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凱旋

 良二ら魔導団特別遊撃隊は、昨日テクニアの街を出立する時、住民からは拍手と歓声で見送られたが、ビサ隊の連中からはビミョーな目で見られていた。

 道中、ステラ達からも似たり寄ったりの目で見続けられ、良二たちはどうにも尻の収まり具合が悪かった。

 が、それも程なく終わる。王都はもう目の前だ。

「クロさん、見えて来たっすよ~」

 御者台のメアの声に良二らが前方を覗き込む。

 我らのホームグラウンド、懐かしの王都だ。とは言っても離れていたのは、たかだか1週間弱なのだが……

「何とか無事にこなせたね」

 王都方面を見ていた良二が座席に座り直しながら言った。

「やることはやったけど……やり過ぎたよね」

 と、容子が言うと美月が唇を尖がらせる。

「ぶ~、もう勘弁してよぅ」

 更に膨れる。

「まあ、最初から全てが上手くいくわけはないさ。とにかく目的は達せたし、何よりメアも含めて全員無事に帰って来れたんだから、成功と言っていいよ」

「えへ!」

 誠一の言葉にメアも思わずにこっと微笑む。

「ところで……」

 良二が王都到着後について切り出した。

「着いたら俺たちは、すぐ本部に戻っていいのかな? それとも師団に出頭?」

「着いてすぐ解散て訳には、いかないんじゃないかなあ?」

「お風呂入りたぁい」

「ステラ大尉は第2師団に所属してるから、師団司令部か連隊本部に報告に行くと思うっすけど、みなさんは魔導団司令部かな?」

「ああ、一度ステラ大尉と第2師団に寄って、そのあと魔導団にも行って報告してくる。お前たちは先に帰っていいよ」

「あたしたちだけ先に行っちゃっていいの?」

「ついてきても後ろに並んでるだけさ。それに大尉の隊の早馬で、概ね状況は把握してるはずだから追認と、ちょっとした説明だけだろうしね」

「帰りはどうするんだい?」

「辻馬車でも拾うよ。団本部周辺なら掴まえられるだろ」

「でも隊長だけって」

 容子が申し訳なさそうに。

「それが隊長の仕事だよ、終わってからの後始末の方が多いのさ」

 誠一は笑ってそう答えた。これは陸自在隊中に聞いた隊長のボヤキなのだが、まさか自分も言う立場になろうとは……誠一は、妙に自嘲気味に笑いたくなってきた。

「多分、師団からお屋敷にも連絡が行ってるはずだから、出迎えの準備もしてもらえてると思うっすよ」

「すぐお風呂入れるかなあ!」

「あんたそればっかりね」

「容子も入りたいでしょお?」

「そりゃもちろん!」

「その前にフィリアさんに挨拶しなきゃ。無事戻りましたって」

 良二がまとめて、全員が頷いた。


 王都の正門をくぐり、出発日に集合した場所で、ステラの歩兵、冒険者、遊撃隊は一旦解散し、それぞれの帰途についた。

 誠一はステラについて団本部に赴き、良二たちはフィリア邸に向かった。

 良二の乗る馬車の荷台から見える景色は屋敷に近づくにつれ、なじみの街並みになっていく。

 その内のひとつ、フードエリアを含む商店街の近くを通った時、良二は視界に入る街並みの中で、フッと紅い髪がなびくのが見えた気がした。

 ――ライラ?

 体を起こして見直してみる。が、そんな髪の者は見つけられなかった。

 錯覚か? 会うのはフードエリア周辺ばかりだったし、知らず意識してしまうのか?


 燃える様な紅い髪のライラ。

 フィリアの屋敷関係者以外で、初めて知り合ったアデスの人。何故か外出するたびに出会う人。

 そう言えば彼女には最長15日と言ってしまったから、こうも早く帰って来たとは思うまい。

 明日は休日になるだろうし外出はするかもしれないが、さすがに4度連続の偶然は難しかろう。2度あることは3度まで?

「どうしたの? 誰か知合いでもいた?」

 容子が聞いた。

「あ、いや、誰も。見間違いだな」

 そう答えながら良二は座席に座り直した。


 メアが言っていた通り、フィリア邸には既に一報が入っており、良二たちが到着するのをフィリアを含む総員が出迎えに出てきていた。

 使用人たちが拍手で出迎える中、馬車が玄関に横付けされる。

 良二は容子らと馬車から降りるとフィリアの前に赴いて整列、その後一礼。

 そして誠一の代理で良二がフィリアに帰隊の挨拶。

「魔導戦闘団特別遊撃隊木島中尉以下3名、随行員1名。討伐任務を終了し、只今帰還いたしました。黒田隊長は魔導団司令部へ報告の後、帰隊します。わざわざのお出迎え、ありぎゃた!」

 噛んだ。噛んでしまった。「ありがとうございます」が「ありぎゃた!」になってしまった。

 この挨拶、良二は誠一にテンプレは教えてもらっていたし、何度か練習もしておいたが何分にも慣れていない。この手のスピーチ等は、今まで全く縁のなかった事なので最後の方でついに噛んでしまった。

 ここで誠一なら、ここまでよく頑張った、えらい! と言ってくれるだろうが、容子・美月は容赦なく首を横に振った。メアも苦笑いである。

 フィリアは、あまりかしこまらずに、と前置きして、

「皆さま、此度の討伐任務、本当にお疲れ様でした。本作戦下での皆さまのご活躍は司令部からも聞き及んでおります。皆さんと寝食を共にするものとして、とても誇らしく思いますわ。さあ、中へ。旅の疲れを存分に癒してください」

と、労いの言葉をかけた。

 フィリアに促され、良二は頭を掻きながら容子らとともに邸内に入って行った。

 後ろでメアも、ロゼやサラに労いの言葉を貰っているようだ。

 んでもって、

「主様、主様はいつ、お帰りに!?」

当然この娘も出てきますわな。

「シーナ、先程キジマさまが仰ったでしょう? クロダさまは今、団司令部に赴いておられると。もうしばらくはかかるわ」

 とロゼが諫める。シュン、と肩とケモ耳を落とすシーナ。

 そこへ、

「ふふん」

と、鼻息も荒くメアが近づいてきた。

 思わず、いや~な予感に眉間に力が入りかける良二ら。

「クロさんは第2師団へ挨拶に行かれた後、魔導団司令部へ報告に参られる。戻られるのは夕刻になるだろう。それまでおとなしく待て」

 などと如何にも上から目線で言うメア。

「わかっております! て言うか何なんですか、主様をクロさんなんて気安く! 例え先輩でもそんな無礼は!」

 シーナが必死で訴えかける。が、メアはにへら~と、これがまあ実に小憎たらしくも余裕の笑顔を浮かべよって、

「も~ちろん、あたしもそんな無礼は出来ないって言ったんだけどさぁ。そう呼べって直々に言われちゃってさぁ。ク・ロ・さ・んと呼べって、ク・ロ・さ・ん・に~!」

と来たもんだ。

「う~~~~」

 歯ぎしりしてうなるシーナ。

 思わずこめかみに手を当てたくなる良二ら3人。

「なんたって6日間も同じ屋根の下で寝泊まりしたもんでなぁ?」

「が!」

 と、これはさすがに容子が口を出す。

「同じ宿ってだけ、別室よ」

「でもまあ、同じ屋根ってェのは嘘じゃないしぃ、アハハハハ! んじゃお先に休みま~す、お疲れ!」

 と、メアは意気揚々と自室へ向かっていった。

 対して、悔しさで涙目になってるシーナはメイスに促されて仕事に連れて行かれた。

「メアって、あれで一歩リードしたつもりかなぁ」

「黒さん、また余計なの抱えたもんだな~」

「身から出た錆だけどね……」

 作戦が成功裏に終わった割に、暗雲立ち込める遊撃隊本部であった。


                ♦


 そのころ誠一は第2師団への挨拶を終えて、今は魔導戦闘団司令部に赴いていた。

 司令は不在だという理由で誠一は副司令に報告を行うことになり、作戦経過や状況などを簡潔ながらも一通り説明した。

 終える時、報告を聞いていた副司令であるドーザ少将の顔色が余り思わしく無さそうと踏んだ誠一は、今回の不適際――勇み足の件について先手を打って詫びを入れようと考えた。

「……以上が本作戦実行報告となります……つきましては、我が隊の隊員の1人が状況を把握せず、抜け駆けの如き行為により、ステラ・ビサ両大尉、及びその配下の方々に芳しくない感情を抱かせたおそれある事、私の指導力の欠落であり不徳の致す事として猛省する次第で……」

 と報告に付け足す体で謝罪の意を差し込んだところ、

「それはよい!」

ドーザは誠一の言葉を遮った。

「連中は我ら魔導士を遠くから詠唱するだけで前線には出ぬ腑抜けと抜かす者もおる、たまには良い薬であろう。些か派手過ぎたかも、だがな。が、それよりもだ」

 ドーザは背もたれに背を預け座り直し、報告書を手に取って、

「貴官、今回会敵した魔獣に何を感じた? 何か感じなかったか?」

と誠一を睨むように凄みを利かせた。

「……それは私個人の感想……でよろしいのでしょうか?」

 誠一はそう答えながら、ちらりとドーザの従者を見た。

「彼も貴官の身上を知っておる、遠慮はいらん」

「は、それでは……」

 ドーザに諭され少しお辞儀をしたあと、誠一は所見を述べ始めた。

 そう、討伐終了後の宿の夜。良二と話していて美月の乱入で途切れた、あの話を。

「私は、アデス(こちら)に来るまで魔獣というものには何の予備知識も無かったわけですが、今回相手をした象猪、一角兎、狼牙、狂黒熊、牛頭鬼。この中で単種類で行動していたのは象猪のみでした。が、他の4種は拠点を同じくし、足並みを揃えて攻撃してきており、強弁させて頂ければ、連中に指揮系統が存在し、戦略をもって行動したのでは? という疑いが払拭できません。我が故郷の地でも野獣が異種族と連携し、組織立って攻撃・防衛行動に出るというのは例外はあるのかもしれませんが、ついぞ見たことがありません。それが魔獣の特性であるなら私の単なる勘違いにしか過ぎませんが」

 知能を持たないはずの魔獣が、同族ならばともかく、てんでバラバラの種類が目的を一つにするかのような集団行動を取っていた事は、誠一には引っ掛らずにはいられない。

「いや、今まではこちらでも野獣・魔獣問わず、異種族の連携などというものは無かった。同じ獲物を狙って同時に襲うと言うのは有るだろうがな」

「やはりそうですか……あるいはアデス特有の傾向なのか? とも考えたのですが」

「実はここ最近、そのような意見、報告が散見される。大体の者は魔獣にそんな知能など、と言って歯牙にも掛けんのだが……」

「もしも魔獣に変化……いや、進化のような現象があったとしたら……」

「……杞憂であればよいがの」

「ビサ隊の予想外の損害はそれを踏まえず従来の方法にこだわったのが一因……?」

「今までの戦術・戦略が全く通じなくなると……」

 2人の会話を聞いていて従者もボソッと呟いた。

 ドーザはそんな従者をちらっと見た後、椅子から立ち上がり窓際に歩を進めた。

 誠一よりも威勢のいい下腹も、高級将校の威厳に見えるのは、誠一が元自衛官だからだろうか?

「もしもその原因が、例の魔界からの要請に噛んでいるとしたら……」

「閣下は内容をご存じで?」

 誠一の問いにドーザは首を軽く横に振った。

「その時が来れば知らせる、と言われている身だ、貴官と同じようにな」

「……」

「とにかく今はどんな小さな変化であっても掌握することだ。ここのところ、過去の討伐報告を洗い直しているのだが、魔獣の動きの異変を疑われる事象は半年以上前にも見受けられておった。ほとんどが偶然、若しくは稀な現象として片付けられていたが……小虫の一穴から堤が崩れることもあるように、国防にはどんな小さな可能性も無視するべきではないと私はそう思っている」

「同感にございます」

「望まぬ召喚に巻き込まれた貴官には不本意であろうが、我が団預かりとなった限りはエスエリア王国の繁栄と安全を第一に考えてもらう。このことは同じ身上の貴官の部下にも徹底してもらいたい」

 窓の外を見つめるドーザ。だが、見ているのは景色ではなく窓に映っている誠一である。

「……閣下」

 また誠一も、同様に映るドーザの目を見て答えた。

「部下を含むこの身は、おそれ多くもフィリア第2王女殿下の庇護を受けている身でございます。故郷に帰るその日まで、我らが忠誠はエスエリア王国のためにあります」

 誠一の心情を聞き、ドーザは軽く笑みを浮かべながら振り返った。

「そうか……ふっ、すまんな、歳のせいか細かいことが妙に気になる。妻からは『お腹のお肉のように堂々となさいませ』などと皮肉られる有様でな、ははは。そう言えば貴官は結婚はしておるのか?」

「妻と二人の息子が……」

「そうか、心配だな……」

「いえ。必ず帰れると、フィリア殿下のそのお言葉を信じておりますれば……」

「うん、これからも期待している。ご苦労であった」

「はっ!」

 誠一はドーザに敬礼し副司令室を後にした。


                ♦



 良二たち3人は仮本部である誠一の部屋に入ると取り敢えず荷物を置き、ソファにどっかりと身を預けて腰かけた。本来なら、すぐに荷物の片付けをして遠征任務完全終了となるのだが、その前にまずは一服。

「いや~帰って来たぁ~!」

「やっぱり、ここが一番落ち着くね!」

 などと、旅行から帰って「やっぱり我が家が一番ね~」とか言うお母ちゃんの様なセリフを吐きながら、美月らもソファに腰をかけると靴ひもを緩めて寛いだ。

 誠一がいたら、なんやらかんやらブー垂れそうな光景だ。

「ま、とりあえず今回の作戦は成功って事でいいよな」

「美月、張り切ってたね~」

「うん、作戦はミスなし! みんな狙い通り! 汚名返上たっせー!」

 美月ちゃんこの上なく上機嫌。いや、作戦以前の問題だろアレ?

「抜け駆けさえなければな~」

「も~、成功したんだし、お説教もタップリ聞かされたし、もういいじゃん」

「隊長は心配してんのよ。(つまづ)くのは調子出始めた頃にってのが一番多いって」

「わかってま~す」

 やれやれと容子と良二。とは言え、二人とも安堵の笑顔を浮かべている。

 紆余曲折があろうともメアも含めて全員が無事ここに戻ってこれた。

 まずはそれを喜ぶべきであろう。

「まあ、黒さんも褒めてたしね。ヤクザ戦で美月は魔法が出せなかった事を俺たちが思ってる以上に悔しがって、一生懸命勉強してたって。すごく訓練してたって」

「ホント?」

「ホントさ。あの人、あれでいて俺たちの事、よく気にかけてくれてるし」

「ん~、だったら嬉しいな」

 思わず頬が緩む美月。

「でもさ……」

 容子がボソッと。

「あたしたちはさ、隊長にもたれる事も出来るし、実際もたれてるけど……隊長にはそういう人がいないんだよね」

 良二も美月も、ちょい真顔になって考える。

「だな。俺なんかフィリアさんへの挨拶ですらあれだもん。これからも黒さんには依存しちゃうよな」

「あたしでも一緒だよぉ」

「甘えられる人がいればねぇ」

 甘えられる人……3人は想像してみた。

「お袋さんてわけにはいかないから、やっぱ同世代の女の人とか?」

「奥さん、いるんだよぉ?」

「でも異世界の事だしノーカンで……」

 う~ん……

「でも、愛人とか言ったって誰が?」

「シーナ……」

「メア……」

「余計ストレスたまりそうだな……」

 良二らと誠一では歳が離れすぎてるし、好みとか感覚とかがよくわからない。

 良二にとっては近くに寄られると、ちょっとドキッとしてしまう美月や容子でも誠一にとっては乳臭い(いい意味で)相手だし、だとするとシーナ達も、その範疇だ。

「やっぱ娼館?」

「サラさん、紹介してもいいみたいなこと、言ってたけどねぇ」

 あんな目で見といてか?

「良さん行ったことある?」

「ねーよ!」

 いきなり振るなよ!

「だよね~、童貞だもんね~」

 やかましわ! …………童貞だけど……

「ああいうのは営舎住まいの軍人とか、王都への出稼ぎ組が主に使うところらしいんだ。俺みたいな若造はハードルが高いんだよ」

「へ~、情報は集めてるんだ~」

「ステラ大尉の兵隊が言ってたの!」

 にやにやする美月、ブスっとする容子。どっちに振ってもメンドくせぃ。

 などと駄弁っていると、

 コンコン……

ノックの音だ。

「失礼します、マツモトさま、コバヤシさま、浴室の準備が整いましたので、どうぞお入り下さい」

 とエルフメイド――名前はシオン――が知らせに来た。

「「お風呂ー!」」

 言うが早いか、容子たちは着替えの入った雑のうを持って、目にも留まらぬ速さで飛び出していった。魔素ブースト全開か! つーくらい?

 ただでさえ女の風呂は長くなりがち。旅の汚れをしっかり落とすつもりだろうから、良二の番に回るまでは1時間はかかるだろう。

 と、そう言う訳で図らずもぼっちとなった良二くん。風呂が空くまでの間、荷物の整理でも……いや、やめた、今日はメンドくせ。

 どうせ明日は休みだし、ボチボチやればいいさ。

 大きな仕事を終えた充実感と、開放感。何もせず、無意味に時間を過ごす贅沢に(しば)し浸ってグダグダしてると、30分ぐらいはあっという間にたってしまう。

 この6日間は夜も昼も常にだれかと一緒にいたからか、昼間から1人っきりというのも久しぶりって感じがする。

 以前は、1人で長時間過ごす事には何とも思わなかったが、色々あり過ぎたせいか今は1人でいる方が違和感がある。

 ――寂しいのかな?

 アデスに来て以来、寝る時以外はずっと誰かがそばにいて、それに慣れてしまったからか?

 まあ、こうやって1人の時間を楽しむこともやっぱり悪くはないが……

 とは言え1人でここにいるだけでは手持無沙汰であるには変わりは無い。

 取り敢えず魔石ポットで茶を入れる。日本の頃と違ってエスエリアではジュースとか気楽に飲める清涼飲料の類はほぼ無いから、飲むものと言えば水かお茶ばかりだ。

「ヒマだね~」

 ――ああ、ヒマだ。だがそれがいい。

「手持無沙汰だね~」

 ――その通り、でも荷物の片付けも敢えてやりたくない、明日やればいい。

「さびしいね~」

 ――そうだな、話し相手でもいれば……

「じゃ、お話ししよっか~」

「はい?」

 ――声が……聞こえる? いや、この部屋は俺一人のはず!

 良二は声が聞こえた方に顔を向けた。

「やっほ~」

 目の前で紅い瞳が、やっほ~とか……紅い瞳……?

「ラ、ラ、……」

「ん~?」

「ライラ━━━━━━━━━━━━ !」

 ライラである。

 紅い髪、紅い瞳、紛うことなきあのライラが自分の後ろにいる!

 良二は驚いた。マジで口から心臓が飛び出しそうな位に驚いた。いや、なんでここに!? ありえん! 全くありえん!

 だってここは……!

「何よ、口から心臓が飛び出しそうな驚き方して? あたしの顔、なんか憑いてる?」

 翻ってライラはどこ吹く風である。キョトンとした顔で良二を見詰めている。

「ラ、ラララ、ライラ! なな、ななな何でこんなところに!?」

「来ちゃった!」

「き、来ちゃったじゃなくて!」

 なんという軽い返事……

 そう、ここは曲がりなりにもエスエリア王国第2王女の居城である。この国の最高権力者の一族が住まう敷地内である。来たいからと言って、おいそれと入れる所ではない。

 外壁には常に動哨が歩いてるし、三つある門は近衛隊から派遣された兵が警衛任務に交替で上番している。そんな簡単に潜り抜けられる警戒網ではないはずだ。いったい……

「どうやって入ったの!」

「まあまあ、あ、お茶もういいんじゃない? ごちそうしてもらっていい?」

「あ、まあどうぞ一杯……じゃなくってばよ!」

「とにかくお茶飲んで落ち着こうよ~」

 マジ、屈託のない笑顔である。で、勝手に茶をカップに平然とした顔で注ぎだしよるライラさんであった。


 マズい。

「え? 結構イケるよ、このお茶」

「や、そうじゃなくて……もう、ホントどうやって入ってきちゃったの!?」

 仮にも王族の住まう屋敷の敷地内に許可を得ていない者の侵入を許すなど、今日の警衛隊長は減給や降格ではすむまい。

 ましてやそれが原因でフィリア本人に何らかの危害が及ぶようなものなら、警衛隊のみならず上層の師団長すら良くて左遷、下手すりゃ免職。それくらいは学生の良二でも想像できる。

 マズい、非常にマズい。

「だから美味しいって。そりゃ上には上があるけど……そうそう、あたしの友達にメルってのがいるんだけど、これがお茶にうるさくてさ~」

「お茶の話はいいから! ホントにどうやって入ったの!? 門には警衛がいたし、途中も動哨兵がいたはずだし!」

「馬車に乗ってたよ?」

「は?」

「馬車だよ。フードエリアでリョウくんが馬車に乗ってるの見つけてさ」

 あ、あの時の紅い髪。やっぱりライラだったのか。

「声かけようと思ったんだけど女の子と一緒だったしお邪魔かな? と思ったもんで~」

 そういう気は利くんかい! なら不法侵入にも気を利かせろよぉ!

「でもリョウくんの家とか知るチャンスかなと思って、裏路地から回り込んで、馬車がカーブで速度落とした時に潜り込んで、荷台下にへばりついてたんだよね~」

 それ乗ってると言わない……つか、何ちゅう行動力、何ちゅう握力……

「んで、兵隊さんもリョウくんに敬礼してたせいか、馬車の下とか見てなかったみたいだし~。玄関でも拍手喝采だったでしょ。大手柄でも立てたのかな~? リョウくんすごーい! ってわけで、みんながリョウくんに注目してるうちにスルスルっと」

 く~、結局警備の不手際は変わらんか~。ますますマズい! 警衛隊も勿論だがメイスさんらメイドたちの目を掻い潜るなど!

 こんな、いとも簡単に身元不明人物に侵入されたなど、あの使命感の強い戦闘メイドたちが知ることになったら……

 最悪、彼女を闇から闇へ葬って「無かったこと」にされてしまうかも? いやいや流石にそれは……しかしあるいは……?

 うぬ~、もうどうすれば……こんなとこ、誰かに見られでもしたら万事休す……

 などと頭をチンチンにして、緊張の糸を張り詰めながら、どう辻褄を合わせるか考えているところ、

 コンコン……

と、突然ノックの音が響いた。

 いきなりの不意を突かれたノックの音。それは良二の耳には、まるで直下に落ちてきた雷鳴の如く木霊した。

 またしても心臓が口から飛び出すほど驚いた良二は思わず「ほがぁ!」とか叫び声をあげてしまった。

「あ、あのキジマさま?」

 やばい! 誰か来た! 

 良二はライラの手を取って立たせると、誠一の定位置である隊長席の机の下に連れて行って押し込んだ。

「ちょ、ちょっとなに?」

 戸惑うライラに、

「ごめん、今だけ! 今だけここで隠れてて!」

と謝りつつ、不満そうな顔するライラに良二は目の前で手刀を切りながら懇願した。

「はい、どうぞ!」

 扉に向かって答える。

 間もなく扉が開き、先程のシオンが顔を出した。

「失礼します。どうかなさいましたかキジマさま? 何か口から心臓が飛び出て来そうな声が聞こえましたが?」

「あ、いや、ちょっとウトウトしてたもんでビックリしちゃって……」

 そのうち、マジで飛び出すかもしれない。

「で……で、な、何かな?」

「はい、浴室が空きましたのでお知らせに……」

「そ、そうなんだ、ありがとう! へ、部屋に着替え取りに行ってからおフロ行かせてもらうよ!」

「かしこまりました、では……」

 シオンはスッと扉を閉め、去っていった。

 ハアアアァァァ! 

 と、良二はいつぞやの誠一に負けないくらい盛大な溜息をついた。

「なによ~、いきなり~」

 そんな良二の気も知らず、机の下からひょこんと顔出す能天気なライラである。


 さて、これからどうしたものか? 風呂に行くと言ってしまった以上、行かなきゃ怪しまれる。

 かと言って、ライラをここに居させては、やがて容子たちが戻って来て鉢合わせだ。となると選べる選択肢はほとんど無い。

 良二は部屋の扉をそうっと開けると、周辺に誰もいない事を確認し、ライラを手招きして呼び寄せて、忍び足で隣の自分の部屋に移動した。

「ここがリョウくんの部屋? すごいね~。わあ、大きなベッド! それ!」

 入るなりベッドにダイビングするライラ。全く何の遠慮も緊張感も無い。

 良二もあまりぐずぐずとしてはいられない。まずは風呂に行かなければならないが、その間ライラは……

 この部屋でじっとして貰うしか無そうではあるが。

「ライラ、返事しちゃったから俺は風呂に行かなきゃならない。戻ってくるまでの間、君にはここでじっとしていてほしいんだ」

 何か打開策を練らなければいけないのは重々承知だが、今、選択できる方法は自室(ここ)で匿う以外は無い。まずは風呂から出るまでは、彼女の姿を家中の人の眼から避けなければ!

「お仕事の後のお風呂は気持ちいいもんね~。うん、ちゃんと大人しく待ってるからごゆっくり~」

 人の気も知らぬげに、ライラは相変わらずのマイペースである。

 とりあえず良二は着替えを用意し、風呂へ行く準備をした。

「出来るだけ早く帰ってくるから。カギは掛けておくし、誰が来ても返事しないようにね!」

「うん、わかった! いってらっしゃ~い」

 ライラは絵に描いたような屈託のない明るい笑顔で手を振りながら良二を送った。

 お気楽にもほどがある! と、良二も思わざるを得ないが、同時にどこかで、ほっこりしている自分にも気が付いた。同世代の女の子にお見送りされる事など、当然のことながら良二にとっては初めてである。

 遠征前の誠一の言葉ではないが、自分の帰りを待ってくれる人が居る……彼の言っていたのって、こういう事なんだろうか?

 に、しても、もうちょっと穏便に経験したかったものである!

 などと思いつつ、良二は浴場へ急いだ。

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