カリンと言う名のお姫様 2
(メア、『忍び足』の出番だ。階段上の見張りを黙らせろ)
猫族お得意の、文字通り音もなく忍び寄る「忍び足」。
誠一の指示に、(おまかせ!)と返事したメアはホントに音をたてずにスルスル階段を昇っていく。
上に居た見張りがメアの接近に気付いた時には、彼はすでに彼女に口を塞がれていた。
間髪入れず、見張りはメアに脇腹から肺に向かって強烈な膝蹴りを喰らわされた。
肺の中の空気を、一瞬で全て押し出されたかの様な衝撃を受けた見張りは、あえなく失神した。肋骨も何本か逝ったかも?
誠一はシーナに一階でボーイの見張りを命じると、良二・メアとで4人が集まってる部屋の扉前に進んだ。
これだけ近いとメアの索敵でも十分、中の様子がわかった。4人の位置を掌握し、良二と誠一に伝える。
索敵に優れるシーナとメアが加入したおかげで、誠一は最近、風魔法による敵察知能力はサボり気味だ。その分、指揮に専念している。
まずは魔素ブースト・脚力強化で良二が扉を一気一撃で蹴り破る。同時に左右からメアと誠一が突入し、即座に制圧する段取りだ。前情報に則って何度も行われた突入訓練と、ほぼ同様のやり方でいけそうである。
全員の息を合わせながら、誠一がハンドサインで作戦実行のカウントダウンをし始めた。
3,2,1……
人差し指の突き出しと共に……GO!
バアァーン!
一撃で全開する扉。良二渾身の蹴りを喰らった扉は、ひん曲がった錠前とともに一瞬で壁まで叩きつけられた。
突入!
瞬時に誠一とメアが左右から入り込み、良二も後に続く。
あまりに突然の出来事に部屋内の4人は一瞬で硬直。煽っていた酒瓶を握ったまま、或いは持ち込んだ革袋の中身を掴んだまま、ハトが豆鉄砲でも喰らった様な間抜け面を並べていた。
対して誠一は、
「魔導団特別遊撃隊だ! 禁止薬物所持・売買の現行犯で貴様らを逮捕する!」
と、魔導団の紋章入りの柄を越後のちりめん問屋の御隠居みたく見せながら叫んだ。
今回の仕事は、いわゆる麻薬密売現場のガサ入れであった。
第一の目的は証拠品である麻薬の確保。可能であれば、その場の関係者全員の逮捕拘束だ。とある筋からの情報を基に魔導団経由で依頼され、この強行突入と相成った。
と、ここで連中も豆鉄砲喰らった顔のまま、大人しくしてくれりゃ楽なのだが……まあ大体は一瞬で我を取り戻して抵抗してくるもんだ、これが。
「くそ!」
髭を蓄えた中肉の男が、持っていた酒瓶を誠一に投げつけた。
誠一は飛んでくる酒瓶を、どこぞの一子相伝拳法よろしく二本指でキャッチして投げ返し、奥、窓際のガリガリに痩せた男に命中させた。軽い脳震盪を起こしたガリ男はそのまま転倒した。
次いで、柄から光剣をショートソード&スタンモードで起動させる。
良二はロッタ工房謹製アダマンタイト素材の柄から水剣を起動させた。
以前の、指先から起動する方法に比べて魔力の伝達効率が良く、創成する形状や特性の自由度が広がったため、誠一同様に柄を使うスタイルに変更したのだ。こちらもスタンモード? である。
メアも短剣だ。間合いが広いと言っても、取り回しに問題の出る長剣など室内では使えるべくもない。
誠一が対峙した髭男も脇差程度のショートソードでかかってきた。
誠一はそれを受けると一瞬だけ出力を上げ、相手の剣の刃をいとも簡単に焼き切った。
刃をスッパリ斬られて呆気に取られてる髭男。そのスキに再びスタンモードに切り替えた光剣の刃先を手首に押し付けられ、そこから誠一の電撃を喰らって一階のボーイ同様、あえなく気絶した。
良二も同じく、剣を受けた時だけジェットモードに変更、相手の刃をバッサリ斬り飛ばし、後は水の平板の様な剣を形作り、敵の胴体めがけて振り抜いた。
絶対に折れない氷の板で殴られる様なもので、筋力強化も相まって日本刀の峰打ち同様、平鉄の角でど突かれるくらいの打撃力を持ち、当たりどころによっては結構ヤバい威力を誇る。
切先を腹のど真ん中に喰らって倒れたその男は2~3日、まともに飯が食えないくらい、ダメージがあった事だろう。
良二と誠一が一人ずつ片付けた時点でメアはまだ、もう一人のナイフ使いと交戦中だった。
だが残りの、転倒から立ち直ったガリ男は、あっという間に2人が倒されるのを目の当たりにして焦ってしまい、件の革袋を持って窓ガラスを開け放ち、脱出しようと身を乗り出した。
――ブツだけでもなんとか!
無事に持ち帰るなり、途中で破棄して証拠隠滅を図る、と言った算段だろう。
だがそうは問屋が卸さない。
パパパパパパパパパッ!
「ひえっ!」
ガリ男が乗り出した窓枠、そこに無数の高速火球弾が着弾、男の脱出を阻んだ。
彼奴らの逃亡を阻止するべく、外で待機していた美月が丁路地から機銃掃射宜しく牽制したのだ。
美月の火球自動小銃の掃射を受けて仰天したガリ男は、居眠り中に驚かされた猫の如く、跳ね飛ぶ様に転倒、そこを良二の平板モードの水剣で、ど突かれて気を失った。
「……当たっちゃったかな?……」
「さあ?……」
美月の危惧に容子は首を傾けながら答えた。
そう言いながらも美月は良二と同じロッタ工房製の、ブルパップ型錫杖の狙いを外さず構え続けた。まあ、この形状が錫杖と言っていいかどうかは一考が必要かも?
誠一からは、相手を狙わなくても良いから、窓枠に沿ってぐるぐる回しながら撃て、とかアドバイスを受けていた。
魔獣ならともかく人間相手に直撃、まして死なれては、まだJKの美月には荷が重すぎで夢見が悪いどころではない。
さて、突入現場に目を戻すと、二階の部屋では最後の一人になったナイフ使いが武器を捨てて降参する方を選んでいた。
メアはニヤッと笑うと、
「かしこいねぇ、あんた」
と言いつつ押さえこみ、手際よく手と足を縛った。制圧完了である。
「容子!」
「はい!」
ポーン!
窓から誠一が指示すると、容子が予め用意されていた狼煙を上げた。ある種の魔石粉末と木クズを練り込んだ塊に着火して煙幕を発生させ、容子の風魔法によって上空に導くのだ。
後方に待機している警務隊が、この狼煙を確認すれば、こちらに出撃してくると言う手筈だ。彼らが到着しだい、犯人グループを引き渡して良二らの任務は終了となる。
誠一たちは気絶している残りの連中も縛り上げた後、押収する証拠品を調べた。
「これ、人買い事件の時の……あの連中に連れて来られた娘たちが飲まされてた薬なんだね……」
良二が革袋の中身を見ながら、ため息混じりに言った。ガラス瓶に小分けされた液体や乾燥して粉末状になっているものなど、いろいろな種類があった。
「医薬品として、ちゃんと管理されて使われるのなら良いんだがな」
誠一も嘆く。
この仕事は、表向きは王都防衛軍からの要請であった。
個人兵力としては良二らに数段落ちる一般の軍が、こう言った強行策を取るにはどうしても大人数が必要となり、展開している間に相手に気付かれて逃げられたり、証拠品を始末されたりで空振りが多いのである。
で、魔導団を通じて良二らに依頼が来たわけだが実はこの案件、以前からこの街を仕切っている三大ファミリーが、この麻薬を持ち込んでいる新興勢力に手を焼いて、軍に泣きついてきたのが実情、とも聞こえて来ていた。
夜の治安に関しては公と組織とは持ちつ持たれつ、という面も有るには有るから、あり得ない話ではないが……果たして?
まあ、まさに遊撃隊向けの任務ではある。
「これも麻薬っすかねぇ?」
メアが転がっていた茶筒型の缶を開けた。クンクンと匂いを嗅ぐ。
「なんだ? 茶色の小枝? 葉っぱ? を刻んであるのか?」
誠一も覗き込んだ。
「煙草みたいに吸う、乾燥したアレみたいなタイプなのかなぁ?」
良二も一緒になって覗き込む。が、その時、
カシャーン!
と、筒がメアの手から滑り落ち、床に中身を撒き散らしてしまった。
「おいメア、何やって……ん?」
誠一が注意したが、何故かメアはいきなりペタッと、その場に座り込んでしまった。
「メア?」
「へにゃぁ~」
「へにゃ? おいってば?」
妙な返答にメアを覗き込む誠一。様子がなにか変だ?
「は~、ふにゃ~……」
「おい、メア、どうした? しっかりしろ」
「ふにゃ~、なんか~、頭がフワッて……にゃ~」
誠一に聞かれるも、メアは酔っぱらったようにトロンとしている。ん? 酔ってる?
「主様? お怪我はありませ……うっ!」
様子を見に来たシーナが、部屋に入るなり鼻を押さえた。
「こ、このにおい!」
「え? どうしたの?」
良二が聞いた。シーナは結構険しい顔になっているが。
「これ、乾燥マタタビの匂いじゃないですか!」
「ま、マタタビ?」
「メア先輩の様な猫族に作用する麻薬ですよ!」
「「な、なんだってー!」」
ぎょっとする良二たち。
猫にマタタビとはよく言われるが、猫系獣人にもその作用があるのか? てか、あれはあの臭いだか成分だかを体に擦り付けて、蚊よけにするのではなかったか?
「チキュウではどうか知りませんが、こちらのマタタビは我々には効果はありませんが、猫系の方には強力な中毒性があって禁止薬物なんです! 本来煙草のように吸引するんですけど、そのまま吸い込んだだけでも影響が!」
「な!? おい、良! それ始末しろ!」
「し、始末って、どうすんの? 窓から捨てるの?」
「ダメです! 外にも猫系の方がいらっしゃいますから! メア先輩を外へ連れ出してください! 早く!」
「わ、わかった! おいメア! 立て! 部屋出るぞ!」
「やだ~、もっと、もっと~」
誠一がメアを抱え起こして外へ連れ出そうとした。だが、メアは思い切りジタバタ抵抗し、誠一の手を振り切り、床にへばりついてマタタビを思いっ切り嗅ぎだし始めた。まるで鼻から葉っぱごと吸引しそうな勢いで。
「はぁ~、いい臭いだにゃぁ~」
「ダメだってば! ちょ、良! 脚持ち上げろ!」
「あ、ああ!」
「わ~ん、意地悪~」
結局シーナも手伝って、良二らは3人がかりで尚も抵抗するメアを部屋から引き擦り出してマタタビから遠ざけた。




