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それぞれの憂鬱

 魔導師団司令部前。

 司令部への報告が終わった誠一は本部を出て辻馬車を拾おうと周りを見回していた。

 が、そこで気付く。防衛軍本部はともかく、王宮敷地内にある魔導団本部前ではそんじょそこらの辻馬車など期待してはいけなかったことに。保安・警備に照らせば至極当然である。

 我ながら間抜けだったと、こうなりゃ近くの門まで歩くしかねぇかと、頭を掻きながら誠一はトボトボ歩き始めた。

 気落ちし、一番近い門はどこかいな? と考えながら歩く誠一の目に、王女フィリアの紋章を頂く馬車と、そばに見慣れたメイドが立っているのが入ってきた。

 メイスである。

「無事のご帰還、おめでとうございますクロダさま。殿下の命により、お迎えに参りました」

 思わぬ助け舟に、ホッと一息の誠一。

「ご配慮、痛み入ります。助かりました、恥ずかしながら敷地内でも辻馬車があると思い込んでましたから」

 誠一は安堵の顔を見せながらメイスに頭を下げた。


 2人が乗り込むと、馬車はフィリア邸方向にある東門へ向かった。フィリアが座乗する馬車よりいくらか落ちる型式だが、流石に紋章付きだけあって徒歩、馬、馬車等、みな道をあけてくれた。

「お話しは聞かせていただきました。大変な功績を上げられたようで殿下以下、みなクロダさまを賞賛しておりました」

「そのように言われると少々くすぐったいのですが……些か変に目立ちしすぎたかと……」

「フフ、そうですね。でもサワダ卿から目を逸らすことに関しては僥倖かと……」

「そう言っていただけると気も楽になりますが、部下の勇み足にも困ったもんです」

「わかります、私も散々手を焼いておりますので。とはいえ彼女らの思いは真っすぐですしね」

「ええ、摘んでいい思いではありません」


 馬車は東門を通過した。フィリア隷下の馬車のためか、警衛隊長が表に出て敬礼してきた。それに対し、軽い会釈で応えるメイス。

「どうも、何やら動き出しそうですわ……」

 馬車のカーテンを閉めながらメイスが話し始めた。誠一も反対側のカーテンを閉める。

 王宮の外に出たからには、機密保持には気を配らなければならない。

「魔界からの要請の件、でしょうか?」

 座り直しながら誠一が訊く。

「それに絡んでいるのは間違い無いと思われますが……実は時空の最上級神であらせられますホーラさまが、こちらにご降臨あそばすそうで……」

「ホーラさま……確か召喚に臨席なされたオクロさまの上位神で最高幹部の……」

「その通りです。今回の召喚にはオクロさまが直接の実行を担われましたが天界における指揮・責任者は第1種上級神のパウウさまなのです。ですが……」

「……それを飛び越えてのホーラさまご降臨……何やらモヤモヤしますね」

 メイスは、私も同様です、と答えた後、ひと息つくと誠一の目をじっと見つめて続けた。

「更に懸念されるのは、本来このような最上級神さま方のご降臨であれば、まずは神殿でお迎えするのが通例なんです。ところが、今回は殿下のお屋敷に直接お見えになると言う事でして……これは非常に異例なことなんです」

「まるでお忍び、のような……」

「ええ。神々や魔族でも、高位の方々が人知れず人間界に起こしになることは、あるにはあるのですが、王族相手の業務に伴う面談に、このような指定をされることなどは今までには……殿下もこの異例な通達を受けた瞬間、ご無理のない事ですがもうオロオロに……」

「我々は異世界人ですから神々や魔族の方々に対しては畏怖も崇拝もありませんが、皆様方にとってはやはり……」

「ええ、特にお越しになられるホーラさまは時空の最上級神、その気になられればエスエリア王国自体、最初からこの世になかったことにする事すら可能とも噂されるくらい……」

「……」

 スケールがでかすぎてピンとは来ないが、いやな予感しかしねぇ。誠一は顎に手を当てザラついた午後の髭をなぶりながら眉をしかめる。

「……時空を司る最上級神……その目的、と言うか御心は?」

「時の流れを見つめ、乱れがあれば抑え、不足があれば手を差し伸べ、三界の過去から未来へ、それを安寧に導くお方だと聞いております」

 誠一の眉はさらに険しくなった。思わず眉間を押さえる。

「……ならば、ホーラさまがお越しになる理由は我々のこと以外にはありますまい。余人の耳目を拝し、関わる者のみを訪問の対象とされている……やはり我々が早々に悪目立ちが過ぎたとしか……」

「確かに皆さまの実力は人並以上とは思います。ですが、最上級神様の御心の妨げになるとか、それほどのことなのでしょうか? 主だった行動と言えば、先だっての人身売買組織壊滅と今回の外征だけですのに……」

「部下の一人、良二とも話していたことですが……」

 誠一は、テクニアの宿で良二と話していた事を脳裏に浮かべながら続けた。

「我々の繰り出す魔法は地球での科学知識とアデスの魔法学との合体によるものです。アデスでは地球には無い魔法学が存在し、その分、語弊ををおそれず言わせていただければ、アデスの科学力は地球より相当に低く……」

「……」

「双方の世界に無いもの同士の知識を持つ我々が思うがままに力を行使したら……時の流れを乱してしまうことは想像に難く……ありません」

 誠一は頭を抱え始めた。

 悪目立ち……

 今回の魔獣討伐に使った粉塵爆発を含む地球人ならではのイメージによる、半ば暴走した手法が問題の要因であるならば、その力を封印すれば時空神も納得して頂ける? いや、そう簡単にはいかない。自分たちが日本に帰る日まで、生き残るためにはこの力は必要だ。フィリアやメイスたちはどうでも、天界・魔界を含むアデス自体が、自分らを排除する側に回る可能性は捨てるべきではない。彼らの目的はアデス三界の安寧であり、我々の保護はあくまでそれに準じていなければならない。

 だったら、どうしてもっと慎重にならなかった?

 若い良二たちはともかく、それなりに歳を重ねて自分が彼らと同じようなノリでいていいはずもない。 

 繰り出した技や知識は、自分たちにとっては常識でも、アデス人にとっては目を丸くするような魔法の使い方なのである。

 そんなものを連発すれば、ビサやステラの兵たちの様に、訝しんだ目を向けられるのは当然であろう。そう言ったところへの着眼がまるで足らなかった。

 結局は自分も美月と同じだ。

 いい歳して自分の力に、しかも仮初めの力、棚ボタ的な能力と言っていい程度のモノに酔いしれた。

 良二たちに偉そうに説教してる自分を恥じ、自分に腹が立ってくる……

 誠一の眼に、顔に、イヤな影が降りてくる。

 そんな誠一を見つめつつ、メイスは窓のカーテンを少しめくり、外を確認した。

「……そろそろ到着ですわ。クロダさま、この話はまだ殿下と私、そしてロゼしか知りません。とりあえず、この事は我らだけの秘密と言う事で。キジマさま方にも、当面ご内密に……」

「……承知しました」

「ホーラさまのご降臨は、おそらくは7~10日後あたりとの事ですので詳細はまた……。それに今晩は、クロダさまの遠征成功を祝っての宴が催されますので、堅い話は明日以降と言う事で」

「それは……身に余るお心遣い、感謝いたします」

「それと……」

 と、ちょっと下世話な視線を誠一にくれながらメイスが続ける。

「シーナが張り切っておりましたよ? 『主様におかえりなさいませと、立派にお出迎えします!』ですって。フフ、ずいぶん慕われたものですね」

「まあ、悪い気はしませんが……同世代の男性と良縁に恵まれれば、とは思ってますよ」

 誠一は苦笑しながら言った。メイスはさらに意地悪く、

「彼女はそれで納得しますかしら?」

と、押し込んでくる。

「勘弁してください。娘か、それより下の世代ですよ?」

 誠一は苦笑を更に深め、首を振った。

 などと先程の重い話題とは違う、軟らかい話で気を落ち着かせているうちに、馬車はフィリア邸に到着。誠一は、良二らと同じくフィリアたちの歓迎を受けた。


 誠一はフィリアに報告と、出迎えのお礼を述べ終わると邸内に入った。

 そこで、

「お待ちかねですよ」

フィリアに耳打ちされ、前を見ると、そこには右侍女長補のラーク・パトリシアに付き添われたシーナが待っていた。

 自分の出迎えのため、しおらしく待っている姿に誠一は、もしもこんな娘が居たら……と、つい想像してしまった。実にいじらしい。

 故郷にいる息子二人も十二分に可愛いが、娘も居たらそれはそれで溺愛してしまいそう。誠一は、そんな気持ちを抑えきれないだろうと思わざるを得なかった。

「まだよ、まだまだ」

 何やらラークがシーナに耳打ちしている。ちょっと、いぶかしげに思いながらも誠一はシーナの前に進んだ。

「ただいま、シーナ」

「あ……主様……」

 ちょっと上ずってる。

「お、おかえりなさいませ主様。無事のご帰宅、シーナはうれしゅうございます……」

 肩の震えが大きくなったような?

「ありがとうシーナ、お前も元気そうで何より……」

「主様!」

「だめ!」

 ガバッ! 

 おおよその予想通り、シーナは誠一の胸に飛び込んできた。獣人ゆえの俊敏さか、ラークの制止も虚しく空を切ってしまった。旅の疲れもあり、シーナの勢いを止めきれず、彼女を抱きかかえるような格好で後ろに転んでしまう誠一。シーナの銀の髪が、白い頬が、吐息が誠一を包む。

 決して小柄ではないシーナの体重がのしかかってくるが、なぜだろう? ふんわりと覆われる様な、癒される様な感触に、誠一は自分でもわかるくらい、驚きを隠せずにいた。

 悪い気はしないが、フィリアをはじめ、多くのメイドたちの目もある中、これほど情熱的に抱きつかれては流石に誠一も照れてしまう。新婚の頃でさえ、これほどの経験はなかったし。

「これ! せめて部屋まで(こら)えなさいと言ったでしょ!」

 ラークの叱責が飛ぶが、シーナは幸せそうに誠一の胸に頬ずりしていた。

 とはいえ、ずっとこのままと言うワケには当然行かない。しがみ付くシーナをラークたちに引っぺがしてもらい、誠一はメイスに手を引かれながらなんとか立ち上がる。

 と、同時に、今度はシオンが耳打ちをしてきた。

「只今キジマさまに、ご入浴の案内をしてまいりました。クロダさまもすぐ、お入りいただけますが……」

「ああ、ありがとう。部屋に着替えを取りに行ってからいただくことにするよ」

 シオンにそう答えると誠一は、ロゼたちや尚もしがみ付くシーナと共に部屋に向かった。

 自分の部屋に着くと、ちょうど風呂からあがった容子・美月とバッタリ鉢合わせ。彼女らは荷物を自室へ運んでいる最中であった。

「あ、隊長! おかえりなさい」

「おかえり黒さん!」

「よ、ただいま! てか、なんだよ? なんで俺の部屋から荷物運んでんだ?」

「へへへ~、お風呂の用意ができるまで、黒さんの部屋でみんなで駄弁ってたから~」

 と美月。

「ったく、やれやれだな。じゃあ良の荷物もか?」

「うん、そのまんま」

 それを聞いて、ロゼが提案。

「ではキジマさまのお荷物は私どもで運んでおきましょう。サラ、合いカギは持ってますね?」



 良二は当初、カラスの行水よろしく、すぐに部屋に戻ろうと考えていた。だが、体を洗いながら少し再考する。

 今日の入浴は遠征の汚れと疲れを洗い流すのが目的だ。

 それなのに、あっという間に出てしまっては、却って怪しまれるのではないか?

 当初の予想よりは早かったか、と思える容子・美月の入浴とて、やはり小一時間はかかっていたはず。

 せめて30分近くは入っていないと……が、ライラの事を考えると気が気ではない。

 こうしている間にもライラは発見されてしまい、良二が戻ったころには既に連行されているなんてことも……

 うう、1分が長い。1秒が長い……

 どう言うわけか、この風呂の温度は常に適温を維持している。

 温くも無く熱くも無く、それこそいつまでも微睡(まどろ)んでいられるのではないか? と思えるくらい快適である。

 さすが魔法風呂。「熱くてのぼせそうだったから~」などという言い訳も使えない……

 とかなんとか纏まらない頭で色々考えていると、入り口から足音が聞こえてきた。

 ――誰だろう? 俺が入っているのはメイドさんたちには周知のはずだから、入ってくるとしたら……

「よお、お疲れ~」

 やっぱ黒さんか、もう帰ったのか。って別れてから二~三時間は既にたっているかな?

「黒さん、お疲れさんです。意外と早かったね」

 何とかライラの事は気取られないよう取り繕う良二。

「ああ、早馬の報告もあったし、特に2師ではホント、あいさつ程度だったからな」

 掛け湯し、身体を洗い始めながら誠一も答える。

「何か言われたりした?」

「んー、2師の反応はまあ、ステラ大尉たちとあまり変わらなんだかな。魔導団は軍の鼻を明かしたみたいで好意的な感じを受けたなぁ。軍と魔導団で多少の軋轢はあるみたいだよ」

「どこにでもあるんだね、そういうの」

 ライラのことを気にしつつ、出るタイミングを計りたい良二であったが、不自然にならないように、ある程度は話を合わせなければならない。風呂で火照った体に心臓バクバク状態なのを、良二は無理くりな深呼吸で治めようとするも血管に余計に負担をかけそうだった。

「内部でも部署ごとにそういうのは付きもんだからなぁ。まあ、軍や役所に限ったことじゃねぇが、俺たちとしちゃあ、そう言うのには巻き込まれんように気を付けたいところだな。ああ、魔導団の副司令は俺たちの身の上の事は知ってたよ」

「そうなんだ」

「改めてみんなには話すつもりだが、連中の話を聞く限り、アデスになんらかの変化が起こってるみたいだな。おそらく俺たちに関係してくる何かだ」

 誠一は体を洗い終え、頭から湯をかぶった。

「変化?」

「ああ。ほれ、宿でも少し話したろ、魔獣の連携? 副指令もその辺、気になってるらしくてな? こちらとしちゃあ対魔獣戦は初めてだったからな。初めに言って貰えてりゃ、もう少し観察も……いやまあ、それは後にするとして、とにかく今回はみんな無事に帰れた事には安堵してる。ホントご苦労だったな」

と、誠一は湯船に入りながら良二を労った。

「美月や容子も頑張ったよね」

「ああ、後で褒めてやらんとなぁ。あ、それとな良……これはべつに……(とが)めるつもりで言うんじゃないんだが……」

「え? なに?」

「大仕事終えて気を抜きたくなる気持ちはわからんでも無いんだが……殿下の屋敷に世話になってる者として、帰るそうそう女の子を部屋に引っ張り込むってのは如何なものかと……」

「失礼します!」

 ドバッシャアァーン!

 良二は聞くが早いか、どこぞの宇宙戦艦が海から勢いよく発進したシーン以上の水飛沫を撒き散らして湯船から飛び出した。

「お、おい! だから怒ってるわけじゃ……」


 ――やっぱバレたー!

 魔素ブースト全開! 誠一の半ば諭すような声を尻目に、音の速度か光の速さか、凄まじい勢いで服を着て、これからは韋駄天良二とでも呼んでやりたくなるくらいのスピードで良二は部屋にすっ飛ぶがごとく走っていった。廊下を走行中、すれ違ったメイドさんのスカートのすそが風圧で捲れ、きゃっ! と言う悲鳴が後方で聞こえた気もする。「あとでなんぼでも謝ります、今は堪えて下さい!」と心の内で謝罪しながら良二は自室へ向かって爆走した。

 部屋に到着し、肩で息をしながら部屋に入ると中ではベッドに座るライラを囲む形でロゼ、サラ、シオンが立っていた。

 三人とも、自分を見る目が氷みたく冷たく感じるのは、良二の勘違いではあるまい。

 そんな良二の心境を知ってか知らずか、ライラは良二の顔を見ると、おかえりぃ~とでも言いたげに笑顔で手を振って来た。

 空気読めよ! とばかりに頭を抱える良二。

 ガタ! 

 物音に気付いて後ろの扉の方へ振り向くと、駆け付けた美月と容子が入口から顔を出してこちらを覗いていた。

 この状況を眺めながら、美月は細目でニヤニヤと良二を見てるし、容子は良二と目が合うや「フン!」と立ち去ってしまったし。

「キジマさま、こちらへ!」

 そんな中、ロゼが良二の腕を引いて部屋の隅へ。

「あ、あのですねロゼさん?」

「キジマさま! キジマさまのプライベートや嗜好等には、私どもはどうこう言う権限を持っているわけではありませんが!」

 ロゼは釈明したい良二を無視して、声を抑えながらも一方的に捲し立て始めた。

「女性をお連れになられる時はせめて一言、私共に仰っておいてくださいな! 我々にもそれなりに配慮というものが必要になってきますので! それに先だってもサラが申し上げた筈ですが、女性をご所望ならちゃんとした所からご紹介いたしますし、不本意ではございましょうが派遣する側にも貴族、もしくはそれに準じた方々用の『格』というものがございまして!」

「違います! 違いますから!」

 がんばれ良二くん。

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