インターミッション 1
工業や建設等、ドワーフの熟練度・器用さが他種族から突出しているのはファンタジーでは定番である。
だが、いざ目の前で見ると改めて感嘆させられる、良二はそう思わざるを得なかった。
エスエリア王国魔導戦闘団特別遊撃隊の本部隊舎は、その発足と同時にフィリアの屋敷の敷地内に新設されることは決定しており、それは即座に着工されていた。
誠一の部屋が仮本部として設備が持ち込まれた日から工事は始められていて、テクニア遠征やホーラの来訪などでゴタゴタしていた間の約1カ月で建設を完了させてしまうなど、近代プレハブ工法も真っ青のスピードであった。
誠一は手空きの時に見学していたのだが、ドワーフの職人は基礎や床の水平、柱の垂直を出すのに、計測器も治具も全く使わず、「上上、ちょい右」と目視だけでやってのけるのだ。
その日の作業が終わった後に、召喚時に持っていた作業バッグ内の水平器でこっそり確認した誠一は、その見事な精度に舌を巻きまくった。
遊撃隊は現在4名。秘書として事務所に詰める予定のシーナを入れて5名、フィリア配下から常駐出向者メアを入れても6名だ。
新築隊舎には全員に個室が与えられ、本来はフィリア邸のメイド房で寝泊まりしているメアの部屋まで用意された。
間取りは隊長室兼本部事務所、応接・面会室、隊員居室の他、装備品保管庫などである。
居室にはユニットバスが各部屋に設備されており、いつでも気兼ねなく使えるようになっていた。
以前の客間よりは狭いが、あまり広すぎても手に余るので良二にはちょうどよい。とは言え日本間にして20畳くらいはあるのだが……
で、その中でも誠一の隊長居室だけは間取り、浴室等、何故か良二たちの部屋の倍程の広さがあり、美月らからは、
「なんで黒さんだけ!」
と、当然の如く抗議の声も上がった。
しかしそう言った意見は、ホーラとラーが口を揃えて言った、
「言わせるな、恥ずかしい」
の一言で黙らせてしまった。最上級神と8大魔王の寵愛を受ける者の待遇として当然だ、と言う事らしいが……
彼女らから設計変更要請が有った頃は、工事自体はかなり進行しており、内装にも取りかかっていたので、苦肉の策として二部屋の壁を取っ払って一つにしてしまうという、かなり乱暴な拡張法を採用したので単純に良二らの倍になってしまったと言うわけだ。おかげでBOQ相当の外来宿所が無くなってしまった。
内装作業完了後、即座に家具等は運び込まれ始めたのだが、誠一の部屋は彼の家具よりラーやホーラのタンスやチェストの方が多く配置されていて、いったい誰の部屋なのか? 部屋を見た者すべてが疑問に思う有様であった。
あと、良二らの部屋と違う造りとして、隊長居室には特別なスペースが地下に設けられていると言う点がある。
地球からの召喚時に着ていた良二らの衣服や所持していた鞄、スマホや誠一のバーナーや作業バッグなどを、故郷に帰るまで封印するための隠し収納庫が設置されたのだ。
スマホ等は電池切れを起こせば何も問題は無さそうではあるが、ホーラの指導の下、アデスの産業等に急激な変化を与えないための配慮、と言うことである。
隊舎が建てられた位置はフィリア邸と隣接しており、一階、二階、バルコニーともに数mの連絡通路で行き来が可能となっている。
食事はいつも通りフィリア邸で頂くのが基本となり、事前に申し込めば大浴場も使わせてもらえる。納屋、馬小屋等は共有となる。
馬と言えば、良二らには新しい課題が出来た。そう、乗馬スキルを身に着ける必要に迫られているのだ。
規模は小さいとは言え、隊長の誠一は格としては中隊長級であるので、馬車での移動も結構だが自分の馬くらい持っていなければ格好がつかない、と言う事らしい。
もっともそれは誠一だけではなく、良二や容子らにも言えることだ。王都にしろ、郊外での任務遂行にしろ、迅速に行動できる機動力を持たないのは、職務上においても確かに問題であろう。
基本的な乗馬スキルは、ホーラのコネで戦いを司る神々の上級神から下賜されているのだが、馬の性格も千差万別、一頭とて同じ馬はいない。現場ではどんな馬に当たるか分からないものである。
と言うわけで良二たちも絶賛乗馬訓練中なのだ。
実姉から、女にモテない分犬猫にモテると言われた誠一は、やはり馬にも好かれるようで結構懐いている様子。
美月も基礎スキルをもらったとは言え、上達が早かった。馬の動きに合わせ、うまくバランスを取っているようで、容子と共に悪戦苦闘してる良二の前を颯爽と駆け抜けていった。
「美月上手いな~。なんか以外~」
「馬の速度と美月の火炎魔法……戦いになったらかなり期待できそうだね」
「馬上からの火球攻撃か~。機動力すごそ……きゃ!」
良二と話していた容子は、乗っていた馬にいきなり暴れ出され、思わず悲鳴を上げた。手綱を引き、何とか鎮めようとする。
「ちょ、落ち着いてハリー! 落っこっちゃう!」
とは言え、お願いすりゃ言う事を聞いてくれるってわけでも無いので、容子ちゃん、激しく悪戦苦闘の図。
一緒に指導してくれてたメアが見かねて、ハリーと呼ばれた馬をなだめ始めた。
「よーしよし、静かにしろよ~」
メアに首辺りを撫でられ、ハリーはだんだん落ち着いてくる。
「ハァ、なかなか言う事聞いてくれないな~」
「馬の気持ちをわかってあげるのも大切だけど、ここって時にはビシッと言い聞かせるのも大事だよ。主はヨウコさんだからね!」
「難しいなぁ」
ショボンする容子。しかし、
「でもがんばっておぼえないとね。みんなの脚引っ張っちゃう!」
と、一念奮起。遊撃隊は士気旺盛である。
「しかしミツキさんもそうだし、クロさんも上達早いっすね~」
「まあ、黒さんは動物に好かれるタチらしいし。しかもあんなジャジャ馬を2人も乗りこなしているからね~」
などと冗談を飛ばす良二。言わずと知れたホーラとラーの事である。
良二は我ながら上手い事を言ったと思ったのだが、残念ながら容子らからの反応は無かった。
滑ったか? と思いメアや容子を見たのだが二人ともこちらを見たまま微動だにしていない。それどころかハリーすら硬直している。あれ? これは……
「リョウジよ……」
「げ!」
最近、耳に覚えたばかりの声が良二の真後ろから聞こえる。ま、まさか……
「貴様の言うジャジャ馬とやらが何を意味してるのか……説明してもらおうじゃないか……」
良二は壊れたメカ●ジラの首を無理に捻じ曲げたような動きをしながら後ろを向いた。そこにはラー曰く、天界の鬼の洗濯板が据えた目で良二を睨んでいた。
「ホ、ホーラさま! ご、ごきげんうるわしゅー……!」
良二は、フィリアから教わった神々への挨拶の言葉を言ったつもり……だった。
「今一度問う。ジャジャ馬とはいったい何のことだ?」
ホーラは良二の馬のケツの上に胡坐をかいていた。バランスはメッチャ悪いだろうがものともせずに座り続けて肘を膝に付けて頬杖をつき、良二を見据え続けている。
そのせいだろうか? 良二の馬もさっきまでせわしなく動いていたのに、今は全く動かない。馬に冷や汗をかく事が出来るのなら、こいつは今頃、脱水症を起こしかねない状態だろう。言わんや良二。
「ホーラさま! お越しいただいてましたか!」
不意に声が掛かった。
誠一がホーラ降臨に気付いたようで、馬を駆ってやってきてくれたのだ。
「セイイチ!」
ホーラは誠一を見るなり、今までのどんよりした空気をふっ飛ばすような満面の笑みを浮かべた。同時に良二の馬から軽やかに飛び上がるや誠一の前に乗り移った。
「先に一報いただければお待ちしておりましたものを。そのために念話を授かったですのに」
「驚かせようと思ってな! それよりセイイチ、聞いてくれ。貴公の部下のリョウジが我の事をジャジャ馬などと申すのだゾ!」
だゾ! 頂きました。
「それは何と言うことを……私の監督不行き届き、指導不足、お詫びの言葉もございません。後でしっかり言い聞かせておきますのでここは私に免じて平に……」
「うむ、貴公がそう言うなら不問としよう!」
「では、私の部屋で茶など一服……」
「応!」
いきなりの来訪を歓迎してもらい、ご満悦のホーラはシーナ宜しく、誠一にしがみついてきた。
そんなホーラを抱えたまま誠一は、リョウジに軽くウインクすると、隊舎の方へ馬を走らせていった。
「助かったー」
溜め込んでいた肺の中の空気を吐き出し、良二は文字通り胸をなでおろした。そこに誠一と入れ替わりに美月がやってくる。
「何やってんのよ良さん、黒さんが気付いて機転利かせて来たからよかったものの、ホーラさま怒らせたらどうなるか、分かったもんじゃないんだよ?」
「……面目次第もございません……」
居るとは思わなかった……とか、言い訳にもならんもんなぁ、と反省する事しきりな良二であった。
「じゃ、じゃあ今日はこの辺にしておこうか?」
誠一が先に引っ込んだこともあり、メアの提案で今日の乗馬訓練は、これでお開きに。
「しかたないなぁ~。じゃ、あたしたちもお茶しよっか」
と容子もハリーの手綱を緩めて、美月と馬小屋へさっさかさっさか向かっていった。
「あれ? 容子の馬、ずいぶん素直になったな?」
良二の言う通り、確かにハリーはさっきとは打って変わって、容子の言う事をよく聞いている様に見えるのだが……
「あ~、たまにはビシッと言った方がいいって言ったらヨウコさん、ハリーになんか訳わかんないこと言ってて、そしたら素直になったんすよ」
「へぇ、そんな魔法みたいな言葉があるのかなぁ。なんて言ったの?」
「言う事聞かないと『バサシ』にするとか言ってたけど、リョウさん、バサシってなんすか?」




