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忘れてた

 討伐隊の行軍は比較的順調らしい。

 まあ、毎回毎回トラブルがあるワケでもないが、悪天候に始まって、意外な場所からの魔獣出没、馬車の故障・損壊、果ては盗賊の襲撃など起こり得る障害はいくつもある。

 だが今回は天候にも恵まれ、魔獣等の襲撃もなく、陽も傾きかけてきた今になっても大したトラブルは起きずに進み、無事に野営目的地まで到着することができた。

 小隊50人レベルで野営するならそれなりの場所が必要とされるのであるが、過去のテクニアへの軍の遠征や隊商なども概ね同様の工程やルートなので、どの辺りで日が暮れるかは大体把握できる。

 今回、野営地になった場所も何度も使われているところらしく邪魔な雑草も少なくて、半ば定位置と化した焚火台の場所など、新しく展開する必要は少ない。

 容子と美月はステラ隊の女性兵士と共に炊爨(すいさん)を手伝うことになったのだが、最初は誠一が志願していた。

 誠一はアデスでの料理にも興味津々で、味付けの他、野営で出来るだけ効率よく糧食を作るノウハウを知りたがっていた。

 だが階級が一番上で、しかも男に糧食の仕事をさせるわけにはいかないと、アデスの女性陣に猛反対を食らったのだ。だが、誠一は負けじと、

「そりゃおかしい、女性兵士も同じく戦うんだから分担してしかるべき!」

とばかりに食い下がるも敢え無く却下。

 男からも女からも「何言ってんだこいつ?」的な眼で見られてきて、あまり拗らせても後々問題なので取り敢えず引き下がる事にしたのだった。

 討伐隊らには良二たちが異世界人である事は知らせてないので、彼らの慣習と違うところを強く主張すると、ややこしい結果になるのは容易に想像できる。

 で、代わりにと言うわけでは無いが夕食の準備が整うまでの間、良二は誠一・メアと共に侵入者警報用の鳴子を張る作業を担当することになった。

 野営地中心より70~80mくらいで展開しているのだが、全くの平地ではなく、急な坂も多いので街育ちの良二には経験値が足りず、けっこう手古摺っていた。

 軽い魔素ブーストをかけていたので息を切らすという事は無いが、誠一やメアのようにヒョイヒョイ駆けあがると言うわけにはいかなかった。

 誠一に関しては昔取った杵柄という奴か、足場の悪い森の中でも事もなく進んで行く。歩き方一つとっても、経験・センスがモノを言うのか?

「クロダさまは、ちょっと考え方が変わってますね。調理なんてのは女がやるに決まってるじゃないですか」

 メアが先程の炊爨の事を半ばあきれながらに言った。

「女性兵士がそれ専門で、戦闘や重労働はしないってんならともかく、そっちは分担してるんだぞ? 不公平じゃないかな?」

「俺たちの世界は、働き方によって家事とかも分担するのが普通だったんだよ」

 良二も付け加える。

「そうなんですかぁ? まあ女を大事にしてくれるってんなら、そりゃ嬉しいですけど。でも軍の楽しみは食事ですし、戦場でも厳つい男に配られるより、女に配ってもらった方が士気が上がるんじゃないですかぁ?」

 なるほど、そういう考えもあるか……と良二も賛同したくなった。しかし女性軍人の目線からはその辺り、どう感じるのだろうか?

「とにかく、こちらの流儀に従った方がいいですよ、クロダさま方の身の上は、みんな知らないんですから」

「いや、だからそこで……ああ、いやわかった、君の言う通りにするよ。わざわざ波風立てることもないわな」

 変に目立っても、それでメリットが多ければともかく自分たちが異世界人であることを臭わしてしまい、あらぬ噂の元にでもなったら天秤が吊り合わない。誠一は我を抑えることにした。

「ああ、それとなメアさん?」

「はい?」

「そのさ、クロダ『さま』ってはやめてくれよ、敬語も要らんし」

「そんなこと! 出来ませんよう」

「容子たちや俺には敬称無くしただろ?」

「そうだよな、俺だけ仲間外れかい? あ、良、もう少し下だ。草むらから出ちまう」

 言われて、あ、はい、と良二は鳴子の位置を再調整した。

 こんな、板に木管をぶら下げただけの、侵入者が触れたらカラカラ音が鳴って知らせる、なんてアナクロ警報装置……というか、そんな道具を扱うのは初めてだったので些か勝手がわからない。

 と、それはさておき、メアちゃんである。

「そう言うんじゃありませんよ! あたしは今はクロダさまの指揮下で!」

「ホントは堅苦しいの苦手なんじゃないのかな? 昼の一件、生き生きしてたぞ?」

 意地悪く言う誠一。噴き出す良二。

「も~、いじめないでくださいよ~」

「ハハハ、じゃあこうしよう、俺も君のことはメアと呼び捨てにする。だから君も同じようにしろ」

「え~、そんなぁ」

「俺たちと同じで黒さんって呼べばいいんじゃないか?」

 良二が助け船を出す。

「わ、わかりました……ク、クロ、ォォオ……さん!」

「OK、メア」

 誠一、にっこり。



 夕食も終わり、一部の兵や冒険者は早速酒盛りを始める連中もいた。

 誠一らもトロイマンに酒に誘われたのだが、彼は下戸を理由に丁重に断り、代わりに調理担当の女性兵に、夕食の煮込みに入っていた干し肉の作り方がどうの、ダシがどうの、と聞いていて、どんどん変人扱いされていき、良二らの肩を竦めさせた。


 夜も更け、兵たちが寝静まった午前1時30分ごろ。1時から不寝番に上番している良二、容子が焚火の前で座り込んで周りに異常が無いか警戒していた。

 あと、メアも一緒だが、彼女は動哨担当だ。今現在は鳴子を仕掛けた周辺を、徒歩で回って哨戒している最中なのだ。

 良二は眠気を飛ばすためにコーヒーを入れた。

 野戦で使うポットなので、かす交じりが多いが贅沢も言えない。

「にが!」

 容子が舌を出して文字通り苦い顔をした。砂糖は少し入れてあるがミルクなぞは無い。

「ちょっと薄めに作ったんだけどね、まあ眠気覚ましの薬だと思って」

「ぶー。フィリアさんちならミルクもあったのになぁ」

「やっぱ貴族様だよね」

 と、笑い合う。

「星、すっごいね」

 容子は夜空の星の眺めに圧倒された。視認できる星の数がデタラメなほど多いのだ。

 地球でも場所によっては見られる光景かもしれないが、良二や容子はこんな視界の端まで広がるほどの満天の星空を見たのはアデスに来てからが初めてだった。

 王都では照明魔石の普及により、日本ほどではないが結構、光に溢れていて、この野営地よりかは見える星は少ない。

「知ってる星座が全くないね」

「異世界だって、改めて思い知らされるな」

「こちらに来て結構、経ったね」

「ぼちぼち1カ月ちょいってところかな。色々あったから長いような短いような」

「沢田君、どうしてるかな?」

「ロゼさんの後輩さんが美月に連絡してくれてるんだよね」

「美月の話だと、なんか使命感に燃えてる感じらしいよ」

「そうかあ。沢田君がどういう形で必要とされてるかは、まだ分からないけど、打ち込めるものって言うか、目指せるものがあるっていいよなぁ。俺なんか年上なのにまだまだ……」

 ぼやきつつ、残りのコーヒーを飲み干す良二。

「良さん、どこの学部だっけ?」

「経済学部だよ」

「やっぱりビジネスマンとか目指すため? それとも隊長みたいに起業?」

「いや、入れそうだから入っただけ」

「え~~」

 良二、頭を掻く。

「高校の時も、これっていう目標が出来なくてさぁ、大学行ったら見えてくるかなって思ったんだけど……先延ばしで逃げてただけだな」

「……あたしも人のこと言えないなぁ。なんとなあく生きてたって言うか……」

「……」

「アデスに来てから特に思うようになっちゃったかな? 地球でのあたしを客観的に見られるって言うか」

「ああ、感じるな」

 ぱちぱちと音を立てて燃える焚火。

 たまに聞こえる討伐隊員の寝息、いびきの音。

 そんなことさえも、2人には今までと違って聞こえてくるようだった。

 まあ、いびきの主は馬車にもたれ掛かって寝ている狼の獣人トロイマンだし、そりゃ違うかも?

「あたしもさ、高二になって進路もまじめに考えなきゃって思ってたんだけどね、考えてるつもりなんだけど空っぽ……て言うとあれだけど、軽いって言うか、実はロクに考えていないって感じで……」

「似たようなもんだな。これが普通なのか、それとも皆、もっとちゃんと目標作ってやってたのかなぁ……」

「黒さんはすごいよね、自分の腕だけでやってたんでしょ?」

 良二は誠一との話を思い出し、フッとひと息ついた。

「以前、黒さんに同じ相談事したんだけど、俺も似たようなもん、だってさ。あまり根詰めずに、誰もが通る道ってくらいに思えって言われたよ」

「……そっかぁ……」

「自信を持つことより、覚悟決めて事に当たれって、言われたように思うな……」

「覚悟かぁ……言われてみれば、よくこんな魔獣討伐なんて賛成したなぁって我ながら思うわね~」

「あ、それ、俺も思う。あんな怖い目あった後なのに、また斬りあいとか」

 良二と容子は二人してクスッと笑った。

「でも……」

「何だい?」

「……嬉しかったな……さらわれた女の子たち助けられたって事……」

「……そうだね、嬉しかった……スゲー怖かったけど……あの後、助けた女の子たちに感謝されて……嬉しかったなぁ」

「だから、テクニアの人たちが困ってるなら、あたしが役に立つならって、喜んでもらえるかなって……」

「うん、思う。また、誰かに喜んでもらえたらいいなって」

 良二がそう言うと容子もうんうんと頷いた。

「おじゃまですか~?」

「ヒッ!」

 いきなり容子の後ろからメアが声をかけた。

 2人は思わず声を上げそうになった。が、メアに「しー!」されて、両手で口を押さえ、飛び出しかけた悲鳴を必死に飲み込んだ。

「びっくりさせないでよ!」

 容子が声を抑えて抗議。

「全然気づかなかったなぁ」

「猫は忍び寄るのがうまいんだよ~」

 と、言いながら焚火の前に座るメア。

 良二は肩を竦めるとコーヒーポットを持ち上げてメアの分を淹れた。

「ありがと! ……フゥ、一回りしたけど異常はなさそう。でも気配隠すのがうまい魔獣や盗賊もいるから気は抜けないけどね」

 淹れてもらったコーヒーを一口すするメア。

 彼女を知る冒険者らと夕食を共にし、少しながらも酒を交えて話しているうちにメアもすっかり砕けてきてくれていた。

 まあ、これが地なんだろうけど。

「メアさんも冒険者だったのね。普通にメイドさんやってたから何か意外だった」

「殿下や御来賓、侍女長の前ではそうだけど、裏で同僚たちと接する時はみんなこんなもんだよ。お屋敷に入る以前の事はまあ、トロイマンの言った通りさ。子供の頃からギルドの手伝いしてて、その内クエスト受けるようになってね」

「子供の頃からって言うけど、学校とかは行かなかったのかい?」

 良二が素直に疑問に思って聞いてみた。

「学校? まさか! うちはそんな金持ちじゃないもん。8歳になって奉公に出たんだよ」

 想像はしていたが、やはり義務教育なんて制度は無さそうだ。

「奉公ってギルドに?」

 容子も聞く。

「いやぁ、最初は街の油問屋に入ったんだけどねぇ。街って言っても地方の店だし、娯楽も無いから、そこの先輩連中は新人いびりが趣味みたいなもんでね」

 うわぁぁ……、良二・容子が自分たちの学校のいじめを彷彿とし、苦い顔を浮かべた。世界が変われど、そういうところは……

「一番後輩だから最初は我慢してたけど、いい加減、堪忍袋の緒が切れちまってさ。1年くらいたった時に思いっきり大暴れして、先輩連中や番頭とかボッコボコにしてそのまま追ん出ちゃった」

「わあ、すごい! 9歳でってことでしょ? よく思い切れたわね!」

「王都までの旅費とかどうしたんだ?」

「出る時に売上げ頂いた、ハハハ」

 メア苦笑。同じく苦笑する容子と良二。

「で、王都に流れてギルドで拾われたんだ」

「それが今はフィリアさんのメイドさん……ん~、何か繋がらないな」

 と、容子が小首を傾けながら言った。良二も疑問に思う。

「昔、殿下がお忍びでお出かけしたことがあってね、その時に護衛依頼があったんだ。護衛って言っても直衛はちゃんとした衛兵がいたし、あたしらは露払いとか後始末役な訳だけどね。で、道中に盗賊の襲撃があってさ、あたしらが撃退したわけ。そん時に侍女長の目にとまってスカウトされたんだ」

「ロゼさんかい?」

「そ! 腕の立つ、侍女兼護衛の戦力が欲しいって言われてね。最初は王族のメイドなんてガラじゃないし断ろうと思ったんだけど、色々便宜も図るって言われてね」

「便宜?」

「ほら、あたし奉公途中で油問屋から飛び出しただろう? おまけに売上げギッちゃったから家族が責任問われてさぁ……夜逃げしちゃったんだよね」

 メアちゃん後頭部ポリポリ。良二・容子もあちゃ~、てな顔。

「ギルドの仕事で外征した時、現場近くの牧場で住込みで働いてるのが偶然わかって、会いに行ってさ。もう必死で土下座だよ、ハハ。仕送りして手助けしてたけど奉公先の事は引き摺ったままだから、兄妹も大手を振って働きに出るって訳に行かなくて。で、それもカタつけてくれるって言われてさ」

「……苦労してたんだ……」

 容子が感嘆交じりに呟いた。自分らの世相に比べると正に波乱万丈。

「まあ珍しい話じゃないけどね。で、ロゼ侍女長に作法や教養や格闘・剣技、しこたま絞られて今に至るってわけさ」

「大変だったんだね」

「そりゃもちろん! 技の訓練とかは平気だったけど、慣れない勉強とか、読めない字も多かったしね、アハ!」

 あ、メアにはそっちの方が大変なんだ……

「今はシーナがその最中ね」

 容子がシーナの話題に移すと、メアの顔が少々不機嫌になった。

「あいっつはな~、もう……自分の立場わかって無いってんだよなあ。自覚足りないって言うかぁ」

「ま、まあ、ちょくちょくトラブってるみたいだけどな」

「来たばかりなんだから、もっと気を引き締めて学ばなきゃいけないのに、クロさんの顔見るたび飛んでって抱き付きやがって、あのエロ狐ェ……」

 メアはよりムスーッとした表情になった。

 対して容子は彼女の憮然とした表情に何かがピンっと来たみたいで、思わず? 面白がって? 目を細め始めた。いわゆるイジワルモードに入り始めたって感じであった。

「メアさぁん? ひょっとしてだけど?」

「え?」

「メアさんてば黒さんの事、気に掛けてんの?」

「い!」

「どうなの~?」

「い、いやそんな! な、なにを言って! 仰って!」

 一気に頬が赤らむ。実にわかりやすい。

「ん~?」

 容子さん、目を細めながらイジワルモード更に増量。

「いや、クロさんはメッチャ強いから、って言うか尊敬してるってか……お、お、お師匠様というか!」

 さすがにこれほどわかりやすいと鈍い良二にも理解できる。

 でもまあ、JKのコイバナに首突っ込むほどのスキルは無いから、愛想笑いしながら傍観するしかないが。

「ど~お~?」

「いや、だからですね、その……!」

「ん?」

 返答に困って、しどろもどろだったメアの喋りが突然止まり、表情も一気に険しくなった。

「え? どうし……」

 聞いた良二に左の掌を突き出して制止し、右の人差し指を口に当てるメア。彼女の猫耳がピクピク反応している。

 周りを見渡すと馬車にもたれ掛かって、いびきをかいていたトロイマンも眼を開け、耳を澄ませている。

 メアは無言のままハンドサインでトロイマンに何やら合図すると彼は音も無く、ゆっくりと馬車を揺すり始めた。

 すると馬車から冒険者たちがもぞもぞと降り始めて、そのうちの一人が伝令であろうか? 指示を受けてステラの天幕に向かう。

 絵に描いたような阿吽の呼吸で動き始める冒険者たちを見て感嘆すると同時に、良二も尋常ならざる状況になりつつあることに気付き始めた。

 ――まさか……襲撃? 

 良二の体に緊張が走った。

 メアは容子に擦れた小声で、

「クロさんを起こして」

と、指示する。2回ほどコクコクと頷いた容子は足音を忍ばせて自分らの馬車に向かうが、彼女が着く前に誠一は既に目覚めており、馬車からゆっくり滑るようにして降りてきた。

 誠一は、格闘の時でも風の属性で相手の動きを空気の動きと連動して察知する索敵の魔法を使う。寝ている時もそれを応用した魔法を使っていたんだろうな、と良二は思った。

 焚火前の良二・容子と誠一が合流し、現状の報告・確認、今後の行動を話し合う。

「何者かが近づいてます」

「うん、この距離では魔獣か、野獣か、盗賊かは俺ではわからん。が、結構な数を感じる」

「おそらくは魔獣です。野獣ならもっと街道沿いを歩くでしょう」

「右前方から気配を感じるが……囲まれてはいなさそうだな」

「夕方の打合せ通り、私は軍やトロイマンらと一緒に前へ出ます。皆さんは回復士の護衛と後備えを」

「わかった」

 誠一はメアの指示を了承し、良二や容子に目配せした。同時に頷く二人。

 周りは森だが、街道近くは何度も野営に使われたせいで開けており、視界は良好だ。鳴子から森の外れ、野営地の境目までは20mくらいだったか。

 良二は口の中が酸っぱくなってきた。

 前回の突発的な戦闘ではなく、起こることがわかっている戦闘に備えるのは、もちろん初めてだ。

 一口に戦闘と言っても相手、自軍、現場等の次第で対応の仕方は様々だ。

 良二らは今回、主力である軍や冒険者がいる分、支援の無かった初陣に比べれば遥かに心強くはある。

 だが、まだまだ経験の少ない良二は勝手がわからず、緊張度は一気に高まり心拍数も上がっていく。それが良二の口を酸っぱくさせているのだろうか。

 コロン、コロコロン!

 仕掛けた鳴子が鳴った。良二の心臓が若干締め付けられ、呼吸が一瞬止まる。

 一つ深く深呼吸する。吐き出す息と共に胸の締め付けが和らいでいった。

 前回で手古摺った脚の震えも無い。一瞬昇った血も呼吸をするたびに落ち着いていくのが実感できた。

 ――行ける……

 良二は口に溜まった唾を容子らに気取られない程度に静かに吐き落とすと、誠一らと共に軍の動きを待った。

 コロロン! コロコロコロコロ!

 反応する鳴子の数が増えていく。

 鳴子の鳴った方向から先頭の位置も分かった。

 兵も冒険者も既に飛び出していた。鳴子の警報音が響くと同時に行動を開始。

「第一分隊、右翼前方に展開! 第二分隊左翼! 弓兵は目標補足後に各個に射撃!」

 ステラの号令が飛ぶ。兵たちは指示通りの迎撃態勢を取り始めた。

 冒険者の戦士たちはその前に立った。

 彼らが真っ先に切り込むのだろうか? 部隊の後ろに控える弓兵や、更に後方には魔法使いが散らばり、遠隔攻撃や魔法による支援を担当するようだ。

 回復士2名は良二たちの元にやってきた。

 直接の護衛は容子の風壁等の魔法により防御。良二、誠一は、軍が撃ち漏らした場合の備えだ。

「探照球、あげーい!」

 ステラの号令と同時に、後方の魔法使いの錫杖の先から魔法球があがった。

 球は30mほど上がると、パァっと明るい光を四方に発し、野営地前方を昼間の如く照らし出した。

 ――照明弾みたいな魔法だな……

 そう思いながら良二は前方を注視した。

 なんだろう?

 距離にして40~50m程度か? 探照球の光に浮かぶ四足動物っぽい影。

 やはり単体じゃない……

 結構な数……

 野ブタ……いやイノシシか!

 ブギャアアーーー!

 探照球の光に刺激されたのか、そのイノシシの様な獣は雄叫びと共に、こちらに突進し始めた。

 同時に4名の弓兵が射撃を開始する。

 支援攻撃にしてはいささか力不足が否めないが腕前は一流らしく、放たれた矢は次々と獣に命中した。よく見ると弓兵はエルフっぽい。アデスでもエルフと弓は相性がいいのだろうか?

 弓矢が命中した獣、数頭が被矢の激痛に転倒した。

 その時、転んだ個体が一瞬横向きになりイノシシに見えた獣の顎から、まるでアフリカゾウ並みに太く長い牙が生えているのが良二の眼に映った

 体長は日本のイノシシよりも大きく、2mは超えてそうだ。

 イノシシに像の牙、単純に言えばゾウ・イノシシと言ったところか? と良二が思ってたところで回復士が叫んだ。

「エレファントボアだ!」

 ――あ、まんまだったのか……

「やはり魔獣ですか?」

 誠一が聞いた。

「ご存じないのですか? この辺りでは珍しい大型の魔獣です! 悪食で家畜や作物、人間も喰い散らかす凶悪な害獣です!」

「……ありがとうございます」

 弓兵の攻撃に呼応して、魔法使いや魔導士の火球や氷矢による遠隔攻撃も始まった。

 ボォン!

 魔導士の手の内から人間の頭ほどの火球が現れ魔獣向かって放たれる。

 火球はそのまま砲弾の様にぶつかるのではなく魔獣の目前で笠の様に開き、炎の膜で包み込んでしまうような攻撃だった。

 氷の魔導士だろうか? 自分の周りに4~5本のランスを思わせる三角錐状の氷を出現させ、

「ハァ!」

と気合を入れると同時に、全弾を先頭の獣に向けて撃ち込んだ。

 攻撃を喰らったエレファントボアは、あるいは炎に巻かれ、あるいは氷矢に突かれ、もんどり打って転倒した。

 だが、攻撃を免れた個体はそれらを飛び越え、前衛の兵たちを狙って突進してくる。でかい図体の割に大したジャンプ力だ。しかし、魔導士の遠隔攻撃により転倒した魔獣に邪魔されて、その速度は著しく低下する。それがトロイマンらにとっての、狙い目だったようだ。

「うおりゃああああああー!」

 トロイマンは刃渡りが容子の身長よりも有りそうなゴツイ大剣を振り上げ、飛び込んでくるボアに、その刃先を叩きつけた。

 鳥の様な飛翔動物ならともかく、飛びあがった四足動物はその間、方向や速度を変えることは極めて困難だ。故に軌道を予測して待ち構えるのは経験豊富なトロイマン(クラス)の冒険者にとってはさほど難しくはないようだ。

 バキン!

 思惑通り、トロイマンに頭部をまともに斬り潰されたボアはその場に転倒。トロイマンは振り下ろした勢いのままジャンプして、足元に転がって来る魔獣の残骸を(かわ)した。

 一方のメアは鉤爪を使っていた。

 突っ込んでくるボアに正対し、目や鼻を中心とした頭部の弱点を擦り抜けざまに抉り取る。

 しなやかで鮮やかなヒット&ウェイを繰り返すメア、さすが猫族だ。パーティの頭を張るトロイマンが一目置くだけの事はある。

 メアらの魔獣の視界を奪う攻撃で怯んだ個体を、他の冒険者や歩兵が、槍のほか、間合いの長い武器で直突、あるいは斧槍(ハルバート)で斬り降ろし、弱ったところで急所を突き刺して止めを刺す。

 最初の数頭を倒され、突撃速度が更に落ちたボアは、群がる歩兵たちの剣撃を寄って集ってくらい続け、次々仕留められる。

 最初の会敵で7頭ないし8頭程度は倒せたろうか? だが全滅ではない。

「抜けたぞー!」

 前方で誰かが叫んだ。

 どうやら前衛では停められず侵入を許したらしい。2頭のボアが、こちらに向かってくる。

「良! 左だ!」

「はい!」

 良二は誠一の指示と共に前へ出た。

 指示通り、良二は左のボアに狙いを定め、右腕を真上に振り上げる。

 誠一は同じく前へ出て右のボアの更に右側を狙い、短剣を抜いて構えた。

 見ていた回復士は仰天した。象猪相手に短剣なんぞで何をするというのか!

 事情を知らない彼らにしてみれば……まあ至極当然の反応であろう。

 が、次の瞬間、この回復士は生まれてこの方、全く未経験の光景を見ることになる。


 誠一が念を込めると、短剣は根元から雷鳴の様な音と共に発光し始め、眩い輝きを放つ光の長剣となった。

 誠一は突撃してくる右のボアが間合いに入るや魔素ブーストを使い、身体の瞬発力を高めて瞬時に右斜めに一歩踏み込みつつ、抜刀の構えから一気にボアの下あご辺りに向けて、光剣を振り上げた。

 ヒュバッ!

 控えていた回復士は誠一が剣を振った時、そんな軽やかな音だけを聞いた気がした。

 ドォン!

 その剣に狙われた首は一瞬で胴体と泣き別れし、即死したボアの体は、その場に転がるながら崩れた。

 ――そ、そんな! たったひと振りでボアの首を! あんな剣は見た事も無い! なんなんだ、あの光の剣は!?

 上空で輝く探照球ほどでは無いが、最初の短剣からは想像も出来ない強い光を放つ大太刀ほどの直刀。

 電離粒光剣、誠一は自らの剣にそう名付けていた。

 誠一の持つ雷魔法で電離気体を発生させ、その気体に負荷をかけて高速振動させて云々かんぬん……

 と、実のところ、原理は誠一本人にもわかって無いのだが、見た目はSFによく出てくるライトセーバーとかビームサーベルのようなもんである。

 電離粒光剣の名称にしても、それらしくカッコつけて名付けただけで、それほど大した意味はない、ええ歳こいて厨二全開である。

 良二がウォータジェット切断機をイメージしたのと同様、誠一は自分の工場で使っていたプラズマ切断機をイメージのベースにしたのだ。

 その良二がモノにしたウォータジェット剣については、回復士たちはもっと驚くことになった。良二は短剣すら抜いていないのだから。

 その良二は腕を上げたまま半身に構え、突進してくるボアを見据えた。

 ――焦るな……訓練通り……フウゥ……ん!

 ボアが間合いに入った刹那、良二は腕を振り下ろした。

 回復士の目には、良二が半身のまま人差し指を立てた右腕を、上段から真下へ軽く振り下ろした――ただ、それだけにしか見えなかっただろう。

 しかし、良二が振り下ろした後のボアの巨体は、まるで魚の開きの様に左右真っ二つに切り裂かれ、その場に崩れてしまったのだ。

 ボアはもちろん即死であったが、慣性は残っている。

 ズサァー!

 崩れながらも突っ込んで……と言うか滑り込んでくるボアの死骸。良二はそれを、魔素ブースト併用で軽々とジャンプして、ひらりと躱した。あとに残るは正に、ボアの開き、であった。

 誠一が短剣を依り代にした光剣であるのに対し、良二のウォータジェット剣――水剣は指先から射出されるようにイメージされるので、夜間の、しかも野外と言う事もあって、彼らの目には剣も何も見えなかったのだ。

 何らかの魔法技だろうことは想像できるが、見た目には指を立てた右腕を振り下ろしたに過ぎない。

 なのにあの凶悪・強靭なボアがまるで瓜でも切るように、魚を二枚に下ろすように一瞬で真っ二つの肉塊に成り果ててしまったのだ。

 さて、誠一が刎ね飛ばした右のボアの首は飛んだ方向が悪く、回復士らに当たりそうになり、彼らを怯ませていた。

 だが容子の繰り出した風魔法による風壁、空気を極めて高密度に圧縮して回転させたような障壁を展開し、その首を難なく弾き飛ばし、回復士を守った。

「うふん」

 思惑通りに事が運び、容子ちゃん、ちょっとドヤ顔であった。

 斬首、両断、風壁、この間わずか5~6秒。それを目の当たりにした回復士の目がまばたきすら忘れてしまうのも、やむを得ないと言うものだろう。


 ボアは全部で14頭だった。

 結局遊撃隊が仕留めた獲物はこの2頭だけのようだ。

 討伐隊は負傷者は出たものの、回復士が全快させられる程度の傷で死者は0であった。

 2m越えのボア14頭を相手に12頭を始末できたのだから、冒険者も兵士もなかなかの精鋭と言えよう。

 が、良二らが倒したボアの死体を見て、討伐隊は言葉を失った。

 仕留めた数こそ自分たちの方が遥かに上だが、彼らが手に懸けた遺骸は魔法攻撃や槍、剣による斬撃等で多数の手数を与えたゆえの傷痕が体中につけられているのが大体の状態だ。

 今回の様な魔獣の群れを相手に一撃で即死させるなど、歴戦のトロイマンでも機会に恵まれなければ、そうそう有るものではない。

 だが遊撃隊の仕留めた2頭はもろに一撃であり、それも今までに一度も見たことが無いような、あまりにも見事に、鮮やかに切られ過ぎている遺骸を見せられては驚くのも無理はない。

 特に良二が倒したボアは文字通り一刀両断、真っ二つである。

 魔石回収が楽で助かる、とは冒険者の回収係の弁。軽口叩く割りには冷や汗をたらしていたようだが……

 回収作業を見ながら、良二たちは討伐後の処理の説明を受けた。

 魔獣の内臓、肝臓や腎臓に相当する部分には魔素の結石のようなものが出来ており、これは魔法具等の材料に必須なので討伐したら回収し、売却するのが常識なのだそうな。

「魔石は取っておかないと、魔獣が復活することもあるんだ。それに取っておくと風化するのも早い」

 とはトロイマンの言。成程、それなら取っておくべきである。

「食料としては使えませんか?」

 誠一が何か、いらん事を聞き出し始め、良二は眉を顰めた。魔獣相手にそんな発想する?

「食えんことは無いが、当日以内に処理しないと崩れ始めるからな。おまけに生臭さすぎるし、よほど他に食い物が無い限りは捨てられるなぁ」

「魔素異変の時は食料が乏しく、食用にされていたという言い伝えもありますが……」

 と、ステラが付け加える。

「イノシシ……」

「……黒さん、なんか余計なこと考えて無い?」

「イノシシと言えば……ぼたん鍋……」

「あたし絶対食べないからね!」

 誠一、先手打たれるの図。


 エレファントボアの後始末も終わり、夜明けまではもう一息ありそうなので、遊撃隊の面々は少しでも仮眠をとることにした。良二たちは不寝番を歩兵に引き継ぎ、馬車に戻って寝ることに。

「夜明けまで二時間半くらいか……」

「寝られるかなぁ」

 良二も容子も遊びで午前様の経験はあるが、こんな戦闘行動後に寝るなんてのは当然ながら初めてだ。

 ヤクザ戦の時よりは神経が高ぶって無いのは、戦闘有りも覚悟してた事、思い通りに戦いを運べた事などもあり、それほど気負ってはいないだろうから何とか寝られるかもしれないが。

「寝られる時に寝るってのも訓練の一つっすよ」

 と、メア。なるほど、これからはこう言った作戦行動も増えてくるわけで、慣れておかなきゃってところだなと良二も思う。

「横になるだけでも違うさ、少しでも体を休めて……」

 などと言いながら、馬車に乗り込もうと、中を覗き込んだ誠一の動きが突然、止まった。

「「「?」」」

 不思議に思い、良二ら3人も覗き込む。

 そこには何も知らず、幸せそうな顔して、かーかーと眠っている美月の姿があった。


「「「「………………………………忘れてた…………………………」」」」

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