はい……」

「ウドラ様にお伝えくださいな。ウドラ様は魔界にとってかけがえのない重鎮、ご無理もほどほどに、くれぐれもお体ご自愛下さいますよう、夜王が申していたと……」

「夜王様の深きご配慮、主に代わりまして心からの感謝を……」

 官吏は一礼すると、サロン外へ去っていった。

 

 ラッキー!

 サロンのドアが閉まるや否や、ラーの顔に満面の笑みが浮かぶ。

 会合予定だった相手の青樹王ウドラは農耕・牧畜・水産関連の役職を担当しており、常日頃から命を預かり命へ運ぶ仲介役として、その役職に対する厳しさは、かの智龍王ローゲンセンと並んで語り草とされている。

 そのウドラとの会合となれば、何か問題が出たりすると予定が午前中までであろうと午後に縺れ込み、夕刻を過ぎ、深夜に及ぶことも覚悟せねばならない。

 となれば、誠一との逢瀬は当然の事ながら、キャンセルとなってしまうところであったのだ。

 だが、これでその懸念も無くなった。あとはこの案件に携わる部下にちょっと発破をかけておけばいい。その後はゆっくり美肌温泉だ。

 思わぬ休務に気を良くしたラーは、茶のお代わりを注文した。


 頼んだ茶がラーに運ばれる頃、再びサロンのドアが開き、龍人の賢者にして8魔王の一人、智龍王ローゲンセンが入ってきた。

 仕事中の一服か、自分で自分の肩を揉みながらのご登場である。

「む、これは夜王殿、お役目お疲れ様ですな」

 奥にラーを認めたローゲンセンは、いつも通りの挨拶を交わした。

「ローゲンセン様こそ、お疲れのご様子ですが……例の件でございますか?」

「はぁ、いよいよ時も詰まって参りましたからなぁ……」

「……よろしかったらご一緒に……」

 ローゲンセンはふうっと溜息をつきつつ、

「夜王殿のお誘い、断るは無粋と言うものですな。では失礼して……」

と返事しながらラーと同じテーブルに着いた。すぐさま給仕がローゲンセンの希望を聞きに来る。

「お疲れ様です、ローゲンセンさま。何かご用意いたしましょうか?」 

「うむ、そうよのう……少々でも気分が安らぐ茶などあれば、お願いできるかな?」

「かしこまりました」

 給仕はカウンターへ指示し、カップの準備を手際よく進め始めた。

「……お体も然る事ながら、ご心労の方が?」

 前置き無し、ラーが探るように聞いた。

「……アデスのためには気にせぬ方がよいとのお言葉、陛下からも賜っては居りますが……我らの勝手で、異世界から無理やり勇者を召喚と言う、横紙破りな行為に至らねばならなかった事、やはり己の不徳と言わざるを……」

「魔界きっての賢者と謳われる御身以上の結果を誰が出せたかと、皆さんそう思っておられますわ」

「いや、今のこの状況が全てでございます……」

「最近、縁あって天界の、時空の最上級神ホーラさまとお会いする機会が増えまして……興味深いお話も伺っております」


「失礼いたします」

 給仕がローゲンセンに香草茶を用意した。

「黒王アイラオ様所領名産の新茶に、鼻腔を包む柔らかな風味が評判の、天界の香草(ハーブ)をブレンドしております。どうぞお試しを」

「うむ、ご苦労である」

 ローゲンセンは出された茶のカップを口に寄せ、ひと息、香草茶の香りを吸い込むと、一口飲んで喉からの香りも加えて鼻腔に通した。フーっと深く呼吸する。

「おお……見事な御手前だ。ありがとう、お気に入りにさせて頂こう」

 賢者は出された茶に満足の意を給仕に送りと、話を戻した。

「小官も天界から、お話は伺ってはおりますが、些か驚いていると言いますか……」

「召喚されたサワダ卿以外の4名、本来は想定外の事で、当然ながら即排除となるかと思っておりましたが……」

「下世話な話で恐縮ですが、その中のお一方と夜王殿とは、ご縁を設けられたようで……」

 そう言われてラーは色っぽく、とても色っぽく苦笑いを浮かべた。

 4名……ラーも、よもやその一人と……彼女としても、これには数奇な縁を感じざるを得ない。

「まさか、あのホーラさまと同じく縁を持つとは、自分で言うのも憚れますが、何と申しましょうか、私としても自分で自分に困惑しております次第ですわ」

「小官、そう言う話題については全く無縁の輩でして……ご気分を害しなされたとすれば平にご容赦を」

 ローゲンセンは目を閉じ頭を下げた。

「いいえ、これがまた新たなる疑惑・懸念となり、御身に不要なご心労を背負わせてしまったのであれば、謝罪するのは私共でございますわ。それよりも……」

「はい、先の天界からの話です。件のホーラさまの……」

「時空を司る最上級神、その方自らご縁を設けることも意外でしたが、彼女と私との縁が出来たにもかかわらず、流れに変化が無いと言われました時は……」

 時の流れを安寧に導く責を負った時空神、魔界で一大勢力を持つ重鎮、これらが異世界の異物と深く縁を持つ……

 異質に異質を重ねたようなこの状況、規模はともかく、流れは当然乱れるものと考えられ、その修正をホーラに、頭を下げてでも依頼せねばなるまい、ラーはそう思っていたのだが……

「聞くところによりますと、彼らは魔獣討伐の折り、異世界の技術で掃討を行い、それが原因で未来への時の流れが乱れたと……伝聞通りなら、その異世界技術や知識は確かにアデスの時の流れを変える要因になるやも、と。それは小官にも理解できますし、ホーラさまがお一方と縁を持たれたのは、その監視であると捉える事も出来ますが、それにしても乱れない。それよりなにより……」

「ええ、今回の誤召喚は、あの御方が直接の原因であったはず。にも拘らず、時の流れが乱れていない……」

「あの召喚が誤りではなく、あれが正しい、本来の召喚であったなら……」

「そのこともあり、御身がサワダ卿やクロダ少佐他の方々に、お詫びの挨拶に行かれることを憚っていただいております次第で……」

「もしも全てがあるべき姿であったのなら、と……その辺り、小官も色々な方面から確かめておるのですが……」

 ローゲンセンは残りの茶を一気に飲み干した。

「何か見えてきまして?」

「あの方々とご縁を持たれた夜王殿やホーラさまには、あまり良い結果は……」

「そしてあの御方にも……」

「いや、これは小官の直感で見えてしまっただけの幻の様なものでして……」

「はい、あくまで無限にある可能性の一つに過ぎない訳でございますよね……」

 ラーも茶を飲み終えた。だが、まだ喉が渇く思いでいる。

「しかしローゲンセン様、事ここに至って後戻りはできません。このまま、あの方々との縁を深めても状況が変わらないのであれば、来るべき日に、全てが必要となると言う事に成り得ますし」

「ここで思い切らねば近い未来に、また……」

  

 ズーウウウーゥゥン


 ローゲンセンの話が終わらぬうちにサロン、いや宮殿そのものが、妙な鳴動を起こしたような感じを部屋の中にいた全員が覚えた。

「陛下がお戻りになられたのかしら?」

「ご機嫌麗しく……とは程遠そうでございますな」

 サロンの内装は床が暗めの赤、壁・天井は更に落ち着いた色使いにして激務で疲れた者たちが、すんなりと仮眠を取れるほど気が楽になれる、そんな設計が成されていたのだが、それでも不穏に感じてしまう、そんな鳴動だった。

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