カリンと言う名のお姫様
反社組織の仕切る歓楽街の雰囲気と言うものは、どこもかしこも似たり寄ったりなのか? それとも良二が勝手にそう見てしまうのか?
三つの、いわゆる反社組織がしのぎを削り合っている、ロダと呼ばれるこの街は、本能に基づく娯楽の基本、飲む打つ買うを詰め込んだ歓楽街だ。
良二も日本の歓楽街で友人らと飲んだ事はあるが、時代(?)も人種も違うはずなのに、ここの空気は日本のそれとさして変わらない、そんな匂いを感じている。
時間は午後3時半。日暮れと共に活気づくこの街も、今はようやく目覚め始めたばかりと言うところか?
あちこちの店の入り口が開けられ、今日の客を迎えるための準備に入っていた。やがて仕事を終えた客たちが集まり、その懐の中を狙うべく有象無象が取り付き、真っすぐ歩けないほどの賑わいを見せて来る。
そうなっては、こちらの仕事がやりづらくなって仕方がない。悪党どもはともかく、客たちは、ほぼカタギ……一般市民だ。
まあ、それはこれから標的となる連中も、同様に思っている事であろう。
……情報通りなら、そろそろだけどなあ……
良二は、そのロダの街のほぼ中心部で、T字路の突き当りにある、一階が酒場の三階建ての建物、その斜め対面の小さなオープンカフェで、メアと一緒に茶とアップルパイで寛いでいた……様に見せていた。
これからの出勤に備え、軽食を取ってる街の連中もいるので4つのテーブルは満席だ。目立たず周囲に溶け込むにはちょうど良い。
T字路の向かい側では、屋台のベンチで美月と容子がドーナツを頬張っていた。
んでもって、誠一とシーナは件の酒場の入り口の横3mくらいの壁際で、今にもキスしそうなくらいの抱擁をしている。
初老のおっさんと若い娘、おまけに平日昼間の歓楽街。日本ならロリの援交オヤジ呼ばわりは必至であろう。
それをチラ見して、ご機嫌ナナメのメア。
「あのエロ狐、役目忘れて楽しんでんじゃないだろな……」
「あんまりジロジロ見るなよ? 自然にふるまわなくっちゃ」
小声でメアを諫めながら良二はアップルパイにかぶりついた。
それほど美味いパイではなかったが、まあそれは関係ない。そんじょそこらの客として振る舞うことが目的でパイを楽しむ云々は正にどうでもいい。
とは言え、あとでライラを誘って食べに来よう! ってくらい美味であったら、まあ、それはそれで。
「あたしだって近距離の索敵なら引けは取らないっすよ?」
「今回はシーナが適任だってさ」
狐は自然の磁場を感じ取って狩りをするという。
狐の獣人であるシーナも索敵に関しては遊撃隊の誰よりも優れた特性を素で持っており、今回の任務で現場デビューと相成った。
ロダでは無かったが、シーナは人買いにさらわれた事件も記憶に新しいと言う事情があるので、歓楽街が現場ではイヤな記憶がフラッシュバックするのでは? と懸念されたが本人のたっての希望もあり参加が決まった。
役どころが誠一の情婦役、てのが後押ししまくったのかもしれないが。
(来ました……)
容子からの念話が入った。
「見えるか?」
「情報に近い風体の男が三人。一人が脇に結構大きな革袋……」
店側に背を向けて座っている良二はメアに顔を寄せ、恋人同士の語らいのフリを装って、彼女に状況を確認させた。後はその三人が酒場に入れば……
「入った!」
ビンゴ、である。
(良、お前の方向に監視者は?)
誠一から念話。
「それらしいのは見当たらないね」
(こちらも)
美月からも入った。
それを聞くと誠一はシーナの背を壁に押し付け、いわゆる壁ドンスタイルで彼女の耳元で囁いた。
「分かるか?」
シーナは壁に背中を密着させ、中の様子を読み取り始める。
「……一階、カウンター奥に1人。二階……階段奥の部屋に4人、階段上に1人、三階には……いません」
シーナも同じく誠一の耳元で囁く。
「なに頬赤らめてんだよ、あいつ!」
「私情入れるなってば! 出番だぞ!」
メアは誠一とのハグをシーナに先行されてしまったので根に持っているのかもしれない。それを知った時にシーナが見せたドヤ顔の小憎たらしさと言ったら……メアが拗ねるのも止む無しと言うか……まあ、単に遠征帰りの時の、やり返しなわけだが。
それはさておき、まずは誠一とシーナが動いた。2人が店に入り、良二とメアも席を立ち、酒場側の壁に張り付く。
(二階、カーテン閉めてます。隣に人影無し)
「了解、支援よろしく」
容子の念話に良二が答える。同時に美月と容子が正面道路側に移動した。
チリン……
ドアベルの音が鳴る。
「……まだ開店前だ」
カウンターの奥でボーイらしき男が、入ってきた誠一にメンドくさそうな口調でボソッと警めた。
「すまない、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
誠一はシーナを入り口付近で待たせ、小声でボーイに話しかけた。カウンターまで歩くと左ひじを乗せて一度シーナを見てからボーイに、
「……銀狐の売り相場がいくらか知りたいんだ、教えてくれ」
更にひそひそ声で問いかけた。ボーイはシーナをちらっとは見たが、
「……なんのことだ?」
思い切り訝し気な顔をして返した。
「怪しむのはわかる。でもここだって聞いたんだ、頼むよ。見りゃわかるだろ? 上物だよ? 躾だって手間かけてるしよ」
誠一はイヤらしい愛想笑いを浮かべつつ、もう一度聞いた。
「帰れ……」
にべもない。
「そう言わずによぉ。ん~、せめていいとこ紹介してくれるってだけでも……」
と、言いつつ左手に握っていた小銀貨をカウンターに置いた。
小銀貨一枚……情報料としては随分と安すぎるが、まあそれがエサなワケで。
「おい、ヒヒジジイ……!」
安く見られた事も相まって、ムカつき加減が眉間のしわに現れたボーイは、誠一の額に自分の額を押し付けんばかりに近づいて、
「俺が三つ数えるまでに出ていけ。一……」
と、カウントダウンを始めた。
それを待ってた!
誠一は魔素ブーストを発動、右手で瞬時にボーイの口を塞いだ。
常に鉄材を握っていた誠一のゴツイ手は、そのままボーイの頬骨を掴み、魔素ブーストも相まって、楽々自らに引き寄せた。
続いて奴の首を狙い、左手の二本指を押し付けて、ハンドスタンガンを喰らわせる。
バチッ!
かつて経験した事の無い高圧電流を食らったボーイは一瞬で筋肉が硬直し、あっという間に失神した。
誠一はそのままシーナの手を借りながら、音を立てずにボーイをカウンターから引き摺り出して床に寝かせておいた。
(1階、制圧完了。容子・美月はそのまま待機、良・メアは前へ)
誠一の念話を受けた良とメアが、店内に静かに入る。
美月は目標とする2階の部屋の窓を臨める位置で、容子と待機したまま納品間もない新型錫杖の用意を始めた。
携帯しやすいように2分割された本体を組立てて本来の形に戻し、カバーをかけ、出番を待つ。




