宴の後で
良二はこの困難な状況を説明せねばならなくなった。
だが、早めに風呂を切り上げて駆けつけてきた誠一の助言もあり、包み隠さず話すことにした。下手な小細工は結局は自分の首を絞める元だと。
「ユニバーサル通商の方……ですか?」
「うん、そこで雑役みたいなの、やってるんだ~」
社員証らしきものをロゼに見せながら、ライラはいつもど~りの口調で答えた。
聞いていた話通り、ライラがちゃんと就職していたことにホッとする良二。
これでロゼたちへの心証も少しはよくなるだろう。
「あそこの方でしたら身元に疑問はございませんが……」
とロゼが納得しているのを見て、美月がサラに聞いてみた。
「有名なの?」
「外国や魔界とも取引がある大店ですよ」
とサラ。
ロゼはふうっとひと息つくと、
「身元もしっかりなされておりますし、何よりキジマさまのご友人とあれば、こちらといたしましても拒む理由はございません」
と、ライラを咎めるようなことはしなさそうに言った。
とは言え、それだけで済ますわけにもいかない。
続いてロゼは苦言も呈した。
「しかしながら、今回の規約・段取り等を無視なされた点につきましては一言申し述べさせていただきます。今後は正規の手続きに従っていただくことを切にお願い致したく思います」
「は~い」
あくまで能天気なライラである。
誠一に肩をポンポンと叩かれ、取り敢えずは解決してホッとひと息の良二であった。
夜はメイスの言った通り、良二たちの遠征成功を祝って宴の席が設けられた。
事情を知ったフィリアの意向もあり、ライラも参加することになって彼女も大喜びである。
手の空いた使用人たちも加わり、宴は大いに盛り上がりを見せた。
事に、フィリアのメイド連は末端に至るまで、彼女の盾になるべくある程度の武芸を嗜んでおり、メイスや鬼姫ロゼに至っては中隊辺りを指揮する能力持ちでもある事から、今回の対魔獣戦の話には特に興味が津々であった。
「ミツキさま、結局どれほどの魔獣を倒されたのですか?」
「ええと、魔石集めの人に聞いたけど、牛が1つで熊が洞窟内合わせて10くらいで狼が50くらいの兎がその3倍?」
美月の説明に武闘派メイドたちから、おおぉ~! と感嘆の声があがる。
「まあ洞窟の奥でふっ飛ばした分は回収出来なかったってんで、正確な数は判らないんだけどね」
「牛頭鬼なんて、二~三個分隊、いえ、万全を期すなら一個小隊でかかるっててレベルですよぉ」
「狂黒熊だって5~6人がかりですよ!」
「一体どうやって?」
などと質問攻め。
正直、年頃の女の子が聞くことじゃないなぁ、と思いつつも容子が答える。
「熊は直接やったのは4頭で、それも隊長と良さんが仕留めたんだし」
「何言ってんすか、その前にヨウコさんやミツキさんが、奴らの目や足元を狙って怯ませたからじゃないっすか~」
と、メアが二人を持ち上げる。他のメイドたちの前ではあるが、遠征中と同様に心安く話しかけてくれていた。
「そうだぞ、あれでお前たちが俺たちの斬り込みどころ作ってくれたんだからな。ナイスアシストだったよ」
メアに同調して誠一が容子と美月を讃えた。JK二人、思わず照れ笑い。
「そう! それでその機会を逃さずクロさんとリョウさんが2頭ずつ一刀両断!」
「あのバカでかい熊を!? うそー! どうやって!?」
「魔法剣だよ。あんなの初めて見たよ! 野営の時でもさ、あたしら前衛が総がかりで押さえてたのに、象猪2頭に抜かれちゃってねぇ。ヤバい! ってクロさんたちを見たらスパッ、スパー! と一瞬、マジで一瞬で斬り倒しちゃったんだよ!」
へえぇぇぇ~とメイドたちの目が丸くなる。
「クロさんは猪の首吹っ飛ばすし、リョウさんの手に掛かった奴はオロシよオロシ!」
「オロシ?」
「魚の二枚下ろしみたいに真っ二つなんだよ! いや、もう、信じられなかった!」
「「「おおおおぉぉ!」」」
「熊もそんな感じでね。4頭の間をすり抜けたと思ったら、あっという間に熊の死体の出来上がりでさあ! まあ間近で見たあたしもびっくりだからねぇ~、大尉やギルドのトロイマンなんかもう目ン玉真ん丸で、口もカパーンと開きッパになっちゃって、こんな風にカパーン、カパーン」
アハハハハハ~!
間抜けに呆けた顔を作ったメアの模写に、メイドたちの笑いが一斉に吹きだす。
「それだけじゃないよ~。ミツキさんとヨウコさんの炎の竜巻! 圧巻よ、圧巻! 居並ぶ魔獣たちを纏めて空飛ぶバーベキューにしちゃってさ~」
などと、メアを中心に武勇伝で盛り上がる中、
「クロダさま、今回は本当にお疲れ様でしたね」
フィリアが誠一の労をねぎらうべく、エール(という酒)を手ずから奨めてきた。
「これは! いや、殿下から直に賜るとは」
恐縮して立ち上がろうとする誠一を、フィリアはやんわり抑えた。
「今日の主賓はクロダさまですよ? どうかお気を楽になさって……」
「全く恐縮の至りです。酒に弱い自分の体質をこんなに恨めしく思った日は初めてですよ」
「聞き及んでおりますわ。もし悪酔いなされたら、いつでもお声をおかけくださいな。私、回復魔法を少々嗜んでおりますので、お楽になっていただけるかと」
「お気遣い、痛み入ります」
「へ~、回復魔法って酔い覚ましも出来るんだ~」
「じゃあ、あたしも覚えておこうかなぁ? 隊長より美月に必要そうだしぃ」
と、容子が突っ込むとメアが、
「ああ、それアリっすねぇ。あの晩のミツキさん、クロさんとっ掴まえて……」
更に追い打ちをかけた。とたんに慌てだす美月。
「あああ、無し無し! あれは無し!」
うん、あれは知られたくはないだろう。
「ええ? なんですかぁ?」
「なんなのメア? 聞きたい聞きたい!」
「あのねぇ~~」
「だめぇぇぇぇ!」
必死で抑え込もうと、もがく美月。それを見て皆が大笑いで、宴は嫌がうえにも盛り上がる、ええ、盛り上がる盛り上がる。
「キジマさまもいかが?」
フィリアは、今度は良二に奨めた。
「ありがとうございます、殿下。頂きます!」
「本当にお疲れ様でした」
丁寧に、優雅にエールを注ぐフィリア。
「あなたもいかが?」
良二に続いてライラにも。
「わぁ、あたしもですか~。王女様に注いでいただけるなんて感激~」
この辺りがライラの敬語の限界なんだろうか? とか思ってしまう良二。ちょっとハラハラ。
「あ、そうそう。ライラさんには、これをお渡ししておきましょう」
そう言うとフィリアは、酒瓶をメイスに預け、かわりに札らしきものを受け取り、
「これを門の警衛に示して頂ければ、いつでも屋敷に出入りして頂けるように計らっておきました。今後もキジマさまの良きご友人として、お付き合い頂けますよう……」
と、話しながら、その札をライラに渡した。
「わぁ~、ありがとうございます~!」
満面の笑顔でお礼を言うライラ。フィリアはニコッと微笑むと、今度は美月たちを労いに行った。
「うれしいなぁ~、これでいつでも遊びに来れるね!」
「もう、今日みたいなことは無しにしてほしいよ……」
「ごめんね~。でも言ってたように美味しいお酒に美味しい料理楽しめたね!」
「まあ、想像してたのとは大分違うけどね……」
苦笑する良二。
「意外だな~。良さん、こんなに早く彼女作っちゃうなんて」
「へ!?」
――か、彼女ぉ!?
美月の不意打ちに良二はギョッとなった。いやいや、まだ出会ってから3度か4度。そんな、彼女だなんて……なんて……
「おお、それは俺も思ったよ。何かいろいろ自信が無い、みたいなこと言ってたと思ってたんだが、もうこんな可愛い娘とお付き合いなんてな。女性の口説き方は俺の方が教えを乞わなきゃいかんかもなぁ?」
誠一も参加、皮肉交じりにからかう。だがしかし、そこにメアが異議。
「何、仰ってんすかクロさん! これ以上、何を乞う気っすか?」
「そうですわ、主様。主様には既に私とメア先輩がいるではありませんか!」
と、相変わらず誠一に、ぎゅーとしがみつきまくってるシーナ。
「え? なに? なにが? え? いつ、そーなってんの!? え!?」
あたふたを絵に描いたような誠一、天然ケモたらしの面目躍如? である。
それを見て容子がシオンに聞いてみた。
「何? あの二人って隊長のこと、取り合ってるんじゃないの? それとも、お互い認め合ってるとか?」
「え? ああ、そのようですね。まあ、甲斐性のある殿方が複数人の女性を娶るというのは珍しい事ではありませんわ。クロダさまくらいなら当然かも?」
「そ、そうなんだ……じゃあ何であの二人、事あるごとにいがみ合ってるの?」
「席次ですよ。少しでも上位に認められたいのは男女問わず、性というものではありませんか?」
「ふ~ん。ん? じゃあこの先、他に女の人がまた増えてもいいんじゃないのかな?」
「そこはそれ、頂けるお情けに限りがありますれば……」
そうシオンが耳元でこっそり話すと、お情けのところを彼女は実に桃色吐息な口調で発音するもので、含まれた意味に気付いた容子の顔がボンっと赤くなった。
そんなものかなぁ……納得行かないような行くようなビミョーな容子だった。
まあアデスはそんな風潮なのかもしれない……と言う事で、気を取り直してエールをいただく。発泡酒のようなものでアルコール度数はビールより弱く、ほとんど清涼飲料水の類だが料理には合っていた。
「で、どこまで進んでるのぉ~」
と、目と口元に下世話な笑みを浮かべながら美月が追い打ちを掛ける。するとライラが、
「ハグする仲だよぉ~!」
などと爆弾発言。
――ハァ!?
驚く良二をよそに、部屋中一斉に、おおおおおおおぉぉぉー! と、どよめきが。
聞いた美月も流石にニヤけてた目を丸くするし、容子に至っては口にしていたエールを盛大に吹きだした。それはもう、ブーッ! っと。
もっとも一番口から心臓が飛び出そうな勢いで驚かされたのは当の良二だ。
「ちょ! おま! いきなり何言って!」
当然のようにパニクる良二。
「やって見せようか~?」
と、ライラが爆弾発言2発目。言い終わるが早いかライラは立ち上がり、良二を後ろから引き起こす。
驚きで容子は口を両手で塞ぎ、対して美月は眼をキラキラさせて凝視しはじめ、メイドたちは一斉にヒュー! ヒュー!
人前で何を馬鹿なー! と抵抗する良二にハグを仕掛けるライラ。
ガシッ! ガシッ ガシッ!
ライラは良二にハグした。その次の瞬間、その場の全員の目が点になった。
なぜならライラが見せたハグとは……二回目に会った時に良二が喰らった、あの羽交い絞めそのものであったからだ。
これがハグ……そりゃまあハグかもしれん。お胸当たってるし。
それを見て誠一・容子・美月はそのまま呆然としてしまっているが、その周りで、メイドたちが一時、間を置いて……おおおおおー! と色めき始めた。
「見事です、ライラさん!」
「素晴らしいわ! こんな一瞬で、これほど決めてしまうとは!」
「これは動けませんね! キジマさま! 動けます? 動けませんよね!?」
ライラが見せた、相手を微動だにさせない見事な羽交い絞めに、次々と称賛を送り始める戦闘メイドたち。
つっ込むとこ、そこじゃねーだろ━━━━━━ !
良二の魂の叫びは、果たして彼女らに届いただろうか……
夜も更けてきた。
やがて宴もお開きになり、良二は帰宅するライラを見送るために、正門の方へ彼女と一緒に歩いていた。
その2人に夜風が酔いを覚ますように、やさしくやさしく通り過ぎていく。
「風が気持ちいいね~」
盛り上がった宴の余韻と、頬をくすぐる夜風の心地良さに、ライラも上機嫌であった。
「ああ、気持ちいいねぇ……どっと疲れたけど……」
「無理ないよ、大きな仕事から帰って来たばかりだしさ」
じゃねーよ!
「半分以上ライラのせいだろ!」
「え~~~」
「え~、じゃない!」
む~っとむくれるライラ。だが良二は不覚にも、そんなライラも可愛いなと思ってしまった。
しかし、ちょっとキツイ言い方だったかな? やり方こそ褒められたものではないが、彼女はそこまでして自分に会いに来てくれたのだ。その気持ち、良二としても嬉しくないはずがない。
慌てふためく展開だったから血が昇ってしまってはいたが、年齢=彼女いない歴の良二にとっては身に余る状況である。
宴の最中、美月にライラの事を彼女と言われて慌ててしまったが、しかし、そのライラは……
――ライラはそこまでして俺に会いに……
「ね、ねえ、ライラ……」
ふと歩みを止める良二。
「ん?」
ライラも立ち止まる。
「ライラって……今日は、馬車にしがみついてでも来て……くれたんだよね」
「……」
「どうして……かな?」
聞かれてライラはちょっと首を傾げ、ん? と言いたげな上目加減で良二を見つめた。
ヤバイ……やっぱかわいい……
そんな、良二の心を射抜く様な視線をちょっとの間、続けたライラは、ふふん、と笑いながら、
「わかんない!」
と、何か明るく答え、更に微笑んだ。
「え?」
「わかんないんだよ、正直わかんない! ……でも……」
「でも?」
「ん~ん、会いたかったんだ。リョウくんと……お話し、したかったんだよ……」
ライラは良二をじっと見ていた。
燃え上がるような、吸い込まれそうなその紅い眼で……
しかしてその視線は柔らかく、温かさすら感じる視線だった。
「そ、そう、なんだ……」
そんな彼女の魅力的な視線に良二は返答に困り、やっとその言葉を絞り出した。
「リョウくんは?」
「え?」
「あたしと……会いたいと、思ってくれた?」
「あ……」
「それともほかに誰か?」
ライラがまたあの視線で自分を見る。う~ん、なんかズルいな、この目線は……
でも……脳裏に焼き付くようなこの目線……
良二はフッと、ほんのちょっと笑いながら半ば頭を垂れて、
「いや……」
と、言いつつ再び顔を上げ、ライラを見た。
「俺も会いたかった。遠征が予定より、かなり早く終わったから……フードエリア行っても会えないんじゃないか? どうすれば会えるかな? って思ってた」
ライラの目尻がちょっと下がった。口元も心なしか緩んでいるようにも。
「今日、あそこを通った時にライラを見つけたんだ、すぐ見失ったけど……やっぱり会いたいんだって思ったよ。会って一緒に、こんな風に話をしたいって」
良二の、その答えを聞いたライラの顔、良二には何か表情がパァっと明るくなったように見えた気がした。
自分の顔もおそらく笑っているだろう、良二はそんな自分を感じていた。
「嬉しいな。あたしもそんな感じだったんだ~、よかった~」
ライラもニコニコ。暗がりでもはっきりわかる愛らしい笑顔だ。
「じゃあさ?」
「うん?」
「また、会ってくれるよね?」
「……うん、もちろんさ!」
「えへ! ……今日はごめんね、面倒掛けちゃって」
「いいさ。もう終わったことだし、通行パスも貰えたしね」
「うん、すごく嬉しかった~、王女様に感謝だね! あ、あたしの事務所の住所教えたよね?」
「ああ、ちゃんと覚えてるよ」
「仕事中はアレだけど、お昼休みや夕方なら居ると思うし~、居なくても伝言預けてくれればいいから」
携帯どころか電話も無い、王都内でも手紙が届くのに数日かかってしまうご時世では、デートの約束も一苦労である。
「ん、わかった!」
「今日はホントにありがとう、とても楽しかったよ! あ、もうここでいいよ、パス見せるだけだし~」
「いや、門のところまで位は……」
「大丈夫だって。リョウくんお仕事で疲れてんでしょ~? 早く休んでほしいし~」
「そう? じゃ、ここで……気を付けてね」
「うん、お休み~」
ライラは手を振りつつ、門まで駆けていった。
守衛に、貰ったばかりのパスを見せると衛兵は敬礼でライラを見送った。
ライラは門を出て、再び手を振りながら夜のとばりに消えていった。
ライラを見送った良二は、ふーっと一息ついて部屋に戻ろうとした。
が、その直後、
スパ━━━━━━ン!
と、後頭部を激しく張り倒され、良二は思わずひっくり返ってしまった。
振り向くと、良二を張ったスリッパを持ち、全速で走って来たのか、息を切らした誠一が立っていた。
「く、黒さん! な、なにを!」
「なにを、じゃねえぞ! このバカ野郎!」
は、はい? 何事か理解できずちょっと混乱中の良二。な、なんですの?
「こんな夜更けに女の子1人で外へ送り出す奴があるか! 家まで送ってこんかい、このドアホ!」
言われて良二は遅ればせながら、自分らもあの人身売買事件に出くわしたこと、それくらいここの夜の街は日本より治安が物騒な事を思い出した。慣れぬこととは言え、日本にいた時と同じ感覚でそんな治安の悪い街に、こんな夜遅くに女の子を一人で送り出してしまったのだ。
――ああああああああああ! やっちまったぁー!
直後、屋敷の窓際に集まってた美月や使用人のみんなが良二に向かって、
ブ━━━━━━!
と、ブーイングの嵐! つか、ずーっと見てたのかよ!
「い、行ってきます!」
良二は本日2回目の魔素ブーストでダッシュし、ライラを追いかけた。
だが、しばらく道を進み周りを見渡すも、ライラの姿は既に、どこにも見当たらなかった。




