テクニアにて
エレファントボアによる深夜の襲撃を受けはしたが、良二たち討伐隊は予定通り、翌日にテクニアの街に到着した。
人口700人ほど、良二たちの感覚からすると村に近いのではないかな? と思われたがアデスの社会状況からすれば立派に町である。
町の中央広場に馬車を進め、小隊はそこの一部に天幕を貼り、歩兵たちの寝所を展開するための作業に入った。
その近くに宿屋があり、ステラと副官、従者はここに寝泊まりする。
良二ら遊撃隊は、全員が尉官以上なので同じく宿屋が手配されており、そこで泊まるこになった。冒険者はパーティごとに宿屋を選んだり天幕を選んだりだ。
良二らには3部屋があてられた。個室1、2人部屋2である。
さて問題です。男女比も考えて最も良い部屋割りは何でしょう。
「あたしが個室なんて、そんなもったいない!」
個室はメアに、と本人以外の意見は一致した。
「個室は隊長たるクロさんが使うのが当たり前でしょ!」
「仕方ないじゃん、黒さんが個室だと一室は男女一緒になっちゃうもん」
「あたしは構わないよ! なんならヨウコさんたちの部屋の床でも!」
美月とメアがやり取りする中、そこに良二も参加。
「メアはフィリアさんの好意で同行してもらってるんだし、そう言うわけにはいかないよ」
「じ、じゃあ仕切りを立ててリョウさんと同室で……」
「ダメに決まってるじゃない!」
容子が大声出して叱咤する。
「年頃の男女が同じ部屋で寝起きとか絶対ダメでしょ! 良さんだって健康男子なんだから!」
「確かに健康男子だろうけどさ……」
こういう時の、いわゆる健康男子は、必ず良からぬ事をすると言う前提で話が進むことに承服しかねるも、何か言ったところでロクな結果にはならない、と容易に想像がつくから押し黙っておく良二くん。
「ましてや天然ケモたらしの隊長と一緒なんて言語道断!」
「ちょっと待て! 天然ケモたらしとやらについて詳しく!」
薄々自覚しているだろうけど、認めたがらない誠一であった。
「あきらめなさいよぉ、遊撃隊全員の意見よ」
美月がそう言うと猫耳垂れてショボーンするメア。
「でもぉ……」
「容子と美月、俺と良、個室はメア! はい決定、隊長命令だよ」
「……はぁい」
命令とまで言われりゃ、結局折れるしかないメアであった。
部屋に荷物を運び、身辺整理も終えた後、宿屋一階の食堂で明日からの掃討作戦の打合せが行われた。
軍はステラと副官、冒険者からトロイマンとその他1人、誠一と良二・メア、町の自警団団長に、テクニアの領主アンドー伯爵配下の派遣隊2名が出席した。
会合は最初から、あまり穏便とは言えない雰囲気で始まった。
「ステラ大尉。遠路はるばる良くお越し頂いた、と述べたいところだが、兵員が少なすぎるのではないですかな? アンドー伯爵からは中隊規模の要請が送られた筈なんですが?」
伯爵領派遣隊のビサ大尉が、冒頭いきなり不服を申し立てた。
良二はその辺りは詳しく聞いている訳ではないし、軍議と言うものも参加するのは初めてなので、険悪と言えそうな幕開けにちょっと萎縮。
「ビサ大尉、事情は重々承知しているつもりですが、王都軍にしても各地からの支援要請はひっきりなしでして。今回の件でも魔導団や冒険者の協力を得て、ようやくこの規模でしてな」
「お言葉だが、そちらの事情に関してはこちらの知るところでは無い。とにかく獣の数、規模共に記録破りな現状で、最低限必要とした要請であったのです。それが1/3程度の兵員では」
「しかしながら、先程ステラ大尉が言われましたように、これで精いっぱいなのです。この人員で最大限の結果を出す努力をするしか」
ステラの副官、マーボ准尉が創意工夫するよう促す。だが、
「口で言うほど楽に事が運ぶのなら、誰も苦労せんわ!」
バンッ!
怒りに任せるが如く、ビサはテーブルを思いっきりブッ叩きながら怒鳴った。ビサの怒声に、他の客らの会話も凍り付いてしまう。良二も股間の辺りが、ちと縮み上がった。
怒鳴るビサは憤懣やるせない、どこかに捌け口を求めたがってる、そんな口調だ。
「例年に比べてどれくらい違うんだい?」
トロイマンが、兵同士の鞘当ての気を反らす狙いも含めて自警団長に聞いた。
「はあ。普段、この辺りは魔獣被害は少ない方で、出ても一角兎や狼牙、象猪がせいぜいで、自警団でも何とかなってたんすけど……」
知らない魔獣らしき名前に、良二がメアに小声で「どんな魔獣?」と聞いた。
メアの答えを噛砕くと、一角兎は良二の知るファンタジー物で例えるとアルミラージっぽいウサギ型、狼牙はフェンリルのような狼系みたいである。
「3か月ほど前は狂黒熊が牧場の家畜を荒らしたりしてて……狂黒熊なんぞ、生まれてこの方初めて見たっす。それに一角兎や狼牙は数も多く、例年の4倍かそれ以上で」
「なるほど、一角兎などは大して手強くは無いがすばしっこいし、数が多いと面倒だな」
「失礼ながら……」
と誠一も割って入って質問する。
「ビサ大尉の隊の損害は如何ほどですか?」
誠一の問いかけにビサはその髭だらけの顔を一瞬ムスッとさせたが、
「最初は1小隊50名だったのが死傷者18名。もう1個小隊を増員したが23名が倒れた。狂黒熊に加えて牛頭鬼まで現れましてな」
と答えてくれた。
牛頭鬼と言う言葉には、ステラやトロイマンも顔をゆがめた。よほどの大物なのだろうか?
「4割……ひどいものですね……」
「だから、中隊規模が必要だと言ったんだ」
シンと静まり返る一同。4割の損耗は、隊の全滅を意味する数字である。
それ程の損耗を出させる相手との苦戦。それ故の中隊派遣要請だったにもかかわらず、半ば無視されたワケで、先程の怒りも止むを得ぬと言ったところであろうか。
「とにかく我々は明日の朝から偵察に行ってみます。自警団の方々には、出没する場所に案内をお願い致したい」
「はい、それはもう」
ステラの要請に、自警団長が案内人を出す事を了承した。
「巣になってるところがあるんでさ。ダンジョンて程じゃねぇですけど、そこそこ深い洞窟があって、そこで寝泊まりしてるみたいなんで」
団長が軽く説明し、ビサもそれに続く。
「最初は一角兎が出てきて迎撃すると穴に戻っていったんだ。当然追撃するわけだが、穴から今度は狼牙が飛び出してきて……隊の陣形が崩れると狂黒熊が襲ってくる」
「…………洞窟、か……」
「次は兎が飛び込むと同時に洞窟入口から内部を火焔魔法で薙ぎ払おうとしたんだが、牛頭鬼が突進してきて逆に払われちまった!」
それを聞いて誠一もステラも目線を落とした。手塩にかけた部下たちが倒れていく光景は、例え他所の部隊であっても見たくはない。
そうならないためにも、とにかく必要なのは情報である。
誠一は明日の偵察には自分も同行する旨、ステラたちに伝えた。
「あたしも行く!」
「なら、あたしも!」
「クロさんが行かれるのなら、あたしが行かない選択肢はないっす!」
女性陣ノリノリである。士気が高いのはまことに結構なことではあるが……
「明日はまだ偵察だよ? 全員、雁首揃えて行くことないんじゃ?」
と、良二が諭すものの、特に美月は収まらない。
「でも、昨晩みたいに襲撃されないとも限らないでしょ! あたし、またドジこいちゃったし! せっかくの汚名返上の機会を~、何で起こしてくれなかったのよ!」
昨晩のことをまだ根に持ってるらしい。だが、すっかり忘れていたなどと言える訳も無く……
「あれだけ騒げば起きると思っててなぁ」
適当に誤魔化す誠一。
「それはそんだけ、あたしが鈍いって事ぉ~?」
うん、これは何言っても駄目なやつだ、下手なフォローは藪蛇である。
偵察行動への参加、誠一は受け入れざるを得なかった。
「イエィ!」とサムズアップし合うする容子たち。
「でもいいな? 前から言うように、俺たちの勝利条件は生き残ることだ。日本に帰る日までな! 極端な話、魔獣討伐に失敗しても必ず生き残る! それだけは肝に命じろ!」
「はい!」
根負けした感はあるものの、肝心なところはちゃんと押さえようとする誠一。
それに応じながら、より一層奮起する女性陣。それを見て良二も負けていられないと、自然と気合いが入ってくる。
「あ、そうだメア。この街で木炭は手に入るか?」
「木炭ですかぁ? あると思うっすけど。そんなもん何に使うんすか?」
いきなり木炭? メアではないが良二も、はて? と疑問に思ったが、さっきの合議の話題で出てきた魔獣の巣について思い出し、ピンと来た。
「頼むよ」
誠一が概ねの量を指示すると、メアは了解しました! と街中へ出かけて行った。
「……黒さ~ん。あのう、俺、何に使うか分かっちゃったんですけど……」
良二がマジですか? と言いたげな顔をしながら聞いた。
「いや、いっぺん試してみたいと思ってな~。お前もそう思わね?」
黒さん、なんか悪い顔してるよ~、と良二は思った。
翌日、討伐隊から選ばれた偵察班、良二ら遊撃隊5人に案内の自警団員、ステラと従者に、同じくビサら2人とトロイマンが、打合せ通り自警団員に案内されて、話題に上がった洞窟近くに前進した……のだが……
その洞窟の入り口は切り立った山肌の麓に有り、自警団長曰く地下水による長年の浸食で出来た鍾乳洞のようなモノらしい。
その周りには草原……と言うには荒れ地が多く、雑草その他が茂っている所も有るがとても草原などとは言えず、概ね荒野寄りに近い平地が広がっている。
遊撃隊はじめ、偵察隊はその洞窟から400mほど離れた所の岩場に身を隠しながら、周辺の状況を窺った。
しかしその後……
到着して幾許も時が過ぎないうちに、遊撃隊員とメア以外は全員開いた口が塞がらないまましばしの間、洞窟周辺を臨んで立ちすくむ事となった。
最初から予想外の展開だ。
良二ら遊撃隊を含む偵察隊は、魔獣らに気付かれないように息を潜め、周辺の観察を行い始めた。
洞窟入口辺りの監視・警戒役であろうか? 一角兎らが周辺をウロチョロしているのがすぐに確認できた。また、20頭くらいの一角兎が平原中央の雑草地で草を啄んでいるのも見えた。
ステラや誠一らは、まずはそれらの数や動きを、より細かく観察する気でいた。
どんな軍事作戦でもまずは情報を集め、それに応じて適切な作戦を立てなければならない。行き当たりばったりで会敵し、戦力の逐次投入などその場凌ぎのアホな手段は取りたくないものだ。
し か し
「うぉりゃああああ!」
魔獣がうろついているのを見るや、いきなり美月が飛び出してしまったのだ。
討伐に出る前から汚名返上を度々口にしていた美月が、正に好機と見たか、それとも昂る気持ちを押さえきれなかったのか、雄叫びを上げながら突撃したのである。
それを見ていた容子も、
「あんのバカー!」
と叫びつつも、美月のフォローに走り出してしまった。友人を放ってはおけないと言う気持ちは分かるが勇み足に過ぎる。
女の子2人が先行してしまっては、さすがに良二らも様子見と言うわけにもいかず、支援に出ざるを得ない。
ステラに詫びを入れた後、彼らにはそのまま待機を要請して誠一・良二も美月らを追いかけた。
「おらおらおらおらー!」
美月は目の前の魔獣に向けてバンバン火球を撃ちまくっていた。それはもう、辺り構わず、手当たり次第である。
その撃ち出される火球は、直径こそ大したことはないが連射速度が結構早く、まるで機関銃の如くであった。
現代戦では機関銃による掃射と言うものは、弾幕を張って敵の脚止めや頭を押さえるように使われるわけで、命中率はもちろん重視はされるが二の次の傾向にある。
だが、美月は標的が常に動いてるにも拘らず、次々に命中させていった。
掃射に近い撃ち方であるので全てをヘッドショットで、と言う訳には行かないが、火球の威力も相まって首、胸部、腹部、どこに当てても、ほぼ無力化には成功している。
天性のカンなのか、魔素ブーストか、これには実射経験のある誠一も舌を巻いた。
とは言え今までのうっ憤晴らしも、かなーり有り得そうで、良二にはいわゆるトリガーハッピーにしか見えない事もなかったが……逃げる奴は魔獣だ、逃げない奴は……略。
件の洞窟近辺に屯していた一角兎はあっと言う間に掃討され、残る個体は、ほんの数頭程度だった。
キュィァエー!
そんな中で辛くも攻撃を逃れた一角兎が、遠吠えの様な雄たけびを上げた。
それに呼応するように、洞窟から更なる増援の兎に加えて、狼牙の大群も一斉に飛び出してきた。その数は、狼牙だけでも30~40頭は下らない。
体高は1mを越え、体胴長も1.5m越えと、野獣の狼と比較しても大型な上、狼牙の名前通りサーベルタイガー並みの大きな牙を持っている。男の腕や脚でも食い千切られてしまいそうだ。
ガウ! ガウ! バウ!
威嚇しながら狼牙は二人を取り囲んで行った。間合いに入れば、一斉に飛び掛かって来るつもりであろう。
誠一は二人を援護するため、プラズマ放電による全体魔法宜しく、広範囲に届く雷撃の構えに移る。
だが今の美月と容子には、その必要は無かった。
「容子!」
「OK、いくよ!」
容子は錫杖の先から竜巻を作り出し美月に寄せた。
美月はその根元に自分の錫杖を重ね炎を噴出させる。
息を合わせた複合技、2人の錫杖から即興の火災旋風とでも言うべき、いくつもの炎の竜巻が噴き出してきた。
繰り出された炎の竜巻は互いに渦巻き合うように回り込みながら、向かってくる兎や狼をその激しい気流に巻き込んで次々と焼き払っていった。
竜巻に吸い込まれ、焼かれながら空へ巻き上げられ、落ち始める頃には既に大半が絶命するという、魔獣どもからすれば正に地獄絵図そのものであっただろう。南無阿弥お陀仏である……
グオオォォ!
次に突撃して来たのは狂黒熊だった。数は4頭。
熊どもは、身を焼かれながらも何とか一命をとりとめた狼らを無慈悲に跳ね飛ばしながら美月ら遊撃隊に突撃してきた。
迎え撃つ遊撃隊は、まず容子が土や砂利を巻き上げるように風を起こし、熊たちの視界を妨害した。
美月も負けじと熊たちの足元を狙って火炎放射器よろしく火焔を放ち、その前進を阻む。
容子・美月の攪乱攻撃が功を奏し、熊たちの突撃速度は途端に低下した。
怯んだ熊に対し、間髪入れず良二・誠一が迎撃、2人はウォータージェット剣と電離粒光剣で攻撃を仕掛けた。
誠一は熊の間をすり抜けざま、右の熊を居合のように切り抜き、返す刀でもう一頭に斬りつける。
良二は誠一より前へ出ると、最初の熊を水剣で袈裟斬りに振り下ろし、そのまま振り上げる形でもう一頭も切り裂く。
刀や剣は刃の方向を適宜変えながら振らねばならないが、良二の水剣も誠一の光剣も全方向が刃である。
斬りたい方向へ振りさえすればスパッと切れてしまうのだから素人の良二、一線から引いて久しい誠一にとっては有り難い事であった。
そういう利点も相まって剣を起動させてから8~10秒、あっと言う間に熊4体の骸が出来上がり、荒地の砂上に無残に転がった。
――よし!
野営時の猪戦に続き、今回も思いのほか好戦果を出せた良二たちは4頭の狂黒熊を屠ったあと、気を良くしながら奥に控える熊や狼ら魔獣群に対峙した。
だがその時、
ドン!
と、地面を揺るがす程の大きな足音が洞窟の方から響いてきた。良二たちは洞窟の入り口を見据え、身構える。
そこから現れたのは、身の丈3mを越すほどの巨大な魔獣だった。
体こそ筋肉隆々のヒト種の様だが、頭は牛だ。その牛頭の天辺に、ご立派な二本の角を生やしている。
その角の先は鋭利に尖っており、もし突き刺され、その剛健そうな体躯によって降り飛ばされることになれば、まず生きてはいられまい。
――牛頭鬼……こいつが!
昨日の話に出てきた、おそらくは今回の最強戦闘力を誇る魔獣であろう。
その牛頭鬼は、控えの狂黒熊らを蹴り払うように押しのけて前に出てきた。正に真打ち登場と言った、そんな風格さえ感じられる御登場だ。さすがに息をのむ良二。
牛頭鬼は良二たちを威嚇するためであろうか? 足を踏ん張り、両腕を大きく振り上げると、
「グォアオオオオオオォォー!!!」
と、地獄の底から響くような雄叫びを上げた。まわりにいた魔獣たちは、どれもこれもがその叫びに委縮し、膝を折ってその場に屈み込んでしまっている。
だが美月は、
ボォン!
そんな魔獣どもを尻目に、余裕ブッこいているのか、馬鹿みたいに雄叫びあげて大きく開けてる牛の口めがけ、特大の火球をブッ放した。
グガァッ……!
口に、まともに火球を喰らった牛は、両手で焼ける口を押えながら美月を見た。
この牛に知能があったとすれば、「そんなんあり?」とでも言いたげな、そんな目であったろう。
美月は言った。
「ウザ!」
彼女の火球で口内から気管支にかけて、しこたま焼かれた牛が思わずうずくまった瞬間を狙い、その頭に向けて良二がウォータージェットを撃ち放った。
それに呼応し、誠一は水剣で脳を抜かれて動きの止まった牛の首を狙い、光剣を一閃させ、その巨大な頸をバッサリと斬り落とした。
転がり落ちる牛の首。身体はその上に被さるように崩れ落ち、首が落とされた傷口からは夥しい血が噴き出し、辺り一面を朱に染める。
一番の大物が倒され、残った兎、狼、熊は全てが文字通り、尻尾を巻いて洞窟内へ逃げ込んでいく。
それを確認した誠一はメアに合図を送った。同時に遊撃隊全員が、洞窟入口を目指しながら追撃する。
かねてからの指示通りか、両肩に麻袋を抱えたメアも洞窟入口に駆け寄り、中に入った真っ黒な粉末を、その場にぶちまけた。
それは昨夜、誠一に頼まれて買い集めた木炭を摺り上げて粉末状にしたものであった。
その、ばら撒かれた粉末を容子が風に乗せて洞窟内の奥深くまで充満させるべく送り込んでいく。
木炭混じりでヘビのような形に作られた風が、内部の空気を掻い潜って、洞窟の奥深くに送り込まれるさまは中々にシュールな光景だった。
容子が粉末を全て送りんだ後、5人は急いで洞窟から離れ、良二はステラらに耳を塞ぐよう指示すると、自分らも岩陰に身を伏せた。
「点火ー!」
誠一はそう言いながら洞窟に向けてフィンガースナップ。それを詠唱代わりにしたのか、洞窟内で稲妻スパークが起こった。
次の瞬間、
ドオオォォーーーン!!!
と、先の牛の足音、雄叫びなど比べるべくも無い、粉塵爆発の巨大な爆発音がその場にいた全員の鼓膜を突き破らんばかりに響き渡り、衝撃波と共に洞窟内は焼き尽くされ、爆炎が洞窟の側方や上部などに繋がっていた風穴を押し広げながら、ありとあらゆる方向に噴き出しまくった。その爆煙を噴き出した穴と言う穴から、爆発で即死した魔獣の死体も煙と一緒に飛び散り、周辺は首はもげ、脚は四散して、裂かれた腹の臓物が散り捲り、どれがどの魔獣の、どの部位なのか判別不明な、魔獣の肉片の海と化してしまった。当然ではあるが、この爆発で生き残った魔獣は、ただの一頭もいなかった。
「やったぁー!」
とハイタッチし合う良二、容子ら。
粉塵爆発なるものを初めて見て、目を丸くしてヒューゥ! と口笛鳴らすメア。
他方、ふぃ~っと、息をついて座り込む誠一。やっぱり歳ですかの?
とまあ、こんな感じで、本来は偵察だけで終わるはずだった初日だけで任務完了である。
そんなわけで、ビサらが瞬きを忘れるほどに目が見開かれ、顎がカックンとだらしなく垂れ下がってしまうのは……まあ致し方あるまい……と言う事で。
♦
静寂。この部屋の印象を問われたら、10人中ほぼ10人がそう答えるだろう。
華美た装飾は無く、至ってシンプル。というかシンプルが故であろう、下手な装飾はまさに五月蠅いだけである。
そんな静寂な部屋の中で、背もたれを倒した椅子に身を預けて天井に映る星空を眺める1人の女性がいた。
透き通るような肌の白さと、その対極にありながら、何故だか肌の白さと溶け合ってるかのような、膝にまで達する長く麗しい黒髪の、正に老若男女問わず感動的ですらある美女が……
彼女はこの部屋が好きであった。
この部屋で、この椅子で、今現在の星空の状態を再現した、この映像を眺めるのが好きであった。
身体が落ち着く……心が和らぐ……彼女の最も愛するであろう憩いの場……これで香り高いお茶があれば全ての精神的苦悩が霧散しそうな安らかさが……
だが、逆に見ればその憩いを必要とする心情が、彼女の内に起こっている証左とも言える訳だが。
「失礼いたします」
誰かの声が彼女の時を停めた。
「時空の最上級神ホーラ、御召しにあずかり、只今参上いたしました」
ホーラと名乗った女神は部屋の入り口で片膝をつき、女性に礼を尽くしてきた。
椅子の女性はすぐには反応せず、しばし星空を見つめ続けていたが、やがて瞬きと同じくして視線を移し、ホーラの方を見た。
「流れを……感じましたか?」
彼女はそう言うと、椅子の背もたれを戻して体を起こした。
背もたれは、スイッチやレバーがある訳では無いのだが起きてきた。
「はい、非常に小さな流れですが……」
「そうですね、とても小さい……」
彼女が手をかざすと星空が消えた。代わりにとても柔らかい陽の光が部屋を包み込んだ。
椅子の女性は続けてホーラに問うた。
「どういうことでしょうね?」
「人間界で行われた例の召喚……端はそこから」
「あなたの領域ですね?」
「はい、我の部下、オクロの不手際かと思っていましたが……」
「それは違います」
「は……」
「あの方にも困ったものですね……」
「は?」
黒髪の女性はスッと、ゆっくり手を上げた。
するとホーラが入ってきた入り口に、侍女らしき者が音も無く現れた。
「お茶を……」
「かしこまりました」
侍女は一礼するとまた音も無く去っていった。
「この召喚、今一度なぞってみなければなりませんね」
「はい、我自身、自ら赴きたいと思っております」
「そうしてください。この流れ、波になります」
「はい、大神帝メーテオール猊下! 時空の最上級神ホーラ、この身を賭して事に当たる所存であります!」
ホーラの覚悟を聞き、メーテオールはクスっと微笑んだ。
「相変わらず固い性格ですね、ホーラ。人間界は久しぶりでしょう? 少しくらい、息抜きをしても咎めはありませんよ?」
「はっ、身に余るお心遣い、勿体のうございます!」
「もう、ホーラったら……あ、お茶の用意が出来たみたい。良ければ一緒にいかが?」
「有り難き幸せ!」
メーテオールはまた微笑んだ。
堅苦しさを解かないホーラへの苦笑だったのだが、苦笑いと言いたくないような、そんな柔らかな苦笑だった。
♦
4人一個中隊。1人で一個小隊等々、魔導団特別遊撃隊は今後、あれやこれやとそんな二つ名・通称・変名で呼ばれてしまいそうである。
「偵察」から帰ったステラから兵士に向けて最初に出た言葉は「撤収準備」だった。
当初、兵士らは聞き間違いかと思ったのだが、ステラたちの微妙に複雑な表情を見て、一体何事かと騒めいた。
予想より魔獣が多かったのか? ビサ大尉とソリが合わなかったか? それとも?
憶測が飛び交い、ビサ隊もステラ隊もお互いの目を見合わせながら、ざわざわと騒めいた。
間もなくステラから詳細な説明を受けた兵士らは、当然の如く自分たちの耳を疑った。
なにせ一番当てにすべきではないお客様かと思っていた初老とお嬢とぼんぼんが、正規軍一個中隊で何とか――と言うレベルの討伐任務を、しかも半日と掛らず片付けてしまったと言うのだから。
ステラの隊やトロイマンらの冒険者あたりは先だっての夜襲の件もあり、有り得ん話ではなかろうけど……とは思いつつ、ビサ配下の兵に聞き及んだ標的の規模、被害・損害情報の範囲では、半日で片付けられるほど、そんな楽な仕事とは到底思えなかった。
「まさかそんな……信じられません!」
ビサ隊の兵士も声を荒げる。
それはそうだ。4割の兵を失い、事実上の全滅とも言える敗退を喫した当事者とすれば、4~5人であっという間に片付けたなどと、そんな与太話を信じろと言う方が無理なからぬこと。しかしビサは言った。
「実際に見た俺が一番信じられんのだ!」
その一言でビサ隊は押し黙った。黙ってしまった。
本作戦の損耗を一番苦々しく思っているはずのビサが、魔獣の排除・殲滅を認めてしまっているのだ。現場を見ていない兵がこれ以上、異を唱えるなど出来る訳も無い。
兵たちは次いでステラを見た。
ステラは眼を閉じ、口をへの字に曲げ、うんうんと頷く。
「生き延びた魔獣は……ただの一頭もおらんよ……」
で、兵の視線は当然のごとく良二らに移る。
「目立ち過ぎだな……」
「やり過ぎちゃったよなぁ」
「美月が調子に乗るから!」
「だあぁってぇ!」
本来、英雄として見られてしかるべき功績なのだが、実際は針のムシロの如くである。
いくら当初の目的を達成できたとは言え、軍規だの、隊規だの、序列だの、慣習だのをすっ飛ばしての独断専行では有ったワケで……痛い視線程度で済むならマシな方かも?
「黒さん、これからどうする? 仕事は片付けちゃったし」
「取り敢えず全員、宿屋へ戻ろう」
「何するの?」
誠一は美月を見て言った。
「反省会!」
「ひっ!」
夕方。ステラとの合議で今後の行動が決まった。
本日仕留めた魔獣の状況確認と魔石取りは明日一杯かかりそうなので、帰還は明後日となった。
それ以外の兵は念のために、周辺を巡回して残存魔獣の捜索・討伐、または痕跡を探してみることに。まあ、おそらくは徒労だろう。
結局、最短の6日間工程となる。
夜。
魔獣全滅の報に歓喜し、湧きあがる住民によって催された宴から抜け出し、良二も誠一も疲れた体を癒すべく、早々に部屋に引き上げていた。
「あんまり責めるのもどうかな? 美月涙目だったよ?」
食事前の反省会で、美月は誠一に、時にはクドクドと説教、時には恫喝の如く、時には皮肉たっぷりに叱られて半べそになっていた。宴の席でも当然のことながら、その顔色は優れなかった。
「本気で怒ってたら今頃は赤くなったケツ抱えて、ベッドで号泣してるさ」
誠一もまた、良い表情とは言えない。肩を竦める良二。
誠一とて今日の顛末については美月の事をどうこう言えるものでは無いと自覚はしている。結果、成功したから良いものの、本来なら美月を腕尽くでも後退させて仕切り直すべきだった。
結果オーライ、行き当たりばったりばかりでは、指揮官失格である。
「まあ俺も調子こいたのは確かだからなあ。初めての粉塵爆発……上出来過ぎだ」
「ありゃあ凄かったね、理屈では知ってたけど、いざ目の当たりにすると……」
「……宴の時、他の連中の目ェ見たか?」
「何か、微妙だったね……」
「中には命張らずに済んだとホッとする奴もいるだろう。だが、功績上げて出世したい連中にとっちゃ出番もなく、手柄掻っ攫われたようなもんだからな」
「バケモノみたいに見る奴もいるし」
「実際バケモンだろ?」
フッと吹きだし、2人で力なく笑う。
「俺たち遊撃隊には沢田君から目を遠ざけさせるって裏任務も含まれてはいるが、注目させるにしても手の内が些か奇抜過ぎたな」
「と言うと?」
「魔法ってのはイメージが大事だって言われただろ? 例えば火を出すなら、その火をどうイメージ出来るかにかかって来る訳だが、この世界の技術で作れる炎……何色の炎ができる? 赤か、ふいごで加熱させてせいぜい明るいオレンジくらいか? 俺が持っていた酸素とアセチレンガスのバーナーみたく、青や真っ白な高温の炎をアデスの人々がイメージできるか?」
「あ……」
「俺の光剣やおまえの水剣も然り、意図的な粉塵爆発も然り……」
「俺たちの知識で、極端な話がアデスに技術革命、産業革命のきっかけを作ってしまう?」
「しかも予定より随分と早くに、な」
確かに、アデスの科学技術も、いつかは地球と同じレベルの域に達するだろう。
しかし自分たちのようなイレギュラーな存在がこの世界に変に拍車をかける事になったら……
「技術が偏れば、今現在パワーバランスの取れてる6か国の緊張を高めることにも?」
自分たちの存在が世界のバランスを崩しかねない……などと考えると、良二は背筋が薄ら寒くなってきた。
「人間界を含む三界が秘密裏にしておきたい、俺たち異世界人の召喚……機密保持の観点からも褒められたことじゃ無いよね……」
「天にまします神さま方が許して下されば、いいがね」
「こちらの神さまは実際に存在するらしいからねぇ」
「召喚されたとき、殿下の横に居たのが神さまだったっけ? あまり顔、覚えてねぇや」
「説明はフィリアさんばっかりだったもんね。実は俺も、オクロさまの印象は薄くって」
「印象……か」
「ん? どうしたの?」
「なあ、良? お前、地球で兎と狼がじゃれ合ってるの見た事あるか?」
「え? 何だよ突然……あ……」
妙な事を聞く、誠一のいきなりの話題変更に戸惑う良二だったが、さほど時間は経たずに脳内で今日の作戦状況を結び付けた。
「狼じゃなくても狐や犬でもいいんだが……」
「そう、だね。狼に取っちゃ、兎なんて捕食の対象だよね?」
アニメやゲームなどでは異種族の魔獣やモンスターが足並み揃えて襲って来る、何てシチュは半ば当たり前であったことから気に留めてはいなかったが、実際の野生動物がそんな行動を取ったりするものだろうか?
「なるほどね。確かに自然界じゃそんなのは……でも、ここは異世界で奴らは魔獣だし、野獣とはそういうとこが違うのかもよ?」
「魔獣とはそういうもの……まあ、そう言う事ならそんなに気にする事じゃないんだろうが……ん? 良!」
――ハ!
ゴトゴト、ダダン。二人はドアの向こうから何か妙な騒がしさを感じた。
もしやとは思うが、良二も誠一も襲撃等、万一に備え剣に手を伸ばした。やがて、
バーン!
入り口ドアは、けたたましいハデな音を立ててフッ飛ぶかの勢いで開けられた。良二の剣を持つ手が緊張に強張る。しかし、
「うらぁー! 黒田ぁ! 黒田はどこだぁー!」
――あ?
賊かも、と思い緊張した良二たちだったが、いきなりの侵入者の顔を見て眉間にしわが寄った。
美月である。
しかも一目でわかるほど泥酔している。
「おー、いたなぁー、そこを動くな~!」
美月は絵に描いたような千鳥足で誠一に近寄って来た。
横に座り込んで早速絡み始める。息が思いっ切り酒臭い。
誠一は手に取った剣を納めながら、やれやれと言いたそうなあきれ顔になっていった。
入り口に目を向けると容子が手を合わせてゴメンナサイしている。
「こら、黒田ぁ、さっきはよくも、えっらそうに説教垂れてくれたなあ! てめえこそニタニタしてふんじん爆発キメてやがったくせによぉ!」
ああ、もう完全に出来上がっております。
「あ~はいはい、そうでしたそうでした、申し訳ありません、わるかったねぇ、他人の事、言えませんよねぇ」
酔いの度合いから見て、誠一は「言い聞かせる」という選択肢を真っ先に投げ捨てた。
酔っ払いに説教など、馬の耳に念仏以下である。
「お? ちゃ~んと反省してっかぁ?」
「はい! それはもう」
「よぉし! よしよし! いいかぁ、あたしはなぁ、日頃から練習して! 思いっきり頑張ってんだぞぉ~? それをちゃんと見るのも、上司のせきにんてぇもんだろ~!」
あ~あ、見事な絡み酒……もう良二はお手上げポーズである。
容子を見ると困り眉毛で助けを求めてそうに苦笑いしてるし。
誠一はそんな良二たちを尻目に美月を優しくあやし続けた。
「ええ、もう返す言葉もございません、お疲れさんです美月さん!」
「だぁったらぁ、ちゃんと褒めないとなぁ~?」
「ああ、今日の美月ちゃんはよく頑張った、凄く頑張った! うん、えらい!」
「んん? ホントにそう思うぅ~?」
「ああ思うよ、美月が今日の英雄だよ」
「へへ、へへへ、でへへへへ~。もっと褒めて~、どんどん褒めて~」
「ああ、よくやった、美月ちゃんはよく頑張った!」
「へへ~、褒め、られちゃ、った~……褒め……ら……れ……」
にへら~と笑顔を浮かべた美月のグダまきは、そのままゆっくりと可愛らしい寝息に変わっていった。
ずるずる~っと誠一にもたれかけて寝入り出す美月。誠一は、にこっと微笑むと美月を抱き上げて、容子にドアを開けるように目配せした。
そのまま美月たちの部屋へ向かい、ベッドまでゆっくり運ぶ。
ベッドに降ろし、毛布を掛けて、また、ゆっくり、そろっと、部屋を出る。
「申し訳ないっす、クロさん。飲めるからってつい誘っちゃって」
メアと容子が謝る。
「……まあ気にするな、こんな風に酒で紛らわすのも一手だよ。飲めない俺には羨ましいくらいだ。だがしかし……」
それまで、どこか軽い口調だった誠一は、ちょいと真顔になって続けた。
「エスエリアでは16歳から飲酒はOKでも、俺たちはやはり日本人だ。日本のそう言った法律は国外でも沿わねばならん事も忘れんようにな」
「はい……」
「すみません……」
こんな異世界に飛ばされた現状で本国の法令云々など、そんなこと言っても仕方が無いのは誠一も重々承知ではあるのだが、建前でも言っておかねばならないのが、年長としても上官としても面倒なところだ。
食事前と同様お説教タイムとなるかに見えたが、誠一もその辺は場を読み、状況を収拾する方へ向かわせていった。
なんだかんだ言っても作戦は成功裏にケリがついたのだ。今はとにかく、疲れた身体を休ませる事を最優先とするが吉だろう。
「疲れたろ? お前たちも休みな」
と笑顔に戻した誠一に声を掛けられ、容子もメアも若干の苦笑いで返しながらちょいと姿勢を正して「おやすみなさい」と挨拶し、自室に戻っていった。
それを見送ると良二も誠一と共に部屋に戻った。
戻るや、誠一はフゥとひと息つきながらベッドに横たわった。
良二もベッドに腰掛け 半ばクセになっているセリフ、
「やっぱ、かなわないなあ黒さんには……」
と、声を掛けようとした。のだが……ベッドに寝そべった誠一は既に寝息を立てていた。
――お疲れ、隊長……
そう、胸の内で誠一を労いながら自分もベッドに潜りこみ、そこはかとない充実感を感じながら、良二は目を閉じた。




