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誠一暗殺

 聖なる水が揺蕩(たゆと)う、カタラクタと呼ばれるこの滝の周辺は、屋内とは違う、水、風、緑、地、光などの聖なる魔の受け入れ、同一化の修練によく使われている場所であった。本日の美月と誠一の修練を行う場である。

 今頃、ヴァンキッシュ宮殿内では、良二が空の間でメーテオールから、容子は同じ地下の部屋で宰相ディーテによる精神修練を受けているはずである。

 メア、シーナ、カリンはアデス人であるため、聖属性系の修練は行わず、天防大臣プーグナ旗下の部隊で戦闘訓練を行っている。

 最初に話を聞いた時、誠一と美月は、滝周辺の自然の中で行う精神修練ということで、滝行でもやらされるのかと冗談めいて話していたのだが、実際に現場に赴くと彼らの修練はマジで滝行であった。

 滝行なんていうのは誠一にしても美月にしても初体験だ。

 二人は滝行と言うと、TV等で紹介される落下による強い水圧に耐えながら身を清め……と言う手法を想像していて、結構、堪えるのではないかと思っていたのだが、この滝はなんだか変わっていた。

 落ちてくる水に打たれる、ではなく、水が岩肌に叩きつけられながら細かい水飛沫となって、それに身体が包まれる、そんな感じだ。言ってしまえばマイクロバブルシャワーみたいなものに身を任せるのである。

 打たれるというよりは、正に滝と同一化するかのような感覚なのだ。

「いいかな~。滝に委ねて、滝を受け入れる感じだよ?」

 今回、誠一らの指導に当たってくれているのは酒と癒しの女神マリアルだ。

 ブランデーかウイスキーのような琥珀色の髪の毛を長めのガーリーボブにして、人間に例えると30代中盤の、そろそろ熟女の仲間入り寸前と言った面持ちで、切れ長の目が特徴的な女神さまだ。背丈は誠一と同じくらいだが、スラリと細く長い脚が目を引き付ける。

 これで、常に酒瓶片手にうろつきまわって酒臭い息を撒き散らさなければ、まあまあ良さげな女神さまに見えるのだが。魔素異変の時に飲んだくれて出仕できず、部下のカルバに丸投げした、いわく付でもある。

「終わったら良く冷えたワインで打上げだからね? がんばるんだよ~」

 などと、いちいち小うるさく声をかけてくる。精神の修練をさせたいのか邪魔したいのか?

 当然、両方である。

 甘言に惑わされず、聖なる水の流れ溢れる中で、聖の魔を自らの心身に受け入れ、高める修練なのだから。とは言え、酒は好きでも体質に合わない誠一にとっては、甘言にはならないことをマリアルは知らない。

 その甲斐もあってかどうかはわからないが、午前中の修練だけでも誠一には充実した時を過ごせていた。

 水流の割に優しく包まれるような、それでいて時折強い水圧がかかったり。それを自然に受け止め、自然に受け流し、などを繰り返して、意識せずに同体化することを目指す、そんな修練だ。

 誠一も美月も、水の中でありながら、そのまま眠ってしまいたくなる誘惑に何度か駆られた気がする。

 そんなこんなで約二時間が過ぎ、午前の修練を終えた。

 昼食の後、少しの休憩を経て午後の修練となる。

「修行中ではあるけど、なんだかピクニックみたいね~」

 サンドイッチ弁当を食べながら美月が楽しそうに言った。

「滝行って言うから、よくあるドバーッと落ちてくる水にガンガン叩きつけられるってのを想像したけど、なんだか包まれるみたいな、心安まる感じだよなぁ。これを足掛かりに空の間とやらで聖なる魔を取り入れることが出来れば、もう一段ステップアップできるのかな?」

「そうだね。聖も闇もそれ単体での魔法ってのは大した事は無いし、完璧に使いこなせる適正の持ち主と言えばメーテオール猊下やライラ陛下くらいなんだけど、取り入れる技量を身に付ければ、6属性に対して様々な組み合わせを実現できるからね。使い手によっては幅の広がり方は数限りない、と言ってもいいかもね」

「あたしの火球と、聖属性が重なるとどうなるのかな?」

「そうねぇ。あなたの火球は結構特別だから予想が難しいけど……身体じゃなくて魂のみを撃ち抜けるようになったり?」

「物理攻撃なのに精神体やアンデッドみたいな霊的な相手でも戦えるわけか。かなりオールマイティになりそうだな……てことはミカの除霊も出来ちゃったり?」

「容子、ムチャクチャ怒るよ~? 今じゃすっかり仲良しだし。で、闇が付加されると今度はどんな効果が?」

「それに闇属性が加わると、か……ん~、回復魔法が効かないダメージを与えられるとか?」

「魔獣が回復魔法使うのかな? 知能もないのに魔法が使えるのかね?」

「我々が使う魔法とはちょっと根幹が違うらしいけどね。魔獣が火を吐いたり、毒息を撒き散らしたりするのも基本は本能だ。獣の犬猫がキズを舐めて治そうとするように、回復魔法を使う厄介な個体も居るもんさ」

「なるほど」

「まあ、黒さんや良さんはすぐに一刀両断しちゃうから気付かなかったのかもね?」

「今度の計画は三界の魔素が、かなりの割合で一とこに集まるからねぇ。魔獣にどんな変化が起こるか分からないからぁ。そんな自己回復魔法使う魔獣が出たりすると面倒だな」

「闇属性って言うと文字通りって言うか、なんか暗ぁい感じだよねぇ。黒さんにはピッタリだけど」

「ライラ陛下やホーラ氏を踊らせたってなぁ? アデスに来る前から闇属性ガンガンに備えてたんじゃないのぉ?」

「なんか至る所でムチャクチャ言われるなぁ。経営者の駆け引きとしちゃ標準じゃ無いかと思うんだけどねぇ? まあ、それはさておき」

 サンドイッチを平らげた誠一は、水筒の水で乾いた口の中を潤しながら続けた。

「沢田くんほどじゃないが、俺たちにも聖と闇の属性を付加できるとなれば、ミカドが暴走した場合の対処も見えて来るかな? 今までの魔獣のように実体ではなく、霊体、精神体として相手するわけだし」

「そのために修練に来てもらってるんだし、しっかり身に付けてよね?」

「12神の一柱であるマリアルさん直々の指導だからな。気合いは入れてるつもりだよ? しかしなんか、この滝行は心洗われると言うかなんと言うか、結構疲れるんだけどそれを感じないって言うかね」

「ここは自然の様々な聖が集う数少ない場所なんだよ。あそこに見える橋からは段差が出てきて水流も強くなって川の顔ががらりと変わっちゃう。この滝の上もそうさ。荒さが出てて、聖を受けとる環境としては弱いんだ」

 と、マリアルは50m程先にある、長さは15mくらいの簡易な橋を指さしながら説明した。

「でも、あの橋から下流に至る渓流と谷の木々の眺めはいいよ~。この時間の日差しだと水も緑もキラキラ光って、とてもきれいなんだ」

「そっか、午後の修練前に拝んでおくかな?」

 そう言うと誠一は立ち上がり橋の方へ向かった。あ、あたしも行く! と美月も腰を上げ、マリアルも付き合った。

 マリアルの言う通り、橋から見る景観は見事であった。

 この橋の下あたりから川幅が狭まり、なだらかな流れから突然、結構な高低差が始まり、水の流れが急に早くなっていき、ぶつかり合う水の飛沫が陽の光に輝き、青々とした緑を更に彩りながら降り注いでいる。

「なるほど、これは清々しい景色だ。陽が緑を光らせているそのうえに、水飛沫が降り注いで……こりゃあ画になるなぁ」

「だろ? 時々絵描きが、ここで、この景色を絵にしようとするんだけど、天気のいい日の精々1時から3時くらいが時間的な限度だからね。腰据えて日数かけてやらなくちゃならないんだけど、描き始めと終わりじゃ木々の葉っぱが変わっちゃって苦労してるみたいだよ?」

「へぇ~、けっこう高低差があるのねぇ」

 身を乗り出して景色を楽しむ美月。そんな美月にマリアルがちょい警告。

「気を付けなよマツモト卿? この橋の手すりは結構低めだからね」

「ふむ、確かにな」

 なるほど、言われてみれば手摺りは意外と低めだ。美月くらいなら問題ないだろうが、マリアルや誠一だと腹のあたりまでしか無い。

「手摺りはやはり110cmくらいは欲しいな。支柱と手摺り子のピッチは200mm程度が望ましいし」

「おや、随分こだわるね? なんかそういう仕事と縁でも?」

「故郷では職人やってたからね、工場内の手摺りも随分作ったよ。その中で、安全性を考えると、さっきの寸法は欲しいかなって、ついね」

「なるほどね~。確かにこの手摺り90cmくらい? あなたやあたしくらいだと不安よね?」

「背中預けるとさ、例えば下が濡れてて足滑らすと、そのまま転落しそうだよ」

「職人気質だね。テクナールと話が合いそうだな」

「火神テクナール……火と技術の最上級神だっけ? 魔界会議でも来てたはずだが会えなかったな」

「あいつは外交と言うか、社交とかが苦手だからね~。一途で融通が利かない感じで」

「職人にはありがちだな」

「まあ、例の計画の物資選定や調達にも関わってるはずだから、いずれ会えるさ……おっと、切れちまったか?」

 マリアルが空になった酒瓶を振りながら言う。

「もう一本持って来たはずだよな~。と、修練は1時から再開するから、それまではごゆっくり~」

 マリアルは昼食を摂った場所へ、次の酒を取りに行った。

「さすが酒の神、底なしね~」

「美月でも勝て無さそうだなあ。それはそうと、昨日の沢田くんとの面会はどうだったんだい? 彼はあと半月もしないうちに今度は魔界入りのはずだけど」

「うん、元気してたよ。もともと適正もあったし、聖属性の魔力底上げも予定以上に早く進んだって、得意顔しててさ」

 美月はニコニコ嬉しそうに話していた。今回は監視もなく、二人だけで誰にも遠慮することなく逢瀬を満喫していたわけで当然であろう。

「彼は今回のキーマンだ。意欲が旺盛なのは頼もしいな」

「やる気満々だよ。アデスの、世界の救世主になるなんて、そんな大きなやりがいのある仕事、日本じゃ出来なかっただろうって」

「そうか、じゃあ心配無さそうだな。彼とは召喚の時に顔を見ただけだったから……一度作戦前にでも会って話をしてみたいものだな」

 誠一と良二は、史郎とはあの場で別れて以来、接触が無かったので彼の人となりは美月と容子からの伝聞だけだった。

 同じ境遇として、一番求められる人材として言葉を交わしたかったというのは以前から考えていたことだった。

 が、美月は、

「多分……それは、無理か、な?」

と、消えそうな声で答えた。

 ん? なんでだ? そう思った誠一は、今まで聞いたことの無い、重く沈んだ口調の美月の方を見た。

「み、美月?」

 美月を見る、誠一の目。それは、これ以上なく大きく見開いていた。

 驚愕……誠一にとって、今、目の前の美月の姿はその一言であった。

 美月は、あの、アレジン・ロッタ製の拳銃型錫杖を構えており、その銃口は誠一を真っ直ぐに狙っているのだ。

「…………ごめんね……黒さん……」

 何の真似だ! 誠一はそう言おうとした。が、それより早く美月の錫杖は、

パンッ!

という乾いた銃声と共に火球を誠一の腹に向けて撃ち出した。

「がっ!」

 誠一の下腹部に、焼き抜けるような衝撃が襲った。

「み……みつ……き……」

 パンッ! パンッ!

 二発、三発。美月の放った火球は誠一の腹に風穴を開けた。

 全身の力が抜けていく――いや、力を入れようにも入れられない状況の誠一は、手摺りで身を支えようとした。だが先程話に上がったように、この橋の手摺りは誠一の身長では低い。誠一の身体は、そのまま手摺りを越えてしまった。

「黒さん!」

 美月は落ちそうになる誠一の脚を掴もうと手を伸ばした。しかし彼女の手は僅かに届かず、誠一の身体は渓流に落下していった。

「あ……ああ……」

 ザバッ!

 水飛沫の中に飲まれた誠一は、そのまま川の強い勢いに押され、あっという間に下流めがけて流されて、やがて沈んでいき、視界から消えてしまった。

「なにやってんだい!」

 一部始終を見ていたマリアルが駆け寄ってきた。

 気付いた美月は、すぐに錫杖をマリアルに向けると、

パンッ! パンッ! パンッ!

矢継ぎ早に三発の火球を、誠一と同様マリアルの腹に放った。

「うぐっ!」

 被弾の衝撃と激痛に、身体をくの字に曲げて転倒するマリエル。

 ――か、火球……? 撃た……れた……?

 腹部に当てた手がヌルっとした感触が伝わる。患部からの出血だ。

 マリアルは、すぐさま回復魔法をかけた。

 だがしかし、

――な!?

出血は止まらず、傷口も全く再生が始まらない。

 ――か、回復がかから、ない! 闇属性火球……か!? さっき話した……ばかりでもう……

 美月の錫杖は尚もマリアルを狙っている。美月の目線とマリアルのそれはぴったりと合ってしまっている。つまり次に狙うは、マリアルの眉間……

 ――くぅ……

 マリアルは即座に戦闘続行を断念、転移魔法でその場を離脱した。

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