インターミッション 3
食事を済ませ、河岸を変えた良二とライラは、彼女おすすめのカウンターと小さいボックスが二つの、店名をインフォと名乗るバーでグラスを傾けていた。
この店は一人で寡黙に飲むのも良し。二人くらいで静かに語らいながら飲むのも良し。
マスターも客に会わせて無口になったり、饒舌になったり。ロウソクの灯りに似た魔石照明の色も相まって、良二としてもまた一つ、いい雰囲気の店を教えてもらった気分だった。
これでモダンジャズのスタンダードナンバーでも流れていればさらに雰囲気も出るというモノだが、そんな音響装置は魔石・魔道具をもってしても、まだこの世界では存在しない。当然、店内の音楽はもっぱら生演奏に頼るわけだが大きな店ならともかく、こんな小さな個人店では流しのソロプレイヤーがせいぜいで、彼らが顔を出さなければBGMは期待できない。
とは言え、その辺りはもちろん必要条件などでは無く、あればいいな、程度であり、良二のお気に入りに追加、これは揺るぎない。
そんな良二とライラしか客がいない店内で、二人はさっきの店の奥さんの愚痴から始まって、職場の愚痴を言い合い、笑い合い、お互いの言葉を聞き合い……そんないつもと同じ、とりとめもない時間が過ぎていった。
「マスター、おかわり~」
ライラがグラスを差し出して、味からして恐らくウィスキーらしき酒を追加した。
「ライラさん、今日は早めだね」
マスターと呼ばれた男はグラスを受け取ると酒を注ぎ氷を追加。
その後、香りか何かを着ける魔法だろうか? グラスの上で掌を一周させてからライラの前に出した。この辺りの魔法力が店それぞれの個性になるらしいが。
「ほっといて、そう言う、時も、ある!」
ライラさん少々舌の動きが鈍そう、でもグイっと飲んじゃう。
「黒さん、言ってたな。酒で紛らわすのも手だって」
「ぷはぁ~。ああ、そう言えば隊長さんて、お酒、弱いね~。ヴェア、ジョッキ、一杯でフラ、ついてたね~」
ライラはカウンターに片肘をついて、グラスを揺らしながら笑った。以前、良二の音頭でライラと一緒に遊撃隊のみんなとで食事した時のことだ。
「酒に弱い自分には、飲める人が羨ましいとも言ってたよ。黒さん、酒自体は好きなのに体にあわないってボヤいててさ、飲み過ぎるとじんましんが出るって……?」
そこまで喋って、良二はちょっとした違和感を感じ、ライラを見た。
スー、スー……
なんと言う事か。
会話の、ほんのちょっとのスキを突く様に、ライラはカウンターに突っ伏して寝息を立ててしまっていた。
ホント、え? さっきまで話してたじゃん? てくらいのタイミングで。
「やれやれ、言わんこっちゃない」
マスターが溜め息交じりにぼやく。
「何かイヤな事でもあったかな?」
「う~ん、前の店で店の人にからかわれてたみたいだけど……どうしよう、送るにしても俺、彼女の家知らないし……」
「安宿でよければ三軒隣にあるがな」
ほっとくわけにはいかないし、宿に寝かせて退散するか……今日は普通外出だから日付が変わる前に帰営しないと……
「いくらくらい?」
「小銀貨5枚、若しくは7枚程度だな。懐寂しいならウチはツケでもいいぜ。ライラさんの連れだし、魔導団の団員なら踏み倒しは無かろうし?」
「いや、その程度なら大丈夫だよ、ありがとう」
良二は支払いを済ませるとライラを背負って店を後にし、宿屋に向かった。
あまり明るくはない照明石の街灯の下を、ライラをおぶりながら歩く。
たかが三軒隣ではあるが、例の宴の時の失敗もあって、暴漢、窃盗等、犯罪者の襲撃には、しっかり警戒しながら宿屋の入り口までたどり着いた。
良二は入口から入ってすぐの受付に構えていた、婆さまに近いおばさんに一人部屋を頼んだ。しかし、
「ウチは二人部屋しかないよ」
と言われ、仕方が無いから同意する。じゃあ銀貨5枚と7枚の値段差って何だろ? 広さかな? それとも風呂のあるなしとか……
で、案内された部屋の前に着き、中を見ると……ダブルのベッドがひとつ……え?
「二時間までなら小銀貨5枚なんだけど、この時間からは自動的に泊まりなんだ。だから7枚な」
おい……まさか、ここって……
「彼女ぐっすりおねんねだけど、問題ないだろうね? 朝起きてトラブルはごめんだよ? じゃあ、ごゆっくり~」
つ、連れ込み宿……つまり……
ラブホ━━━━━━!
くそー、そりゃ安宿だろうよ、てかアデスの隠語か? 安宿=ラブホ!?
「す、すいません! か、彼女寝かせたら俺帰りますんで!」
ライラの同意があればともかく、連れ込み宿に勝手に泊まるというのは……良二は婆さまに近いおばさんにそう言った。だが、連れ込みには連れ込みのしきたりがあるらしく、
「ああ? ウチは二人で泊まるのが決まりなんだ。一人で泊めさせたら闇取引に使ったり、夜逃げした挙句、ウチに転がり込んでそのまま自殺した奴まで居たんでな。イヤなら出てくかい? 一歩、部屋に入ったからには金は頂くよ?」
と、返して来た。
うう、金はまあ仕方ない、払うしか……しかしその後どうする? 他の宿屋など知らないし辻馬車見つけて隊舎に戻って……
ライラを連れ込む!? 女だらけの隊舎に!? しかも彼女は泥酔してお寝んね中、「彼女酔わせて何する気なのー!」などと罵られ、女の敵呼ばわりは必至!
詰んだ……
「泊まるんだね? こっちも決まりとは言え、金取るからには使ってもらった方が寝覚めがいいからね。んじゃ」
そう言いながら、婆さまに近いおばさんは出ていった。
とにかく仕方ない、まずはライラを寝かせなくちゃ……
とりあえず毛布をまくってライラを横たわらせる。靴はまあ、脱がすのは問題ないだろうが服の方は……そりゃ、ある程度脱がせて身体を軽くした方が良いのは良いのだが。
まずは、ほぼ仕事着だと言う皮ベストを脱がす。まあこれくらいは良かろう。
だが途中で彼女が目を覚ましたりしたら……
「きゃあ、何するの! リョウくん見損なったわ!」
とか最悪である。とにかくライラには嫌われたくない。嫌われ……たく……ない。
問題は、いつも履いてるレザーパンツだ。丈夫だが重たいパンツだし脱がせた方がいいに決まってるが、パンツを脱がせれば当然その下は、おぱんつ、であろうし……
上の綿シャツも、ライラのシャツは結構ネックが深く、時々見えるお胸の谷間には良二も眼福頂いている。
まあ、シャツは軽そうだし、このまま寝かせる事にしてシーツ、そして毛布を被せた。
結構動かしたはずなのにライラはものともせず、すやすやとした寝顔を良二に見せている。
良二はそのあどけない寝顔を眺めながら、ハッキリと自覚した。
俺は……ライラが好きなんだ……
食事をしたあの店……
奥さんに邪魔されたが、あの時のライラの問いに対する答え……
あの時もそうだったが、キライか? と問われた時、良二には嫌いと言う答えは無かった。更に、どちらでもないと言う答えもまた無かった。
答えは、好き なのである。
好き と言う答え以外、出てこなかったのである。
何の脈絡も無く出会い、
何の脈絡も無く再会し、
何の脈絡も無く話し合い、
何の脈絡も無く約束し、
何の脈絡も無くまた出会ったライラ……
なのに、いつしか自分の中にライラがいることが普通になっている。
今の服を脱がすのでもそうだ。下手なことして嫌われたくない、嫌いと言われ辛い思いなどしたくない……と言うよりは、
彼女を傷つけたくない……悲しませたくない……
そんな思いでいることが漠然と理解できて来た。
初めて……本気で女性を好きになっていた。
自分自身が傷つくことを恐れて人と距離を取って来た自分。
傷つくことは無かったけれど、それまでだった。
でも今は……今はライラと一緒にいたい。
ライラと一緒に語り合いたい。
ライラと……
自分がこんな風に人を好きになるとは、ちょっと前なら思えなかった。
でも今は、人を好きになる、と言う、この心地よさに酔いしれている自分を、毛恥ずかしいほど自覚してしまっている。
俺はライラが好きだ!
そんな思いが頭を巡る中で、ライラの寝顔を見つめていた良二だったが、いつしかベッドにもたれかけ、自分も寝息を立てていた。




